Someday
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| 「では――、神奈川方面についての配置については、これで決定ということですね。自然休戦期も近い。これ以上、被害を増やさないために全力をつくしましょう。以上、解散」 善行の言葉に、出席者が一様にうなずいてから、立ち上がる。 こうして、関東本部全体としての作戦会議が行われるのは、今期はこれが最後になると思われた。5月の半ば過ぎには幻獣が出現しなくなるから、それまで持ちこたえることができれば、夏の終りまでの間は防備に専念できる。そうすれば、秋からの戦局には余裕が見込めるかもしれない。いや、ゆとりが出るだろうことを、出席者たちは確信しつつあった。 各自が抱える師団への指示を携えて、支部長たちが順次退出して行く。その姿を見送ってから、最後に部屋を出ようとした来須のことを、善行が呼び止めた。 「来須くん。少し……、話があります」 そうして、足を止めて無言のまま振り返った姿へ、椅子を勧める。 「座りませんか? 立ち話もなんだし――」 促され、会議用の長テーブルの端に来須は腰を下ろした。作戦室長として正面に座っていた善行の、斜め前にあたる。窓の外からは春の日差しが注ぎ込み、穏やかな明るさを室内にもたらしていた。 「あなたがこちらへ来てから、まだ……、1年半にもなりませんが――」 善行は、そこでいったん言葉を切って、わずかに下を向いた。それから、手近にあるペンをつかみ、目の前にある書類束を軽く叩く。室内にリズミカルな小さい音が響いた。 やがて、手の動きを止めた善行は、顔を上げて、来須のことをまっすぐに見つめた。 「この作戦室に参画するものは、あなたの意見を無視できないような状況になっています。それほど、強烈でしたからね、あの戦いは――」 善行が言うのは、昨年行われた、千葉県における防衛戦のことである。 |
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――1999年初秋、関東地方への攻撃として幻獣側が最初に選んだのは、千葉県だった。 フェリーで渡ったとしてもほんの1時間足らずの、海とも呼べないほどの小さな東京湾をはさんだ、目と鼻の距離に日本の首都がある。房総半島の最南端、白浜海岸から始まった幻獣側による襲撃は、政府を恐慌に陥れるには十分なものだったのだ。結果、再侵攻によって、九州を鎮圧したばかりの善行が即刻呼び戻された。 そうして、作戦室長を命ぜられ、人員を集めた善行は、武器強化の方針で対応策を練った。なんとしても、首都への襲撃は避けなければならない――、それが政府からの通達である。しかし、小競り合いを繰り返す中、幻獣側を完全に排除することはできなかった。 それは、九州で暁作戦が計画され、実行された時期と重なる。政府及び軍本部は、このとき、首都から遠く離れた地方の動向については、二の次にせざるを得なかったのだ。国としての中枢機関を守ることが、最優先事項とされた。 政府が、また、自衛軍本部が健在であれば、たとえ一地方が陥落したとしても、いずれ取り返すことは可能であろうという判断である。 そういった状況下、来須は作戦室に加わることになった。当初、特別な意見を出すこともなく、日々過ごしていたが――。 「ともかく、らちがあきませんよ。千葉県は広いし、戦車を出せるようなところと、それが無理なところとが、混在しているような土地柄です。まったく、いったいなんだってこんな都市計画を立てたんだか――」 「今さらそんなことを言っても仕方がない。我々が考えなければならないのは、市街地政策ではないんだから」 「そうは言っても、拠点を明確にしなければ対応のしようがないのに、あのような地域性では――」 年始のお祭り気分などまったくないような作戦会議の席上、善行は沈黙を保ったままの来須に問いかけた。 「来須くん――。ずっと黙っているようですが、何か……、意見はありませんか?」 その場にいるものたちは、一様に、この新規参加者が何を言うかを待ち構えた。自身に集まる、その注視に臆する気配もなく、来須が口を開く。 「戦車を使って戦うという発想をやめればいい」 「な――っ」 その場にいた全員が、息を飲んだ。 確かに、戦車主体ではなく、人間主体で戦闘を行うのが都市戦ではあったが、それでも限度がある。拠点となる地域を確保し、そこから可能な限りは戦車を繰り出すものだ。それが、もっとも効果的な攻撃方法なはずである。 「では……、どうしろと言うのですか?」 室長である善行の言葉づかいのほうが、来須の物言いよりもよほど丁寧ではあったが、この場にはそれを気にするものはいない。 