Someday
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| 「……、気がつかれたようです」 どこか遠くのほうで聞こえる声に、何かを言わなければと、来須は口を開きかけた。が、全身に力が入らない。左肩には、焼けつくような痛みを感じた。それを押し殺しながら無理矢理に目を開けると、見知らぬ誰かが覗き込んでいた。 「動かなくていいですからっ」 労るような言葉をかけられて、戸惑いが生じる。自分は、学兵あがりの隊員たちで構成された小隊の、一スカウトに過ぎない。そういった人間に対し、このような物言いをするほど、軍隊というのは生易しい組織ではないはずだった。 目に映る情景から、ここが軍用トラックの中らしいことがうかがえる。身体に感じる振動に身を任せながら、戦闘はいったいどうなったのかと、来須は考えた。 なぜ、それまでの戦況が一変したのかは、知らない。それは、ただの一兵卒にはわからないことであり、ともかく、目先の敵を倒す以外にはなかったが、周囲の友軍が力尽きて倒れて行く中、5121小隊も無傷ではいられなかった。 スキュラが指揮車に狙いを定めたのは、離れた位置からでも見えた。やがて、装甲の薄い車両が、真っ赤なレーザーの攻撃を受けて大破し、同時に、それまでは耳元へ聞こえていた瀬戸口からのオペレートも消失した。それに絶句したとき、突如として、すぐわきにミノタウロスが実体化したことは覚えている。振り上げられたその腕が、我が身に向かって降ろされたところで、記憶が途切れていた――。 今、耳を澄ませても、ミサイルの音もライフルの音も聞こえて来ない。少なくとも、このトラックが走っている周囲では、戦闘は行われていないのだと、来須は想像した。 「戦……闘……は、もう……?」 どうにか声を振り絞るようにしてたずねれば、先程声をかけたものが静かに応える。 「終結宣言が出されました」 その言い様には、戦勝時ならあるはずの、高揚した気配が込められてはいなかった。 「右翼は……?」 来須の問いかけに、相手はやや首を傾げる。 「よくわかりません。全軍の被害がどの程度なのかも、詳しいことは、まったく……」 5121小隊の戦っていた周囲四方だけが、惨澹たるありさまだったとは想像しにくかった。自軍全体が似たような状況だと考えたほうが、遥かに現実的ではある。つまり、人類側は敗北したのだと、来須は結論づけた。 その勝敗の行方がどうでもいいとはさすがに思わないが、それよりも気になることがある。が、今は、その答えを得られそうもなかった。それでも、たとえわずかであっても情報が欲しかったから、再び口を開きかけたとき、車が大きく震動し、身体に響く激痛にうめき声が口から漏れた。 「くぅ……っ」 すると、相手があわてたように言う。 「だ、大丈夫ですかっ? おい、鎮痛剤を――」 がさごそする気配の後で、「かなり揺れますから。少しお休みになってください」という声とともに、何かが腕に刺さり、来須の意識はそこで途切れた――。 |
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再び意識を取り戻した時、来須が最初に見たのは白い天上だった。明るい日差しが窓から注ぎ、穏やかで清潔な空気があたりを支配している。ゆっくりと頭をめぐらせて、どうやらここが病室らしいとあたりをつけた。ただし、異様に広々とした空間ではある。 置かれているベッドは、今横たわっているもののみ――。脇には優雅な形をしたサイドテーブルがあり、水差しが乗せられていたが、室内の照明器具のあり方といい、どこか、豪勢なホテルの一室を思わせるような雰囲気を持っている場ではあった。 いぶかしみつつ、指をそっと動かし、無事を確認した後、手を徐々に上へと持ち上げてみて、左肩に伝わる痛みに顔がゆがむ。 「つっ……」 それでも、それは我慢ができないようなものではなかった。そこで、今度は上半身を起こしてみようとしたとき、病室の扉が開いた。 「あっ、気がつかれたんですね」 言いながら、看護婦が室内へと入って来る。 「……こ……だ?」 言葉がうまく出て来なかったが、看護婦は来須の意図を察したように言った。 「病院ですよ。もう大丈夫ですから」 にこやかな笑みの浮かんだ顔を見返して、来須はつぶやいた。 「病院……にしては――」 ――調度品からして、常識はずれのような気がする。その想いを途中で飲み込んだ後に視線を巡らせれば、水差しの向こう側にひしゃげたメダルが見えた。それに向かって手を伸ばそうとすると、その意図を察したらしい看護婦が、「ああ、これですか? はい」と言いながら手に取って差し出す。受け取って、来須はしばしそれを見つめた。 ――WCOP章、芝村の一族の証しである。 元から、芝村一族そのものに興味もなく、普段は身に着けもしないこれを今回に限ってウォードレスの内側に忍ばせていたのは、風があまりにも騒いだせいだった。別の言い方をすれば、それは虫の知らせとでも呼ぶべきものなのかもしれない。どちらにせよ、これを持っていたせいで、本来なら打ち捨てられて当然であるような一兵卒が拾われ、今こうして豪華な病室に横たわっているのだろうと思えた。 「腕を……、少しいいですか?」 声をかけられて、片手を差し出す。そうして、ベッド脇で腰を降ろした看護婦が血圧と脈拍を計るのをぼんやりと見つめながら、来須はたずねた。 「今日はいったいいつ……?」 暁作戦が終了してからどれぐらいの時間がたっているのか、見当もつかなった。