side by side


 ――1999年3月20日。
 土曜日であるこの日は、授業が午前中しか行われない。午後は、各自、仕事時間となっている。そうして、4時限目が終了となったとき、舞は、教室を出ようとした来須に向かって呼びかけた。
「待て。話がある」
「……」
 他のクラスメートたちが外へと出て行く中、来須は一人無言のまま戻って来て、舞を見返した。
 体格に差があるため、舞の方はかなり見上げる角度になる。威圧感を感じること、はなはだしいが、それに負けてたまるかという想いをこめて、舞は言った。
「そなたの授業態度は、よろしくないな。真後ろでふんぞり返られていては、気が散るではないか。即刻、やめるがいい」
 来須の座席は、舞のすぐ後ろである。戦闘訓練や体育などは教室で行われないから関係ないが、英語や国語、リーダーといった場合、机の上に両足を乗せて、椅子の背もたれに身体を預けた格好に終始しているのが、来須の参加態度だった。
 自分より後ろの座席のことであるから、当初、舞はそれに気づかなかったが、ある日、何気なく窓の外を見たときに、視界の端に映った姿を見て、眉を顰めた。そして、一度見てしまうと、非常に不真面目と言えるそれが気になって仕方がない。
 この戦争下、英語や国語を学ぶことに意味があるのかと思わないこともないのだが、それでも、いつかは戦争も終るはずである。そのときのためにと考えて、一応は真面目に取り組もうとしているものからすれば、背後にいる存在は迷惑なことこの上ないと、そのとき以来、舞は思っていた。
 そこで、土曜日である今日、来週からの授業のことを考えて、注意をすることにしたわけだった――。が、来須の返事は、あっさりとしていた。
「断る……」
「――っ」
 自分は間違ったことは言っていないはずだという自信を込めて口にしたにもかかわらず、まるで聞く耳を持たないかのように即答されて、舞は思わず息を飲んだ。しかし、ここで引き下がってたまるものかという気持ちで、食い下がる。
「なぜなのだ? 私は、間違ったことを言ってはおらぬ。授業ぐらい、真面目に聞くものではないのか?」
 他人の参加態度などは、そもそもそれぞれの自由であるから、舞に関係がないことではある。が、自分が授業に集中できないのは、来須の不真面目な態度から来る圧迫感であると決め込んでいる舞は、必死だった。
 すると、来須は低い声で応えた。
「どういう状態で授業を受けても、俺の勝手だろう」
「――っ。そういうわけにはいかぬっ。わ、私は、そなたのことが気になって、知識が身につかぬのだからな。これは、由々しき問題だ。時間には、限りがあるのだ。有効に使わねばならぬ。そ、それが、そなたの授業態度のせいで無駄になっておる」
「……」
 来須は、あっけにとられて舞を眺めた。すると、舞はさらに続ける。
「戦闘訓練のときは、そのようなことはない。ともかく、気が散るのは、教室にいるときだけなのだ。だから、そ、それは、そなたの授業態度のせいに決まっている。今週など、何をやっていたのか、まったく覚えておらぬ。よいか? そなたは、他人に迷惑をかけているのだ。だから、すぐさまその態度をあらためるがいい」
 必死な面持ちで言い続けた舞を眺めて、ひとしきり考えた末に、来須はたずねた。
「……。身につかなかった授業は、なんだ?」
「え!? それは、だな――。英語と国語と社会と数学と……」
 それでは、通常授業のほとんどである。
「わかった。その埋め合わせをしよう。明日、図書館にでも行くか?」
 日曜日は、休日とされていて、自主的な訓練や仕事に充てることになっているから、勉強の遅れを取り戻すにはちょうどいいと、舞には思えた。
「ふむ、いいだろう」
 うなずいて、それから、翌日の待ち合わせ時間を決めた。



*****



 ――翌、3月21日。
 尚敬高校の正門前で待ち合わせをした舞と来須は、二人で図書館に出かけた。日曜日の午前中、人影はまばらだった。
「静かだな」
 館内を眺め回して舞がつぶやくと、来須は無言のまま奥へと足を向けた。そうして、閲覧テーブルの1つに並んで腰を降ろす。
 来須は持って来た教科書を広げ、舞に説明を始めた。その声は穏やかで、舞の耳に心地よく響いた。
「こちらを見るな。顔を見ても、知識は身につかない」
 気もそぞろで、来須の顔を眺めていたことを見透かさた想いで、舞はわずかにうつむき、頬を染めた。すると、来須は軽く舞の背中を叩いた。穏やかな空気に包まれて、舞の心が落ち着いて来る。
 やがて、舞は言った。
「そなたは――、不思議な存在だな。希有な……と、言ってもよい。私は、こうして、そなたに教えてもらったことを、死ぬその日まで覚えていよう。ふむ、来須――。これからは、私のことを舞と呼ぶがいい」
 来須は、ただ黙っていた。






