Soulful Drinker Talks
お酒について語ろう
「“演出と効率”と酒器」
飲食店をいろいろまわっていて、ひとつわかった気になっていることがある。「いかにお客さんを感動させて、それに見合った(高い)料金をいただくか。」ということと、「いかに店の運営を効率的にして低コスト(と低価格)を実現するか。」ということのバランスを飲食店経営者はよ〜く考えなければいけない。どんなビジネスでも同じことは言えるのだろうが、特に飲食店はそれが大切だと思う。「食い物の恨みは恐ろしい」って言うけど、飲食店でのサービスの悪さは特別腹が立つ。逆に美味しいものに出会ったときは幸せを感じるし、店員のちょっとした気遣いに感激したりする。飲食店は山ほどあるだけに、お客さんの見る目は厳しい。そんな中で他店より魅力があって、その上で儲かる商売をしなければいけないから、これは大変だ。

お客であるということは全くいい気なもので、立場が変わればこれを観察することが楽しい、ということになる。目の付け所はいろいろある。またレベルもピンキリ。でも、“どれだけ効率的にやっているか”なんてことを比べても楽しくないし、より高いレベルのものを見たい。そんな中でボクが目をつけたのが「器」だ。酒飲みという立場からすると「酒器」ということになろう。

グラスというのは案外場所を取る。お皿なんかは横幅は大きいけれど重ねられるのに対して、グラスは重ねられないものが多い。重ねられるグラスというのは、それこそ効率重視で、多少傷がついてもお構いなしということになろう。またグラスは割れやすいものが多い。高価なものほどガラスが薄く、脚がついていたりして、洗うときについ割ってしまいやすい。場所を取らない、割れにくい、ということを考えると、グラスはなるべく種類を増やさず、同じグラスをどのドリンクでも共通して使用するのが良い。割れにくいグラスを選べば、当然ガラスが厚いものになる。さらに安くあげようと思えば、ドリンクメーカーが提供してくれるメーカーのロゴ入りグラスを使うのがいい。よくある大手ビールメーカーのマーク入りジョッキなんかは典型的なものかもしれない。

飲食店において「盛り付け」というのはとても大切。同じ素材で作ったものでも盛り付けが下手だと安っぽく見えるし、味もそれなりのものに感じてしまう。一方綺麗に盛り付けてあれば、高い値段がついていても納得感がある。当然ドリンクにも同じことが言える。せっかくいつもと違う気分で美味しいものを味わいに来ているのに、自宅でも使っているようなグラスでお酒が出てきたらがっかりだ。大手メーカーのロゴ入りのグラスやジョッキというのも、お店のこだわりの無さが伝わってきて興覚め。自分たちの手で選び抜いたものを使っています、という感じが欲しい。お客さんをどれだけ楽しませようとしているかということが、ここに如実に現れる。フードにこだわって、器も綺麗で、盛り付けも頑張っているお店は最近多いのだけど、案外ドリンクの方がイマイチなお店は結構ある。日本酒や焼酎はブームで力を入れているので、酒器にもそこそこ演出があったりするけど、ことの他差が出るのがビール。なんて言ったって大手ですからロゴ入りグラスを大量に持っている。お店側も扱い品目による差が出せないから興味も薄く、グラスの選定も適当に済ましてしまっている感じ。(ま、こういうことに対するアンチテーゼがボクのGプロジェクトなんですが。)あとは、カクテルドリンク系。手間をかけないで作れるものを、どれも同じトールグラスで出しているってのも興覚めだ。

繊細なグラスは食器洗浄機では洗えない。ひとつひとつしっかり手で洗う。バーテンダーやソムリエが繊細なグラスを綺麗に拭きあげている手つきを見るのがボクは好き。ピカピカに磨きあげたグラスに美味しいお酒をちょろっと注いでもらって、グラスの内面を流れるお酒を舐めるように飲むのがいい。なんだかお酒を造った人の愛情に、お店の人の愛情がプラスされている感じがする。それでこそ高い料金を払う気になるってものだ。

「演出」と「効率」のバランスを取りながら経営している飲食店。そのお店がどちらに軸足を置いているか、「酒器」を見れば伝わってくるものがある。・・・・・なんてね。

(2004年7月)
「焼酎ブーム。売り手の良心、飲み手のプライド。」
「百年の孤独」15,000円、「魔王」(4合)9,800円・・・・一瞬目を疑ったが、確かにそこにある。いやいや、飲み屋の話ではなく、近所のスーパーの話。それらの焼酎が大手スーパーの棚に並んでいること自体も「焼酎ブーム」もここまで来たか、という感じであるが、驚くべきは価格だ。メーカーの希望小売価格は前者は2,000円台半ば、後者は1,000円代半ばのもの。それが個人経営の酒販店やインターネットの怪しい小売業者がやっていることならまだしも、大手スーパーがやっている。人気のファミコンソフトなんかが品切れしても希望小売価格より高く売ることはないのに。なぜ??勝手に推測すると、焼酎ブームに毒された生半可な酒担当のバイヤーが、「どうだ!俺はこんな商品も並べちゃうんだぞ!酒専門店も顔負けだろ!俺ってスゴイだろー!」って一人よがりでやっているんだろう。会社内の倫理チェックをする部署の目にも止まっていないんだろうと思う。多分他の部署の人が気づいたら即刻止めることになるんだろうと思う。(あくまで推測だけど。)何人かの業界関係者から聞いたところによると、いくら人気が出ようと蔵元からの出荷価格は一緒で、あくまでも流通でこんな自体になっている様子。じゃあ、不当に儲けているのはどこだろう?

