a cup of tea


 明るい日差しが注ぐ中、尚敬高校の廊下を歩いていると、先日この同じ場所で出会った女生徒が走って来るのが見えた。
「また会ったね。元気にしてた?」
 軽く微笑みかけながら聞いてきたその肩先で、切りそろえられた髪が揺れている。
「ああ、変わりはない。あきら……と言ったな、我ら、芝村には調子の善し悪しなどないのだ」
 覚えていた名前を口にすると、相手は目を丸くして驚いた。
「え? どうして、私の名を知ってるの? コンピューターにでも進入したの?」
 確かに、ネットワークダイブをするのは不可能ではなかったが、今回のは、そのようにしたわけではない。
「この前、友だちに、そう呼びかけられていたろう?」
 数日前に出会ったときのことを思い出して答えると、「へえ、すごい記憶力してるんだ」と、感心したように彼女は言った。それから、瞳をくるりと動かし、口を少しすぼめながら続ける。
「男の子みたいな名前でしょ? 私の親、私が来るまで男の子だってずっと思ってたのよ」
「何も、女だからといって、女の子らしい名前である必要はないと思うが」
 言えば、彼女はにっこりと微笑んだ。
「うん、そうだね。ありがと。この名前を笑わないなんて、あなた……、素敵よ。友だちになろ?」
 そして、人差し指を口元に持って行きながら、つぶやくようにして言う。
「んとさ、私……、今、整備をやってるんだ。でも、戦車兵になりたいな、なんて思うときがあるの。誰かに守られるなんて好きじゃないし――」
「そうだな――。守られるよりも、守るものになりたいと、そう……思う」
 日ごろから考えていることを口にすると、目の前にある瞳がパッと輝いた。
「うん、そうだよね! もしかして、守りたい人がいる……とか? うふふっ、かっこいいよ、あなた。私もがんばろっと」
 そのまま、「あっ、いけないっ。そろそろ時間だ。また会えるといいね」と言いながら、身を翻して去って行く。その背中を見ながら、先日もらったクッキーのお礼を言い損ねたことを思い出した。
「まあ、よいか。同じ敷地内の校舎にいるのだ。また、会えるだろう」
 つぶやいて、午後の授業に参加するために教室へと向かった。




*****




 ――10日後、朝。
 明け方近くまで、ネットワークダイブを繰り返していたせいで、仮眠だけでは完全には回復していない身体を引きずりながら、尚敬高校の門をくぐった。弁当はなんとか作って持っては来たが、今日一日を過ごすのに、多分、それだけでは足りないと思える。そこで、売店に立ち寄って、サンドイッチを買った。その場で食べることに、ためらいはない。
 食べられるときには食べておくというのは、戦士として当然なすべきことだった。体調を常に万全にしておかなければ、動けるものも動けなくなってしまう。実際のところ、人からコンディションを聞かれれば、不調などないと応えはするが、鉛のように身体が重いときはもちろんある。ただし、それを長い間そのままにはしておかないだけだった。
 そうして、大勢の生徒たちがそれぞれの教室へと急いでいる廊下を歩き出せば、ちょうど、一人の女生徒がトイレから出て来るのが見えた。こちらを眺めた後で、いったんは立ち去りかけた彼女の足が、ふと止まる。
「あれ?」
 小首を傾げながらゆっくりと近寄って来たのは、あきらといっしょによく歩いていた、彼女の友人だった。
「ああ、あきら……の友だちだったな。あきらは元気か? 最近、会わないが。戦車章を取ったのだろう? そう言っていたから――」
 とても嬉しそうに勲章を見せてくれた姿が脳裏に浮かび、微笑みながら問いかけると、目前にいる相手は、顔を辛そうにゆがめた。
「知らなかった……んだ? あのね、あの子――、死んじゃったの。ミノタウロスに戦車ごとつぶされて――」
「――っ」
 思いも寄らぬ言葉を聞かされて、絶句する。


 ――誰かに守られるなんて好きじゃないし――
 ――そうだな、守られるよりも、守るものになりたいと、そう……思う――


 それはほんのわずか10日ほど前に交わしたばかりの会話――。あのとき、確かにはずんでいたその声の主は、明るい顔で言ったのだ、がんばる……と。
 呆然とし、黙ったままでいる身体の上を、半ば責めるような声が素通りして行く。
「元々、ただの整備員なんだもの。パイロットの真似なんか無理だったのに……。そんなこと、するから――」
「……」
 何も言えずに見返せば、「ねえ? あなた、芝村……さん?」と、問いかけられた。
「そうだが」
「ふーん、そっか。あきらが言ってたから、さ。芝村……何、なのかな……って」
「名前か? 舞という」
 答えながら、あらためて思い出した――、あきらには、名前を伝えていなかったことを。
「へえ、素敵な名前だね。あきらが聞いたら、うらやましがったかも。あの子、自分の名前、気にしてたし」
「……」
 返事をしないことを気には止めなかったのか、相手はにっこりと笑った。
「あの子の分まで、生きてよね。そうすれば、きっと喜ぶと思うから、さ。それじゃね」
 そのまま軽く手を振る姿に、ゆっくりと片手を上げて応えた。
「元気で」
 やがて、視界から消えて行く彼女の姿に呼応するかのように、始業を告げるチャイムが廊下を駆け巡る。
「時間……か」
 つぶやいて歩き出した身体からは、サンドイッチを食べて回復した時の爽快感が失われているようだった――。








