ここでは知名度の高い作品中、ビデオやDVDで手に入りやすいものを紹介しています。





イチオシ映画・其の壱

初心者へのお薦め映画のトップを飾る時代劇になにを持ってこようかなー?うーーん??ちなみに私が時代劇にはまったきっかけは月形龍之介の『殺陣師段平』。これがベスト1。ベスト2は阪東妻三郎の『無法松の一生』。でも、両方とも『ちょんまげもの』じゃないのでーー、とりあえず文句なく楽しめて、いま現在ビデオで手に入る妻さんの『血煙高田馬場』を紹介するねーー!

●『血煙高田の馬場』
(1937/マキノ雅弘監督)

ーーーご存じ赤穂浪士の堀部安ベエ、高田馬場の決闘十八人斬り。飲んべえ安ベエは阪東妻三郎(1901-1953)の十八番。
え? 阪東妻三郎なんて知らないって? 10年くらい前にリクルートのTVCMで妻さんが土手の上をパタパタ走っているのを記憶してない?
そう。田村高広・正和・亮の親父さんです。いきなりあのTVCMが流れて、田村三兄弟がびっくりこいたっつー噂もあったりして(笑)。こんなの聞いてないって。
だって著作権は日活にあるんだからね。ふつういちいち俳優の遺族なんかに断らない。でも、以来流れないとこ見るとやはり妻さんは気軽に使えるお方じゃないような・・・。とにかく文句なく日本一の大スター。もうこんな役者は二度と出ないと言われるお方。そして私も全くそう思う。とにかく見ればわかる。『無法松の一生』(1943)『王将』(1948)などなど、妻さんはスターのオーラをまとって光り輝いている。

その妻さんにも悩みがあった。サイレントからトーキーに移るときで、妻さんはものすごい悪声だった。どう聞いたってダイコンにした肝付兼太だもんね。二枚目の武士の声じゃ全然ない。そりゃ悩むよ。トーキーになってはじめて妻さんの声を聞いて全国のファンが騒然としたらしいから(笑)


またさあ、マキノの大部屋時代から仲間だった月形龍之介がシブイいい声してんの。芸風とルックスは地味だけど月形は剣の腕と演技力があるし、派手な妻さんの横で静かににっこり笑うと、その必殺えくぼでみごとに主演者を喰ってしまう。サイレント時代の『討たるる者』(1924)で喰われ、初トーキーの『新納鶴千代』(1935)で喰われ。おまえなんか俺のそばにくるなーーー! 近づくなーーーー! って状態だったんだけど、別に妻さんが観客にブーイング食らったのは月形のせいじゃない。月形は妻さん大好きだったんだから。
でも、妻さんはお山の大将で居たかったんだ。監督にだってアップ撮らせるときに「先生!アップちょうだいいたします!」と言わせたんだから。女優だって絶対に自分より目立つ人とは共演しなかった。そんな一人だけ目立ってる映画なんて面白くも何ともない。それでバンツマプロは人気なくなって・・・つぶれて・・・。声の悪さで観客に見放されちゃちな内容で批評家にたたかれ・・・。
しゅーーんとして妻さんがやってきたのが日活。そこに早撮り名人のマキノ雅弘監督が居た。
なにせマキノ雅弘はマキノの大将マキノ省三のご長男であるから、日本一の大スターでもでかい口はきけない。
「ほな妻さん、そこの土手、走ってんか」とか言われて妻さん走りましたよ。堀部安ベエ高田馬場に駆けつける。名匠・伊藤大輔監督なら300メートルは移動レールを引くところを、低予算で早撮りのマキノ雅弘は右から左にちょっとカメラをパンするだけ。
10回、20回、30回、40回、妻さん汗だくになって走りました。それがリクルートのあのCMシーン。
走っているうちだんだんと難しいこと考えてた自分があほらしくなってきた。「俺の悩みは何だったんだーーー!?」(笑)
こうしてできたのが『血煙高田馬場』。土手を走るシーンから高田馬場の決闘シーンまで息もつかせぬ面白さ!ジャズステップの十八人斬りはめちゃくちゃ有名! こんな殺陣、月形には逆立ちしても出来はしない(したくもないだろうけど)。私もビデオ画面に向かって思わず叫んだ「妻さあん!」「妻さん日本一!」「妻さん最高!」
正月映画で大入り満員。妻さん文句なく日本一に返り咲く。
ーー共演・志村喬、香川良介。香川良介の叔父役がとてもよいが、妻さん相変わらず人のセリフ全然聞いてない。ちなみに月形は出ていません。よかったね妻さん。
とにかく楽しいマキノ雅弘の初心者向け娯楽時代劇おすすめの一本ーー『血煙高田馬場』は、にっかつビデオから『決闘高田の馬場』のタイトルで出ています。
2000.5.1更新

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イチオシ映画・其の弐

一番目が妻さんだったから、二番目はやっぱり大河内傳次郎。ーーと、いうことで・・・。

●『百萬両の壺』
(1935/山中貞雄監督)

大河内傳次郎といえば、かの有名な丹下左膳役者である。


え? 丹下左膳て誰って?
いやそういわれても私だって林不忘の原作すべて読んだ訳ではない。
ただ、乾雲坤龍(ああ、とうとう私のワープロはこんな字が一発で出るようになってしまった・・・)のふた振りの妖刀を探し求めるようお殿様の命を受けて旅に出たものの、あれこれあって片目片腕をなくし「化け物のような身体」(左膳本人談)になって殿様に会いに行くと、殿様はおまえなんか知らんと言う。
主君に裏切られブチ切れて、グァオウと吼えてパワーアップし、廻りの敵も家来も皆殺しにするという・・・こわーい剣士の物語です。
でも同情するには及ばない。一目映像を見ればわかるけど、はっきり言って大河内の丹下左膳は怖い。乾雲坤龍の刀を手に入れるためには手段を選ばない。なんぼ妖刀のせいとは言え、性格が悪すぎる。マツダ映画社の『大河内傳次郎乱闘場面集』に名匠・伊藤大輔&カメラ唐沢弘光&大河内トリオで撮った『新版大岡政談』(1928)の断片が収録されているが、もうすごい迫力!すごい映像表現!大河内・左膳はビュンと跳んで顔に貼り付いてくる黒ゴキブリのように凶々しい。剣を奪って逃げようとする伏見直江の櫛巻お藤もすさまじく、こんな女、斬り捨てたほうがよいと思わず納得してしまう。
このビデオには同じトリオで撮った『素浪人忠弥』(1930)も収録されていて、これなんか両手両眼そろってて、おまけに槍持ってんだよ!?おーこわ! おーこわ! こういう人間に近づいてはいけない。サイレント時代の少年ファンは狂喜したかもしれないけど。(女性には全く受けないが・・・)残念なことに伊藤大輔の撮った左膳ものは上記の断片のみしか残されていない。

さて、今回のおすすめの山中貞雄の『百萬両の壺』ですが。もはや伊藤大輔センパイがすげー名作を撮っているのでこれ以上のものは望めっこないと、天才山中はあっさり方向転換し、流血と咆吼の左膳を、情婦の尻に敷かれるマイホーム的な丹下左膳に創りかえた。
情婦が「あんたが悪いのよ」とにらむと、もう左膳は逆らえない。「いやだィいやだィ」と言いながら結局、つぎのシーンでは情婦の言うことをきいてしまっているのだ。



敵も敵で、百万両の壺を孤児のちょび安が持っているのだが、これを何とか奪おうとわざわざ左膳の家の前に「こんな壺、二両で買います」と張り紙を出したりする。左膳が小遣い稼ぎに売ろうとするとちょび松が金魚鉢代わりに使っているので売れなかったりする。
オーソドックスではあるがユーモラスな脚本がたいへん良く出来ていて、今見ても全く退屈することなく最後までご家族お揃いでお茶の間で楽しめる。大河内も澤村國太郎(長門裕之・津川雅彦の親父)も子役も女優陣もみんないい。
天才山中貞雄は26歳の若さでこの作品を撮った。これが最古の作品で、それ以前のものはすべて失われてしまっている。そして召集され29歳で戦場で病死した。 遺作は『人情紙風船』である。暗い寂しい作品だ。あまりにももったいない映画界の損失だった。『百萬両の壺』見ればわかる。天才だった。
ただ、あまりにイメージが原作と違いすぎて、林不忘の遺族から「あのー、キャラが違うんですけどー」とクレームが付いて、それでタイトルに”余話”とつけられてしまったらしい。
最後に、丹下左膳役はあらゆるスターが演じたが、初代丹下左膳は大河内ではなく(一週間の差で)東亜の団徳麿だったと付け加えておく。
『丹下左膳余話・百萬両の壺』は、にっかつビデオから発売されています。絶対に見て損はない!消費税が上がる前に買いに行こう!斬った張ったのチャンバラが嫌いな方に200%おすすめ。(2004年にリメイクされてDVD出まくってます)
2000・5・18更新。2004/5/1再更新

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イチオシ映画・其の参

●『旗本退屈男』シリーズ

この映画の質を問うてはならない。
「この脚本は何だ!?」とか「こんなこと旗本に許されるのか!?」とか「なんで道中、こんなに着替えができるんだ!?」とか「なんで吊り天井が落ちてきたのに理由もなく助かるんだ!?」とか、そういうことをいっさい考えてはならない。理由はただ一つ。それが『旗本退屈男』だからである。
役者はただ一人、御大・市川右太衛門(1907~1999)。この人以外にこれをやれる役者はいない。映画でも舞台でも。そして死ぬまで一生、主役だった。
冬でも夏でも布団のようなド派手な着物を着て、90分内に10回着替える。額に三日月の傷があって、「天下御免の向こう傷」と見得切って「ぶわっぶわっぶわっ!ぶわはははははは!!」と笑うとすべての物事がとおってしまう。理由はただ一つ、彼が旗本退屈男だからである。
右太衛門は23歳の時に自分の右太プロで『旗本退屈男』第一回目(1930・古海卓二監督)を撮った。以来、30本のシリーズに主演したが、はっきりいって映画的な名作などない。どれ見ても全部同じだ。だから今回はシリーズ全体をお勧めする。

とにかく、問答無用の時代劇である。
カクテル光線飛び交うレビューの舞台(江戸時代だよ!江戸時代!)に巨大な金色の玉がころころところがり現れ、それがパカっと割れて中から旗本退屈男が登場する。それを見たとたん、繊細な悪事の計画を立てていた悪人たちは目が点になり、デリケートな神経は崩壊し、胃が痛くなる。(まあその、目が点になるほうの悪役が、月形龍之介だったりするんですけどね…)
敵が「ふん、旗本風情が大名に手を出せるか!」と言いはったところでそんなもの無駄。退屈男は「この世には、権力にも何者にも負けないものがある」と言う。こっちは「まさか、愛とか言うんじゃないだろうな?」と心配していると、右太衛門御大、ぬけぬけと自分の必殺技の名前を言う。
「諸羽流正眼崩し~~~!」――敵の言ったこと何んにも聞いてない。
命懸けの決闘しに行く時にド派手な着物は着て行くし(相手に失礼だろう!?)、衣装係の伴もないのに道中着物がつぎつぎ変わるくらいは朝飯前。