「百年の孤独」も「魔王」も美味しい焼酎なんだろうけど、他の希望小売1,000円台、2,000円台どおりで売られている焼酎の10倍美味しいかっていうと、さすがにそんなことは無い。だから、本当に焼酎を勉強してこだわった飲み屋さんへ行くと、どちらも置いてなかったりする。当たり前だ。味と料金に納得感のあるものを出すのが売り手の良心だし、お店の信用だから。長く商売をしようと思ったら必然的にそういう結論になるはず。かわいそうなのは焼酎の蔵元。本当にお酒を可愛がってくれるお店ではなく、中途半端な知識と見栄えだけで商売しているようなお店に自分の商品が並ぶことになる。

先日たまたま入ったアッパー居酒屋。(最近多い、内装がお洒落で、客単価も高めの居酒屋業態を「アッパー居酒屋」というらしい。)一人でカウンターに座って米焼酎を頼んだ。カウンターの店員さんと話していると、横にいた店員さんが口を挟むように入ってきて、「お客さんは米焼酎がお好きなんですか。」「いえ、特に米っていうわけではなく、何でも飲みます。」「うちはなかなか手に入らないめずらしい焼酎もありますから。」ってな具合。同じようなことが立て続けにあった。今、東京中の飲食店に「なかなか手に入らない焼酎」が溢れている。
ま、でも、これは悪意でやっているわけではないのだろう。ただ、要は売り手側に業界や文化を育てようという気概があるか、ということだろうと思う。

一方、お客さん側には、高くても珍しいものを飲みたい、めったに飲めないものを飲みたい。という需要は確かにある。ワインなんかは比較的そういう人も多いのだろう。シングルモルトもそうかもしれない。最近の焼酎もそうなんだろうか?いやいや、何十年もの時を経て熟成され、また世界的に流通しているワインやウイスキーのプレミアムとはちょっと状況は違うと思う。
本屋へ行くと、焼酎に関する新しい本が目立つ。雑誌の特集記事もすごい。ずいぶんいろいろな銘柄が乗っているが、ボクは固有名詞を覚えるのが苦手なので、あまりの多さゆえに結局ほとんど頭に残らない。だからどの銘柄が珍しいかなんていうのは全く意味をなさない。要は美味しければいいんです。

確かに焼酎は魅力的なお酒だ。Soulful Drinkerとしても酒肴と焼酎という組み合わせは何にも替え難い。
でもブームに踊らされている感じになるのはプライドが許さない。だからどうだってわけではないが、気持ち一歩引いて、お酒そのものよりも、それを取り巻く人間に目が向いてしまう。

(2004年4月)
「プロジェクトG」
そういう名前のプロジェクトだというわけではないのだが、ここではそう呼ばせてもらいます。テレビ番組の「プロジェクトX」をもじって。「G」はもちろん、ブランド名。

昨年の5月に今の仕事について書いたのだが、もちろんそれからもずっとボクらの挑戦は続いている。新しいブランドとして世に定着させ、ビジネスとして成り立たせるためには、まだもう数年頑張らないといけないようだ。ただ、手応えは十分ある。いわゆる外食業界の中ではだいぶ知名度が上がってきた。昨年の前半は飲食店の方と話しても、「へぇ・・・」と、全く知らない状態。こいつ何物?ってな感じだった。でも秋頃からずいぶん雰囲気が変わってきた。名刺を出すと「あっ、これ、バー○○で飲みましたよ!グラスが面白いんですよね。すごく美味しかったですよ!」って、知っている人が何人かに1人いるのだ。とりわけバーテンダーの方が知っている可能性が高い。彼等は同業者の店を飲み歩いたりして横のネットワークを持っている。だからどこかしらのお店でGに出会っているケースが増えてきたのだ。それもそのはず、Gを取り扱っているお店は今や100店を超えた。1年前にはまだ数店だったことを考えると我ながらスゴイことだと思う。

Gを世に出したのは2002年の12月。それまでの1年強、「プロジェクトG」の計画段階では今日の状況は想像できなかった。新しいことをやるには不安がつきまとう。まわりの視線も決して暖かいものではなかった。「そんなものが売れるわけない。現実のマーケットを見てみろ。」「量が質をつくるんだ。そんな小さなことをやってどうするんだ。」「あのプロジェクト、まだ生きていたのか・・・」「勇気を持って引き上げることも大切だぞ。」そんな言葉を浴びながら事を進めてきた。
“試醸品”ができ上がったとき、少し自信が持てた。・・・美味い!。でもこれだけ個性が強いと好き嫌いがあるから、売れるだろうか?いや、大衆うけを狙っているんじゃない。一部の人に深く愛されればいい。でも、それでビジネスとして採算が取れるか?
ブランド名とロゴデザインが決まった。・・・これ、いいね。でも覚えにくいかも。読みにくいし・・・。「ガーゲリー?」読めないんじゃないの?でもこのマークは超カッコイイ。
グラスのデザインが決まった。・・・何と印象的なグラスだろう。そしてデザインの中にいくつもメッセージが織りこまれている。でも、こんな変わった形のものを飲食店が受け入れてくれるだろうか?お客さんがビールをこぼしまくって話にならないんじゃないだろうか?すぐに割れてしまうのではないだろうか。
モノができあがってくるにつれ期待が高まり、問題点が具体的になることで、“不安”が“課題”に置き換わっていった。

