我思
このページは福祉のことに限らず、私の身の回りでふと感じたこと・思ったことをストレートに述べたいと思います。(不定期更新)
何を「学ぶ」のか?
「Mitakeの小箱」でも触れているように、うちの施設には毎年「介護等体験」の学生がやってきます。しかし今年の学生は非常に質が悪く感じます。現場2年目ということもあり「目が肥えた」のかもしれませんが、あまりにも実習態度の悪さが目に余ります。実習中居眠りをしたり、私語を延々と続けていたり、やる気を見せなかったり、あくびをしたり・・・まぁ本人に言わせたら「こんなこと、やりたくて来ている訳じゃない」と反論するかもしれませんが。
そもそも「介護等体験」が始められたのは平成10年4月からであり、その根拠が「小学校及び中学校の教諭の普通免許状授与に係る教育職員免許法の特例等に関する法律」、通称「介護等体験特例法」と呼ばれるものです。この法律の趣旨として、文部科学省のホームページでは以下のように書かれています。
| 本法は,教員志願者に対し,高齢者や障害者に対する介護等の体験を義務づけることにより,人の心の痛みのわかる人づくり,各人の価値観の相違を認められる心を持った人づくりの実現に資することを目的としている。これにより平成10年度以降大学に入学する学生等で小学校又は中学校の普通免許状を取得しようとする者は,社会福祉施設や特殊教育諸学校などにおいて,文部大臣が定める期間(7日間),介護等の体験を行い,施設や学校が発行する体験に関する証明書を免許状授与申請の際提出することが必要になる。また採用権者はその採用選考にあたり,この法律の趣旨にのっとり,教員志願者が行った介護等の体験を勘案するよう努めるものとすることが規定されている。 |
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(文部科学省ホームページ「報道発表」より引用) |
いかにも「お役人」的な発想で書かれていますが、はっきり言ってしまえば「そんな簡単に目的が達成されるか・・・」という気持ちです。たしかに「やらないよりは、やった方が良い」と言うのはありますが、結局のところ法律の目的を達成できるか否かは「学生一人ひとりの資質」によって決まります。
これは介護等体験の実習に限らず、私が経験してきた「社会福祉援助技術現場実習」でも同様のことが言えますし他の実習・臨床でも同じことであると思いますが、実習に挑むときは「目的意識」を持たなければ、どんなに質の良い実習内容をそろえたとしてもその効果はない、と考えられます。逆に実習の受け入れ施設側に問題があったとしても学生側が明確な目的意識を持っていれば、実習内容が「反面教師」となり別の意味で実習の意味があるのではないか、と考えられます。
さて、この「介護等体験」ですが、この実習が他の実習(現場実習や教育実習)と異なるところは「実習評価がない」と言うことです。通常の実習であれば「実習の効果」として現場職員が学生の実習内容に対して「評価」を出します。もちろんその評価には「実習態度」も含まれています。しかし介護等体験については、体験に対する施設側の評価はありません。施設側は規定の日数(うちの場合は「社会福祉施設」なので5日間)を体験すれば、それで介護等体験の「証明書」が発行されます。つまり学生からすればその「証明書」1枚を得ることが目的なのです。当然実習に対して評価されることがなければモチベーションに変化があるのは言うまでもないことですし、「とりあえず5日間が終われば・・・」的な気持ちがあることはいうまでもありません。
事実、実習態度の差は言葉で表さなくても「態度」ですべて見ることができます。うちの施設には「介護等体験」の学生のほかに「社会福祉主事任用資格」取得のための学生も来ていますが、やはり彼らとの態度の差は明らかです。もちろん福祉のことを勉強している人としていない人では「ベースが違う」と言うのは当然あることですが、ベースがあろうとなかろうと、「学ぶ態度」についてはベースは関係ありません。先に挙げた「実習中のあくび」や「延々と続く私語」は、福祉のことを勉強しているか否かに関係ないことです。しかし「介護等体験」は大学等の授業のような「評価」はないので、態度などに問題があったとしても「体験した事実」があれば、それで「体験が完了した」と言うことになるのです。「そんな簡単に目的が達成されるか・・・」と言ったのは、大した評価もしないで5日間過ごしただけで「介護等体験」の意義はあるのか?と言うことを疑問に持っているからです。
(ただ最近は、体験の態度に著しく問題がある学生に対しては体験の中止や証明書の発行を見合わせることが「通達」として出されているみたいですが・・・)
あくまでも個人的な考えですが・・・福祉のことを知らないのですから、別に難しいことは要求しません。
ですが態度に関しては勉強している内容には全く関係なく、その人自身の「実習」に対する気持ち・心構えで変わっていくものです。福祉を勉強していないのですから専門的なことがわからないのは当然のことですし、どうやって接していけばいいのか戸惑いがあるのは当然のことです。別にそれでも構わないです。わからなければ、遠慮なく聞いてもらっても構わないのです。むしろ、聞いてもらった方が良いくらいです。知識や技術がなくても、その人の「やる気」があれば、それで十分なのです。
どうしてそこまで「やる気」に自分がこだわるのか?それは「利用者に対して失礼な態度は許されない」からです。
私が専門学校の学生の頃、実習指導をしてくださった先生から「実習に行く時の心構え」の1つとして、こんなことを言われました。
「現場実習」は「するもの」ではなく、「させていただく」ものである。
なぜなら、施設ではそこが衣食住の「生活の場」になっている利用者の方がいる。つまりそのような場に行くと言うことは、土足で人の家に立ち入っているのと同じことになる。「現場実習」はその人の生活の一部を覗くのと同じことである。もし自分たちが同じ立場(施設で生活をしている利用者)であった時、見知らぬ人が自分たちの生活を見られることを考えたら、どのように思うのであろうか?
これ、一度「Mitakeの小箱」の「実習をする意味」でも同じことを書いたけど、いくら勉強とはいえ「他人の生活に入り込んで」いるわけだから、そういうことを考えたら自然と「どのような態度で実習に挑むべか」と言うことはわかるはずである。このことがわからなければ、それこそ「人の心の痛みのわかる人づくり,各人の価値観の相違を認められる心を持った人づくりの実現に資すること」という目的は達成できないだろう。
もっとぶっちゃけて言えば、この目的を達成しなくてもいい。施設のことを理解しなくてもいい。ただし、せっかく介護等体験に来た以上は、どんなことでもいいから「何か1つ」身につけて帰って欲しい。特にうちの施設は知的障害者施設であり、最近は「特別支援教育」の流れがあるのだから、その部分を関連して何かを見出す・・・と言うのでも構わない。難しく考えないでいいから、介護等体験の経験を自分の勉強していることとリンクさせて欲しい。そういう気持ちを持つだけでも、実習の意義は十分にあるはず。
「介護等体験」であっても、何かを「学ぶ」姿勢が重要。ここで「何を学ぶ」のか、それをハッキリさせて介護等体験に来て欲しい。
学ぶ姿勢のない人は・・・介護等体験に来ないでください。そして、教職・教員になることを諦めてください。大体、自分が「学ぼう」という姿勢のない人が、子どもに勉強を教えられるわけがない。
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