階級に左右され、優れた発想を提示する機会が失われることは、結果として軍の戦績に跳ね返るという考えを持つ善行は、作戦会議中には上下関係にとらわれないようにという方針を打ち出している。いわば、階級主義ではなく、能力主義な考え方だったが、集められた人員はその主旨に賛同しているものばかりだった。もちろん、会議室を一歩でも外へ出れば、軍隊の通例が待っていることは、みな承知していたし、それに従って行動している。逆に、だからこそ、善行率いる作戦会議室への参加者たちは、無能をさらけ出すようなものを認めない風潮があった。 ゆえに、この日、来須の考えを聞こうとしたものたちは、純粋に、その能力を推し量ろうとしていたと言える。 善行からの再度の質問を受け、来須はゆっくりと答えた。 「地上戦では、戦車で行くことができないところはあっても、人が行けないところはないだろう。元から、都市部では人間主体にならざるを得ないなら、きれいさっぱりその方針だけにしたらどうだ? そうすれば、どんな場所だろうと拠点にできる」 すぐさま、参加者の一人から異が唱えられる。 「しかし……、人間――、つまり歩兵の攻撃力だけでは、幻獣を駆逐できるわけがないぞ!?」 対する来須の声は、低く昏い響きを持っていた。 「倒されなければ、いつかは必ず倒せる。だから、攻撃力の増強を図るよりも、防御力のほうが大事だ。しょせん、スカウトは消耗品だろうが、その損失率を下げればいい」 善行が、噛んで含めるようにして、ゆっくりと聞き返す。 「スカウトは消耗品……ですか?」 「そうだ」 来須の答えにはためらいがなかったが、それを受けて、場が静まり返った。 やがて、善行は大きくため息をついてから、言った。 「ふぅ……。そうですか。いや、そうかもしれません。我々は、国民を守るという大儀を掲げて戦っています。その中で生れる犠牲があったとしても、それはやむを得ないことだと、自らを納得させながら、ね。だからこそ、兵士を消耗品だなんて思いたくないんですよ。それは、自分もそうなのだと認めることですから。みんなで、どこかの誰かを守るために戦えば、それは結局、誰かが自分を守ってくれることにも繋がるのだと思わなければ、やってられない――。でも、どうやら……、発想の転換が必要なようですね」 「室長っ」 驚いたように上がった声を制して、善行は穏やかに続けた。 「消耗品で結構。ならば、失われないようにすればいい――。では、ウォードレスの改良と増産、そして、その配給を急ぎましょう。それから、歩兵主体の部隊の配置を」 「いきなり部隊編成をしなおすわけには――」 千葉県支部長のつぶやきに、他の一人が応える。 「確かにそうだ。だが、これも一つの方法かもしれない。部分配置ということで、小隊を編成してみたらどうだろう? その成果を見るということで」 その考えは、もっともなことだと多くの賛同を得た。 結局、一番防御力の高いウォードレス――武尊――を着用させた歩兵隊が組織されることになり、来須は自らその指揮を引き受けた。 そうして、2週間後――、激戦地とされていた千葉県木更津のコンビナート地区から幻獣は駆逐されたが、このときの人類側の損失は皆無である。 以後、千葉県における戦闘は、防御力の高いウォードレスをいかに多く配給するかが鍵となった。 |
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「私は……、あのときまで、あなたがここへ来た理由を誤解していましたよ」 善行の言い方には、やや苦いものが混じっていた。 「誤解?」 「そうです。暁作戦がどれほどひどいものだったか……、報告書でしか知ることができませんが――。自衛軍総本部は、この関東を守ることで精一杯で、あの作戦計画の詳細について、事前に吟味する努力を怠っていたのは確かです。まあ、さまざまな思惑も絡んだのでしょうけど」 「……」 「今となっては、とても失礼な考えだったと思えますが、あの作戦後にあなたがここへ来たとき、前線に立つ生活から逃げて来たのかと」 来須が目を細めたことに気づき、善行は穏やかな微笑を浮かべて否定した。 「いえ、だから……、それは誤解だったことに気づいたんですよ。あなたが、自ら戦場へ出て行ったから。同時に、疑問に思いました。これはね、来須くん――、今まで1年半近くの間、一度もあなたにたずねたことはない」 善行は、一瞬目線を外してから、あらためて来須を見つめ直した。 「あなたは、いったいなぜ、ここへ来たんですか?」 その声は、室内の空気と同じく、とても穏やかなものだった。 |
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