ひどい時には洞窟に入る時と後とで着物が違う。若様役の山城新吾が「あの~御大、衣装が違うようなんですけど~~?」とたずねると、御大、「ぶわかものぉ~~!!」と一喝!
「お客はわしの美しい姿を見にやってくるのだっ!!」
山城新吾、「うへへ~~~っ!御大のおっしゃるとおりで御座います~~~!」と、ひれ伏した。
ほかの巻では、敵の城に行く時と中でチャンバラする時と帰る時で衣装が変わったりするから、どっちにしたってほとんどSFの世界である。
『旗本退屈男』シリーズは東映ビデオから腐るほど出ています。カラーになって一番得したのはやっぱり右太衛門で(笑)ここではカラー作品のみ紹介します。
『旗本退屈男・謎の幽霊船』(1956・松田定次監督)。『旗本退屈男・謎の蛇姫屋敷』(1957・佐々木康監督)。『旗本退屈男』(1958・松田定次監督)――三百本記念のオールスターで結構まとまっているし、なんてったってお色直しの回数が一番多い(笑)。『旗本退屈男・謎の南蛮屋敷』(1959・佐々木康監督)。『旗本退屈男・謎の大文字』(1959・佐々木康監督)、『旗本退屈男・謎の幽霊塔』(1960・佐々木康監督)、『旗本退屈男・謎の暗殺隊』(1960・松田定次監督)『旗本退屈男・謎の七色御殿』(1961・佐々木康監督)。『旗本退屈男・謎の珊瑚屋敷』(1962・中川信夫監督)――ラストシーンの桜並木がサイコー。中川信夫特集の上映会でも決して上映されない(爆!)。『旗本退屈男・謎の竜神崎』(1963・佐々木康監督)。――などなど(買わなくっていいぞ~)
さあ、レンタルビデオ屋で『旗本退屈男』シリーズを何本でもいい、借りてこよう。仲間を集めて酒を飲みながらビデオの前で朝まで騒ごう。時代劇初心者も、映画マニアのひねくれ者も必見の、これは、みんなでツッコミを入れながら楽しむ娯楽時代劇映画である。
2000・7・1・更新。2004/5/1再更新


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イチオシ映画・其の四

右太衛門御大だけでなく、千恵蔵御大だってとんでもないシリーズを撮っている。ご存知『多羅尾伴内シリーズ』である。千恵蔵の次々と変わる変装が売りのシリーズなのだが、どこからみても片岡千恵蔵ご本人にしか見えない。二挺拳銃を構えながら『ある時は多羅尾伴内、ある時はパイプの画家、ある時は手品好きのイキな紳士。ある時は片目の運転手、またある時はセムシ男、しかるにその実体は!?(ここで変装をベリっとはぐ)愛と真実の人、藤村大造だ!』という一部放送禁止用語の入った決まり文句があまりにも有名だ。が、改めて聞くと、それがどーした!?と言いたくなる。だいたい藤村大造とは何者なのか?何の説明もされていない。二挺拳銃で悪人たちを退治した後、ぺっかぺかのオープン・スポーツカーで颯爽と去っていくのだが、馬じゃあるまいし、そのスポーツカーは一体どうやってその現場に現れたのだ?呼べばくるんか!?え!?
とにかく目が点になり腰が抜けるカルトムービーであることは間違いないのでここが時代劇のサイトでなかったら多羅尾伴内シリーズ(買わなくていいぞ!)をお勧めしたいのだが、今回は上映会などで人気急上昇のこれまたカルトな時代劇『鴛鴦歌合戦』をイチオシ映画にお勧めする。

●『鴛鴦歌合戦』
(1939/マキノ雅弘監督)


『鴛鴦歌合戦』(1939・マキノ雅弘)、とにかく間違いなく面白い。日本最初の本格オペレッタ時代劇で、マニアから初心者まで楽しめる。早撮りで有名なマキノ雅弘がわずか二週間で撮りあげた。主演の千恵蔵の撮影時間はたった二時間。企画から完成上映までわずか四週間という荒業で、もちろん脚本なんか書いている間はなかったし、役名も考えている間がなかった。志村喬の役名は「志村」、香川良介は「香川屋」、市川春代は「お春」、服部富子は「お富」、深水藤子は「藤尾」、ディック・ミネは「峰沢丹波守」である。


主演の千恵蔵だけは『浅井礼三郎』という役名がついているのだが、今回改めて見直していると、ちょっと待て、いま確かに深水藤子が「千恵蔵さん」と呼んだぞ!?注意して聞いていると、市川春代は「礼三郎さん」と呼んだ。わあ、次は一体どう呼ぶんだろう?と耳をそばだてていると、なんと「礼三さん」と呼んだ。その後はずっと「れいぞうさん」で統一。う~~む、マキノ雅弘おそるべし! おそらく深水藤子の出番の時にはまだ役名が決まってなかったのだろう。それとも「千恵蔵さんのバカ!」というセリフに千恵蔵が気を悪くして「ちえぞう」→「れいぞう」になったのか? 理由は分からんが、ぬけぬけと「千恵蔵」と呼んだ部分を撮り直さなかったのが恐ろしい。おそらくそんな時間はなかったのだろう。
このようにむちゃくちゃな早撮り映画であるが、ちょうど『宮本武蔵』(1940・稲垣浩)の二部と三部の間に撮られたもので、その優秀な(笑)メンバーがそのまま移行してきているのでカメラは『宮本武蔵』と同じく宮川一夫で、絵日傘のシーンなど、何気ないアングルが美しく撮られている。
♪さ~てさてさて、この茶碗♪♪ななな、なんです、その傘をあなたは売らぬとおっしゃるの~~♪と三回見たら唄えてしまう歌の数々。志村喬があんまり歌がうまいのでびっくりする。クールビューティーの千恵蔵のコメディーはミスマッチで楽しく、テンネン入ってる市川春代が「ちえっ」と言って鼻を鳴らすのも可愛い。
このカルトムービーについては『唄えば天国・天の巻』(メディアファクトリー刊、1600円)で詳しく語られているので、興味のある方はそちらをぜひ参考に。
『鴛鴦歌合戦』はキネマ倶楽部から通販のみで出ています(2002年まで出ていました。現在は販売停止状態)。マニア必携!初心者は上映会必見!これは間違いなく世界一楽しい時代劇映画である。
2000・8・1更新。2004/5/1再更新

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イチオシ映画・其の五

楽しく明るい大スターと有名監督の作品ばかり4本続けて紹介してきたが、今回は趣向を変えて、暗く緊張感漂う、中堅スターと新進監督のマニア向け作品を紹介する。
世の中が不安な時、人は、サラリーマンである武士よりも、強くて自由な忍者というものにあこがれるらしい。近頃、忍者物が作られるのもそういう理由だろう。
1963年~1968年まで、東映は時代の波を受け、忍者物・集団抗争物を作り続けた。いずれも監督は新人。出演者も中堅・新人スターが多数で集団劇を演じた。日本映画史的には『17人の忍者』『十三人の刺客』が代表作となっている。
が、何度も見返してしまうのは、やはりこの『忍者狩り』だ。

●『忍者狩り』
(1964/山内鉄也監督)

山内監督はこれがデビュー作。デビュー作が代表作になった。
主演は近衛十四郎。戦前からの中堅スターで、60年代の剣技はトップ。東映では柳生十兵衛シリーズを撮っている。
大敵役に天津敏。天津敏はTV時代劇『隠密剣士』(1962~65)の敵役・風魔小太郎で認められ、43歳で初めて銀幕に躍り出た。敵役専門で、主演作はない。
脚本は高田宏治。『鬼龍院花子の生涯』など書いている。

とにかく初っ端から緊張感のある画面に吸い込まれる。新人監督の作品とは思えない。この緊張感はクライマックスの二人の死闘までダレルことなく続く。無駄なエピソードは何もない、ノンストップの素晴らしい脚本だ。
物語は単純である。四人の浪人が弱小藩の城代家老に雇われ、幕府が雇った甲賀忍者達から若君を守るという、ただそれだけの話である。当時ありがちだった思想や理屈っぽさがないのがいい。
浪人のリーダー和田倉(近衛十四郎)はこの藩を守るよりも、自分の藩を潰した忍者の頭目・闇の蔵人(天津敏)に復讐したいのだ。当然手段は選ばない。嫌疑のかかる家臣を6人捕らえて拷問し、斬り捨てる。
無実の者を手にかけるとは!と責める家臣達に近衛十四郎は、わからんのかっ!と恫喝する。
「こうしなければ忍者は斬れんのだっ!一人一人斬っていくより闇の蔵人を見つけ出す手はないのだっ!!」
もう、むちゃくちゃである。
城代家老(田村高広)も若君を守るためなら家臣の6人ぐらい、と黙認するから、本当に正義も何もない。敵も味方も同レベルである。
この大敵役、闇の蔵人・天津敏が特筆すべき快演(怪演?)だ。
とにかく近衛以下みんな、『闇の蔵人がくる、闇の蔵人がくる』と恐れるのだが、天津敏はほとんど画面に顔を見せない。縁の下に居たり、編み笠を被っていたり、黒ずくめで覆面してるから顔なんか分からない。だが、それだけあおられると現れた時が恐ろしい。
ぐわはははは……!と低音の天津敏の声優声(声優もやっていたから声は抜群に良い)が闇に響き存在感大の黒ずくめが現れる。こいつがまた、でかい上に敏捷だから、めったなことで倒せない。
あと一日で若君を守る攻防戦が終わり近衛の勝ちという時、葬儀に若君を参列させなくてはならなくなった。闇の蔵人がこの好機を逃すはずがない。城代である田村高広は若君を斬りに現れる蔵人を斬れ!と近衛に言う。近衛は斬れません、と言い返す。
「若君を犠牲にしなければ蔵人は斬れません!若君を斬る瞬間にしか蔵人は姿を現しません!……拙者としては若君にご参列願いたい」
「おぬし……っ!」

そして、廟の中の死闘に突入する。
近衛を斬り倒した後の、闇の蔵人のセリフ。
「ぐわはははは!今度も俺が勝ったな。……動けるか?動いてみい!もう、おぬしにはこの俺を斬る力はない!」
……もう、まったく小池一夫の劇画のノリである。これを、まさに劇画の世界から抜け出てきたような忍者が声優声で言ってくれちゃうのだから、もうマニアには堪りません!!(笑)
そりゃ、突っ込もうと思ったらなんぼでも突っ込める脚本だ。だいたい忍者が高笑いするかっちゅーの!?だが、そんなことを考えさせずに一気に見せてしまう問答無用の面白さがある。それはまさに劇画の面白さだ。田村高広も女優陣も良い。時代を超えて楽しめる東映忍者物のベスト1である。87分。

『忍者狩り』は東映ビデオから出ています。
――伝説のTV時代劇『素浪人月影兵庫』の兵庫と『隠密剣士』の風魔小太郎の対決だ。相手にとって不足はない!男心をそそる剣戟俳優・天津敏はマニア必見!!
2000.9.3更新・10.31再更新。2004/5/1再更新

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イチオシ映画・其の六

先月はマニア向けの一本を自信を持って思い入れいっぱいに紹介した。マニアのみんなは見てくれたかな?今月は誰もが楽しめる娯楽時代劇の基本『鞍馬天狗』を軽~~く紹介する。