 ひとしきり勉強が終った後で、舞は立ち上がり、書棚へと足を向けた。そこにあった1冊の本に目をとめて、引っ張り出す。
「『芝村一族 その系譜』だと? こんなものがあるとは――」
 つぶやきながら、パラパラと広げて字面を追い始めた。いつのまにか、来須がすぐ脇に立っていたが、それさえも気づかないほど、一心不乱に読み進む。
「なんだ……、ずいぶん適当なことが書いてあるものだな。ま……、真実も含まれてはいるが――」
「そうか……?」
 いきなり隣から聞こえた声に、舞は飛びのいた。
「な……っ。背後から突然近づくとは、卑怯だぞっ!?」
 来須は、それには取り合わず、舞が持っていた本に手を伸ばして、それを取り上げて眺める。


 ――かの一族は成人するとともに名前を隠すことを美徳とし、本名とその意味は、もっとも親しい人間しか知らない――


「芝村一族……か」
 来須がつぶやくと、舞は軽く笑った。
「ふふっ、二十歳になるまでは、さほど一族の責任は回って来ぬがな。まあ、私が二十歳になるには、まだもう少しかかるし――。来月、やっと16だからな」
 そこで、ふと思いついて、舞は来須に向かってたずねた。
「そなたの誕生日は、いつなのだ?」
「今日……だ」
 まるで、それが何でもないことのように言われ、舞は驚いた。
「た、誕生日が今日? そ、それは悪いことをしたな。せっかくの特別な日であろうに、私のためにつぶさせてしまった。許すがいい……」
 その言い様からは、心から悪いと思っていることが見て取れて、来須はゆっくりと微笑んだ。そして、静かに応える。
「別に、かまわない」
 しかし、舞はさらに言った。
「私は、かまうっ。そ、そうだ、今日のお礼に何かせねば――。しかし、何がよいのか、わからぬな」
 そのまま考え込んでしまった舞を見つめつつ、来須は言う。
「礼なら……、もう受け取った」
「……?」
 何を言ってるのか、その意味がわからずに見上げる舞に向かって、来須が呼びかけた。
「舞……」
「な、なんだ。いきなりっ」
「これからずっと――、そう呼んでもいいか?」
 たずねる来須の瞳は、穏やかで澄んでいる。いつも目深にかぶっている帽子の下から、それが覗いていて、舞はわずかに目線を反らせて、応えた。
「さ、さっき……、それは言ったであろう!?」
 すると、来須は口元にゆるやかな微笑を浮かべる。
「それで十分だ」
 その応えに絶句しつつ、舞は言った。
「――っ。そ、そんなわけには――」
 が、その言葉は、来須が身体を屈めて、頬に軽くキスしたために、途中で消えてしまう。
「―――!!!」
 舞が真っ赤になったところで、閉館のチャイムが館内に鳴り響いた。
「も、もう……、閉館だな。き、今日は、感謝する」
 それだけを言うと、大あわてで荷物をまとめて、舞は出て行った。



 翌日からも、来須の授業態度があらたまることはまったくなかったが、舞がそれについて文句を言うことは、二度となかったという――。




熊本市立図書館貸し出しカード
(了)

 連載中の「Promise」が、ボロ負け戦争世界まっしぐら〜な内容のせいで(?)、ただ甘いストーリーなってるっていうか、どうも、、、そっち方面的にも温い仕上がりっていう気がします。まあ、ガンパレは戦争世界でもあるけど、学園ドラマでもあるんだから、、ということで、笑って見逃してください(勝手にお願い(笑))。誕生日ぐらい、戦争を忘れてもオッケーってことで(さらに勝手なわがまま)。 生と死の狭間じゃない来×舞も、書いてる身としては楽しいです。
 それはともかく、1999年3月21日は日曜日です。そうです、この日は、デートが可能な日なんですよね。だから、バースデーストーリーを書こうと思ったとき、いずれかのデートイベントを使おうとは思いました。プラネタリウムもボーリングも映画もいいけど、それらをやめて、図書館デートを選んだのは、これがレベル2までしかないから、、です。プレ来×舞にしたかったので(このあたりも、「Promise」の影響を、書いてる私自身がかなり受けてるということで)。
 なお、この、熊本市立図書館の貸し出しカードですが、本物です。い、いや、来須銀河という図書カードは、私がねつ造したんです(笑)。本物をいただいたので、スキャンして名前とカード番号だけ入れ換えました。番号は、やっぱり5121ってことで(笑)。
 ほんとは、フリー素材の机の画像を使って、それの上に置いた感じに仕上げようと奮闘しましたが、どうも、、原稿書きと違って、画像処理っていうのは、苦手どころか、ちんぷんかんぷんで全然わからない。2つの画像を合体する以前、、だいたい、名前を入れ換えたねつ造品を作るだけで、ウン時間もかかったし(爆)。取り込んだ画像はBMPなんだけど、合体させるつもりのフリー素材はJPGで、これってそのままでできるわけ?とか、、、。あー、ページメーカーの付属品(笑)のフォトショップは、相変わらず宝の持ち腐れだなぁ、、と。ペーメでさえ、高価なおもちゃですけど、私には(爆)。
 結果、単に、カードに光が当たってるだけにしちゃったというか、、、。せっかくの、聖地(違うよ)のアイテムなのに、生かしきれてない(T_T)。でも、送って下さった方には絶大なる感謝をm(__)m。

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