「ブルガ」ご覧いただいていかがでしたか。

ここ一月ほどの間で、細かいところですが、ページの配置を換えたり追加したり、
検索サイトに登録したり、リンクを貼ったり、いろいろとやってきました。
そんな効果が現れたのか、アクセス数が急に増えてきまして、
ついにというか、やっと、1000カウントを越えました。

テーマが、ローカルなものだし、少しでも、自分の作品と、
自分の気に入っているヌサ・トゥンガラの世界を見ていただけたら、
と、あまり欲張るつもりはありませんが、
でも、ヌサ・トゥンガラの人々の笑顔は見てほしい。
別にヌサ・トゥンガラの人々に限ったものではないのですが、
今の日本人にあの笑顔はできないでしょう。

僕はもう、どんなにがんばっても、あの手の笑顔は日本人では撮れないだろう、と思ってます。
それは今の日本の光と陰そのものを如実に示しているものだと思います。
情報に押し潰され、いろんな価値に振り回され、神経質になってしまっている、
日本人には、ヌサ・トゥンガラの人々のように素直に人を受け入れることなど無理なのです。
向こう三軒両隣、何かといえば助け合い、勝手に出入りできた時代は
もう戻ってこないのでしょうか。

人を癒すのは人です。癒しのブームだとか、何だとかマスコミに書かれてたこともありましたが、
人が人を癒し合わないで、どうやってこれから生きていくのでしょうか。
最近のニュースはとにかく、心が暗くなる事件、特に殺人事件が多すぎます。

リセットすれば、すべてやり直せるゲームの蔓延。
病人を診ないで病気だけを診て医療ミスを起こす医者たち。
自分中心の道徳・常識破りを子供の前で恥ずかしげもなくやる親たち。
物欲をあおるばかりの情報誌、etc.。
すべて周りの世界を断ち切っても生きていけるものばかり。

ひとを知らない、知ろうとすることを知らないから、即物的な価値観で、
物事を見てしまい、結果孤独に陥る。
社会が、企業が物理的に豊かであれば、
すべていいんだと一辺倒な考えに走りすぎた代償は大きすぎます。
会社のため、仕事のため、金のため。

僕は海外に行くたびに、日本人の気質の特異性、
特に、自分よりまず他人の意向を伺う気配りや、
自分を捨てても社会に尽くそうという自己犠牲的な精神というのは、
日本人の美徳だと思ってきました。
わがままにさえ見える他国の人に、
日本人ならそんな勝手なことを言わず相手のことを考えるだろうと、
言ったり思ったりしてきました。

ところが、今の日本人の意識、精神構造は特異と言うより、
むしろ異常とさえ言えるようになってきました。
子供とコミュニケーションできない親。
自己責任がわかっていても、責任を回避し先送りばかりする役人。
犯罪を行うのが警察なら、食べられないものを作るのが食品メーカー。
止まらない車を売る自動車メーカー。
そろそろ日本人が、日本人自身の異常に気づくべき時なのかもしれない。

自然保護や環境といったグローバルな視野に立っての話がなかなかでてこない。
東南アジアの森林を伐採し、マングローブの林をエビ畑に買えてしまう。
一時的には、それで現地の人は儲かるけれど、
地球にとってどれほどの損失になるのだろうか。
これだけ金をもうけていながら、企業リサイクルが徹底できないのはなぜ。

国民意識の低さにあぐらをかいている政治家たち。
いつになったら彼らから21世紀の日本の目指すべき姿、ビジョンはでてくるのだろうか。
高齢化社会、老人福祉、誰もがはっきりとしたビジョンを待っている。
だけど、でてこない。
突然でてくるのは、ヘ理屈と慢心の固まりから、でっち上げられた税金のタレ流し政策。
こんな政治家たちを許しているのは私たちだと思うと実に悲しいとは思いませんか。

本当に21世紀の末の日本はどうなっているのでしょうか。
一人500万の借金を抱え、100年後の日本はあるのでしょうか。
100年たっても経済大国、技術立国でいられるでしょうか。
なし崩しのいい加減な姿勢が、やがて世界中から飽きられないでしょうか。
今は金をばらまいてます。
国連に日本はロシア、イギリスの倍以上の金を払って。
海外援助も金だけは出してます。
でも、このままでいいでしょうか。

一番怖いのは、これほどの危機的な局面にありながら、
自分には関係ないと無関心を装うこと。

本当に一人の親として、胸が詰まります。
どうしたらいいのでしょうか。


2000.9.7  まつだしゅういち

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