●『鞍馬天狗・角兵衛獅子の巻』
(1951・大曽根辰夫)

鞍馬天狗と言えばアラカン、アラカンと言えば鞍馬天狗である。言わずと知れた娯楽時代劇のヒーローだ。幕末が舞台で新選組を敵に回してライバル近藤勇とチャンチャンバラバラし、角兵衛獅子の杉作少年を助け「杉作、日本の夜明けがくるのだよ」などとのたまってピストルぶっぱなす黒イカ頭巾である。
大仏次郎が書いた人気小説をマキノ省三が嵐寛寿郎主演で1927年に初映画化した。以来、嵐寛寿郎(アラカン)の持ちキャラとして今日まで名を馳せている。もちろん他の役者も鞍馬天狗を演じたのだが、その硬派の部分と優しさ、強さ、剣技のバランスが最も鞍馬天狗に適していたのがアラカンで――若いときはべつに名優でもないし、顔もサル顔なのだが――覆面から覗く涼しい目がぴったりで、もはや彼以外の鞍馬天狗は考えられない。アラカン自身も鞍馬天狗を主演したいがために寛プロを興したくらいだ。
アラカン主演の鞍馬天狗シリーズは全部で40本も作られたが、現存する中で一番、バランス良く楽しめる作品が『鞍馬天狗・角兵衛獅子の巻』(1951・大曽根辰夫)なので、今回これをお勧めする。

とにかくまあ下記の大スターを見ているだけで良い。
山田五十鈴――女スパイ役。御存知大女優。とにかく色っぽいし美しいし、演技はうまいに決まっている。
美空ひばり――杉作役。御存知天才少女歌手、国民的アイドル。NO.1時代劇女優(信じろよ)初めてひばりの杉作少年姿を見た人は眼が点になる。が、しばらくすると少女ひばりがあまりに芸達者なので感心する。アラカンをめぐって、山田五十鈴と女の色気で争う。五十鈴危うし!(笑)もちろん歌は抜群にうまい。
月形龍之介――近藤勇役。御存知戦前戦後を通じての日本映画史上の名優。どんな大スターを相手にしたってびくともしない、脇役にして主役を食う、大敵役に比類なき才能を発揮する名バイプレイヤー。もちろん剣技はうまいなんてもんじゃない!アラカンVS月形の五重塔の下での決闘は時代劇映画史に残る名シーンで、セリフは全くなく、緊張感あふれる。
アラカンいわく「立ち回りは月形のオッサンにかぎります!迫力が違います!」二人は殺陣師をつけずに本身で立ち会い、一発OK。やり終わってアラカン、汗がドーーッ!このクライマックスがあるおかげで、ああ、いい時代劇を見たとお客は満足して帰っていくのだ。

アラカンの鞍馬天狗ものは10本ほどビデオ化されているが、
『鞍馬天狗』(1928・山口哲平)――嵐寛寿郎プロダクションで主演した第一回作品。サイレント時代の貴重な資料。
『鞍馬天狗・龍穣虎縛の巻』(1938・松田定次)――名敵役・月形龍之介が話の興味を引きつける。香住小夜子も美しく、団徳麿も見られてお得。保存状態がもう少しよければ、これが一番のお勧め。
『鞍馬天狗・天狗回状』(1940・田崎浩一)――またもや月形が敵。しかも双子の怪老人。一人二役で兄弟愛を演じる珍品!
……などが、それなりに楽しめる。どれも名作とかレベルが高いとか、そんなことは全然ない。庶民が楽しむだけの娯楽映画である。
アラカンの鞍馬天狗については竹中労が『鞍馬天狗のおじさんは』(ちくま文庫)を遺している。
ちなみに初代杉作少年は松尾文人で、ワイズ出版『初代杉作少年・松尾文人』(松尾文人・著)のなかで当時の回想を語っている。貴重な資料だ。
若い時よりもアラカンは晩年、脇にまわってからいい演技を遺している。東映任侠路線の親分役など私は大変好きである。『オレンジロード急行』(1978・大森一樹)の岡田嘉子とのキスシーンも忘れられない。好感度の高い役者である。

『鞍馬天狗・角兵衛獅子の巻』(1951・大曽根辰夫)は、松竹ビデオから出ています。鞍馬天狗を知らない方、ひばりの杉作少年を知らない方は必見!
2000・10・4・更新、11/16.再更新。2004/5/1再更新

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イチオシ映画・其の七

さて、いよいよ東映城のゴールデンコンビと言われた月形×錦ちゃんを紹介しよう。ゴールデンというくらいだから、この二人のコンビの映画は大入り満員大ヒット。現代ならオンリーイベントが開けるくらい月形×錦ちゃんのヤオイ本が作られたろう。
それほど二人は映画の中で見詰め合ってはラブラブ光線を放射し続けたのだ。

●『一心太助・天下の一大事』
(1958・沢島忠)

一心太助・中村錦之助と大久保彦左衛門・月形龍之介コンビの『一心太助シリーズ』の第二作目である。
このシリーズは『江戸の名物男・一心太助』(1958・沢島忠)が第一作で、錦ちゃん主演で4作目まで作られたが、今回は最も初心者向けのカラー作品『一心太助・天下の一大事』を紹介する。
時代劇のニューウェーブと言われた沢島忠の大ヒット作品。沢島忠は月形龍之介の引きで東映に入った。若い感覚のテンポのいい演出で今日見ても飽きる事ない。
脚本は沢島夫人でもある鷹沢和善。男に生まれていたらきっといい監督になったろう、だが当時は女性が監督として活躍する事は難しかった。初期の東映に貢献した渡辺邦男監督の右腕だった名スクリプターで、沢島忠と結婚してからは脚本だけでなく絵コンテも切っていたと言う噂の脚本家だ。とにかく和善の脚本はテンポがいいし、なにより女の子の元気が良く積極的に活躍する。

物語は詳しく解説するほどのものではない。見たほうが早い。キャラクターがすべて立っていて一目瞭然で悪人は悪人、善人は善人である。
御政道を正す天下のご意見番・大久保彦左衛門に月形。その一の子分で魚屋の一心太助に錦之助。彦左衛門を『爺』と呼んで愛でる家光も錦之助の二役。
事件を裁く松平伊豆守に山形勲。悪旗本は進藤栄太郎。
悪旗本に彼女を盗られた絶望の幸吉に田中春男。太助の長屋に押しかける女の子に丘さとみ。彦左衛門のおちょこちょいの用人に堺俊二などなど……。もう、どういう話かだいたい想像つくよね(笑)
「親分てえへんだあ~~!天下の一大事だあ~~!」と錦ちゃんの一声で、大東映城の海千山千の芸達者たちがたちまち物語に引き込んでくれる。

中村錦之助は『笛吹き童子』(1954・萩原遼)でデビューした時代劇のアイドル第一号で、ロケ先では女の子が樹に鈴なりになったというくらい凄い人気だった。威勢のいい江戸っ子をやらせたら錦ちゃんの右に出るものはなく、性格もそのままで東映城の女の子はみんな錦ちゃんにあこがれた。この『一心太助シリーズ』はその明るさや威勢の良さが最も良く出た作品で、熱い血の流れる若きヒーローである。
月形龍之介は六大スター(バンツマ・大河内・アラカン・千恵蔵・右太衛門・長谷川一夫)の大敵役をすべて務めて比類なき才能を発揮した日本映画史上の名優である。どんな大スターが相手でもびくともしない。月形は大部屋時代からのライバル・阪東妻三郎を亡くした翌年(1954)に中村錦之助と出会った。
その名優・月形が中村錦之助の事を「あの子はいい、すばらしい」と絶賛していたと言うから当時の錦ちゃんの輝きぶりがわかると言うものだ。
月形の演じる彦左衛門は従来演じられてきたあわてものの頑固爺さんではない。独特の嗄れ声で古武士の意地と心意気を訥々と語るシーンなど風格あって天下一品である。
錦之助は月形龍之介の内面的な剣技と演技にあこがれ、月形を尊敬した。月形はある時は父親、ある時は家臣となって、この若い大スターを支えた。

この二人はスタジオの中で顔を合わす以外、一緒に遊ぶことも話し合う事も酒を飲む事もなかった。カメラの前でだけ二人は見詰め合ってまわりにラブラブ光線を放射した。
頼むから二人で蔵の中に入って扉を閉めないで欲しい、頼むから駆け寄って手を握り合わないで欲しい、頼むから膝枕しないで欲しい。頼むから相合傘をしないで欲しい。頼むからうるうるした瞳で見詰め合わないで欲しい。私はこの二人のコンビものを見るたびに何度「やめてくれ~~~!」と叫びながら耳まで赤面した事か!
うちの夫も『一心太助シリーズ』を初めて見た時に『そういう話だったの!?』と叫んでしまった。―――そういう意味でも(笑)女性必見の作品である。
この『錦ちゃん×月形』コンビの他に、錦ちゃんが進藤英太郎の彦左衛門と組んだ『家光と彦左と一心太助』(1961・沢島忠)も楽しい作品。月形が丘さとみと組んだ『天下のご意見番』(1962・松田定次)も太助役・松方弘樹だが、小国英雄の脚本で良く出来ている。

『一心太助・天下の一大事』(1958・沢島忠)は東映ビデオから出ています。天才・錦ちゃんと名優・月形の魅力200%で、文句なく楽しめる娯楽時代劇になっています。東映初心者必見!カラー。91分。
2000・10・31・更新。2004/5/1再更新

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イチオシ映画・其の八

いよいよ年も押し迫ってきた。もう休みに入った大学もあるかもしれん。さて今回はこの不況の折り、どこにも出かけず経済的に、正月休みにレンタルビデオで借りてきて子どもからお年寄りまで御家族みんなでのんびり楽しめる作品―――極めつけ月形龍之介主演『水戸黄門・天下の副将軍』を紹介する。

●『水戸黄門・天下の副将軍』
(1959・松田定次)

『水戸黄門』といえば助さん角さんを引き連れて諸国を漫遊する爺さんで、カッカッカと笑い、47分目に印篭を出す例のアレである。
が、そういうパターンになったのはTVの東野英治郎版からで、私は月形龍之介が印篭を出したのは一度も見た事がない。他の役者のをすべて調べたわけではないから断言は出来ないが、大河内伝次郎版でも印篭は見かけなかった。
水戸黄門はおそらく目玉の松チャンも演じただろうが、映画史的には1926年の山本嘉一の水戸黄門が一番初めに注目された黄門である。この時の助さん角さんはバンツマと千恵蔵だった。


