| When You Wish Upon a Star |
| 年頭に国会で可決された法案により、急ごしらえでかき集められた学兵たちは、政府の予想を上まわる形で善戦した。熟練兵士たちが育ち、本土防衛が可能になるまでのたんなる時間稼ぎとして、捨て駒のように戦場へ投入された彼らは、必死に戦い、その結果、自然休戦期が始まるまでの間、自衛軍は熊本要塞を守りきることができた。 が、しかし――、すでに鹿児島、福岡、宮崎が陥落し、九州各地はほぼ幻獣側の勢力範囲となっていたから、見ようによっては、それは焼け石に水のようなものであったかもしれない。人類側の拠点は、熊本のみというありさまなのだ。それでも、いずれ九州のすべてを放棄せざるを得ないと考えていた政府からすれば、その成果だけでも十分に方針再考のより所となる。よって、当初の計画は変更され、自然休戦期が開ける秋には、熊本を前線基地にして逆侵攻することが決定された。 ときに、1999年7月――。 「ふぅ、暑いなあ。もう、嫌になるぜっ」 額を流れる汗をぬぐいながら、ため息をつきつつ、滝川が言う。 自然休戦期間中である今は、出撃することなどあり得ないが、だからと言って、訓練や整備を怠るわけにはいかない。再び戦いが始まるだろう秋に備える必要があるのは当然のことだ。朝から夜までずっと、兵士として過ごすという点では、以前と変わりがない。しかし、戦場には行かない分、授業もみっちりと行われるため、戦車学校での拘束時間は長くなっている。学兵たちは、元から遊びたいさかりの年齢だから、不満も募るというものだった。じりじりとした日差しの下で行われる体育などは特に――。 「仕方がないですわ。夏ですもの」 相変わらず、体育の時間中であっても、体操服を着用せずに袴姿のまま授業に参加していた壬生屋が、涼しげな口調で応えた。ただし、炎天下で運動したせいで、その頬は上気している。 「暑いと思うから、よけいに暑いんだぞ!?」 若宮が言えば、「でもなあ、暑いものは暑いんだもの、仕方あらへん。何か……、暑さを忘れるようなことでもないと、やってられへんわ」と加藤がつぶやく。それから、急に思いついたかのように、続けた。 「そや。七夕まつり、やろ? こう……、笹の葉がさらさらと動いたりして――。涼しげやないの!?」 実際のところ、笹の葉が動くのを見ただけで暑さを忘れられるかどうかは怪しいが、それでも、お祭りと聞けば、心は浮き立つ。 「よーしっ、やるかあ」 「そうね、いいわよ」 「いいぜっ、それ」 「フフフ……、テンション上げて行きましょう!」 あっという間に、賛成多数――と言ってもその場で反対するものが皆無だった――で話がまとまり、各自短冊を用意することになった。 「じゃあ、明日までに書いてきてや」 加藤の言葉に、みな一様にうなずいた。が、ただ一人、舞だけは無言のままである。 「どうしたん?」 首を傾げながら加藤が聞くと、舞はむっすりとしながら答えた。 「七夕まつりとは、いったいなんだ?」 それを聞いたとたん、その場にいたもの全員の動きが止まる。 ややあって、瀬戸口がゆっくりと言った。 「お前さん、七夕まつりってやったことがないのかい? そりゃ、またずいぶん――」 「たかちゃんっ。それいじょういったら、めーなのよ」 途中で口をはさんだののみは、舞に向かって続けた。 「あのね、まいちゃん。たなばたさまっていうのはねぇ、おねがいをすることなの。おほしさまにおねがいすると、かなうんだって」 「星に願い?」 舞が聞き返せば、脇からヨーコが優しく微笑みかけた。 「そうデス。笹の葉に願いごとを書いた紙をぶら下げると、神さまがそれを聞き届けてくれるですヨ。7月7日だけのお祭りデス」 「そうなのか――」 加藤に手渡された紙を眺めながら、舞はつぶやいた。 夜――。 尚敬高校から自宅へ向かうとき、来須とともに帰るのは、舞の日課である。この日も、いつもと同じように、二人でどぶ川べりの道を歩いていた。風はなかったが、日が完全に落ちた後は、暑さも和らぐ。そうした中、正門を出てから無言のままだった来須が、急に足を止めてたずねた。 「どうした? 何を考えている?」 「い、いや、その……、なんだ――。七夕の願いごととは、いったい何を書いていいのかわからぬのだ」 舞は、心底困った顔で答えた。 昼間、加藤が言い出したときから謎だったが、たずねる前にその提案が通ってしまった。特に反対する必要もないとだけ考えていたところ、加藤は明日までに書いて来いと言いながら、細長い紙を配り始めた。どうやら何かの企画らしいと想像したそれは、事前準備が必要なものだと知り、ようやく疑問を口にした舞だったのだ。 「簡単に言うが、星にかける願いとは、みな、どのようなものなのか――」 真剣に悩む舞を眺めて、来須は静かに言った。 「なんでもいいだろう。思うまま、書けばいい」 「そ、そうは言うが――。