いよいよ営業活動として、飲食店にGを案内してまわる。味と品質にこだわり、サービスレベルが高く、情報発信力のあるお店。ボク等の起業ミッション、目指す品質とスタイルに共感してくれそうなお店を探した。4人のメンバーのうちボクともう一人は営業を経験しているが、あとの2人は営業未経験。20年近くのキャリアの中で、初めての営業だ。
何軒かGを紹介してまわってみて、驚いた。
“感動”してくれている。Gを見て飲んだ人が。
大抵のケースでは、こちらが自己紹介をすると、「ビール?うちはビールはもう増やす予定はありませんので、ご案内いただいても無理ですよ。」「黒ビールはうちでは売れませんから。」「うちは○○○(大手ビールメーカー)にお世話になっていますから・・・。」というような言葉が返ってくる。そこを「とにかく味を見ていただくだけで結構ですから・・・。」と繋ぎとめて、試飲にこぎつける。
まずグラスを見せると・・・「!!。何ですか!?スタイリッシュですね!」
ビールを注ぐ・・・「甘い香りがしますね。いや、すごい。」
ビールをひとくち飲む・・・「!!・・・これ、美味いです。」
それまで、明らかにネガティブな雰囲気だったのが、180度ひっくり返る。
「味見だけですよ。」と言っていた人が、「これはいくらですか?」「生ビールサーバーは貸してもらえるんですか?」と急に具体的なことを話し出すこともしばしば。
ある飲食企業の社長に「久しぶりに食材で感動しましたよ。」という言葉もいただいた。
そう、ボク等が考えてきたことは間違えではなかった。お酒や食に真剣に向き合っている人たちが評価してくれている。

バーテンダーの方たちが、「あの店はGが合っていると思うので、僕の紹介だと言って案内してきなよ。」と言ってくれる。お店から「扱いたいのですが・・・・、どうすればいいですか?」という問い合わせも入ってくるようになった。計画段階でいろいろ批判したり馬鹿にしていた人たちも一目置かざるを得なくなった様子だ。
だけど、永続するブランドとして定着するのはまだまだ先。ブランドというのはちょっとしたことですぐに崩れていく。また、それ以前にビジネスとして成り立つか?という大きな大きなハードルが目の前にそびえ立っている。

「プロジェクトG」はまだスタートしたばかり。

(2004年1月)
「Soulful Drinkerの仕事」
いろいろお酒について語っていこうというベースは、「お酒は文化」だということにある。酔っ払うことだけが目的のだらしない飲み方は卒業して、お酒に敬意を払って飲みましょう、ということだ。
ボクがアルコール業界の仕事をしていることは、何度か触れた。公私混同が過ぎないように気をつけながら、ボクの仕事について語ってみたい。なぜなら、今、0時を過ぎて日付が変わったが、まさに今日、ひとつの節目を迎えるからだ。そして、その仕事とは、まさに「お酒は文化」へのチャレンジだから。

ビール業界。大手の熾烈なシェア争いは続いている。スーパードライが発売になった1987年以降、ものすごい勢いで新商品が発売されてきた。途中、発泡酒というカテゴリーが急成長したりして、ある意味、マーケティングゲームとしては見るものを楽しませてくれる。でもほら、中味はどう違うの?って感じるよね。コンビニのショーケースに並ぶ缶ビール、発泡酒。ディスカウントストアに山積みされているビールと発泡酒のケース。どうやって選ぶ?値段?デザイン?CM?懸賞?

日本のビール文化は寂しい。ビールの発祥は遥か彼方メソポタミアやエジプトだし、育んだのはもっと彼方のヨーロッパで、その6000年の歴史に対して、日本に伝わったのはたかだか150年ほど前。しかもそのころ、冷凍機が発明されて、下面発酵のラガービールが一気に世界に広まっていたから、日本はその影響をもろに受けてしまったんだろう。文明開花、工業化とともに日本のビール文化は育ってきたのだから、多様性に欠けるのもいたしかたない面がある。

でも、ここに来て本質的に時代が変わってきた。インターネットなどの情報や海外旅行によって日本人が世界の多様性を知りはじめた。それは嗜好の多様化につながる。何度かのブームを経て、ワインはしっかり根付きはじめた感がある。渋い赤ワインを好んで飲む人はもうめずらしくない。しゃぶしゃぶのアメリカンコーヒーはどこかに消えてしまい、エスプレッソコーヒーがカフェの定番になっている。喫煙者の肩身が狭くなる一方、ゆったり葉巻を楽しむ人が増えてきている。・・・じゃあ、ビールは?