以来、―――大河内伝次郎、市川右太衛門、月形龍之介、古川緑波、中村雁治郎、長谷川一夫、森重久弥、東野英治郎、徳川夢声、澤村国太郎、柳家金語楼ets―――さまざまなスターとコメディアンが水戸光圀を演じたが、月形龍之介の黄門が文句なくナンバーワンである。その証拠に東映時代の『水戸黄門』シリーズはなんと14本も作られた。
が、やはり一度も印篭は出していない。だいたい月形・黄門には印篭など必要ないのだ。
TV版の『水戸黄門』しか見ていない人は月形・黄門を見たらびっくりする。親しみある優しい御隠居さんなどではない。なにしろ月形はどんな大スターが相手でもびくともしない悪役役者の頂点に君臨するお方なのだから、その黄門に「ひかえい!」などと睨み付けられるともう悪代官だろうが観客だろうがビビってしまう。小柄な爺さんのくせに威厳と気品に満ちていて眼光鋭く、剣を抜けば強い!恐い!印篭なんかいらない。
そもそも月形の『水戸黄門漫遊記』シリーズは相手が人間ではない。敵は狒々や大蛇やゴリラだから印篭は通用しないのだ。『水戸黄門漫遊記・人食い狒狒の巻』(1956/伊賀山正光)という傑作があるが、月形が一人で狒狒と闘ってやっつけてる。助さん角さんだっていらない。バケモノ映画として作られたものであるが、月形が狒狒相手でも風格ある演技をしているので一見の価値がある。本当はこれをイチオシ映画にしたいのだが残念な事にビデオ発売はされていない。ちなみに『怪力類人猿の巻』というのもある(笑)類人猿の中身は初代・丹下左膳の団徳麿である。

さてさて、カルトなものは置いといて(笑)御家族みんなで楽しめるのは東映若手オールスターの『水戸黄門・天下の副将軍』である。B級バケモノ漫遊記の評判が良かったので東映NO・1監督・松田定次で撮られた。松田監督はマキノのサイレント時代から「オッサン」「サァちゃん」と呼び合う仲。月形の一番美しい表情を撮るのも松田定次&カメラ・川崎新太郎だ。
物語は月形×錦ちゃんの親子の情愛物で、ゴールデンコンビの息の合った演技がたっぷり堪能できる。蔵の中で熱く見詰め合ったり、膝枕したり(笑)もう赤面もの。助さん角さんが東千代之介と里見浩太郎で、娘役に丘さとみ。月形と大河内伝次郎のやり取りも楽しめて美空ひばりも唄ってくれる。セットも衣装も豪華絢爛、楽しく、血なまぐさくなく、まさにお正月休みに御家族全員で楽しめる娯楽大作に仕上がっている。
月形の黄門があまりにも評判だったので、TVでは代々演技派の悪役役者が水戸光圀を演じる事になった。衣装デザインも月形・黄門のものが受け継がれた。これは大正解で、シリーズはいまもって果てしなく続いているのは皆さんご承知の通りである。

『水戸黄門・天下の副将軍』(1959・松田定次)は東映ビデオから出ています。TVの黄門様しか見た事のない人、これが本当の黄門様だ!黄門ファン必見!
2000・12・3・更新。2004/5/1再更新

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イチオシ映画・其の九

初心者向けが3本続いたので、ここらで上級者向けを紹介する。なぜ上級者向けかというと、この作品は時代劇見始めの頃は面白く感じない。ところが300本目くらいにこれを見ると思わず「天才!」とうなってしまう。観客側に熟練の業を要求する娯楽映画である。
●『次郎長三国志シリーズ』東宝版
(1952~1954・マキノ雅弘)

次郎長物は戦前から数多く作られてきたが、マキノ雅弘のこのシリーズが映画史上最も名高い。
清水の次郎長という売り出し中のヤクザものの一家に、はみ出し者の仲間が順に集まってくる。それが8作にわたって描かれる。このシリーズは最初から順番にまとめて8本観なくては面白さが解らない。しかもお話が何もない(笑)しかも未完で、内容は全部いっしょである。
ほら、上級者向けでしょう?(笑)
とにかくみんな酒を飲んでいる。みんなえんえん酒を飲んでうだうだしゃべって何もしない。唄って踊って「踊っているうちに夫婦になるんだよ」とか言っちゃって。シラフになって話が始まるころにはもう中盤に差し掛かっている。で、一応事件らしきのもが起こって、やっと出入りだ。一家全員で長ドスを抜いた。わ~~~っと駆けていく。さあ、クライマックスだ!と思ったとたんにど~~んと『終』の文字が現れる。
あらら?次回に続くのかしら?と思って次の作品を見ると、やはり次郎長一家が飲んでいるところから始まって「いやあ、あの出入りは凄かったなあ」(爆!)…で、また同じことの繰り返し。
これがえんえん8本続く。
『次郎長売り出す』(1952)のシリーズ第一作目から。『次郎長初旅』(1953)、『次郎長と石松』(1953)、『勢揃い清水港』(1953)、『殴り込み甲州路』(1953)、『旅がらす次郎長一家』(1953)、『初祝い清水港』(1954)。
そしてシリーズ最高傑作、若き森繁久弥の石松が主人公の『海道一の暴れん坊』(1954)の8本である。
こんな物のどこが面白いんだ!?といわれると説明が難しい。
ただ私は毎日毎日邦画を見続けている。さあ今日は理屈っぽい今井正か?わけのわからん中川信夫か!?と選ぶとき、「もう頭使いたくない!」というとき、マキノ雅弘の『次郎長三国志』が心の友になってくれる。
大した事件は何も起こらない。一家の仲間がクダ巻いているだけだ。ところがそれがず~っとロングで撮ってあるので、たいしたことが起こらなくてもいいのだ。二人っきりになってアップになっただけで大事件である。次郎長役の小堀明男をはじめ役者達も息がぴったりで、次郎長一家に入って同じ空気を吸ってみたくなる。この空気!この雰囲気!
ーーTVがない時代、娯楽映画の使命は完成度とは別のところにあった。


正月にお屠蘇気分で映画館に入る時、わけのわからない世の中に疲れた時、マキノ雅弘の映画は『こっちへ来ていっしょに飲みなよ』と誘ってくれる。そして疲れた人を幸せな気分にしてくれるのだ。
マキノ雅弘はカンヌでグランプリは獲れないかもしれない。が、この監督の仕事を『七人の侍』(1954/黒澤明)の賞とりのために邪魔することはない。『殴り込み甲州路』はクライマックスと言うときに”ブタマツコロセ”の電報がやってきた。豚松役の加東大介は撮影中に引き抜かれて、マキノ雅弘はシナリオなしでラストを撮ったという。
外国向けに作った時代劇もそれは良く出来ていて美しいが、日本の庶民のために作った『次郎長三国志』の美しさももっともっと評価されて良い。とくに『海道一の暴れん坊』の藤の花をさっと切って、『お藤ってんだ』のくだりから「笑っているのに泣いているような・・・そんな女の目が黙って俺を見つめている・・・」の名セリフにはアホの純情ぶりに胸がじ~~ん。
生涯に260本もの低予算早撮り娯楽映画を作り続けたマキノ雅弘のその才能!その自信!まさに日本映画と共に生きたマキノ雅弘こそ20世紀を代表する映画監督である。

『次郎長三国志』シリーズはキネマ倶楽部出ています。(2002年まで出ていました。現在は販売停止状態)酒飲みとヤクザの好きな方、『海道一の暴れん坊』だけでも何かの機会に観て下さい。自称映画通は8本必見!
2001.1.1.更新。2004/5/1/再更新

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イチオシ映画・其の拾

色気とは何か? ということについては物心ついた時から日夜考え続けてきた。
漫画家として飯を食い出した時から、ロリコンもJUNEもレディースも、浣腸も緊縛も、男同士も女同士も、馬だろうが宇宙人だろうが、ろくでもないエロシーンを20年間も描いてきた。その中でつくづく感じたことは、”禁欲”こそが色気の最たるものであるということだ。
早い話、やったらお終いなのである。読者は、観客は、より強い刺激を求めてくる。そんな劣情に合わせていたら”色気”は光年の彼方だ。
今回はこのイチオシ映画も十本目。色気と美しさがすべてにおいて優先する時代劇を紹介しよう。

●『斬る』
(1962・三隅研次)

傑作である。どのくらい傑作かというと、新宿TUTAYAでは借りることは永遠に不可能かと思われるほど常にレンタル中である。
三隅研次の『剣』三部作―――『斬る』(1962)『剣』(1964)『剣鬼』(1965)―――の最初の一本で、原作は柴田錬三郎。脚本は新藤兼人。

まず初っ端から藤村志保の腰元がお部屋様を暗殺するというシーンから始まる。藤村志保の迫真の演技で引き付けられる。
すぐに画面が変わって腰元の処刑のシーン。処刑される女が微笑み、剣が陽光にきらめき介錯する男と目を交わす。男は愛しく女を見つめ剣を振り下ろす。
そして赤ん坊の泣き声。悲運の子の運命が始まったのだ。
この緊張感漂うオープニングが終わると、いきなりぽけ~~~っとした主人公・高倉信吾が現れる。市川雷蔵である。
観客は雷蔵のその穏やかさと優しさと上品さにほっとする。まさに緊張と緩和である。この穏やかな信吾(雷蔵)がすべてを失い邪剣とともに宿業の道を歩む。
その演出はまさに禁欲とエロスの美。ーー母役の藤村志保の処刑される瞬間の恍惚の表情。無邪気な妹役の渚まゆみ。そして、胸元に流れる一筋の赤い血、万里昌代。
妻をめとらないという信吾に剣友が聞く『誓いを立てた女でもいるのか?』『居る。三人居る。みな死んでいる』
信吾は大目付の護衛役になって暗殺者の群れを斬りまくる。
梅の香り。鶯の声。静かでうららかな日。
息子を亡くした老人と、孤独な信吾の間に心の交流が生まれる。幸せと破局の予感。
そして緊張感と静けさが支配する名クライマックスシーンに突入する。

母の良人役に三隅監督のお気に入り役者、天知茂。
これ全身色気の固まりで(笑)禁欲的な雷蔵と対をなしてぴったりである。三隅の『眠狂四郎無頼剣』(1966)『座頭市物語』(1962)でもライバル役で登場するが、どれもまだスマートで美しい頃で、名演技である。
雷蔵については私がいまさら言うまでもない。眠狂四郎で有名な38歳で亡くなった伝説のスターである。「キザで歯の浮いたセリフを吐いて女を脱がすだけのアイドルじゃないか」とか、「どこがニヒルなんだ。橋幸男にしか見えない」とか、アイドルということで偏見を持っている方がいるかもしれないが、ーー”美しさ”は”演技”から生まれるものだ。そして”色気”も”演技”の中にあるものなのだ。偏見を捨ててこの『斬る』を見て欲しい。この高倉信吾役は市川雷蔵だからこそ演じ得たと自信を持ってお薦めする。

『斬る』は大映ビデオから出ています。
展開も早く、時間も短く、手軽な娯楽としても楽しめて時代劇ファンだけでなく映画ファンも必見。雷蔵&三隅のこの『斬る』こそ、美しさと色気がすべてにおいて優先する時代劇の傑作だ。71分。
2001/2/1更新。2004/5/1再更新

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イチオシ映画・其の壱拾壱

さて、「イチオシ映画」もおかげさまで第二集目となった。
ここでは「イチオシ映画」第一集で紹介されている作品を見ている方、もしくは時代劇映画ファンを対象に話していく。
今回は「イチオシ映画」のトップを飾る妻さんの「血煙高田馬場」と同時期に公開された正月映画、「自来也・忍術三妖伝」を紹介する。二本ともマキノ雅弘監督作品で、二本とも大入り満員大盛況だ!マキノ雅弘えらいっ!

