Someday
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| その日、定刻5分前に、来須は教えられた直通エレベーターを使って、病院の最上階から一気に地下まで降りた。その駐車場へ迎えの車が来ているはずである。 エレベーターから外へ出て、狭い通路を歩いた先の扉を開ければ、排気ガスの臭気が肺に入り込んで来た。 そして、あたりを眺める必要もなく、一台の車が来須の目に止まる。正規の駐車スペースではない場所――、今立っているところから目と鼻の先に、黒塗りの小さなセダンが待っていた。他の車はすべてきちんと決められた枠内に駐車されているから、おそらくそれが迎えのものなのだろうと考えて近づく。 すると、運転手が降りて来て、後部ドアを開いた。 「どうぞ」 促されて乗り込もうとした来須の足が止まる。 「――っ」 中には先客がいた。 「早く乗れ。時間がない」 およそ、このような地味な車が似つかわしくない準竜師は、手招きしながら言い、さらに続ける。 「空港に着くまでの時間ぐらいしか、俺の予定には空きがない」 ここでためらっていても仕方がないから、来須は車の中に身体を滑り込ませた。ドアが閉められ、運転手が前へと回り込む。 やがて、車は走り出した。 しばらくの間、車内は無言の静けさが支配していた。 ウィンドウガラスは遮光されていて、外からは中を見ることはできないようにできていたが、乗っているものからすれば、窓の向こうに広がるのはセピア色の風景である。流れ去って行く、市街地の景色――。特にすることもなく、来須が黙ってそれを眺めていると、準竜師が言った。 「あと20分ぐらいか……。搭乗手続きには、ぎりぎり間に合うな。ふむ、おまえに話しておくことがある」 「……」 首を回して隣を眺めた来須の顔は見ずに、窓の外に視線を飛ばしたまま、準竜師は続けた。 「昨日……、舞が、軍のコンピューターへハッキングした。何をしたか、わかるか?」 聞かれても、来須にはわからない。 情報操作の天才からすれば、ガードが堅いはずの軍のコンピューターでさえ、丸裸に近い状態なのかもしれないが、舞は、まだ集中治療室から出られたばかりだ。わざわざそんな時期にハッキングなどしなくてもという思いが、沸き起こる。 「……?」 来須が黙っていると、準竜師はゆっくりと身体の向きを変えた。 「この前、おまえに言ったな? 誰とも連絡を取るな、と。それはこれからもだ。もちろん、舞もその例外ではない」 唐突に話が飛んで、来須は戸惑った。その指示と、昨日の舞の行動とがいったい何の関係があるのか、理解できない。そこで、目をやや細めて見つめ返すと、準竜師が低い声で言った。 「舞が覗いたのは、今日には公表されるデータだ。暁作戦の死亡者リストだな。そこにおまえの名がある。それを見て、よほどの衝撃だったのだろう。だから、鎮静剤の世話になどなる」 「――っ」 絶句する来須を眺めて、準竜師は軽く笑う。 「ふ……っ。データというのは、不思議なものだ。あるものはそれに見向きもせず、また、あるものはどうしてもそれを見ようとする……。おまえとこれから先に会う人間は、おそらく、暁作戦の死亡者リストなど確認しまい。が、逆に、暁作戦に参加した後におまえと音信不通となったものは、あの戦闘での死亡者リストを見ようとする。舞も、そうしたということだな」 そこでいったん言葉を切った準竜師は、冷たい声で続けた。 「舞にとって、おまえは死人だ。それは、これからもだ」 「な……ぜだ……」 ようやく来須が声を絞り出すと、自嘲気味の響きが戻る。 「なぜ……か。それは、俺が芝村だからだ。俺は、それ以外には――、なれん。そして、舞は芝村を継ぐものだ。今に、おまえにもわかる……。別に、金輪際会うなとは言わんよ。とうぶんの間、我慢しろというだけだ」 言いながら腕にはめた豪奢な時計を眺めた準竜師は、「搭乗手続き時刻が迫ってるな」とつぶやき、それから来須の目を見て問いかけた。 「どうする? 病院へ戻って、おまえの見たものは真実ではないと、舞に告げるか? それとも、このまま羽田へ飛ぶか?」 どう考えても、病院へ戻るだけの時間は残っていない。車をUターンさせれば、すなわちそれは、来須にとって望みを捨てることとなる。 来須は、無言のままゆっくりと右手を握り締めた。 指のすき間に、昨日触った舞の髪の毛の感触がよみがえる。さらさらとした、その手ざわり――。 舞は、日ごろ、髪の毛に触られるのをあまり好まなかったが、来須はそれがとても好きだった。