嗜好性の強いものは自宅よりも外で楽しむことが多い。嗜好品は気分につながるものだから、日常よりも非日常にそれを求めるんだろうと思う。ダイニングバー、カフェ、シガーバー。不況を尻目に素敵なお店は確実に増えてきている。バブルの頃のように下品で心の入っていない店ではなく、センスもサービスのレベルも各段に高い。そういうお店ではフードもドリンクもしっかりこだわっている。フランスワインの呪縛から逃れたソムリエが、しっかり新世界のワインも横に並べて味で選んでいる。大手のブランドから離れて、地酒、本格焼酎を取り揃える飲み屋は多い。・・・じゃあ、ビールは?もしかしてコンビニで売っているのと同じ?いやいや最近はコンビニのビールの方がこだわりがあったりして。(セブンイレブンのとかね。)

飲み手として、そういう意味ではベルギービールとか、一部の地ビールとか、ビールも楽しめるようになってきた。きっとこれから伸びてくると思う。でも、ボクは飲み手であるだけではなく、売り手でもある。そして「お酒は文化」と考えている以上、自らの手で日本のビール文化に貢献したい。マーケットを動かしたい。今その時が来ていると実感しているのだから。

自分も含めて4人の仲間と会社を立ち上げた。自分たちのビールを創った。「お酒は文化」を実践する、本格的で、個性的で、さらに新しいスタイルを持った新ブランドビール。世に送り出すまでは、受け入れられるものかどうか不安もあったが、昨年末に営業を開始して以来、驚くほど飲食店やお客さんの反響が良い。相当な手応えを感じつつある。
その仕事の中で素敵な出会いもあった。その人たちと手を組んでボクらは前に進んでいる。そして、今日、5月12日にボクらの拠点がオープンする。マーケティング的に相当思いきったことをやった。この広い東京で、目指すお客さんにどれだけ強く、深くアピールするかが勝負だ。

街でボクらのブランドを見つけたら、どうか応援してやってください。時代を動かす“共犯者”になりましょう。

 

 (2003年5月)
「BARが楽しくなってきた。」
最近のBAR業界に動きがあるっていう意味ではありません。
ただ、自分自身がBARに行くようになって楽しみ方がわかってきたという話です。

BARっていうのはとても敷居が高いお店です。特にオーセンティックなBARには何か厳密なルールがあって、変な注文のし方とか、飲み方をすると馬鹿にされてしまうのではないか?カクテルの名前もウイスキーの銘柄もあんまり知らないし。また、席に座っただけで料金がかかってくる「チャージ」っていうのがいくらかわからない。めちゃ料金が高いのではないか?一品一品もそれなりに高いだろうし・・・。ボクもそう思っていました。でも最近あちこちのBARに行くようになって、少し見る眼が変わってきたので、それについてお話したいと思います。
料金については、絶対的な金額に関しては店によっていろいろなので何とも言えません。2杯飲んで、2000円のところもあれば5000円になってしまうところもある。それを高いと思うか安いと思うかは、その人が何を求めてBARに行くかによります。別の言い方をすれば、その人の時間の過ごし方次第だ、ということです。何杯飲んだか?1杯あたりいくらか?ということ以外に大切なこと、面白いことがBARにはたくさんあります。それを楽しめるようになれば料金についての感覚も少し変わってくるのではないかと思います。

当たり前の話ですが、BARにはカウンターがあります。だから「BAR」というのですが、そのカウンター越しにいるバーテンダー、この人と相対して座っていることがBARの醍醐味です。この人はいったいどういう人なんだろう?お酒とともにどんな人生を歩んできたんだろうか?この人のサービスマンとしてスゴイところはどこだろう?ってボクは見てしまいます。バーテンダーの側から見れば、そんなこと考える客は全く余計なお世話だろうし、「人間ウォッチング」は向こうの方が上手なんだろうけど。
最近、カクテルをつくるときのシェイクのし方、腕の動きが、人によって結構違うことに気づきました。スゴイと言われるバーテンダーほど、目にもとまらぬ早く細かい動きでシェイクするというイメージを持っていたけど、見ていて気づいたのは、逆にそういう人ほどシンプルな動きをしている感じです。あれ、こんなの振り方、自分でもできそう・・・って、思ってしまうような。この辺は実際どうなのか、これからちょっと研究してみたいと思います。
バーテンダーとお話をするのもなかなか楽しいです。忙しいときは相手にしてくれないけど。早い時間に行くとマン・ツー・マンになったりして。ちょっとかじり始めたお酒の知識を確かめながら教えてもらったり、ただ雑談をしてみたり。あんまり良い趣味ではないけど、BAR業界のことをいろいろ聞いてみると面白い。狭い世界みたいなんです。バーテンダーは店から店へ、街から街へ、あちこち渡り歩いている人が多い。だからいろいろな人間関係が見えてきたりして。でも、深入りはやめましょう。悪口もいけない。妙に事情通な嫌な客にはなりたくないですからね。

全く見方を変えて、ボクが「いいな」と思っているのは「グラス」。いろいろなデザインのグラスが並んでいると楽しくなってきます。あのグラスでは何を飲ませるんだろう?って想像したり、実際に頼んでみるのもいいかもしれない。ウイスキーやカクテルなど、お酒の香味を楽しむことに加えて、目も楽しませてみたい。素敵なデザインのグラスの中でお酒を揺らしながら、ゆっくりと飲みましょう。そうした時間には多少のお金を使ってもいいと思います。

最後にボクのライフワークであるビールとBARの関係。これは最近の傾向なのか、二極分化しているように思えます。つまり、ビールに全く力を入れていないお店と、こだわりを持っているお店。BARだから洋酒やカクテルには当然力を入れている。でもビールに関して言うと、あんまり面白い商品は無いし儲からない、もういいや、って思っている感じのところと、「うちのビールは面白いですよ!」っていうところにパックリ分かれます。前者は大手メーカーのビールを前提にしていて、居酒屋でジョッキ380円で売っているものを一生懸命に売っても仕方無いしなー、ということで、ボクに言わせればちょっと勉強不足ということになります。お酒に対して広く興味を持ってアンテナを張っていて、他のお店と違うことをやりたいと思ったら、今こそビールだ、と気づくはずです。そう、後者は気づいているのです。イギリス系エールの樽生、ベルギービールの瓶や樽、そうヒューガルデンを扱うBARもちらほら見かけるようになりました。先日は思わぬお店で地ビールの樽生を見つけました。そのお店のバーテンダーが自分で探してきたということでした。
なんだかんだ言ってもビールはお酒の中では重要な存在。ここには是非力を入れて欲しいものです。
あれ?ちょっと仕事をしている感じになってしまいましたかね?

