Someday





 善行が問いかけてからしばらくの間、来須はただ黙っていた。なぜ、この関東へ来たのか――、その目的は一つしかない。
 定期的に届けられる報告書によれば、九州の戦況は、もうずいぶんと長い間、ほぼ膠着状態となっている。
 40万人という膨大な犠牲者を出した暁作戦の後、いまだに体勢を立て直しきれていない自衛軍総本部は、一地方へ援護投入できるだけの余剰戦力を持っておらず、九州の各県内に配置されている師団は、それぞれ自力で目先の敵と相対するしかなかった。そのような九州軍にとって少なからず幸いだった点が、暁作戦時の根本計画――熊本への幻獣誘い込み――にあったことは、皮肉としか言い様がない。熊本以外の幻獣側勢力は低下していて、増援がなくとも、自衛軍の各師団は現状をしのぐことができたのだ。
 そうした中、熊本では、終りの見えない戦いが繰り広げられていた。暁作戦の残した爪痕を深く抱えながらも、人類側が熊本に踏みとどまることができているのは、ある小隊の存在に寄って立つところが大きかった。
 幻獣側の戦力が増大し、人類側が劣勢状態に陥る地区があれば、必ずそこの敵は叩かれた。ただし、幻獣を根絶やしにすることまでは、できていなかったが――。それでも、暁作戦直後には完全に押され気味だった自衛軍が、熊本から撤退することもなく、膠着状態を維持しているのは、かの部隊の存在ゆえだった。
 配備されている人型戦車がたった一台、あとは通常の戦車及び歩兵だけで構成されているその小隊が上げる戦績は、他のすべての部隊のそれを凌駕していた。そうして、どこの師団にも属さない遊軍として部隊を率い、激戦区ばかりを転戦し続ける若き司令の名は、熊本県内だけではなく、九州軍、ひいては自衛軍全体に聞こえるものとなりつつある。




「すみません。立ち入ったことを聞いてしまって……」
 沈黙している来須を気づかうようにして、善行がつぶやいた。
「いや」
 軽く答えてから、来須は窓のほうへと視線を向けた。
 外には明るい空が広がっていて、重苦しい気配はどこにもない。青く穏やかな空は、遙か熊本までも繋がっている。その下では、今日も戦闘が行われているかもしれないということに思いを馳せ、来須はそっと拳を握り締めた。
 1年ほど前、舞が小隊司令として、実際の活動を始めたことを知ったときから目の前にあった、一つの可能性――、それは今こうしている間にも現実になりかねない。かの小隊が上げる戦績は、舞がその身を危険にさらし続けているという証拠に他ならなかった。できることなら今すぐにでも熊本に帰りたいという想いが沸き起こるたびに、暁作戦のあり方が脳裏によみがえる。
 やがて、善行に向けてゆっくりと目線を戻してから、来須は言った。
「ただの歩兵でいることをやめたかった――、それだけだ」
「……。なぜ……?」
 わずかな沈黙の後で、再び善行がたずねる。
「歩兵のままでは、守れない――」
 来須は、誰をとは言わなかった。
「芝村さんのため……ですか。あ、いや、そのことは考えなくもなかったのですが、5121小隊にいたころに見知ったあなたは、何があっても、芝村さんの側を離れそうもなかったのでね。こうして、遥かに遠いところへ来たのは、なぜだろうと思ってしまったのですよ」
 善行は、苦笑混じりにさらに続ける。
「こんなことを気にしてどうすると、思われるでしょうね。因果な立場だと自分でも感じますが、私としては、みんながどのような思惑でこの会議室へ参画しているかは、無視できないことなのです。戦争を終らせるために、それぞれが抱える利害を越えてこの場へ参加してくれるのでなければ、意味がない。私欲を捨てろとは言いませんが――」
 善行の言葉を遮るようにして、自嘲気味に来須はつぶやいた。
「ふ……っ。私欲……だろうな。俺は、軍部の下す命令に翻弄されないような立場が欲しかっただけだ」
 それは言わば、特定の誰かだけは助けたいという、軍人としてもっとも忌むべきとされる考え方に等しかったが、来須はあえて口にした。嘘をついても仕方がない。それが真実であるし、善行はこの場で話したことを憲兵に報告するような人物ではないと思えた。
 すると、善行は呆れたように言った。
「まったく、あなたという人は……。はっきりと言いますね。それがどういうことを意味するのか、わかっているのでしょう? まあ……、あなたにしろ、芝村さんにしろ、さっさと自分たちだけが逃げ出して、身の安全を図るということはしないと、ともに戦場で過ごした私は知っていますが――」
「……」
「いいでしょう。わかりました。あなたは、あなたの信じるところをもって戦いなさい。それが、この作戦会議室のあり方をねじ曲げるものではないと、これまでのあなたの上げた成果が証明していますからね。これからもよろしく頼みますよ、来須くん」
 善行は、にっこりと笑って手を差し出した。



