コラム「野口復堂インド道中教談」ミールス礼賛&印度トイレ奇譚
・復堂カレーを食べるの巻
・復堂トイレに行くの巻
・ちょっと解説
今回は本文のなかで紹介しきれなかった、復堂のマドラス珍談を御紹介します。最初のお題は本場インドのカレーを食べた噺。お次はインドのトイレ噺です。ごゆるりとお楽しみ下さい。(著者より)
▼復堂カレーを食べるの巻
「ある日マドラス長者と呼ばれたる印度の富豪が、復堂に御馳走をしようと云うので、フランス風かイギリス風かどちらの料理にいたそうかとの質問で、どちらにしても西洋料理。西洋料理は日本でも食える。船中でもまたこの霊智会でも実は飽き飽きしている。それよりは珍しき印度料理に願いたい。特に注文は印度の中産以下の料理で、家から食器から凡て純印度式に限ると答えた所、早速承諾してくれたので、日も場所も定まり、同伴者は例のダルマパラ。
特にその日は印度行儀の指導者役で、復堂は同氏のする通り真似さえすれば宜しいので、さて馬車は煌くが如き日光に照らされて田舎道、一二哩(マイル)も走ったと思う頃、ピタッと往来の真中で止った。馬が小便でもするのかと思えばそうでもない。そこで馬車から下りるのである。下りた処で家が無いかと思ったが家はある。往来より低く椰子の葉で葺いたる穴蔵式の家で、中へ入れば真暗だがこれが今まで砂の反射で眼が眩惑しておったかあで、しばらく居なづむとボーと夜明けの如くその辺が見えてきたが、最初この家へ這入った時からたまらなく感じたのは、牛糞の臭いが烈しく鼻を突くことである。それを後から聞けば賓客へ非常の敬意をはらった事になるのである。その理由と云うは牛は印度で聖獣と称えこれを殺して食う者は人間ではないのである。」
「ダ氏と復堂は牛糞の暗室にしばらく立っていると、一隅より現れ出でたる黒奴が、脇に抱え居る板二枚を、遠くより手ぎわよくチョイ/\と我々両人の前へ投げて這入った。するとダ氏は復堂に座れと言いつつ自分先づ座った。復堂も座った。ところが板の長さ一尺二寸くらい巾六七寸、ちょうど日本の俎板(まないた)くらいであるから、袴羽織でお行儀よく座っている復堂には向う脛の前後が板の外にはみ出て痛くてたまらないから、思わず両手を突いて体を浮けると、突いた両手は牛糞でニチャ/\。ダ氏は見かねて『此通り/\』と云うから、見れば、なるほど都合がよい。板の上へ脂肪多き臀部(でんぶ)のみを置き体重は皆これに乗せ、足は左右に開いて前に結ぶのである。いわゆる結跏趺坐、胡座をかくのである。とぐろを巻くのである。しかし羽織の裾も袴の端もニチャ/\である。
すると今度は他の隅より現われた黒奴が、真鍮(しんちゅう)のこぼしの様なものを、これは投げない、投げたら中に入れある水か酒かは知らないがこぼれるから、そっと右手の方へ置いて引下る。次に出た黒奴が芭蕉の葉を一枚づゝ我々の前へ位置よく投げた。すると今度は赤き素焼の壷を左脇に抱え、右手をその中に入れニチャ/\。何物かを握り固めつゝ近寄るかと思えば、ハッと一声葉の中心へ投げたは一握の飯である。これでは珍客も全く犬か猫かの待遇である。これより飯を中心に周囲へ十種のあえ物が、黒奴によって十回に投げられた。その出這入りの頻繁な事。しかしこれが同一黒奴なるや一々異れる黒奴なるや黒くて少しも見分け付かず、すると我等の前へ板が一枚投げられると同時に、来って座に着きしは当日の主人公マドラス長者にて、『今日はよくこそ珍客の御注文で、お恥かしき印度料理を差上げますが、ご承知の通り我々バラモン徒は他人様と会食は出来ませぬ故、こゝにて拝見仕りますで、緩々とお召し上がり下されまする様』との挨拶、成る程同宗の宗規にそうある。食事は一家族一室に入り内より錠をかって潜々食事をするのである。食事を房事か但しは通貨の贋造と間違えておりはせぬかと思われる位。
そこで主人監視の前での食事は復堂生れて始めてゞ、殊にえたいが分らぬ珍物を葉の上に列べられ、盂蘭盆のお精霊様に扱われては当惑せざるを得んが、幸い隣にはお師匠様がいるから、如何がするかと見て居れば、右手の指を真鍮の壷に差入れ、バチャバチャとやったから、復堂も真似してバチャ/\とやり居る中に、分ったのは箸も匙もないから指にてやるのだなと思えば、果してその通り、ダ氏は十種のあえ物を少しづゝ掻き回し、飯にあえて、ボッと口へ抛り込んだ。復堂もやったが、驚いたの驚かないのて、十種のあえものは蕃菽、山葵、胡椒、辛し、薄荷(はっか)、肉桂、韮(にら)、蒜(にんにく)等の辛いやら臭いやらでたまったものでない。これが西洋料理のライス・カレイの根元だそうだが、復堂は一握りの飯も始末しかねて居るに、お隣りは馴れたもの五握り程平らげて、葉の表面を奇麗に掃除して了った。
