++甲府++
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武田神社〜信玄火葬塚〜円光院
甲府駅北口から積翠寺行きバスで武田神社まで。そこから火葬塚、円光院へは歩いて行ける。
●武田神社●
武田氏の居館『躑躅ヶ崎館』跡に
建つ神社。
周囲を探索して見ると面白い。
敷地内にある『藤村記念館』には
ここで発掘された戦国期の
馬の骨が復元されている。
●信玄火葬塚●
信玄の死後、喪を秘す為に
ここにあった土屋昌次の屋敷で
火葬にした。
江戸時代には祟りがあるとして
『魔縁塚』とも呼ばれたそーだ。
(荒らされるのを防ぐ為だったとも言う) |

信玄火葬塚
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昇仙峡ライン(県道7号線)。
甲府駅からバス。金桜神社前下車
●金桜神社●
勝頼が奉納した能面・勝頼・仁科盛信が奉納した鼓胴などがある。 |

三条夫人の墓所
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●円光院●
甲府五山のひとつ。
信玄の正室・三条夫人の菩提寺。
信玄もここに葬られる予定だったのだが勝頼の反対にあったという話も。
●要害山・積翠寺●
要害山には信玄公誕生の碑、
積翠寺には産湯の井戸がある。
●お聖道さま●
信玄の次男・信親(竜宝)が『お聖道様』と呼ばれていた頃の屋敷跡で、この辺りも『聖道小道』と言われていた。ここも竜宝の墓だという。

積翠寺
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武田信親(竜宝)の屋敷跡。『お聖道さま』
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産湯天神
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産湯の井戸 |

大泉寺
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●大泉寺●
武田信虎・信玄・勝頼の墓がある。
●法泉寺●
甲府五山のひとつ。
勝頼の墓がある。正確には歯髪塚。
京で晒された勝頼の首は花園・妙心寺に葬られるがその際に居合わせた法泉寺の快岳和尚がその歯髪の一部を甲斐に持ちかえって葬ったと言う |

法泉寺・勝頼の歯髪塚 |

東光寺・武田義信(左)と諏訪頼重の墓
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●長禅寺●
甲府五山の第一。信玄の母・大井夫人の墓がある。本来の菩提寺は甲西町の『古長禅寺』だが信玄が甲府に新たに創建した。
●東光寺●
甲府五山のひとつ。信玄の長男・武田義信の叛意が発覚、幽閉され亡くなったところ。墓は諏訪頼重の墓と並んでいる。
●甲斐善光寺●
信玄が、戦火にさらされるのを怖れて、信濃善光寺の本尊を
甲斐に移したのが始まり。本尊は後に信濃に戻された。 |

甲斐善光寺
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JR身延線南甲府駅下車
●入明寺●
信玄の次男・次郎信親の墓がある。
盲目だった為仏門に入り『竜宝』と名乗っていたが還俗して海野城を守る。
勝頼が天目山にて討死した後ここ入明寺にて自刃。現武田家当主はこの信親の血脈である。 |
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| ++甲府五山++ |

長禅寺 |
◆甲府五山◆
臨済宗・妙心寺関山派に深く帰依した信玄が甲府周辺に定めた五山。
(第一が長禅寺、そして法泉寺・能成寺・東光寺の三寺と円光院。) |

能成寺 |

法泉寺 |

東光寺 |

円光院 |
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●お土産●
武田神社では『お守り』かな?車を運転する方には窓に貼る武田菱の交通安全ステッカーなど如何でしょう?
同じく山県神社のステッカーには桔梗紋がついています。
●温泉●
積翠寺温泉『要害』には甲府盆地が見渡せる露天風呂があります。
同じく積翠寺温泉『古湯坊』、送迎バスがイカシてます!(笑) |
JR石和温泉駅下車
●石和八幡宮●
甲府に移る前の武田氏の館跡の近くに建つ。
++竜王町++
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JR甲府駅よりバス・竜王駅より徒歩20分
●山県神社●
山県昌景の子孫・山県大弐を祭っている。直接関係はないが山県ファンには桔梗紋がいっぱいあって嬉しい…
●信玄橋・信玄堤●
信玄のライフワークとも言える釜無川の治水工事で作られた構築物が一部残っている。信玄橋はただ単に橋の欄干に24将の旗印が並んでるだけなのだが結構人気スポット(?)らしい。橋桁にあるレリーフもお見逃しなく!
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↑石和八幡宮

↑山県神社
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●三星院●
二十四将・三枝守友の父・
虎吉の菩提寺。
近くに館跡の碑も建つ。 |
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JR甲府駅よりバス・滝坂上下車
●黄梅院跡●
北条氏政に嫁いだが、同盟崩壊により甲斐に戻され亡くなった、信玄の長女『黄梅院』の菩提寺。寺は廃寺になり、現在は小さな祠が残っている。中央が黄梅院の墓であるという。 |
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↑飯田河原合戦の碑
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JR甲府駅よりバス
●八幡神社●
代々武田氏及び
土屋氏が崇敬してきた神社。
神宝に武田信虎奉納の刀(備前則光)・土屋昌恒奉納の刀(国行)などがあった。弘治三年に土屋昌次・天正九年に土屋昌恒の名が棟札にあったという。また土屋昌恒の屋敷もこの近く。境内に信虎時代の『飯田河原合戦碑』も建っている。
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●天沢寺●
飯富・山県の菩提寺。境内に碑と墓がある。 |
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