 プレハブ校舎の近くまで来たとき、正面グランドの方から銀河が歩いて来るのが見えた。こちらに気づいて駆け寄って来る姿に向かって、「は、早いな」と声をかければ、銀河はわずかに首を傾げた。
「もう、とっくにホームルームは始まっている」
「あ、ああ。そうだったな。それは、その……、なんだ――。ま、ともかく、行こう」
 あわてて言いながら歩き出すと、その後ろから低い声が響く。
「どうした? 何かあったのか? そんな顔をして――」
「――っ。な、何もないに決まっているだろう!? そんな顔もこんな顔もあるか」
 気落ちしていることを見透かされたことが恥ずかしく、それをごまかすつもりで振り返ってにらみつけた。すると、銀河は、いきなり手を伸ばしてきて、腕をつかみながら言った。
「来い」
「な――っ。何をするんだ? 教室へ行かねば――」
 振りほどこうとしても、大きな手はびくともしない。
「いいから来い」
「離せっ、無礼ものっ」
 言っても、耳を貸すつもりはないのか、銀河は黙って歩き出してしまい、そのまま引きずられるようにして、食堂へと連れ込まれた。
「座れ」
 そうして、無理やり椅子に座らされると、怒りがふつふつと沸いて来る。
「いいかげんにせぬか。いったい何だという――。ちょっと、待て。何をするつもりだ?」
「……」
 奥の調理場へと向かう姿へ問いかけても、返事がない。
「もう、いい。私は教室へ行くことにする」
 言って、立ち上がろうとしたとき、銀河が戻って来た。その手に持つカップから、白い湯気が上がっているのが見える。
「なんだ?」
 見上げて聞き返せば、「ホットミルクティだ。紅茶は好きだろう?」と、銀河はカップを差し出しながら言った。
 好みを覚えていたのかと思いながら受け取ると、その器を通して、暖かみが手のひらに伝わって来るような気がした。
 目の前にある椅子に腰を降ろしながら、銀河が言う。
「何があった?」
 耳に響く声は穏やかで、手にしているカップから上がる湯気とともに、いらだちを鎮めるだけのものを持っていた。それに誘われるようにして、口を開く。
「以前……、クッキーをくれた女生徒がいたのだ――」
「クッキー?」
「そうだ」
 そうして、あきらのことをゆっくりと話し始めた――。






 話をすべて終えると、銀河は静かに言った。
「おまえが元気でいれば、その子も喜ぶだろう」
「そうか? そう……かもしれぬ。いや、そう思うしかないが――」
 無理やり促されたとはいえ、話をすればやはり楽にはなれる。そのことに気づいて、つぶやいた。
「それにしても……、なんで、会うなり、いきなりここへ連れて来たのだ?」
 すると、銀河は口元に軽い微笑を浮かべた。
「おまえは感情がすぐ顔に出るから、何かあったらしいことぐらいは、わかる」
 何を今さらというようなその言い方に、思わず銀河をにらみつける。
「――っ。な、なんだ、その言い方は。それでは、私がまるで子どものようではないかっ」
「そうは言ってない」
「いや、そのように聞こえたぞ!? だいたいだな、私に何かあったなどと勝手に決めつけるのは、やめてもらおう」
 実際、それは当たっていたし、思いやってくれたことはとても嬉しかったが、素直に礼を言う気分は、どこかへと消えていた。そして、なおも言い募ろうとすると、銀河は椅子から立ち上がりながらささやいた。
「いつでもおまえのことを想ってるんだから、仕方がない」
「い、いきなり、何を言う。ひ、卑怯だぞ」
 音が聞こえそうなほど踊ってしまった心臓と、耳元まで朱に染まっているだろう身体をすぐさま鎮めるすべがない。手にしたカップは、とうにぬるくなっていた。それに目線を落とし、振るえる手でテーブルに置けば、コトリと小さな音がする。
 そのとき、どこかで、微笑ましげにつぶやくあきらの気配を感じた。


 ――彼は特別なんだ?


 ハッとして振り返っても、銀河以外の人影はない。
「どうした?」
 たずねてくる瞳は、優しかった。それに向かって、ゆるやかに首を振る。
「なんでもない。行こうか」
 先程と違い、今度は銀河があっさりとうなずいた。
「ああ」
 二人で室内を出るとき、もう一度あきらの声が聞こえたような気がした。


 一言、がんばってね――と。





(了)

 失意状態で暗い雰囲気になると、銀河は、「どうした? そんな顔をして。何かあったのか?」と言って来ますが、このシチュエーションが好きです(^^)。この言葉と、クッキーイベント、それから二人がともに好きである紅茶、、、この3点をジューサーにかけてミックスして出来上がったのが、このストーリーです。
 文中、腕をつかまれて、舞が引きずられて行きますが、実際には、ゲームでの舞は、こういう状況にはなりませんねぇ。銀河と殴り合いのけんかをしたことがあるんですが(どうしてこういうことをやるハメになったのか?っていうのは、長いいきさつがあるので、今はパス(^^;)します。そのうちに創作ネタにするかもしれませんが)、このとき、地面にのびてしまった銀河に向かって、腕組みをしながらふんぞり返り、「急所は外しておいた。早く医者に行くがいい」と言っちゃいましたから(^^;)。はい、間違いなく、守られるよりも守る側にまわる、お嬢さんです、舞は(笑)。
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