Sweet Memories


 5121小隊が発足して10日あまりが過ぎた。
 寄せ集めの学兵たちで構成されていながらも、隊が上げる戦績は予想外の好調を続け、そのため、いったんは押され気味だった人類側は、その勢いを盛り返しつつある。春の日差しが徐々に強まりを見せるのと比例して、今後、戦況の明るい展開が期待できるかもしれなかった。
「うんしょっと」
 プレハブ校舎の1階にある食堂兼調理室で、中村はクッキーを作っていた。昨日、裏マーケットに出かけたところ、砂糖が入荷していたから、即座にそれを買ったのだ。
 戦況が悪化すれば、それは物の流通にも跳ね返る。特に、砂糖については、原料の大きな輸入元だったヨーロッパから人類が撤退したことにより、その供給に翳りが見えていた。もちろん、米や野菜といったものも重要な食材ではあるが、中村にとって、菓子づくりに欠かせない砂糖が手に入るかどうかは、大きな関心事だった。だから、先週は陳列されてなかった砂糖が売られているのを見たときには、「やったぜ」と叫んでしまったぐらいである。
「ほんなこつは、ケーキが作ろごたるばってんな」
 オーブンの火加減を見ながら、一人でつぶやく。
 さまざまなデコレーションを施したケーキほど、作りがいのあるものはない。見た目で味を想像し、口に運んでそれを実感する。舌の上で蕩けるクリーム、広がる芳香――、それは幸せを満喫できる一瞬だった。が、材料は貴重なものとなっている。一度作ったら、できるだけ保存がきくものにしておいたほうがよさそうだった。その点では、ケーキよりもクッキーに軍配が上がってしまうのは仕方がない。




 やがて、室内に、焼きたてのクッキーが持つ、特有の芳香が漂い始めた。
「できた、できたっと」
 中村はオーブンの扉を開けて、プレートをゆっくりと引き出した。鼻をくすぐる甘い匂いとともに、きれいに並んだクッキーが目に入る。それらはいずれも猫の顔形をしていた。当然のことながら、単なる型抜きクッキーではない。
 久しぶりにクッキーを焼くにあたって、このような形にすることを選んだのは、どこかで手をかけたかったせいだった。華やかなデコレーションが無理でも、それだけが菓子づくりの醍醐味ではない。出来上がりを想像しつつ、練った小麦粉で1つ1つ形を作っていくのは楽しかった。
 そうして、調理台の上で、クッキーが冷めるのを待っていたとき――、入り口でカタンと音がした。
「ニャーン」
 甘やかな匂いに連れられてやって来たのだろう、ブータは室内に入るなり、ねだるような声を上げる。
「おいおい、おまえには無理だけん。まだ――」
 ――熱いよと言いかけた中村は、ブータの後ろから駆け込んで来た人影に気づいた。
「どこ……行く……の。待っ……て。――っ」
 言いかけて、息を飲んで立ち止まったのは、石津萌――。



*****



 ――3日前。
 夕方から行われた戦闘で、指揮車両がわずかに被弾した。幸いにも、被害はさほど大きくなかったが、それでも、中村がその整備を終えられたのは、夜もかなり更けた頃合いだった。
 帰宅しようとしたとき、裏庭からそのまま尚敬高校の裏門へ回らなかったことには、さしたる理由もなかった。正門へと向かうつもりで歩き出したのは、ただの気まぐれに過ぎなかったが、ちょうどプレハブ校舎の前を通りかかったとき、きれいな笛の音が聞こえて来た。
 すでに、月も傾き始めている。少し前までは隊内に残っているものもいるようだったが、今日は指揮車両以外に被弾したものはないから、戦闘後ということもあり、整備士も含めて、みな、疲れた身体を休ませるためにとっくに帰宅しているはずである。
 音は、校舎の屋上から流れて来るようだった。その穏やかな優しい響きは、夜の静けさの中で、心に染み入るような安らぎを秘めていた。
 中村は、それに惹きつけられるようにして、プレハブの階段をそっと昇り始めた。
 そうして、屋上にたどり着くと、一人の少女がブータとともに座っているのが目に入った。横顔から、それが石津萌だと知れた。どうやら、指を動かしているらしいことが、薄い月明かりの中でかろうじてわかる。何もないはずの空間が揺れ、音楽が静かに奏でられていた。
 風がないにもかかわらず、ふうわりと暖かいものに身を包まれるような錯覚を、中村が感じたとき――。