星に願いごとなど、したことがないのだ。わからぬものは、わからぬっ」 眉を上げながら応えた後で、舞はわずかに目線を下へ落として、小さな声を漏らした。 「こういうとき……、父を恨みたくなる。戦い以外は、何も教えてはくれなかった。私は、みなが当然のように知っていることを、知らぬままなのかもしれぬ……」 やや震えている肩へ、大きな手がゆるやかに伸びる。 「気にするな」 ぽんぽんと軽く叩かれ、舞はゆっくりと顔を上げた。白い帽子の下から覗く来須の瞳は、穏やかな光を浮かべている。見つめているうちに、舞の口元が自然とほころんで来た。 「来須、そなた……。ふむ、そうだな。それがいい」 一人うなずく舞に、来須は何も言わなかった。 ――翌日の夕方。 プレハブ校舎の一階、わずかに張り出している軒の支柱を利用して、笹がくくりつけられた。 「急な話なのに、よく手に入りましたね」 しゃがみ込んで下方の紐を結わえながら、感心したように森が言う。 「まあ、蛇の道は蛇ということで――。手配すれば、なんとかなります」 笹の調達役を頼まれた遠坂は、軽く応えた。 「キチー。ここまで運んで来たのは、俺ばい」 つぶやく中村の額には、玉の汗が光っている。日が傾いた時刻とはいえ、その場には涼しさのかけらもなかったが、暑さに対する不満を口にするものはなかった。作業するものも、それを見守るものも、楽しげな表情を浮かべている。 「姉さん。下のほう、曲ってるよ」 「ぼさっと見てないで、手伝ったらどう?」 「雨が降らないと、いいんだがな」 若宮が、空に広がる入道雲を見上げながらつぶやいた。 「大丈……夫……よ。おまじない……した……もの」 「わ、私……、て、てるてる坊主を作って来ましたから」 「さすが、マッキー! ご利益があるといいね」 自然休戦期である今だけに許される、ささやかな娯楽の時間――。 準備中に突如として、出撃命令がくだされることもない。春先からの2ヶ月間には、生死の狭間を歩いていた学兵たちは、いずれ迫り来る秋を前にした夏の中に、楽しみを見いだそうとしていた。 そうして、笹がしっかりとくくりつけられたのを見届けると、加藤が言った。 「みんな、好きなところにぶら下げてや」 「よーしっ。俺、いっちばーん」 「滝川くん、ずるいじゃないか。並びたまえ」 狩谷が制止しても聞く耳を持たない滝川に遅れじと、みな、それぞれが用意して来た短冊をぶら下げ始める。ひとしきりその騒ぎが続いた後で、「これで終りやの?」と言いながら、周囲を見回した加藤は、舞が一人離れて立っているのに気づいた。 「どうしたん? まだ、下げてないやろ?」 「――っ。あ、ああ」 ばつが悪そうな表情を浮かべる舞の手には、短冊ではなく封筒が握られている。 「何やの? それ?」 「う……、その……、つまりだな。紙に書いたものをそのままぶら下げるものなのか?」 「そうやけど?」 首を傾げながら応えた加藤は、軽く笑いながら封筒に手を伸ばして、するりと取り上げた。 「こんなに厳重に封をして、どないすんねん?」 「あっ、ま、待てっ」 止める間もなく封筒は開けられて、中に入っていた短冊が引き出される。 「か、返せっ」 あわてて身体を伸ばした舞の手は、しかし、それをつかむことができなかった。ひらひらと宙を舞いながら、短冊が地面に落ちる。そこへ大きな手が伸びて来て、小さな紙を拾い上げた。青い瞳が、文字を追う。 来須の口元に、優しい微笑が浮かんだ。 「……ありがとう」 「べ、別に。他に思いつかなかっただけだ」 目線を反らして応える舞に向かってあらためて微笑みかけてから、来須は笹へと近づく。 舞の短冊は、下からは文字を眺めることができないような、もっとも高い位置にくくりつけられた――。 |
| ――回避率のより高い、スカウト用ウォードレスの開発―― |
| さらさらと短冊が揺れ合う、夏の夕方――。 |
| (了) |
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| 目指したのは、全員参加の校舎修理イベントのような状況描写だったんですが、一言しゃべれば、そこにいるとわかるような人はいいですけど、そうではない人もいますので、難しいですねぇ。誰某が「」と言った、、、式の描写が繰り返されるというのは、避けたかったし。 ところで、七夕行事そのものは、日本固有のものではないそうですが、「笹の葉に短冊をぶら下げて願いごとをする」というのは、日本だけで行われる風習だそうです。夏の風物詩だと思うんですけど。舞は、それを知らずに育った、、と、勝手に設定(笑)。 来須は、なんて書いたんでしょうね。まさか、「…………」ということは、ないと思うんですが(殴)。 なお、タイトルは、ディズニー映画「ピノキオ」の主題歌からの拝借です。 |
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