BARはお酒が好きな人が経営する、お酒が好きな人か集まるところ。そういう意味ではBARに優るところはないと思います。ちょっと勇気を持って一人でカウンターに向かってみましょう。そして自然体で、バーテンダーに身を委ねるつもりでお酒を頼みましょう。お酒の楽しみ方がぐっと深まるはずです。
 (2003年)

   最近出会った、酒好きがくつろげてビールが美味いBAR

    Bar 霞町 嵐 (西麻布) 港区西麻布3-23-14
         ちょっとわかりづらい場所にある隠れ家的なBAR。とても気さくなお兄さんという感じのバーテンダー。
         八海山ヴァイツェン樽生が飲める。
    Bar Moonshiner (赤坂) 港区赤坂2-13-4
         オーナーバーテンダーがひとりでやっているのに、ハイタッチなサービスが嬉しい。
         バスペールエール樽生、他ベルギービール等を十数種類。
    bar AGT (銀座) 中央区銀座8-10-8
         3人のバーテンダーと料理人の4人で共同経営。女性のバーテンダーは世界カクテルコンテスト優勝経験有り。
         ヒューガルデン樽生とガージェリースタウト樽生という白黒の品揃えが面白い。
    heart cocktail (銀座) 中央区銀座6-3-8
         銀座のバーマンが集う、知る人ぞ知るお店。女性のオーナーバーテンダーが店内でジャズライブを定期的に開く。
         ガージェリースタウト樽生とバスペールエール樽生が飲める。
    煙事/煙時 (銀座) 中央区銀座7-5-19
         各種燻製はお酒のツマミとして申し分ない。
         エーデルピルス、バスペールエール、ガージェリースタウトの3種類の樽生が楽しめる。
「時間を感じて飲む」
第2次世界大戦で日本で唯一地上戦が行われた沖縄。
その時に沖縄で貯蔵されていた泡盛の甕はほとんど壊れてしまい、100年以上も貯蔵されていた古酒(クース)がほとんど壊滅したという。だから、今飲める泡盛の古酒は第2次世界大戦以降の製造のものだ。

スペインのシェリー酒は独特のソレラシステムという方法で熟成される。熟成樽を3段とか4段に積み上げ、出荷するときは一番下の樽から酒を出して、減った分だけすぐ上の樽から補充する。上から下へと若いワインは古いワインと混じり合っていく。うなぎのたれ方式で先祖代々の味が継承されていくというわけ。

お酒、とりわけ蒸留酒は製造の年代が古いものが珍重されるという傾向がある。
醸造所、蒸留所の蔵の中で樽に詰められたまま、年数を重ねたもの。瓶詰めされた後、流通しながら、または購入した人の手元で年数を重ねたもの。
ワイン、ウイスキー、スピリッツ、泡盛、ベルギーのトラピストビール、最近は日本酒も時々見かけるようになった。
1年、10年、30年といった年数の物差し、年数を重ねることの品質的な意義はそれぞれお酒の種類によって違いはあるけれど、通ずるところがあるのは、間違い無く「時間」というものが、お酒を人の味覚だけでなく心にまで訴えるものにしているということだ。

自分や家族の誕生年に造られたお酒、何らかの記念日に買ったお酒、その年月と自分の人生を重ね合わせながら飲む。そこには美味しいまずいということを越えた楽しみを見出すことができる。他にそういう楽しみ方ができる食品は少ない。
だからボクはウイスキーなんかを水で割るのが好きではない。味どうこうではなく、せっかく積み重ねた時間が薄まってしまう気がして。理屈ではない。ロマンチストだねぇ。

お酒と「時間」というともう一つの「時間」がある。それは実際に飲む時間だ。
仕事が終わってほっとしたときに飲む一杯のお酒。ひとりで飲む一杯のお酒。
その一杯を飲む間、めいっぱい時間を感じたい。
たった10分でも20分でも、液面を揺らしたり、見つめたり、香りを楽しんだり、周囲の空気を感じたり、ちょっとキザではあるが、お酒を造った人に対して敬意を払いながらじっくり楽しみたい。お酒が造られるのにかかった時間を今ここに凝縮して、ストーリーを完結させるのだ。そのお酒のストーリーを。
もちろん自分自身のストーリーはそこからが始まりかもしれないし、途中かもしれない。
自分の生活や人生を演出するのに、お酒はとってもいい小道具だ。いやパートナーだな。
ただ酔っ払うだけに飲むのではもったいない。