▼復堂トイレに行くの巻
(承前)こゝに不思議は隣の指導者が食事にかゝる前、復堂の顔を見て眼をクシャ/\とやるが、その眼配ばせの意味が分らないでいると、たまりかねたか『左手を隠せ』と言うから、訳は分らぬが兎も角左手を袴の下へ入れて、ダ氏の食事の了るを待ち、共に右手はバチャバチャで洗い、主人に謝して帰路につくや、第一に復堂が訊いたのは左手一件。するとダ氏は実物で答えようと馬車をサラサビサレダシヤと云う新聞社の前に止め、奥の広場へ連れて来た。
広場の正面に中二三間隔てゝ入口が左右に一つづゝある。その入口の側に大盥があって水が満々と張ってあって、水栓から水が盥(たらい)にへポト/\落ちている。その横に五合入りくらいな赤い素焼のこぼしが山積みにしてある。不思議だな、あの壺あの水なんに使用するのかしらと見ていると、入口より男女の職工が現われ出で、手にせる赤焼を置いて往く。その入口へ這入る者はそのこぼした水を掬って往く。
ハテナと思って見ていると、ダ氏があの戸口より中を覗いて来いと云うから、元より戸のない入口、頭をさし入れて中を見れば、驚くなかれ世界第一の大雪隠(せっちん)である。面積およそ二十畳、一面の床板は二尺位の間隔で、直径四五寸の穴が無慮百二三十も明いてある。其穴に向って多人数一時に用を便じ得るの仕組みであるが、下の用だけでなく面々相向って語り合い、事務上の要談も弁じ得るのである。そうかと思えば、臀々相摩し罵り合うもあれば、側面に向う正面の者が、何かの大小を批評して笑っているのもあるが、最後右手に持てる壺は如何にするかと見てあれば、用を便じ終ると、その壺を肛門へ持ちゆき、左手にて門口を洗滌するのである。
故に左手をダアチイ・ハンド即ち不浄の手、右手をクリーン・ハンド即ち清浄の手と称し、食事の時は右手の指にて食物を扱う、この時は不潔の手は隠し置くを以て礼とする、つまり右手は輸入係左手は輸出係であって、輸入の最中は輸出係の顔出す必要はないのであると、実物教授で十分会得させられた。」
(『四十年前の印度旅行』野口復堂 より)
▼ちょっと解説
さて、最初のお題にでてきたカレーライス、これは南インドでいまでも人気のメニューで「ミールス」と呼ばれているもの。定食屋の入口には必ずといっていいほど“Meals ready!”の看板が踊っている。幅40〜50センチくらいに切ったバナナの葉っぱが食器代わりで、客が席に座るとまずウェイターがペロリとこの葉っぱをテーブルに置く。まずは復堂の頃と同じ真鍮の水さしからちょびっと水を垂らし、さっさと右手でバナナの葉をぬぐう。その頃合いを見計らい、脇からウェイターが(手づかみではないがオタマで)どかっと葉の中央にライスを盛りつける。間髪置かずに葉っぱの空いたスペースにドカドカと十種類程のカレーやあえ物を等間隔に盛りつけてゆく。口直しのフライドスナックが付いてくる場合もある。
ミールス画像(江戸川区小岩のインド料理店サンサールにて撮影)
ナイフやスプーンではなく、もちろん右手の指でライスとカレーを程よくかき混ぜながら食べるのだ。数人のウェイターは代わる代わる店内のテーブルを巡回し、客のライスやカレーが切れたところに次から次へと黙ってお替りを投下する。締めくくりには真鍮の小皿によそられたタピオカ入りの甘いヨーグルトを、これまたライスにかけて食べるのである。まさに食べるマンダラ極楽浄土。最初マドラスのホテル近くの定食屋で「ミールス」を食した際の、歓喜の心持ちはいまだもって忘れられません。
お次のトイレに関しては…。復堂の当時と変ったところといえば、いまはさすがにインドのトイレにもドアとしきり位は付いている、程度でしょうか。それと素焼きの尻洗い壺はだいぶプラスチック製に取って代わられています。インド人の旅行者のバッグには、注ぎ口の付いた「こぼし」が入っていることもしばしば。(インドの長距離列車のトイレにも、さすがに備え付けの「こぼし」はない。持参が原則なのである。)筆者もインド旅行中はずっと左手で尻を洗っており、しごく快適でありました。日本帰国後もしばらくは、トイレットペーパーに違和感が残ったものです。