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第42回大阪体育学会特別講演・シンポジウム 2004.3.28(日)

『大阪体育学研究 Supplement』原稿



  どうして体育には、教科書がないのか 
  ─ 学校体育への期待:在るや否や ─
 
  吹田市立桃山台小学校 
  野田 健司 


キーワード:学校体育・体育の教科書・体育の副読本・小学校教師の意識



1,学校現場からの疑問
 4月。1学期の始業式後。小学校ではこどもたちに教科書を配る。そこでこんなやりとりが始まる。
「先生。どうして体育には、教科書がないのん。」「体育は、実技中心の教科やからな。」
「実技中心の教科でも、音楽や図工や家庭科には、 教科書があるやん。」
「体育は、教室でする教科やないからなんやろ。」
「そやけど、体育館や運動場でも、筆記具持って  行って、学習カードに書いたりしてるやん。教室 で勉強している教科と、何がちゃうのん。」
「うーん・・・。そやなあ。なんでかなあ。」
 現在、小学校に体育の教科書はない。ただし、保健に関しては、今回の学習指導要領改訂で、小学校の3年生から教科書があるようになった。
 どうして、体育には教科書がないのだろう。体育には、教科書で学べる内容がないのか。こどもにとって、教師から伝えられる内容が全てなのか。
 体育の指導要録の観点の中で「知識・理解」があるのは「健康・安全について」だけだ。だから、保健の教科書しかない、とも考えられる。音楽や図画工作は「知識・理解」の観点がなくても教科書はある。小学校では、体育だけが「教科書もない教科」として、存在している。


2,副読本と教科書の違い
 体育の副読本はある。他の教科の教科書を発行している会社が、3社以上出している。また、吹田市では、吹田のこどもたちが使いやすいようにと、独自に吹田の教師で副読本を作成し、市教委が発行している。低学年・中学年・高学年の2学年ごとに3冊あり、指導書もそれぞれに対応する形で出している。
 だが、教科書と副読本とは違う。国の制度として無償が保証されているものと自治体の予算で購入(作成も含めて)しているものとは、大きな差がある。自治体の予算は、毎年計上し、変動していく。実際に体育の副読本を全く購入していないところや、予算が不足して高学年しか副読本がないところなどがある。
 しかも、副読本は道徳用・総合的な学習の時間用など、たくさんある(今年度6冊あった)。教科書のように「主たる教材として」の位置づけがないから、学校や学年まかせの使い方になり、授業時数削減の中で、全てを活用しているとは言い難い。
 その内の1冊が体育なのだ。他教科と比べると、「教科書もない教科」の存在は軽く感じられる。


3,小学校教師の意識
 6年前、まだ「総合的な学習の時間」が始まっていない時だが、小学校の教師にアンケート調査をした。「どの教科が重要だと思うか」という質問の結果は、下のグラフのようになった。体育を選んだのは、115人中3人(2.6%)である。
 小学校では、体育専科ではなく、担任が体育の授業を行う場合がほとんどである。こどもだけでなく、教師の指導資料としても教科書が必要ではないか。
 シンポジウムでは「学校現場から体育を考える」という立場から問題提起をしてみたい。 

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