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ヌサ・トゥンガラを歩くなら、とにかく余裕のある計画を立てて下さい。 インドネシアの時間は「ジャム・カレット」。 そのときそのときで長くも短くもなるのです。 ヌサ・トゥンガラの旅・入門篇 |
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バリ島の港パダンバイを出たフェリーは4時間半かかってロンボク島の港レンバールにつく。レンバールの港では、ベモの客引きが待っている。「チャクラ、チャクラ(チャクラネガラ)」、誰彼かまわず声をかけてくる強引な客引きのアンちゃんと運賃の確認をしたら、乗り込もう。ロンボク島各地への起点となる最大のバスターミナル「マンダリカ」迄は一時間とかからない。かつて「スウェタ」のあったバスターミナルはチャクラネガラの数キロ東の郊外「マンダリカ」に移った。新ターミナルにはテナント用の建物が建てられ、バス乗り場自体も広くなった。ここからはロンボク各地へはもちろん、フェリーを使って東はスンバワ島サペ、西はジャワ島ジャカルタまで、直通バスで行くことが出来る。どこへ行くにも、まずマンダリカに行くことだ。 マタラムはロンボク島の中心地、西ヌサ・トゥンガラ州の州都である。実際歩いてみると、この街はチャクラネガラからマタラムを経て、西の港アンペナンまで、市街地が東西一続きになっている。両脇のチャクラネガラとアンペナンは商店や銀行などが多く、アンペナンには飛行場、チャクラにはバスターミナルがある。その二つの町に挟まれて官庁の集まるマタラムがある。どう見ても一つの町だ。この三つの町を貫くように東西に目抜き通りが走っている。真っ黄色のベモが、ひっきりなしの客引きをしながら走っていて、とても賑やかな町だ。 西から東へ走るjl.Pejanggikは最大の目抜き通りで、ベモもここを走ってる。この通りをマタラムからチャクラにかけて歩けば、まず何でもことは足りるだろう。銀行、スーパー、旅行代理店、ワーテル(電話局)、ロスメン・ホテル。出発の時に買い忘れたものもたいていは買える。質も遜色ない。ベモにのって東から西へ一走りしてみれば様子は分かる。 マタラムの僕の定宿はLosmen Astiti。マンダリカからベモにのり、Hotel Astiti前で降りると、横を水路が流れている。橋を渡って大通りから水路沿いの道へ左にはいると、Losmen Astitiの小さな看板がある。一泊朝食つき、10000ルピアほど。カマール・マンディー、ファン付きで一人で寝るには十分だ。主人はバリ人で門を入るとすぐ左に小さな祠がある。 荷を解き、汗を流し、昼寝をしたら、もう夕暮れ。僕は宿を出て水路沿いの道をjl.Pejanggik目指して歩いていく。この水路沿いの道は、露店が多くバクソ屋が宿の目の前にある。しかし僕のお目当てはその先の水路に面して軒を連ねている、数軒の「アヤム・バッカール」屋から出る香ばしい煙である。「アヤム・バッカール」、鳥の丸焼きだ。鳥の丸唐揚げもやっているが、焼き鳥の方が僕は好きだ。ビールと「アヤム・バッカール」と添えられてくる漬け物。マタラムに来てまず一泊、そしてまず一杯。ヌサ・トゥンガラの旅の始まりだ。 |
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ヌサ・トゥンガラの地域は三つの州に分けられている。ロンボク島とスンバワ島の西ヌサ・トゥンガラ州(NTB)、コモド島からティモール島までの東ヌサ・トゥンガラ州(NTT)。このうち、東ティモールは東ティモール州(TimTim)であったが、ご存じの通り分離独立した。実際、ティモール島に西も東もなくて複数の少数民族が雑居しているのが、ティモール島です。欧米の勝手な分割とインドネシア政府の武力併合が悲惨な結果を今まで生みだしてしまったが、個人的には、東ティモールもヌサ・トゥンガラの一部として扱いたいと考えています。 ヌサ・トゥンガラはロンボク、スンバワとコモド以東の島で東西に分けられているが、ここで分けられているのも頷ける。一つは、宗教。スンバワまではイスラム教、それ以東はキリスト教が多い。また、コモド以東は人を見ていても、ちぢれっ毛で、肌の浅黒い人が多く見られるようになる。気候・植生で見ても、南側のスンバ以東のサブ、ロティ、ティモールは乾期の乾燥が激しく、土地もやせている。一部の平野以外は田畑も乏しく、とくにサブ、ロティはロンタル椰子経済圏などと呼ばれるほど、ロンタル椰子に依存せざるを得ないほどほかの植生が乏しい。北側の列、フローレス島やアロール島も山がちで平野が少なく、平野が多く田畑が豊富な西ヌサ・トゥンガラとは明らかに異なる。 |