●「自来也・忍術三妖伝」
(1937・マキノ雅弘)

忍術映画は日本映画草創期のマキノ省三の時代から作られた。
据え置きカメラのフィルムが取り替えられている間に役者が一人トイレに行って居なくなった。マキノ省三はそれに気づかず撮影。現像して見て驚いた、役者が一人ぱっといきなり消えたのだ。かくて忍術映画は始まった。
目玉の松っちゃんが印を結んで唱えると、ドロンドロンと煙とともに巨大蝦蟇が現れる。その蝦蟇の上に乗って敵を睨み付ける自来也小僧。講談の主人公である。当時の少年達は狂喜し、映画は大・大・大ヒット!マキノ省三は道行く子どもから石を投げられ、『うそつき!印を結んでもちっとも消えへんわ!』とののしられ、『かんにんなぁ、かんにんなぁ』と謝ったという。
その後、ででんでんでんの歌舞伎調の殺陣から離れてリアルな殺陣をマキノは追求していくのだが、それでも講談物は人気が高く、自来也の物語はサイレント時代からトーキー、シネスコ、カラー、TVに時代になってまで時代劇映画史の中で繰り返し作られていったのだ。
「児雷也」(1937・山内英三)「忍術児雷也」(1955・萩原遼・加藤泰)「妖蛇の魔殿」(1956・松田定次)「怪竜大決戦」(1966・山内鉄也)…。はてはTVの「仮面の忍者赤影」(1967~1968)にも巨大蝦蟇が登場する。「世界忍者戦ジライヤ」(1988~1989)なんてのもある。
さまざまな役者、さまざまな監督がこの自来也物を撮ったが、何と言ってもこの「自来也・忍術三妖伝」(1937・マキノ雅弘)である。

とにかく面白い。主演は片岡千恵蔵。まだ細かった。素晴らしく速いテンポで物語が進んでいく。勧善懲悪の単純な物語で説明シーンは極力少なく、映像表現は忍術映画の楽しさに満ちている。今日のスポーツマン的な忍者ではなく、印を結び、すうっと現われ、すうっと消える。超能力者のテレポートのようだ。巨大蝦蟇の使い方もその他大勢の侍の動かし方もマンガ的な演出で理屈抜きに楽しめる。
これ以上の説明は要らない。問答無用。この楽しさは見れば分かる。
綱手姫とともに仇を討って『泣け!叫べ!喚け!吼えろ!ぐわあははははは!!』と高笑いする千恵蔵のアップで完!56分のシンプルな傑作である。


これがメチャ受けしたのか、20年後、千恵蔵はやはり同じ自来也役をやっている。「妖蛇の魔殿」(1956・松田定次)初のカラー忍術映画だ。さすがに年を取っていて忍術使いの爽快感がない。が、そのぶんライバル役のおろち丸が早く登場する。この月形が物語りの興味を引っ張っていく。二人のライバル対決は見ごたえ十分!クライマックスはおろちが火を噴き、それを一瞬にして千恵蔵が焼き払うという特撮シーンなのだが、何度見ても合成ではない(笑)
「妖蛇の魔殿」は千恵蔵と月形の対決が楽しめるが、忍術映画としての楽しさに満ちているのは「自来也・忍術三妖伝」である。マキノ雅弘も松田定次もマキノの撮影所で育ったマキノ省三の息子である。この兄弟監督の作風の違いを比べてみるのも面白い。

「妖蛇の魔殿」は東映ビデオから出ています。
ちなみに「忍術児雷也」(1937・加藤泰、萩原遼)と「続・忍術児雷也・逆襲大蛇丸」(1937・加藤泰)はDVDで発売で発売中です。加藤泰ファンはどうぞ。蝦蟇の肩もみはマニア必見もの。
そして、「自来也・忍術三妖伝」はキネマ倶楽部から(2002年まで出ていました。現在は販売停止状態)。千恵蔵ファンは必見。マキノ雅弘ファン必見!戦前の特撮に興味のある方必見。すべての忍術映画の原点がここにある。
2001・3・3・更新。2004.5.5.再更新

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イチオシ映画・其の壱拾弐

第一集でも触れたが、色気の極意は禁欲である。己の性を否定すればするほど、それはセクシーな世界に突入していく。そのもっとも解りやすい例が東映任侠路線「緋牡丹博徒シリーズ」である。

●「緋牡丹博徒シリーズ」
(1968~1972)

戦後、日本は高度成長時代に入った。チャンバラが遠い世界になり、正義の味方が遠い存在になってしまった時、東映は任侠路線という準・時代劇を創り出した。
これは『ちょんまげのない時代劇』だった。
時代は明治~昭和初期。昔ながらの義理と人情の世界である。古い親分さんが仕切る町を新興ヤクザが乗っ取ろうとする、あるいはあこぎな博打で村の人々を苦しめている。それを主人公が町の人に代わってドスを抜き悪徳ヤクザをやっつけるという、勧善懲悪の物語である。
なにせ東映だから、役者は全員主役から端役に至るまで個性的でテンション高いの何の!東映任侠ものを見慣れてしまうと他の会社の役者がすべてチンピラに見えるほどだ(笑)。
そのヤクザな男ばかりの仁侠映画に咲いた一輪の華――、それが藤純子演ずる緋牡丹のお竜である。矢野一家の二代目・矢野竜子、人呼んで緋牡丹のお竜。父の仇を討つ一作目から八作目まで作られた大ヒット作である。
いずれもあくどいヤクザのやり方に毅然とした態度で立ち向かう。とにかく女の目から見ても絶対に美しい。きりっとして強くてかっこいい。(しかも設定では処女!)
誰も手を出せないお竜さんは時代劇の流れを汲む、男装の美剣士の役なのである。それでいて決して女に戻ることのない禁欲の美剣士なのだ。

シリーズ8本の中では加藤泰監督の「緋牡丹博徒・花札勝負」(1969)が傑作だと評判が高い。が、名作は早い時期にビデオ化されてしっかりTVサイズに切られている。
そこで今回はTVサイズに切られていないものの中から「緋牡丹博徒・二代目襲名」(1969/小沢茂弘)をお奨めする。この作品は北九州に陸蒸気を引くために奮闘した実在の女侠客がモデルになっているので、ヤクザ映画が好きでない人にも楽しめる作品になっている。
商売敵のあくどいヤクザ(天津敏)の嫌がらせに我慢に我慢を重ねるお竜。そして事業をやり遂げ、陸蒸気を走らせた暁には決闘状を叩き付け、命を懸けた決闘にお竜は赴く。♪娘ざかりを~渡世にかけて~張った身体に緋牡丹燃ゆる~~♪とヒロイン自ら唄うテーマソングが流れる。
死地に赴く道行きの連れは大スター高倉健と待田京介。彼らは決してお竜さんに手をださない。異常なほどの禁欲。恋心を表すために男達は皆、お竜さんと死地に赴くのだ。このストイックな道行きこそ、仁侠映画の美学なのだ。
すると決闘場所には、これまた笑っちゃうほど女っ気のない大敵役――ごつくてでかくて強い、ヤクザのお仕事一筋の(笑)天津敏が待っている。その天津敏が決闘にやってきたお竜さんに『いっぺんかた抱いちみたかったのう』と性を意識させるセリフを吐く。お竜の中の女を抱きたいのか、男の部分を抱きたいのか、この辺が微妙である。
藤純子が不世出の女任侠スタアなら、天津敏も不世出の悪役スタアだ。とにかくたたっ斬るなら強い悪役が良いに決まってる。しかも助っ人に高倉健。東映任侠映画で禁欲な色気においては、この健&敏&純子のトリオが最高である。
敏は健をたたっ斬る!そしてもちろん藤純子は天津敏をたたっ斬るのだ。
シリーズ8作とも『わいは女じゃなか、男たい!』とお竜は主張する。が、お竜を取り巻く男達は認めない。敵はお竜を女のくせにと笑い、味方はこんな世界から足を洗って幸せな家庭を築くように薦める。
そして、なんと、お竜はそのとおりにした。東映のテンション高い連中と正反対の梨園の御曹司といきなり結婚し、人気絶頂にも関わらず寿退職してしまったのだ!
「関東緋桜一家」(1973/マキノ雅弘)を引退映画として時代劇最後の美剣士・藤純子は去っていった。
純子の代わりは誰も出来なかった。残った男優スター達ががんばっても人気を盛り返すことは出来なかった。東映の準時代劇路線はちょうど10年で幕を閉じ、このあと「仁義なき戦い」路線や「実録シリーズ」路線に突入していくのだ。それは戦後の広域暴力団の実録物語で、当然、禁欲も正義も何もなかった。
――時代劇の美学は最後の美剣士の引退とともに終わったのだった。さらば藤純子!さらば仁侠映画!さらば!さらば時代劇!
純子は時代劇最後の仇華だったのだ。

「緋牡丹博徒シリーズ」は東映ビデオから出ています。もんくなくかっこいい、時代劇の流れを汲む最後の美剣士をぜひご覧あれ。
2001/4/1更新・6/1改稿。2004.5.5.再更新

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イチオシ映画・其の壱拾参

山本周五郎ものは時代劇映画名作文芸路線の定番となっている。
「冷飯とおさんとちゃん」「さぶ」「雨あがる」「どら平太」などなど数多く作られたが、最も楽しく最も傑作で、しかも山本周五郎本人イチオシが、この「暴れん坊兄弟」である。

●「暴れん坊兄弟」
(1960・沢島忠)

周五郎物の主人公は、集団の中で常に疎まれている存在だ。
昼行灯とか腰抜けとか、無能で物笑いの種である。が、どっこいその主人公が実は並外れた才能を持っていて、ここ一番というときお家の大事に役に立つ。それをしっかり分かっている恋人や女房も登場する。
まことにサラリーマンに受けそうな話作りである。しかし、映画化されるとなぜかこのうえなくイヤミったらしい主人公になってしまうのが周五郎物のへんな特徴だ。
能ある鷹は爪を隠す状態も、やりすぎはざーとらしい。また、それを支えるしたり顔の女房など、夫に輪をかけていやみったらしく、私は内助の功をしている賢妻ですと言わんばかりである。こういうキャラはロコツに女性に嫌われる。

