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宮崎哲弥「異見あり」に異見あり!

時評家・宮崎哲弥氏が『週刊文春』(文藝春秋社)2000年2月3日号に、コラム「異見あり チベット「活仏」に宗教的意味はない!?」を掲載した。チベット仏教ゲルク派の教義は輪廻転生を否定しており、チベットの「転生活仏」制度には宗教的意味はないと断ずるこの発言に対して、チベット仏教の専門家から強い異論が飛び出した。チベット・メーリングリスト[LINKA]でのやりとりをもとに、宮崎哲弥氏のチベット仏教理解を徹底検証する。(2000/2/5)宮崎哲弥氏との意見交換の結果報告(福田洋一@東洋文庫)を追加。(2000/2/9)

※この特集のきっかけとなった「異見あり チベット「活仏」に宗教的意味はない!?」は、宮崎哲弥氏の著書『新世紀の美徳 ヴァーチャス・リアリティ』(朝日新聞社 2000.7)に収録された。また同書のP205〜207 にかけて、今回のやりとりを念頭に置いたと思われる「補論」が掲載されている。興味を持たれた方は一読されたし。(2001/10/31)



特集のあらまし 佐藤哲朗
今回論議を呼んだ宮崎哲弥氏「異見あり」の概要と、その反響について解説。はじめにお読みください。

[Linka(1164)] 『週刊文春』異見あり 佐藤哲朗
議論の発端となった佐藤哲朗の投稿。そのなかで筆者は「輪廻転生を否定する立場の仏教もあり得る」と認めつつ、実際に「仏教圏」と呼ばれるアジア諸国において輪廻説は圧倒的なリアリティを持った死生観であり、輪廻説を度外視した仏教など現実には成立し得ていない事、などいくつかの点で疑問を呈した。

[Linka(1169)] Re:] 『週刊文春』異見あり 福田洋一@東洋文庫
東洋文庫の福田洋一氏によるレス。ダライ・ラマ著作の翻訳もされている福田氏は、宮崎哲弥氏が「異見あり」で述べた中観思想の理解は「(チベット仏教への)全くの無知をさらけ出している」と指摘する。では、宮崎氏の理解はどこが間違っているのだろうか?「生きた思想」としてのチベット中観思想の立場から明快に論じられる。

[Linka(1170)] RE:Re:] 『週刊文春』異見あり 佐藤哲朗
佐藤哲朗から福田氏へのレス。「書斎仏教」という誤解を招く表現を謝罪しつつ、まだいまひとつ呑みこめずにボケたことを言っている。筆者は要するに「思想万能主義」的なアラ探しで活仏ならぬ「活物」としてのチベット仏教を批判した気になっている宮崎氏の態度が気に食わなかったのである。結局、その「思想」すら勘違いだったわけだけど…。

[Linka(1174)] RE: Re: 『週刊文春』異見あり 佐藤哲朗
同じくチベット仏教を研究するN氏とのやり取りを引用部分を除いて掲載。宮崎哲弥氏の間違いについては理解できたが、ではなぜそのような見解が発生するのだろうか?。日本で仏教学の「権威」と言われている人とのやり取りで、輪廻の有無といった基本的な事柄について見解をただしているはずの宮崎氏が、なぜ「チベット仏教の根本教義では輪廻を否定している」などと述べているのか、その背景について問うている。

[Linka(1185)] Re:] 日本仏教における「輪廻」思想受容のごくささいな事例(Re: [Linka(1176)) 福田洋一@東洋文庫
[LINKA]のメンバー、手塚利彰氏が日本仏教の輪廻観について問うた発言への福田氏のレス。輪廻転生に対して、近代日本の仏教徒が≪非神話化=近代化された「読み換え」≫を行ってきたことの功罪を指摘する。「現代の日本仏教が抱える問題が透けて見える」たいへんに深い一文である。

[Linka(1186)] Re:] Re: 『週刊文春』異見あり 福田洋一@東洋文庫
[Linka(1174)] への福田氏のレス。宮崎哲弥氏のような誤ったチベット仏教理解が横行してしまった背景としての、日本チベット仏教学の貧困について率直な見解を述べている。これまた考えさせられる一文。

[Linka(1238)] Re: 『週刊文春』異見あり(宮崎哲弥氏との意見交換の結果報告)福田洋一@東洋文庫NEW!
このHPの開設後、当事者の宮崎哲弥氏本人から福田洋一氏および佐藤哲朗宛に反論メールが届いた。特に福田氏と宮崎氏との間ではかなり突っ込んだメールのやりとりが交わされたという。非公開の原則で交わされたメール故、その詳細を知ることはかなわないが、福田氏によるこの「まとめ」を読めば、おおかまな論点は把握できるだろう。



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