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ヌサ・トゥンガラは少数民族の宝庫だ。島どころか、山を一つ越えただけで違う民族が住んでいて、違う言葉を話している。それぞれの民族の独自色は、儀式の時に見られる民族衣装のほか、織物や家の形、儀式を行う場の形態や祭祀の方法などに顕著である。特にイカットはフローレス島以東の島々に幅広く見られ、民族独自のモチーフが見られる。儀礼の場や墓に巨石を用いる巨石文化も多い。また、家の形も興味深い。上層に神や祖先が住むという信仰からスンバ島では屋根がとんがっているし、サブ島の家は祖先が乗ってきた船をそのままひっくり返した形をしている。近代化が進む中、五大宗教への帰依を義務づけられているため、スンバワまではイスラム教、それ以東はキリスト教が主に信仰されているが、古来からの祖先崇拝と融合して今日まで伝統・文化は守られて来た。しかし五大宗教に帰依したことによってかつての伝統・風習の中での役割を担う後継者がいなくなったり、古来からの伝統的精神的意味合いが薄れてきているのも事実である。 伝統行事は、かつては何をするにも王族が中心になって賑やかに盛大にやってきたものだが、いまや村の経済状態で規模が縮小され、毎年のものが隔年になったり、行われなかったりしている。村で守られてきた祖先の像が盗まれたり、いまだに村が結束する力は残っていても、貧困という現実の前に伝統文化が危機にさらされていることもまた事実だ。 |
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1.フライト フライトで行ける町は以下の通り(ムルパティのNTT内のタイムスケジュール)
ロンボク島 マタラム スンバワ島 ビマ、スンバワ フローレス島 ラブハン・バジョー、ルテン、バジャワ、エンデ、マウメレ、ララントゥカ スンバ島 ワインガブ、タンボラカ(ワイカブバ) サブ島 セバ ロティ島 バア ルンバタ島 レウォレバ アロール島 カラバヒ ティモール島 クパン、ディリ、アタンボア(スアイ、オエクシは未確認) 航空会社はムルパティ、ボウラックのほか、新進のブリタエアーとか、スターエアーとかあるが、ほとんどはムルパティ。NTTの各地へはほとんどがクパンを起点にしている。ルンバタ、アロール、サブ、ロティへは全てクパン発着。予約、チケット購入、フライトスケジュールの確認は、銀座にある産経旅行で取り扱っている。以前フライトのリクエストだけしてもらったが、ちゃんと入ってた。チケットは現地より割高。フライトのキャンセルも多いので、現地で確認して買う方が堅実。とにかくムルパティはいい加減。乗り継ぎの場合、中継地への連絡は無線でやっていて(なぜか電話を使わない)、中継地でオーバーブッキングで足止めなんてこともよくある。接客態度の良くないところも多いし、荷物のトラブルも多い。高い金を払うのに、トラブルが起きてもいいような余裕のある計画づくりが肝要!? 2.船便 隣り合った島々の間には、必ず、フェリーなどが運行しているが、東へ行けば行くほど、不便になる。 以下に記すのは僕が実際に使ったことのある便だが、いつ、どのように変更になっているか分からないので、必ず港へいって確認して下さい。最新の情報をお持ちの方、お知らせ下さい。 ロンボク(ラブハン・ロンボク)-スンバワ(ポト・タノ) 毎日、2.3時間おきにはある。 スンバワ(サペ)-フローレス(ラブハン・バジョー) 毎日一便、ひょっとしたら金曜欠航。 ティモール(クパン)-フローレス(エンデ)-スンバ(ワインガブ)-サブ(セバ) 週一便 フローレス(アイメレ)-スンバ(ワインガブ) 週一便 フローレス(ララントゥカ)-アドナラ-ルンバタ(ルウォレバ) 毎日 アロール(カラバヒ)-パンタール(バラヌサ)-ルンバタ 週3便 アロール(カラバヒ)-ティモール(クパン) 週一便 アロール(カラバヒ)-ティモール(アタププ) 週一便 ティモール(クパン)-サブ(セバ) 週2便 ティモール(クパン)-ロティ(パンテ・バルー) 毎日 ヌサ・トゥンガラの島々を回るには、ほかにPELNI(ペルニ)を使うのも便利。 ルートや日程は主な港のペルニのオフィスに行けば確認できる。 