だが、この「暴れん坊兄弟」はそうではない。
ぼけーーっとしている主人公(東千代之介)は、根っからぼけーーとしている。能ある鷹でもないし隠す爪もない。その彼がいきなり殿様(中村錦之助)から汚職を暴けと命じられる。おまけにそのぽけ兄ちゃんにはせっかち弟(中村嘉津雄)がついていて、弟は弟で『私はいまだかつて慌てなかったことはありません!』と断言するほど騒がしい。
彼らの恋人もしたり顔のイヤミ女ではなく、お引きずりできゃあきゃあはしゃいで言いたい放題。まさに元気いっぱいの現代女性で、たまたまそういうタイプの男性が好みの女性として描かれている。
汚職の片棒を担ぐサラリーマン(田中春男)も悪事がばれそうになると『家に帰ると10人の子どもが待ってるんですぅ~~!』と上役に泣きつく。
キャンプファイヤーで気勢を上げ、汚職を暴くのだと威勢だけはよい青年隊の面々もロコツに体育系で、そのテンション高い脇役達がいっせいにシネスコ画面をところ狭しと暴れ出す。モブシーンの派手さも東映時代劇黄金期の見所の一つである。もちろん主人公も怒りの頂点に達するとウオーーーッッと奇声を上げて走り出す。丸太んぼうを振り回し汚職役人に投げつける。
主人公は無能とか有能とかではなく、ココロの温かさを持っているタイプに描かれている。人と争うわけでなく、見下すわけでもなく、責めるわけでない。そうして人々の心をつかんでいく。そこに押し付けの道徳感は感じられない。まさに温かき心は万能なりーーである。
東千代之介も美剣士役ではなく、本来の性格の(笑)ぽけーーとした役柄なのでのびのび演じ、これを東千代之介の代表作にしている。
この「暴れん坊兄弟」については「完本・チャンバラ時代劇講座」(橋本治著、徳間書店刊)で詳しく述べられている。
沢島忠のスピーディーでテンポの良い演出、鷹沢和善の元気いっぱいの脚本。スターの若々しさ、女優の華やかさ、個性的で芸達者な脇役達、エネルギッシュなモブシーン。面白く、暖かく、元気があって痛快で、まさに東映時代劇の青春まっただ中の作品だ。この面白さはぜひとも映画館で。

「暴れん坊兄弟」は東映ビデオから発売中。山本周五郎イチオシの娯楽時代劇の傑作だ!
2001/6/1/更新 。2004.5.5.再更新

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イチオシ映画・其の壱拾四

世の中に変な映画はわんさかある。変な監督が撮った変な映画でファンがついているものは、カルトという名称でくくられる。時代劇映画でカルト!といえばこの人、中川信夫監督である。――いったい何考えてんだろホントに!?

●「東海道四谷怪談」
(1959・中川信夫)

時代劇の怪談ものでイチオシは何か!?といえばこの「東海道四谷怪談」と「怪談・お岩の亡霊」(1961・加藤泰)が人気を二分する。


後者は鶴屋南北の古典的な物語をリアルに再現し、若山富三郎・近衛十四郎・桜町弘子の熱演もあって見応えのある作品に仕上がっている。
そして前者の「東海道四谷怪談」はクライマックスではずしまくって(爆!)いるにもかかわらず、魅力があり、いまも映画ファンを引きつけて止まない。
異論はあろうが、とにかく私は中川信夫賛美はしないぞ。それはマニアファンにお任せする。はっきり言って誰もが賛美できる作風ではない。見ながら『ちがうんじゃないの!?』とか『なんでこーするの!?』とか思わず突っ込み入れたくなるからだ。
しかし、世評の高い(笑)亡霊シーンに突入するまでは、カラーは美しく、物語はテンポよく進み、飽きることはない。物語は皆さんご承知のとおり、伊右衛門がお岩を出世のために毒殺する。そして化けて出られる。伊右衛門は半狂乱で花嫁一家を惨殺!按摩を斬り、直助を斬り、もうそこらじゅう斬りちゃちゃくりで自滅していくのである。

何と言っても民谷伊右衛門役の天知茂が素晴らしい。天知茂に関しては私がいまさら言うまでもなく、これ全身色気の固まりで、これだけ色っぽく美しい民谷伊右衛門なら、惚れられて当然、裏切って当然、恨まれて当然、化けて出られて当然である。ルックスだけでなく、もちろん演技的にも文句無しだ。
お岩役は若杉嘉津子。これまた瞳に力があって、演技力もあり押し出しもある美しい化け物女優である。残念ながら(と言うべきか?)見せ場の亡霊シーンはとてもじゃないが恐がれない。中川の演出はお化け屋敷のような(一歩間違えばギャグの)驚きに満ちている。チープな見世物小屋のようにの飛び出るだけでは女優も演技のしようがない。が、ラストシーンで復讐成就した亡霊が聖母のような表情に戻るところが印象的で美しい。
中川信夫監督の亡霊ものは他に、丹波哲朗&若杉嘉津子の「怪談累ガ淵」(1957)がある。丹波も若杉も良いが、やはりちっとも怖くない(笑)
現代物では「地獄」(1960)が日本映画史に燦然と輝くほど、変で有名。「憲兵と幽霊」(1958)は天知の悪の魅力満載で、女性ファンがキャーー!天知ィ!と叫ぶこと請け合い!もちろん私もしっかり叫んだ(笑)でもやはりちっとも怖くない。うう……(^^;
それでもとにかく一見の価値はある、この「東海道四谷怪談」。伊右衛門が直助を斬り倒した瞬間、畳が沼となり、スローモーションで倒れ込むシーンなどは忘れがたい。これらの撮影エピソードについては「若杉嘉津子」(ワイズ出版刊)に詳しく書かれている。

この夏、中川信夫のゲテモノ怪談で暑さをしのぐというのがカルトファンの王道だろう。
DVD「東海道四谷怪談」はBMEから発売中。他の中川作品もマニアの希望が高く(笑)、つぎつぎとDVDで出ています。マニアなら必見だ!!
2001/7/1更新。2004.5.5.再更新

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イチオシ映画・其の壱拾五

『色気の極意は禁欲である』と、このイチオシ映画コーナーでは何度も述べている。
が、世の中には『質より量』と言う方も確かにいらっしゃることだし、べつにそれが悪いとは言わない。人の好みは様々だ。こういう方々のおかげであらゆるメディアは発展してきた。
で、今回はそういう『質より量』の色気(?)の娯楽時代劇の傑作をおすすめする。

●「忘八武士道」
(1973・石井輝男)

原作は小池一夫。こう聞いただけで爆笑する人はあきらかに業界人である。小池一夫はかの有名な娯楽時代劇小説の大家・山手樹一郎の最後の弟子である。で、そいでもって、昔はさいとうたかをのさいとうプロで原作書いてたりしてた。
さいとうセンセいわく、『小池の脚本は、前半はとても良くできているのだが、後半はなあ・・・っ』とか?まったくそのとおりである。小池一夫の原作の特徴は、設定は個性的で面白く、導入部もたいへん優れているのだが、連載を続けているうちに主人公の性格がでたらめになっていき、どんどん話が見えなくなって竜頭蛇尾に終わってしまうのだ。
それだから小池一夫の原作にはそれをカバーする優れた演出能力のある絵描きが必要なのだ。「子連れ狼」の小島剛夕、「拳神」の松森正、「フリーマン」の池上遼一などなど…優れた劇画家がつけばその欠点を修正して一見ものすごい名作のようなふりをしてお客さんを引っ張っていってくれるのだ。
で、この「忘八武士道」は欠点を修正するタイプの監督がついたかというと、全然そうではなく(笑)、石井輝男という爆笑&エネルギーが持ち味のカルトの鬼才が演出しているので、もう欠点を修正するどころか、とんでもねー×二乗で、爆笑もいいとこである。
「忘八武士道」、正確には「ポルノ時代劇・忘八武士道」である。原作はスポーツ新聞連載の小島剛夕描くところの劇画である。小池一夫はおそらく編集者の注文で裸をいっぱい出さなければならなかったんだろう、それで郭を舞台にした。主役はそこの用心棒。たいへんわかりやすい設定だ。丹波哲朗が大浴場の女風呂に入ったと思いねえ(笑)あとはその女風呂に次々刺客が襲ってくる。まさに質より量!のお色気シーンの連続だ。
なによりあの、ひし見ゆり子(アンヌ隊員!)が脱いでくれるというだけで喜ぶファンも多いはずだ。もっとも私はちっとも喜ばんが…(^^;
かくて女優たちは脱ぎまくり。だが、丹波哲朗や伊吹吾郎、内田良平など、男優たちはピクリとも脱がないので(丹波は脱いでもマグロ)、こちらは量より質でたいへん色っぽい。こっちのほうが私は喜ぶ。
これ以上書くこともない(笑)女のハダカが大量にあるだけだ。新宿TSUTAYAに大量に入荷してあるから見れば解る。せめて足袋くらい履かせて欲しい。
そして、このギャグ以外の何者でもないとんでもない原作を、みごとに印象的な娯楽時代劇として創りあげた石井輝男。石井監督と「忘八武士道」についてはワイズ出版の「映画魂・石井輝男」(3800円)が詳しいのでそちらのインタビューをおすすめするがーーー、とにかくその独創!そのエネルギー!お耽美のカケラもない演出!ラストシーンの殺陣もすばらしく、たとえレンタルビデオ屋のエロコーナーに並んでいるとしても、純粋に娯楽時代劇の傑作だと自信を持って私は言える。

「ポルノ時代劇・忘八武士道」は東映ビデオから出ています。ひし見ゆり子の裸を見たい人必見!
2001/8/1更新。2004.5.5.再更新

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イチオシ映画・其の壱拾六

TV時代劇は専門外なのだが、今年リメイクされたことだし、あまりにも良くできた名作なので紹介することにした。お子さまものと馬鹿にする事なかれ。これこそまさにサムライファンタジーの名作だ!

●「仮面の忍者・赤影」
(1967~1968・倉田準二、山内鉄也、他)

いまさら私が「赤影」のストーリーについて話す必要もないだろう。ネット内で検索すれば山ほどヒットする。
ここでは「仮面の忍者・赤影」に至るまでの忍者物の変遷を述べることにする。
「自来也」(1937/マキノ雅弘)の項でも書いたように、尾上松之助のサイレント映画の昔から、忍術使いはドロドロドロンと煙と共に現れて、大蝦蟇を出したり大蜘蛛を出したり(怪物を召還)して戦った。印を結んではテレポートのようにえいと消え、雲に乗って空を飛んだ。映画は舞台劇とちがって、ぱっと消えるのは簡単だ。かくて忍術映画は始まった。「自来也」をはじめ近衛十四郎の「忍術千一夜」(1939/大伴龍三)など、ドロンパッと消える忍術映画が山ほど撮られた。
戦後の「笛吹童子」(1954/萩原遼)でも大友柳太朗の忍術使いは竜に乗って登場し、「里見八犬伝」(1954/河野寿一)でもぱっと消える忍術使いや妖術使いが登場する。