しっかりと治療が済まされているところを見ると、最低でも翌日ぐらいにはなっているように思える。すると、看護婦は、血圧計を片付けながら答えた。 「戦闘が終了したのは、一昨日のことです」 そして、立ち上がりつつ続ける。 「あの……、今、芝村準竜師がこの病院にお見えになっています。もしも、目が覚めていたら、お会いになりたいとおっしゃってますので――」 そのまま、返答を待たずして、看護婦は出て行った。その背を眺めてから、来須は自らの手に視線を戻した。 かろうじて原型をとどめているような、勲章――。それが手元にあればこそ、準竜師が面会にも来るわけだったが、大規模な作戦行動を終えたばかりの九州軍本部に詰める身であり、多忙を極めるはずの相手が、用もなく病院になど立ち寄るはずはない。自分はあくまでもつけ足しであると、来須は思った。準竜師が目的とする相手は別にいる。とすれば、多分、それは――。 やがて、来須は、WCOP章をサイドテーブルの上にそっと置いた。それから、右手を支えにして、身体をゆっくりと起こす。幸いにも怪我は左肩だけであり、それ以外は無傷のようだったから、引き裂かれるような痛みはあっても、堪えられないものでもなかった。そうした上で、足先を床の方へと下げ、ベッドの淵に腰を降ろした形で座る。それからもう一度、メダルへと手を伸ばし、それを握り締めた。 ――呼び名で結果が決まるなら、すでに大勝利確定だな 自らは、まったくそれを信じていないかのような響きを持っていた、小さなささやき――。おそらく、戦いの行く末を見越していたのだろう。だからこそ、普段なら絶対に望まないようなことを口にしたのだと思えた。 「舞……」 来須がつぶやいたとき、軽くノックの音が聞こえ、返事をする間もなく扉が開く。 「なんだ、もう身体を起こせるのか」 室内に入って来るなり、芝村準竜師が言う。 相手は、何階級も離れた上官であるから、来須は立ち上がって礼を取ろうとした。が、準竜師は、いきなり用件を切り出した。 「そのままでいい。けが人が無理矢理に立ち上がるなど、時間の無駄だ。先程……、田辺と言ったな――、舞のパートナーだが。あの娘が、俺宛に報告書を上げて来たから、後でそれをおまえへ転送する。読むがいい」 「……?」 そのようなものを見せようとする意図がわからず、黙ったままでいる来須に向かって返されたのは、低い声だった。 「おまえも芝村だ。見る権利はある」 「……」 なぜかとは、たずねたくなかったから、来須はただ相手を見つめ返した。すると、準竜師は、淡々と言った。 「舞は生きている、まだ……な」 「――っ」 それでは、まるで死を見据えたような宣告に等しい。絶句する来須に向かってかけられた言葉は、冷たいのか暖かいのか、まったくつかみ所がないような響きを持っていた。 「いや、死ぬと決まったものでもないらしい。予断を許さぬというのであろう。そういう状況だ。冷たいようだがな、俺は事実を言っている」 「舞に会わせて――」 ――くださいと言いかけた来須を、準竜師は片手を上げて制した。 「――やりたいが、だめだ。勝手に入り込むことはできぬからな。舞は、集中治療室だ。明日、もう一度、俺はここへ来る。そのときに連れて行こう」 それだけ言うと、準竜師は出て行った。 病室内に一人残された来須は、そのままの体勢でずっとベッドの上に座り込んでいた。それからいったいどれぐらいの時間がたったのか――。やがて、左手の多目的結晶を通して、田辺の出したという報告書が届いた。 夢中になってそれを読み進む。ともかく、今、生死の境にいるらしいからには、複座型士魂号が無事であったとは思えない。しかし、パートナーである田辺は、少なくとも報告書を準竜師宛に出せる状態ではあるのだ。 その田辺の文章は簡潔であり、複座型士魂号が暁作戦でどう扱われたかを、順を追って説明していた。そうして、来須は、戦況が激変した理由を知った。が、この際、それはどうでもいいことである。舞がけがをした、その状況が知りたい――。 ようやくたどり着いたその箇所は、他にも増して簡単な表現がなされていた。 ――先に降車した芝村百翼長は、ミノタウロスの生体ミサイルを背後から被弾 「……!」 舞が纏っているのは、戦車兵用のウォードレスである。士魂号が破壊され、降車を余儀なくされたとしても、戦闘続行が不可能なわけではなかったが、あくまでもそれは余禄に過ぎない。スカウトが身に着けるものとは、その能力に雲泥の差があった。特に、ミノタウロスの攻撃は破壊力も大きい。現に、来須自身がその攻撃を受けてけがをしたほどでもある。 来須の目の前に、小柄な身体が大地に叩きつけられる姿が浮かんだ。 舞が、類いまれな能力を示す戦士であることは確かだった。しかし、それはあくまでも人型戦車の搭乗者としてなのだ。士魂号を降りた後で白兵戦に身を投じるには、無理がある。本人に向かってそのようなことを言えば、憤るに決まっているから、来須はそれを口にしたことはなかったが。 同じ戦場にいさえすれば、たとえ士魂号が大破し、舞が降車するはめになっても、そのまま安全な場所へ移動できるまでの間、援護射撃をすることは可能である。が、命令一つでどうにでも扱われる境遇では、必ずしも常に舞の傍らに居られるわけではない。 暁作戦は、来須と舞が、互いに遙か離れた戦場へ立つことになった、初めてのものであったのだ。その結果が――。 いつの間にか日が暮れて、明るかった室内が暗闇に閉ざされても、来須はただそのまま座り続けていた。 |
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