あれ、
あっ、やばい!終電の時間だ!
ちょ、ちょ、ちょっとお勘定お願いします!
 (2003年)
「ストレートで飲む。」
何も飲み方について難しいことを言うつもりはないのですが、「酒を飲む」ってことがただ「酔っ払う」ためだけのものではなくて、自分自身の精神活動になんらか関わっている文化的行為だという立場でこの「Souilful Drinker」というコーナーを書いています。人それぞれの飲み方があっていいわけですが、ボク的には「適度な緊張感を持った飲み」という感じが今は一番しっくりきています。
「緊張感」ってなんだ?って言う前に、それと対極にあるのは、いわゆる勢いだけの一気飲みとか、仕事の愚痴を交わしながらのダラダラ飲みってところでしょうか。前者はボクも学生時代や新入社員時代はよくやった、というか、よく巻きこまれました。ボクは胃袋が小さいのか、一気に大量の液体を流し込むのはとても辛い。それでも学生時代なんかは目立ちたい一心で一生懸命頑張りました。安いウイスキーをストレートで大きめのタンブラーいっぱい飲み干して、血を吐くんじゃないかっていうくらい苦しんだこともあります。(実際血を吐いてたヤツもいたなぁ。)そのおかげで何年か前まではウイスキーは嫌いでした。なんか昔の悪酔いを思い出してしまうから。ビールの一気飲みもキツイ。アルコール度数は低いからウイスキーのようなことはありませんが、炭酸ガスのおかげで物理的に腹が辛い。でもさすがに最近は一気コールに乗って必死に流し込む、ということは無くなったなぁ。
そして後者、愚痴のダラダラ飲み。これはサラリーマンに多いパターンだと思うけど、上司の悪口なんかを言いながら、または上司に説教されながらの飲み。しだいに酔っ払ってくるとお互い興奮状態でケンカっぽくなったりして。帰りの満員電車の中ではすっかりふらふらで周りの人に迷惑をかける。時々典型的なオヤジさんを見かけるけど、やっぱりアレは良くないなあ。
2つの例は誰が見ても、飲むシチュエーションとしてはあまり良いものではないし、普通は楽しく仲間や恋人、家族なんかと楽しく、料理を楽しみながら飲むっていうのが、“妥当な”ところなんだろうと思います。
しかしながら、今回は敢えて、「ひとりで飲む。」もしくは「カウンターへ向かって飲む。」というシチュエーションにこだわりたい。目の前で自分に相対するものが、お酒という状況です。カウンターの隣りに友人なんかが座っていてもいいでしょう。でも自分とお酒の間に「緊張感」が無ければいけない。もう少し馴染みのある言葉で表現すると、お酒に飲まれてはいけない、ってことかな?ひとりであれば、つぶれてしまうわけにはいかない。カウンターに座っていれば、壁にもたれたり、倒れたりできない。いや、そんなレベルじゃなくて、カッコ良く飲みたいですから。
そして飲むお酒はストレートで。これが最近のボクのスタイルです。ウイスキーはもちろん、焼酎とかリキュールとか、水で割ったり、カクテルにするんじゃなくて、そのまま、氷も入れない。まあ最近お酒のことを学ぼうと思い始めて、まずはそのままの味を知りたいという意味が大きいのですが。冷やさない方が香味がわかりやすいですからね。
でもウイスキーや焼酎をストレートで飲むということはアルコール度数30度とか40度、50度というものをそのまま飲むということで、慣れないうちはアルコールの強さでむせてしまい香味を楽しむどころではないかもしれません。慣れてくるとこれがまた、アルコールそのものの“甘さ”が楽しめるようになったりして、ちょっとヤバイ域に入っていくことになるんですが。
しかし、味は楽しめるようになったとしても、高濃度のアルコールを飲めば酔うことには変わりません。飲む瞬間と酔いが回るまでの時差があるから自分の適量でコントロールせずに調子に乗ってしまうと大変なことになります。だから必然的に「緊張感」が必要になるのです。
また、ひとりで飲むっていうのはちょっと寂しい気もしたし、店にひとりで入るのには最初少し勇気が要ります。でも、これ、やってみると快感だったりするんですよ。「ひとりなんですが、席あります?」な〜んてね。
背筋が伸びて、神経が研ぎ澄まされる気もします。
さあ、Soulful Drinkerになるために今晩もカウンターへ向かいましょう。
そして、精一杯ニヒルに、
「ラガヴーリンをストレートで。」
 (2002年)
「街の酒屋さん」
僕の実家は酒屋です。東京都渋谷区に僕の義理の祖父が創業し、亡き父が継ぎ、今は母と兄夫婦が経営しています。
子供の頃の想い出として、父やお店で働いていた親戚のオジさんの運転する車に乗って、配達の手伝いをしていたことが印象深く残っています。お店の横には大きな倉庫があって、木箱に入った日本酒が山のように積んでありました。もちろん瓶ビール(当時は缶ビールはほとんど無かった。)も並んでいましたし、缶詰や日用雑貨類も若干扱っていました。面白いのは味噌。大きな容器(数十kg分)から天秤で測って売っていましたねー。
近所のオジさんがちょいと寄って来て、日本酒をコップになみなみ注いで店頭で飲んでました。仕事を終えた帰りなのか夕方になると、問屋のセールスさんが店の事務所に座り込んで、お店で買ったお酒を開け乾き物をツマミながら、いつも2人で議論を交わしていました。そんな2人を横目に父は帳面をつけていたように思います。
僕が20才のとき父を亡くしたために若干ノスタルジーが入っているかもしれませんが、街の酒屋さんには古き日本の生活文化の香りがアルコールの香りとともに漂っていました。
今はどうでしょう?ほとんどの日用品とともにアルコール類はスーパー、コンビニ、ディスカウントストアなどで買われています。缶ビールをケースごとカートに乗っけて店を廻り、紙おむつや野菜などと一緒に車のトランクに詰めこむ、という買い方が当たり前になっています。生活文化が生活文明になって、文明に取り残された酒屋さんの多くは寂しそうに廃業の日を待っているように見えます。まあ、これは酒屋さんだけに言えることではないけれど・・・。でも酒販免許という規制によって守られていた状況がここに来て大きく変わったから(2003年秋には免許枠制が無くなる)、特に目立っているのかもしれません。
一方そんな中で頑張っている酒屋さんも、もちろんあります。小売店が文化から文明になってきているから、文化を売りにしてお客さんを集めようとしている。このご時世、インターネットも強い味方になっています。
一番多くはワインの品揃えで頑張っている店。そして地酒。品揃えを充実させて、スーパーやコンビニにはない、できないサービスを売りにしています。お客さんとのコミュニケーションですね。幸い一部のお客さんはスーパーやコンビニで売っている大量生産商品だけでなく、こだわったものを選ぶようになってきています。説明が必要な商品を頑張って揃えれば、多少遠くからでもお客さんは集まってきてくれるのです。
インターネットの普及、海外旅行する人の増加で、こだわりの幅も広くなっています。僕が最近感じるのは、ビール。
スーパーのダイエーが何年か前に128円ビール、バーゲンブロウという廉価輸入ビールを売りだしてちょっとしたブームになりました。そしてブームが急激に冷え込むのを見誤って、大量に余らし古くなったビールをたたき売りました。あの頃から輸入ビールのイメージが悪くなったように思います。安いけど、古いからまずかった。ダイエー以外の輸入ビールもひどく、日本の大手メーカーの鮮度アピール競争と発泡酒の登場がトドメを刺したと言えます。
ところがここに来て輸入ビールの状況が変わってきています。ひとつは輸入の品質保持条件が良くなっている。お客さんの商品を見る眼が商社の対応を変えたといえるのではないでしょうか。(この辺は以前に書いたときから僕の認識が変わっています。)もうひとつはお客さん側の嗜好の幅が広がっています。これはワインブームの功績もあるのだと思いますが、渋いもの、苦いもの、濃いもの、甘いものなどに対する受容性が高まっているんじゃないか?そしてそんなお客さんにベルギービールとかアメリカの地ビールがハマってきているのではないか?これはまだ感触程度なのですが、ちょっとそんな流れを感じています。これに日本の地ビールの巻き返しが加われば大きな流れになるかもしれません。
ちょっと話しがずれてしまいましたが、ビールの品揃えで頑張っている酒屋さんも出てきたし、出てくる素地が固まってきたのではないかということです。
品揃えだけではなくて、高齢化に対する配送サービスで生き残る方法もあるでしょうし、いずれにせよ、ハイタッチなサービスで街に文化を残して欲しいものです。頑張って欲しいなぁ、酒屋さん。