それが、戦後の時代小説や剣豪小説のブームでしだいに忍術使いにもリアルさが求められるようになった。劇画や漫画でも、「伊賀の影丸」でスポーツトーナメントのような闘いが描かれ、「忍術武芸帖」や「サスケ」では忍者は戦乱の世を生き抜く生身の人間として描かれ、忍術を科学的に解明しようという試みがなされている。
映画も、忍者を戦乱の世の中を生き抜く生身の男として描いた「忍びの者」(1962・山本薩夫)などが生まれるようになった。ここではもはや忍者はテレポートなどしない。市川雷蔵演じるところの忍者は常人と同じように生活し、政治の流れの中で生き、悩み傷つき、恋をする。この作品は従来の忍者のイメージを刷新した。
すべての家庭に普及しだしたTVでは、宣弘社念願の時代劇「隠密剣士」(1962~1965)がはじまり、子ども達の間でも忍者ブームが起こった。大瀬康一、牧冬吉、天津敏ら、TV時代劇スターが生まれた。主人公と大敵はワンクールごとに対決するのだが、けっして蛇や蝦蟇を召還しない。手裏剣や剣で勝負を争った。視聴者に対して忍者道具の解説などがあり、忍術を鍛えられた体術としてとらえていた。
おかしなもんで政治が不安定なときや不況の時は皆さん自由で強い忍者にあこがれるらしい。安保で揺れる日本中で、小説・漫画・映画・TVと、どちらを向いても忍者がいた。「梟の城」(1963/工藤栄一)「十七人の忍者」(1963/長谷川安人)などなど…。もはやどの忍者もぱっと消えなかった。
ーーーそして、そのリアルタイプの忍者物の頂点が「イチオシ映画」第一集でも紹介した「忍者狩り」(1964・山内鉄也)である。
従来の忍者ものはリアルタイプになったと言っても当然スターが演じていたので明るく顔が写っていたが、この作品ではそれもやめた。古典的な表現手法をやめたのだ。大敵役の忍者・闇の蔵人は闇の中に潜んでいて姿も顔も見えない。派手な術も使わない。
一方、主人公は今まで必ずヒロインがあてがわれていたのに、今回は女っ気はなし!しかも目的のためには無実の者を容赦なく殺戮する主人公だ。古典的な表現を避けたので、主役と大敵の対決シーンのチャンバラもない。(近衛十四郎VS天津敏なのにもったいない!)闇の中で後ろを取り合うだけだ。
リアル=古典的パターンの否定という、実験的でなおかつ劇画的な面白さに満ちたとても優れた作品になった。

が、リアルが行き着くと、原点に返るのか、この「忍者狩り」のあと山内監督は1966年に自来也物「怪竜大決戦」(脚本・伊上勝)を撮っている。大友柳太朗が見得を切る古典的な手法だ。同年始まった「ウルトラQ」の影響か、蝦蟇や竜を召還するのではなく、主人公達自身が怪物に変身するところが目新しい。
同じ年に白土三平の漫画を原作とした「ワタリ」(1966/船床定男、脚本・伊上勝)が撮られた。ワタリ・金子吉延、四貫目・牧冬吉、大敵役に大友柳太朗と天津敏だ。これはサイケデリックな当時流行のケバケバ色彩と荒唐無稽な面白さが加味された作品でサイボーグ忍者まで登場する。今日見るとたいへん面白い作品だが、リアルで思想的な原作とかけ離れていた。おかげで白土三平にはいたく不評で、TV化の話が消えてしまったという経過がある。

「ワタリ」のTV化の話がつぶれて、そこでやっと「仮面の忍者・赤影」の話になる。

白土三平がダメならもう一方の忍者漫画の雄・横山光輝だ、ということで急遽、横山光輝原作で「仮面の忍者・赤影」(1967~1968・倉田準二・山内鉄也、脚本・伊上勝)が撮られることになった。赤影・坂口祐三郎、青影・金子吉延、白影・牧冬吉、甲賀幻妖斎・天津敏だ。
脚本家の伊上勝が、この二人は絶対だ!、と推薦したので白影は牧冬吉、大敵役の甲賀幻妖斎は天津敏になった。TV草創期の宣弘社時代からの仲間だ。伊上勝は二人の魅力を存分に知っていた。そして主役を引き立てるバイプレイヤーとして素晴らしいキャラクターを創りあげたのだ。
「仮面の忍者・赤影」は、ぱっと消えたり空を飛んだりする荒唐無稽なサイレント映画時代の面白さと、変身物や怪獣物などSFの面白さを併せ持った、とても実験的で斬新な作品になった。
面白いことに初回にやはり巨大蝦蟇が出てくるのだが、術で召還するのでもなく変身するのでもなく、蝦蟇法師が小さな蝦蟇から大切に育てて巨大蝦蟇にしたところがご愛敬だ。蝦蟇の術も変化し、とうとう怪物ではなくペット化してしまった(笑)。ちなみにこの蝦蟇は「怪竜大決戦」の蝦蟇がリフォームされて使われている。
メイン監督の倉田準二は次々アイデアを出しては実行していった。当時のスクリーンプロセスは時間と金がかかった。16ミリでは出来ないので特撮部分だけ35ミリで撮って合成した。たしかに不自然な合成や釣り糸が画面に見えるが、演出の面白さがそれを上回り、そんなものは気にならない。大胆な色使いも美しい。
役者も監督やスタッフと相談し、衣装合わせの段階からアイデアを出し合った。東映大部屋個性派総出演だ(なんて贅沢!)。昼はロケ、夜はセットと3日徹夜で撮り、アフレコでまた全員集合して丸一日。丁寧に、しかもスタッフも役者も熱く、のりにのって作られた作品だ。そのエネルギーは今日見ても伝わってくる。
第一部「金目教編」の最終話など、金目像(巨大ロボット)の中のエレベーターで上下しながらの殺陣があり、そのセンスは今見ても斬新だ。(スター・ウォーズまでまだ10年もあるのに!)
が、後半の三部・四部は忍者物を離れ、怪獣物になっていく。世の中はウルトラ一色に染まり、敵もヒーローも宇宙から飛んでくる時代になっていた。そして脚本家・伊上勝はこの3年後にとうとう「仮面ライダー」(1971・竹本弘一、山田稔)を書くことになるのだ。「人造人間キカイダー」も1972年から始まり、ヒーローは機械仕掛けになっていく。生身の人間である忍者がヒーローの時代は去っていったのだ。

「仮面の忍者・赤影」は忍者物の行き着いた果ての名作である。特撮物としても過渡期にあり、その凝縮された作品世界は一見に値する。特に第一部「金目教編」は、荒唐無稽なサイレント映画の流れを汲む忍者物の最高傑作である!!
DVDBOXが東映から発売中。「金目教編」は必見だ!
2001/9/1/更新。2004.5.5.再更新

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イチオシ映画・其の壱拾七

さて2001年10月現在、いよいよ世の中が乱れに乱れてきた。やれ戦争だやれ不況だと、もはやストレスは飽和状態。頭使うテーマや物語はもう良いよ、ほっと一息つきたいときがあるもんだ。第一集で紹介した「鴛鴦歌合戦」が“いやし系”時代劇なら、この「まらそん侍」は“なごみ系”時代劇とでもいうのかな?

●「まらそん侍」
(1956・森一生)

物語は武士道ものというよりサラリーマンもの。若いサラリーマン二人が上司の娘に惚れてしまってマラソンで競うというもの。主人公の若侍が勝新で、可愛いというか男の子っぽいというか粉ふきイモみたいな顔をしている。親友役は夏目俊二、生真面目で爽やかな二枚目だ。
サラリーマンものに定番なのは勝ち気なお嬢様。後年とげとげした悪女っぽい感じになってくる嵯峨三智子もここではお転婆な家老のお姫様で江戸育ち、人に何と言われようと『あら、へっちゃらよ』なんて可愛らしく自信ありげで適役だ。
その勝新達の恋路を邪魔するのが次席家老のアホ息子で、これが大泉滉。
なにがこの映画の見どころって、この大泉滉のシュールでライトな走りである!この放送コードぎりぎりの走りは、ひょっとしてこのキャラは脳に傷があるんじゃないか?と感じさせ、一見の価値がある。
お城の宝を狙う泥棒はトニー谷。高名なボードビリアンで、私はTV番組「アベック歌合戦」♪貴方のお名前なんてえの?♪をリアルタイムで見ていたときは何も感じなかったが、今日改めて見るととても珍しいタイプの芸人で、お笑い司会者の先駆である。
二人とも飄々としてしかも妙に色気があり、基本的には知的ないい男で、必要以上に騒がしくなく、しかも下品でない。この悪役(?)二人がこの作品に魅力的な味を醸し出し物語を引っ張っていく。
勝新も、お宝を取り返したあと背中にくくりつけ、『ハンデになるが致し方ない』などと言ってマラソンを続けていく。マラソンシーンが多いので屋外のロケが多く開放感を感じさせられぼんやり見ていても気持ちいい。もちろん見せ場のチャンバラシーンもしっかりある。


そして当然物語はハッピーエンド。しかし別に主人公が出世したわけでもないし、お嬢さんを手に入れたわけでもない。が、小市民的にハッピーエンドなとこがまたほっとさせられる。これで良いのだとつくづく思う。
もとネタは1955年11月5日にNHK第二ラジオで放送された「安政奇聞まらそん侍」で伊馬春部が書き下ろしたもの。1時間25分の長時間ラジオドラマで大谷友右衛門、金子信雄、森雅之、芥川比呂志、三木のり平ら、総勢40名が出演している新企画ドラマだ。
戦後の混乱が一区切りし、もはや戦後ではないと言われたこのころ。1958年に観客動員数が11億2千7百万人という、戦後映画界最高の黄金期を迎える。その上り坂の文化の中、肩の力をちょっと抜いて一休み一休みという感じだ。
映画史的にどうという作品ではないし、勝新の代表作でもない。が、「まらそん侍」は急ぎすぎたとき、くたびれたときちょっと見返したくなる、そんな側に置いておきたい愛すべき作品である。

「まらそん侍」は大映ビデオからずいぶん昔に発売されています。TSUTAYAにはあるからレンタルでどうぞ。DVDになってほしい。秋の運動会、マラソンシーズンに最適だ。
2001.10.1/更新。2003.1.12/追加更新。2004.5.5.再更新

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イチオシ映画・其の壱拾八

このコーナーではずっと娯楽映画について話している。日本映画の父・マキノ省三が撮り始めたサイレント映画の昔からチャンバラ映画は日本の大衆の娯楽だった。
御上に異議申し立てが出来ない貧しい庶民は、丹下左膳や鞍馬天狗らヒーロー達が理不尽な世の中を一刀両断するのに声援を送った。また、ヒロインのお姫様に憧れたり、美しい衣装にため息をつき、田舎にいては当時見ることの出来なかった能や歌舞伎を映画を通して知り、奇術や様々な芸能を楽しむことが出来たのだ。
が、チャンバラ映画が撮れない時期というのがあった。1945年、戦争に負けてしまい、GHQがやってきて『チャンバラは野蛮だ』と言ったのだ。
原爆なんか人の頭の上に落としておいて何が野蛮だと思うのだが、戦争に負けたので言うことを聞くしかなかった。剣が抜けないチャンバラ映画なんてしょうがない。剣戟スター達はしかたなく刀をピストルに持ち替えて、それでも娯楽映画を撮り続けたのだ。その時期の代表作が「多羅尾伴内シリーズ」である。

●「多羅尾伴内シリーズ」
(1947~1960)

ご存じ片岡千恵蔵の忘れようと思ったって忘れられない名セリフが悪人達の頭上に響き渡る。


『あるときは香港丸の船員、あるときは片目の運転手、あるときは手品好きのキザな紳士、またあるときはインドの魔術師ハッサン・カン、あるときは傀儡男、またあるときは私立探偵多羅尾伴内…そしてその実体は!?(ここで変装をベリッと剥ぐ!)正義と真実の使徒、藤村大造だ!』
そして二丁拳銃を撃ちまくり、難事件を解決する。ちなみにこのとき使用したピストルはすべて警察から借りた本物である。今日ではとても考えられないことだが、警察が協力するほど当時、庶民には娯楽映画というものが必要とされていたのだった。こうして作られた片岡千恵蔵主演・「多羅尾伴内」シリーズ。
1947年の第一作「多羅尾伴内・七つの顔」(松田定次)から1960年の「七つの顔の男だぜ」(小沢茂弘)まで11本。チャンバラ映画解禁になっても作られたのだから人気のほどがわかるだろう。
松田定次監督はシリーズ11本のうち8本も撮っている。松田定次はマキノ省三の息子で娯楽映画の巨匠である。これらのアホなシーンをこの巨匠は大真面目に撮っているのだ。
多羅尾伴内は次々と変装を替えるのだが、もちろん片岡千恵蔵その人以外の誰にも見えない。しかし悪役の進藤英太郎にだけはわからない(笑)。
もちろん敵の弾は当たらない。3メートルの距離でライフル銃が火を吹くが、多羅尾伴内はさっとよける!(爆!)後ろの金魚鉢ががちゃんと割れる!――そんなアホな、手裏剣じゃあるまいし!
事件解決の後はどこに用意してあったのかカッコイイ(笑)スポーツカーに乗って去っていく。――白馬じゃあるまいし!