 ――グゥゥゥゥゥゥ


 中村の腹は、見事な音をはじき出した。
 すると、笛の音がぴたりと止み、萌がくるりと振り返った。月光の中、その顔には脅えが見える。それは、中村が見知っている表情だった。先程見せた横顔の中にあった、穏やかなものは消えている。
「じゃ、邪魔ばしてすまない」
 あわてて謝ると、萌は一瞬口を開きかけたが、結局何も言わずに、中村の脇を走りぬけて階段を降りて行った。
 すぐさま、ブータがその後を追う。このとき、わずかに足を止めた猫は、少しだけ中村を見てから、再び走り出した――。



*****



 食堂の入り口で立ちつくした萌は、視線をさまよわせてからブータを見つけると、その顔に迷いを浮かべた。
 ブータを追いかけては来たものの、猫の方はクッキーに目が眩んでいて、中村の側から動こうとしない。「ニャゥン」などと、気楽な声を上げながら、ズボンのすそに前足をかけている。外へ戻る気などまったくなさそうなそのありさまに、萌の瞳がわずかに翳った。
「あー、クッキー……、食うか? ちょうど、焼けたとこるだけん」
 黙ったままの萌に向かって、中村は声をかけた。
「ニャウウン」
 ブータが抗議をするかのように鳴いたが、それを無視して、できたてのクッキーを1つ取り、萌に近寄る。
「まだちびっと熱いばってんな」
 言いながら、中村が差し出すと、それをじっと見つめてから、萌は小さな声で聞いた。
「いい……の?」
 恐る恐るという感じの言い方に対し、中村はにっこりと微笑んだ。
「味は保証するから、安心して欲しか」
 萌は一瞬まぶしそうな目で中村を見た後、そっとクッキーを取った。そして、手のひらに乗せたそれを見ながら、わずかに口元をほころばせる。
「ブータ……?」
「おお、わかったか? 一生懸命作ったんだけん」
 単なる型抜きではないクッキーを作ろうとしたとき、それを猫の形にしたのは、先日屋上から降りて行ったときのブータが、まるでとがめるかのような視線を向けたせいだった。猫に怒られるなどというのは、考え過ぎのような気もしたが、萌が静かに過ごしていたのを遮ってしまったのは、事実である。そのことが、中村の頭の中には妙に引っかかっていて、どんな形に仕上げようかと考えつつ小麦粉を煉っていたときに、なんとはなしに猫の顔を作っていたのだ。
 そうして、萌の手のひらに納まっている茶色いクッキーは、困ったような顔をした猫だった。




「あ……り……が……」
 萌は、ゆっくりと言いかけたが、途中でそれ以上言葉が出て来ないようだった。悲しそうな顔をした後で、うつむいてしまう。その肩が、ほんの少し震えていた。
 それを見て、中村は言った。
「無理にべらべら喋らんでも、分かるけん。自然体でよかばい」
「わ……かる?」
 聞き返す萌の瞳の中には、驚愕と同時にたとえようもない寂しさがあった。
「それぐらいのこつは、わかるよ。嫌いなもんだったら、受け取らんど?」
 明るい笑顔とともに言う中村の言葉は、暖かみにあふれていた。



 このとき、黙ったままこっくりとうなずいた萌の表情は、それからいつまでも中村の脳裏に残像を描き出すことになる。それほど、優しい笑顔だった。


 校舎の外には、穏やかな春の風が吹いていた――。




(了)

 中村×萌の出だし編です、、って、今後を書く気でいるのか?という感じですが(笑)。い、いや、、だって、ほら、イバラ道以前のマイナーカップリングのようなんですもん。
 来須×舞もマイナーかなぁという気はしますが、中村×萌に比べたら、それこそ雲泥の差ですよね。ははは(^^;)。なんというか、まるで、砂漠の荒野を突き進む〜的、超マイナーカップリングかも、、しれない。
 でも、中村っていい男なんですよぉ。無理にしゃべる必要はないんだっていう、彼の言葉が、萌ちゃんに向けられたらなぁなんていう、モーソー(笑)からスタートしてるカップリングですけど。中村は、ゲーム中に、萌ちゃんがいじめられてることを知らせてくるキャラであるから、そのこと(いじめ)に気づくぐらい、萌ちゃんのことを見ているのだろう……と。
 前々から書きたいカップリングではあったんですが、中村の創作をしようとすると立ちはだかるエベレスト(笑)、その名は熊本弁――。ええ、もう、いっときは完全にあきらめていました。でも、インターネットの海の中には色々なサイトさんがあって、その中に、熊本弁化プロキシーページというところがあったんです。
 結果、まず、普通の言葉で最後まで書き、それから中村の会話部分だけを熊本弁フィルターにかけることにしました。
 そうして出来上がったのが、これです。

 なお、タイトルの「Sweet Memories」は、松田聖子の古い歌からの拝借です。このバラード、好きです。

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