ペルニは船も大きいし、上級船室もあるし、食事もちゃんとでるので、フェリーよりは乗り心地もいい。ただし、一つの船がルートを回るのに2週間でスケジュールが組まれているので、うまくタイミングが合わなければ使えない 3.バス 島内の移動に欠かせないバス。これもティモールを除けば東へ行くほど不便になる。大きな町を起点に長距離から、近距離のベモまでいろいろ走っている。行く先やルートは意外なもの(とんでもないもの)もあるのでターミナルで確認するのが一番。大きな町では行く先が決まっていたら、宿の人に頼んでおけば切符の手配をしてくれてちゃんと宿の前まで迎えに来てくれる。座席の位置も指定できる。料金は運転者や車掌がふっかけてくることがあるから、あらかじめいろいろな人に確かめて置いて交渉するといい。料金は物価と共に変わっているが、ここ数年でかなり値上がりしている。町中のベモが1000rp。長距離バスはだいたい乗車時間で考えるといい。道が割と平坦なルートだと長距離でも安いが、距離はなくても山道で時間のかかるところは割高に感じられる。時間労働と考えると納得できる。荷物は旅行鞄・バックパック程度なら追加を取られることはない。小さな町へ行くバスは朝出たら帰りは翌朝までないなんていうのもあるから、乗る前に確認した方がいい。ターミナルから町中へのベモはよく旅行者にふっかけてくるから要注意。特にフローレス島エンデのベモは悪い話が多い。(実際僕も何度もトラブっている) トラブっても応じる自信のある人以外は、乗る前にまず運賃を確認して乗った方が安心だ。2003年現在 4.宿 ここ数年で、宿代もだいぶ値上がりしたようだ。ちょっと大きな町なら、ロスメン、ホテルがたいていある。宿に対する感覚は人それぞれなので何とも言えないが、シーツが清潔で部屋にカマール・マンディがある。マンディーの水がきれい、部屋に鍵がちゃんとかかればいい、という人なら30000から50000rpくらい。もっと安くという人はマンディー・トイレ共同のを頼めば1,2万ま 宿のない村へ行ったときは、まず村長さんを訪ねてみるのがいい。たいては快く迎えてくれる。 |
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どの島でも県庁所在地クラスの町なら、宿もあるし、買い物も雑貨屋へ行けばだいたい買える。田舎は専門店より雑貨屋が多い。フィルムも普通のカラーネガなら売ってるし、現像もできる。 電話は、最近は長距離をする人が増えて、電話局は夜中の料金の安くなる時間を見計らってくる人が多い。料金は相変わらずほかの物価と比べてものすごく高い。大きな街だとWARTELが増えて便利になった。カード式の公衆電話も増えて国際電話は出来るが、夜間はなかなかつながらない。小さな島だと電波で回線をつないでいるのか、話し手と聞き手の会話にタイムラグがあって、無線で話しているような感じがする。夜中の12時から朝6時までが料金75%Offなのでお勧めだが、それでも十分高い!! 食べ物は、ワルンやパダン料理屋のほか、たいてい一軒くらいはインドネシアン中華の店があるので、そこでたまに贅沢するのもいい。冷たいビールもたいていある。 電気は、ここ10年くらいのうちにかなり普及してきたが、それでも伝統的な家屋の残る山奥の村へ行けば、当然、ランプだけの生活だ。小型の懐中電灯は必携。 両替は、県庁所在地クラスの町のBNIなどの大手銀行の支店へ行けば、ドルなら(円\は論外)両替してくれるが、レートはよくない。キャッシュのみ扱うところもある。少額のキャッシュ(1,5,10,20ドル)は極端にレートが下がるのでチップの要らないインドネシアでは、少額のドルは不要だし不経済。レートが良いのはBNI(Bank Negara Indonesia)。アロールで換金したら、クパンにレートを照会して換金してくれた。ティモールのクパンはバリやジャワに比べレートは悪くない。クパンやマタラムなど大きな街であらかじめ多めに換えて盗まれないようにするのがいい。同じ町でも銀行によってレートは異なるから暇があったら確かめた上で換えた方がいい。 治安は、近年の政治不安、経済危機の中で、エンデやビマで暴動が起きたが、普段はほとんど問題ない。特に山奥の村は中央の影響は感じられない。「この村には悪いやつは一人もいないから、荷物だってここに置いておけば大丈夫。」小さな村や集落に行った際、何度この言葉を聞いたでしょうか。 |
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