当時助監督だった平山亨はおそれながら松田定次先生に御注進した。
『松田先生。弾が発射されてから避けるというのはいくらなんでも…。せめてライフルを向けられたときに避けないと…』
東映NO.1監督にぺーぺーがこんなこと言ったら"馬鹿野郎!"と怒鳴られて当然であったが、松田監督はこの生意気な助監督に優しく答えた。
『平ちゃん、それではあかんのや。銃を向けられたときに避けたんではタダの人や。ボクは理屈を越えた強いヒーローを撮りたいんや』
理屈を越えた強さ!――それはまさに娯楽作品の神髄だった。
松田定次は常に"浅草東映でなけなしのお金をはたいて映画を見るお客さんに喜んでもらえる作品"を作ろうとした。
丸ノ内東映でも渋谷東映でも新宿東映でもない、浅草東映のお客さんは理屈でなく身体を使って働く人たちだった。その人達が一週間一生懸命働いて疲れを癒しに映画館へやって来る。そんなお客さんが心の底から楽しんでくれる映画――。それがピストルの弾をさっとよける理屈抜きの強さや、モロわかりの変装がばれない理屈抜きの面白さだったのだ。
昔の武士の強さというのはまさにそういう理屈抜きの強さだったそうだ。
合気道の名人は弾をしっかり避けたらしい。弾が来る前に飛んでくる光の玉を避けるのだ。そうすると実弾を避けることが出来る。白刃取りもそうだ。さきに光の刃が振り下ろされるという。それを取るのだ。あとはその手のあるところに白刃がやってくるだけだ。そうでなければ白刃を受けるなどと言うことが出来るはずもない。
そういう目に見えない強さが武士道にはあったのだ。それを松田定次は探偵アクションものに取り入れだろう。
チャンバラ映画が解禁になってから後は、松田定次は豪華絢爛な時代劇のセットを明るく照らしだし、白塗りのスターの美しい顔を正面から撮った。
最近の研究では、魅力的なスターに見つめられるだけで人間の脳は免疫機能がアップしてストレス解消するらしいが、当時から松田定次はスターの正面性を大切にして、観客がシネスコのスクリーンの真ん中を見ているだけで楽しめるようにアングルを決めた。豪華絢爛なセット(信じられないが屏風や襖絵は毎回新たに描いていた)。博物館に飾られるような綺麗な衣装(これも毎回西陣の問屋で新調される)を身にまとった魅力的なスタァ達(タレントではない!)が常にお客に向かって魅力的に微笑むのだ。
わかりやすく上品に面白く、松田定次の映像は進んでいく。もちろん撮影は名カメラマン・川崎新太郎だ。
世の中は暗い。サイレント映画の昔と同じようにみんな貧しい庶民になってしまった。そんなときこそ娯楽映画の荒唐無稽さ、時代劇黄金期の豪華絢爛さ、綺羅星のごとく輝くスタア達を楽しんでいただきたい。

松田定次監督の「多羅尾伴内」シリーズはキネマ倶楽部から「七つの顔」「十三の眼」「二十一の指紋」「三十三の足跡」が(2002年まで出ていました。現在は販売停止状態)。東映ビデオから「隼の魔王」「復讐の七仮面」「戦慄の七仮面」「十三の魔王」が発売されています。
2002.1.31.更新。2004.5.5.再更新

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イチオシ映画・其の壱拾九

捕物ジャンルをまだ紹介していなかった。
捕物=類推もの。とかくトリックの賞味期限はスターの賞味期限より短い。すぐに古くなる。よって犯人を追いつめるスリルや、犯人に迫られる恐怖、キャラクターの面白さが映画の魅力になってくる。ただ、冒頭になにか事件が起こって、ラストにそれを解決するというノルマさえ果たせば良いし、お客は嫌でも最後まで付き合ってくれるから、作りやすいっちゃー作りやすい類のものだ。

●「天晴れ一番手柄・青春銭形平次」
(1953・市川崑)

定番中の定番、銭形平次物である。
現代劇出身の市川崑が撮った初めての時代劇だ。脚本は公私共にコンビの和田夏十。銭形平次が贋金つくりの一味と対決する。が、これは類推ものではない。少なくとも平次は推理などしなかった。犯人を追いつめることも追いかけることもしなかった。おまけにやっつけることもしなかった。
では、いったい何か?というと、これは、若き独身の平次が一人前の岡っ引になろうと夢見る物語なのだ。
この平次、駆け出しの岡っ引では食えないから飴屋を営んでいる。几帳面だから捕物に出る時は飴屋を閉めていく。一度に二つのことは出来ない性分だから効率悪くて儲からない。子供が飴を買いに来ると、平次が御用御用と十手の練習をしている。
『♪おじちゃん、あめちょうだい』『♪あ~とでおいで~~~、いま忙しいからね~~~』
この平次役が大谷友右衛門。「佐々木小次郎」(1950・稲垣浩)で映画初出演の初主演。佐々木小次郎役では白塗りの顔にしているが、はっきり言って美剣士でも何でもない。演技が特に上手いという訳でもないので、ぜんぜん私的にはノーマークだったのだが、この「天晴れ一番手柄・青春銭形平次」を見て考えを改めた。なんて素晴らしい!これがもう主演男優賞ものの熱演だ。役者はやはり適材適所だ、白塗り役よりずっと良い。さすが未来の人間国宝、中村雀右衛門!、と感心することしきり。歌舞伎役者が映画へ進出する先鞭をつけた。
ガラッパチ役の伊藤雄之助についてはもう私が誉めるまでもない。皆さん御存知レベルの名優だ。なんかやたら老けてるガラッパチで、生活に疲れ、栄養失調を感じさせる。


独身の平次を狙うのはおかみさん候補の娘三人。
『あんたなんか平次さんと結婚したら姑はいないし!小姑はいないし!飴屋で生活は困らないし!それで平次さんを狙っているんでしょう!?』
『それはあんたのことじゃないの!?』
と、さすがに女性の書くシナリオは女に幻想がない。結局、お静役の杉洋子がおかみさんになるのだが、三人そろって見てもちっとも美男美女じゃない(笑)
市川崑&和田夏十のギャグはたいてい大ハズレで寒くてしょうがないのだが、この作品では時代劇のせいかテンポも良く普遍的なコメディに仕上がっている。小国英雄だったら必ず後で使うために取っておくエピソードとキャラをばんばん使い捨てるところも、この後一体どうなるのだろう?、という予断を許さない雰囲気を醸し出しているのでよい。
役者よく、テンポよく、アイデアよく。映像の構図も撮影も照明もロケもセットも美しい。猫も良い。
市川崑の時代劇最高傑作である事は間違いない。捕物帖でない銭形平次物。ラストシーンも余韻ある90分だ。

「天晴れ一番手柄・青春銭形平次」はLDで出ています。LD発売元は東宝から。市川崑ファンも、市川嫌いも必見だ。
2002.4.1.更新。2004.5.5.再更新

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イチオシ映画・其の弐拾

終戦直後、占領下では刀を抜く時代劇が許されなかった。チャンバラスターは刀をピストルに持ち替えたり、チャンバラシーンのない時代劇が生まれた。
ーー苦しい時代だった。苦しい時代、慰めは我が子への愛、その成長。親たちは子供に未来の夢を託した。今も苦しい。終戦直後もド不況の現代もおんなじだ。

●「狐の呉れた赤ん坊」
(1945・丸根賛太郎)

脚本も丸根賛太郎。オリジナルのお話を自分のテンポで語りたい監督だ。他人の脚本はノリが悪い。原作者は名前を連ねているだけで、この「狐の呉れた赤ん坊」は丸根本人のオリジナル作品。いまだに舞台などで上演される古典となった名作だ。
物語は独身男が赤ん坊を拾って育てるというパターン。それも酒と博打と喧嘩が三度の飯より好きな川越人足・張子の寅だ。最初は赤ん坊を厄介者のように扱うが、意地で育てているうちにだんだん情が移って、赤ん坊が可愛くなってくる。赤ん坊が病にかかったときに遠方の医者を肩車して連れてきたり、自分の命にかえても子供を守ろうとする。
人足達のの相談係役の質屋が、『子供を育てるのは大変なことだよ。まず自分のやりたいことを我慢しなきゃならねえ。おめえにそれが出来るか?』と寅を諭す。今で言う"親業"の入門ものにもなっている。

この主人公・張子の寅が阪東妻三郎。無邪気でいて、しかも下品でない庶民のスーパースターだ。


寅を叱りとばすしっかりもののヒロインが橘公子。丸根賛太郎は女性に幻想がないぶん物語がサクサク進む。ラストでしっかり親として人間として成長した寅と結ばれる。赤ん坊を育てるのに手を貸さず、じっと男が成長するのを待つところがいい(笑)
そして赤ん坊から成長した可愛い子供が、まだ5才の津川雅彦だ。
美しく上品でなまめかしい幼児の肢体で妻さんに甘えて寄りかかっている。めちゃくちゃ色っぽい(笑)ひょっとして津川雅彦が最も美しい作品ではないか?
脇に上田吉二郎など名優揃いで、役者の演技もリズミカルに丸根賛太郎の軽快なテンポで物語が進んでいく。
クライマックスは何度見ても泣けてくる。親も愛はいつの時代でも同じだ。赤ん坊が実は後落胤と言うことが発覚、迎えに来たお城の侍達に親子は引き裂かれようとする。俺が川越人足だから・・・貧しいから育てられねえから取り上げようっていうのか!?と、子供着ている綺麗な若様の着物を脱がせて寅は叫ぶ。
『見ろ!どっから見ても俺の子だ!!真っ裸になったって幸せはあるんだ!!』
ーーこれ以上言うことはない、何度見ても飽きない。何度見ても面白い。占領下時代の傑作。マニアも初心者もとにかく必見だ。

「狐の呉れた赤ん坊」はキネマ倶楽部(つぶれた!)から出ていました(2002年まで出ていました。現在は販売停止状態)。中古屋を探せばあるかも。
また、この名作は「無法者の虎」(1961第二東映/深田金之助。主演・近衛十四郎)、「狐のくれた赤ん坊」(1971大映/三隅研次。主演。勝新)でリメイクされています。
2002.9.11.更新。2004.5.5.再更新

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