でも、シャルトリューズを買おうと思っても無いんだよなぁ。リキュールとか、ウイスキー(シングルモルト中心に)とかも頑張って置いて欲しいな。個人的には。
 (2002年)
  
   
  僕の実家は現在コンビニエンスタイプの店。とは言っても大手のコンビニチェーンには加盟していない。
  原宿の外れにあり、客層はアパレル系の事務所の人とか、近くにスタジオがあったり、住んでいたりで芸能人系も。
  最近、兄はワインに力を入れており、その品揃えはコンビ二というくくりを超えている。(ペトリュスがあるぞ、おい。)
  2000円から3000円くらいのコストパフォーマンスの良いワインがお薦めだそうで、
  自信あり!とのことなので、興味のある方は寄ってみてください。
  
  場所は東京都渋谷区神宮前です。JR千駄ヶ谷駅と原宿駅の中間くらい。
  http://www.jingumaewineclub.com
「地ビール」
日本には今、地ビールの醸造所が300弱あります。
1994年に規制緩和で日本でも小さなビール工場を建てることが許可されるようになり、その後ブームになって一気に300近くまで来ました。いわゆる町興しみたいな流れに乗ったという理由もありますが、地ビールを始めようと考えた人達の多くは大手メーカーへのアンチテーゼみたいな気持ちがあったとものと思います。
日本のビールメーカーの主力製品は、例えばアサヒスーパードライとかキリン一番搾りとかサッポロ黒ラベルとか、それぞれ売りこみ文句はあるけれど、飲んでみるとたいていの人は味の区別ができないのではないでしょうか?少なくとも何杯か飲んだらわからなくなってしまうでしょう。これらのビールは世界の数あるビールの分類からすると1つのくくりに入ります。「ピルスナー」というタイプです。細かい話はまた別にして、このピルスナータイプのビールが日本のビールマーケットのほとんどを占めていることに対して、「こんなのもあるんだよ!」というのがたいていの地ビール屋さんの主張なのです。