*****



 やがて、自然休戦期を迎えた。夏の間には、戦闘そのものは行われないが、軍の活動が休めるわけではない。戦争は終っていないのだ。秋からの戦いに備えて、さまざまなことをする必要がある。装備の改良やその量産――、それらは前年と同じ方針で展開された。
 そうして、始まった開戦期――。夏前の予想通り、関東地方では自衛軍による連勝が続き、それは、軍内部での作戦会議室への評価をより高めるものとなった。その状況下、来須は準竜師への昇進辞令を受け取った。
 すでに、熊本を離れてから2年近くが過ぎている。自衛軍総本部内で新たにあてがわれた部屋から眺める風景は、秋の盛りであることを示していた。植えられている木々の葉は色づき、時が来れば、それは落ちる。いずれ、かつてこの地に来たときと似たような情景を眺めることになりそうだった。
 そうしたある日のこと、いつものように届けられた熊本からの報告を見たとき、そのデータを前に、来須はしばらくの間、身動きすることができなかった。何度見返しても、同じ結果が表示される。はじき出される可能性に、目の前が暗闇に沈みこむような錯覚に陥った。
 しばらくしてから、来須は、九州軍参謀本部への回線を立ち上げた。始めに出たオペレーターに取り次ぎを頼む。
「俺だ」
 画面上に現われた相手に向かって、来須は言った。
「熊本へ戻ります」
 すると、不敵な笑みを浮かべながら、芝村竜師が応える。
「なぜ……と、聞いておこうか」
 このとき、来須は相手が上官だということを一切忘れた。
「なぜ? ここ最近の、舞の乗る士魂号の損傷率は異常だろう!? このままでは、いつか――」
「――倒れるだろうな。そして、その場所が戦場である可能性もある……」
「――っ」
 淡々と告げる竜師の様子に、来須は息を飲んだ。




 今まで2年近くの間、その傍らから離れる生活を送ることができたのは、舞自身が持つ能力を信じていたからこそだった。
 戦場に身を置いて過ごすことは、生死の堺を歩くようなものだが、舞は類いまれな才能を持つ戦士である。士魂号のパイロットである限り、それが通常の戦闘であれば、簡単に傷つくようなことはない。暁作戦に置ける状況が、尋常ならざるものだったのだ。
 長時間の激戦の後、スキュラの大群と向かい合うというような戦いは、大規模な作戦命令でも出ない限りは起こり得ない。もちろん、戦争が完全に終らない限りは、常時戦場であるから、いつでも斃れる可能性はあったが、どこかの地区で幻獣の実体化が確認され、そこへ出撃するというような戦闘ならば、危険性はさほど高くはない。それは、込み上がる不安を、無理矢理に押さえつけるようにして得た考えではあった。が、そのように思いこまなければ、関東へは来られなかったのだ。
 しかし、それも、舞のコンディションが良好であることを前提にしていた。ところが、現在のデータを見る限り、今の舞の状態は最悪に近い。
 人型戦車の運動反応は搭乗者の状態に左右されるが、直近2週間における、舞の乗る士魂号の損傷率は100%――、つまり、戦場で必ず被弾しているということだった。攻撃をかわすことが難しくなっている証拠である。放っておけば、舞は必ず斃される。それは、十分に予測可能な未来だった。
 死を目指して始まっているカウントダウン――。刻一刻と、舞が死期に向かいつつあるような状況は、唐突に訪れるものとは違い、身体を刻み込まれるような日々となる。そのような状態には、耐えられない。




「もういい。これ以上ここにいる気はない。準竜師なら、専属の小隊も持てる。舞の部隊の所属変更を」
 来須が意を決して言うと、予想に反して竜師はあっさりと同意した。
「ふむ、よかろう。好きにするがいい。もう少しというところだが、それを言っても、おまえは聞かぬだろう。2年たっても、変わらなかったということだな」
「変わらない……?」
「そうだ。おまえが考えていることは、舞のことだけだ。芝村のものとして生きるという視野がない」
「……」
 確かに、芝村の一族がどうであろうと、来須には関係のないことだった。
 作戦会議室への評価の高まりは、そこへ参画しているものについても、同じように跳ね返る。自らは芝村に連なるものという意識を持っていなくても、周囲はそうは見なさない。会議室内ではあからさまなことは一切なかったが、一歩外へ出れば向けられる好意と敵意――。軍部には、芝村一族の政敵も存在している。そのことは、実際にこの関東で生活してみて知ったことだったが、だからといって、どうする気にもならなかった。
 来須が黙っていると、竜師は軽く笑った。
「ふ……っ。結果がすべてという考え方もあるな。満足のいく出来ではないにしろ、関東本部内では、我ら一族へ共感するものも増えたであろう。戻って来るがいい」
 通信回線は、一方的に切られた。




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