そうしたときの舞のやや戸惑ったような、やや幼い表情が――。戦女神として、雄々しく戦場を駆け巡るものではない、強く抱きしめれば壊れてしまいそうな、舞の一面――。 「飛行場へ――」 そっと瞳を閉じて、大きく一呼吸してから、来須は言った。すると、準竜師が満足そうに笑う。 「ふ……っ。よかろう。それが、おまえの選択だ」 「……」 来須は何も言う気になれず、ただ黙っていた。 これでは、まるで騙りである。 田辺の報告書によれば、舞が無茶を承知でスキュラの群れの中に飛び込んだのは、5121小隊のいる戦場へ来るためだった。結果、生死の堺をさまようようなけがを追うはめに陥っている。 そうして、やっとのことで自由に起き上がれるようになったところで、眺めた死亡者リストが、実は嘘だったと知ったら、そのとき――。嘆き悲しむどころか、相手を憎悪する可能性もある。たとえこの身が生きていても、舞の意識の上では、存在を抹殺されかねないかもしれないと、来須は思った。が、しかし――。 舞にとって、自分がすでに死んだ人間だとしても、それで想いが変わるわけではない。 たとえ、どのように思われようとも、来須にとって、舞はすべてだった。舞を守りたいという想いこそが――。 熊本空港へ着き、来須が車から下りるときに、準竜師は言った。 「羽田に迎えが来ている。そのものが案内をする。資料については、後で目を通しておけ。ではな」 地味なセダンは、そのまま走り去って行く。 搭乗手続きをするまでの時間は、そんなに多くは残されていなかった。 そうして、来須は機上の人間となり、羽田空港までの約1時間半を、転送されて来た資料を眺めることで過ごした。 |
| ***** |
――3日後、早朝。 あてがわれた官舎の一室を出る前に、来須は鏡の中の自分を眺めた。 これからは、自由気ままな服装でも許されていた5121小隊勤務とは違う。自衛軍の制服は着慣れないものではあったが、それに対して不満を言っても仕方がない。今、目の前で、薄いブルーの軍服を纏って見つめ返している人物は、無表情な蒼い瞳をしていた。その姿に向かって苦笑を浮かべてから、来須は自室を後にした。 同じような建物が並んでいた敷地の外、大きな通りに沿って歩く。 周囲に植えられている街路樹は、すべて葉を落としていた。熊本よりも気温が低いから、あたりはとうに真冬の様相を呈している。吐く息も、早朝ということを割り引いても、十分に白い。その中をしばらく行くと、左側にある巨大なゲートが目に入る。 自衛軍総本部――首都のほぼ真ん中に広大な敷地を擁し、複数の師団の駐屯もされている――は、凍りついたような外気の中で、静かなたたずまいを見せていた。 入り口で認証チェックを受けて中へと入る。即席で頭の中にたたき込んだ配置図から、目指す建物のあたりをつけながら、来須は歩いた。 やがて、目的にたどり着き、その玄関へと進む。吹き抜けのエントランスが、床に敷き詰められた石が弾く靴音を、やけに大きく響かせた。 その場に詰めている士官に名を告げると、「ああ、お待ちですよ」とにこやかに返事が戻る。そうして、「ご案内します、こちらへ」という声にいざなわれ、その後に続いた。 2階へと続く階段を上がり、通路を進む。その突き当たりの部屋の前で、案内の士官が立ち止まり、扉をノックした。 「どうぞ」 返事が聞こえると、「お入りください」と言いながら、士官が扉を開く。 「失礼します」 入室したのは来須1人だった。 それまで、窓ガラスを背にしながら大きな机に向かい、書類を眺めていたらしい相手は、来須へ視線を向けると、ゆっくりと立ち上がって近付いて来た。 「遠いところをようこそ。ここは熊本と違って、人型戦車の配備はないんですよ。いや、通常の軍事行動も、普通の戦車でさえ困難なぐらいです。建物が多くてね、道も広いところのほうが少ない。戦いはもっぱら、人が自らやるんです。そういった意味では、あなたのようなスカウト経験者を作戦室へ迎えられるのは、我が関東本部としては幸運なことだと思います。いや、これは失礼――」 そこで、相手は、かけている眼鏡のふちに片手をあててから、軽く笑う。 「ちょっと、仰々しい挨拶でしたね。一応、ここまでは型通りということで。以下は、私の本音ですよ、来須くん。たとえわずかな間であっても、同じ戦場で過ごした戦友に再会できるのは、とてもうれしいですよ」 関東本部作戦室長――善行忠孝――は、そう言って穏やかに微笑んだ。 |
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