でもこの1〜2年はすっかり地ビールも元気を無くしてしまい、廃業するところも出てきています。なぜでしょう?
ビールが美味しくなかった?やっぱり日本人には「ピルスナー」が合っているんだ、ということでしょうか?もちろん人間、慣れとか先入観ってのがあるし、始めて「黒い」ビールとか「甘い」ビールとか飲むと「いつものと違ーう。」「1杯飲んだらもういい。」となりがちです。でもね本質的な問題はそこではないのです。
問題は「こころ」。つくり手のこだわりをお客さんが飲む瞬間まで貫き通してる地ビール屋さんが少ないのです。最近何軒かの地ビール屋さんを廻ってわかった。ほとんどの地ビール屋さんはレストランも併設しています。そこは自分のお膝元なんだから最も「こだわり」が実現していなくてはいけないのだけれど、店員さんからビールを愛する「こころ」が伝わってこない。ここには飲食店の経営っていうビールづくりとは別の難しいポイントがあるのだけれど、これがわかっていないとビールはただの「モノ」としてしか主張しない。大手メーカーは「モノ」に広告で「情報」を乗せて商品にしているけど、「モノ」に「こころ」を乗せられない地ビール屋さんはどうあがいても大手メーカーには勝てない。つまりお客さんは「いつものビール」に戻ってしまうわけ。なぜなら大きな流れとして世界のビールは「ピルスナー」に収斂されつつあるのだから。安くて品質の安定したピルスナーが一番良いということになる。
「こころ」とか「こだわり」について、もう少し具体的にいうと「甘い」ビールを、普段ビールを飲むときに食べているようなつまみと一緒に食べても美味しいと思わない。味わいの深いビールを、普段のビールと同じようにギンギンに冷やして飲んだら、味の深さが伝わらない。そういうことが出来ていなかったり、それを説明することのできる店員さんがいなかったりする。それ以前に笑顔が出来ないような店員さんだったり、せっかく遠くまで飲みに来たのに食券を買わせるシステムで興醒めさせるところもあったりする。自分のお膝元でそんなレベルだから、ビールを瓶詰めとか缶詰にして流通させるとなるとますます「こころ」とか「こだわり」は伝わらない。

少々抽象的になってしまいましたが、こだわるなら最後までこだわれ、ってことと、誰のためにやってるんだ?ってこと。アンチテーゼのこころを持って始めた事業で、それを徹底できなかったら、続くわけがないです。

・・・とここまで、だいぶ地ビールに関して否定的なことを書きましたが、ボクは地ビール応援派です。

話が戻りますが、思い返せばスーパードライが出て以降、大手ビールメーカーからすごい数の新商品が出てきました。ここ数年は戦場の中心が発泡酒に移り、仁義無き新商品競争が続けられています。でも、発売したビール・発泡酒のうちほとんどは「ピルスナ−」タイプなんですね。下面発酵淡色ビールってやつ。缶のデザインやイメージだけの変化に食傷気味の人も多いのではと思います。

一方、ビールの元祖、ヨーロッパ、ドイツとかイギリスへいくと実に様々な種類のビールがあります。真っ黒いのだとか白いのだとか酸っぱいのだとか甘ーいのだとか。日本人が初めて飲んだら、「これはビールじゃない!」(正解!エールっていうんです。)なんて言いそうなものがたくさんある。じゃあ何でそういうビールを日本のメーカーは売らないの?ってことになるのですが、簡単に言うとそうたくさんは売れないし、大量生産には向かない。効率が悪い。「ピルスナ−」を含む面発酵ビール(ラガー)に対して、面発酵ビール(エール)は比較的痛みやすい。味の劣化が早い。大手のメーカーはみんな「鮮度」を訴えていますが、そのとおり、ほとんどのビールは新鮮なほどうまいのです。時間が経つと酸化してまずくなるんです。だから上面発酵ビールは大量生産に向かないのです。

一方、輸入ビールの品揃えをしている飲み屋さんや小売店がありますが、ちゃんとお店を選ばないと美味しくないものを飲むことになることがあります。なぜなら古いのです。半年から1年経ってしまったビールは一部の熟成タイプを除いて、美味しくないです。古い上に輸送時に船で赤道を横切っているから温度が上がって一気に劣化しているものもあるはず。もちろんワインも含め輸入酒の輸送環境は保冷コンテナなどを使うようになって良くなっているはずで、昔ほどではないにせよ。(でもワインに比べてビールは安いからそんなにコストをかけられないからなあ。)ビールに旅はさせてはいけないのです。

さあ、そこで戻って、地ビールの出番!国内でいろいろなタイプのビールを最高の状態で飲ましてくれるポテンシャルを持っているのが地ビールなんです!地ビール屋さんが頑張れば、ビールの楽しみがぐっと広がることは間違いない。実際、経営不振に陥って廃業を余儀なくされているところが多い中で、いいビールを作り、確実に実力をつけてきている地ビール屋さんが出てきている気がします。これからを楽しみにしたいと思います。
 (2002年)

  輸入ビールについてシビアなことを書きましたが、もちろん輸入業者さんがしっかりしていて、
   なるべく製造から日がたっていないものを選べば十分楽しめる。最近のお気に入りはこれ。
「ギネスビタードラフト」 いわゆるエールですな。
これは少し面白いしかけがあって、缶を開けると中に入っているプラスチックの
ピンポン玉みたいなもののなかから窒素ガスが噴出して、ものすごく木目細かい泡ができる。
通常の日本のビールを飲むときより少し高い温度、12度くらいで飲むとまろやかでとてもうまい。

(ワイングラスでスミマセン。) (これが中に入ってる。)
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