Serenade


 幻獣の大量発生があってから2週間――、多くの地域で激戦が行われ、被害者が続出していた。
 戦況が、膠着状態に陥って久しい。物資が行き渡らないということはなかったが、ゆとりがあるとは、とうてい言えない状況となっている。そういった中、戦線を離脱せざるを得なくなった傷病兵は多く、彼等の療養費用は底を突きつつあった。目先の戦いをこなすために、武器防具の支給が優先されるのは仕方がないこととは言え、見過ごしにはできない。そこで、募金活動が行われることになった。


「傷病兵のために募金をお願いします」
「あー、募金をよろしく」
「中々、たまらないねぇ」


 駅前――、人通りの多そうな場所と時間帯を見はからって、5121小隊の面々が必死に叫んだり、口の中でもごもご言ったりしている。その姿を見て、舞はつぶやいた。
「くだらん」
 すぐ隣にいた壬生屋が聞きとがめて、軽くにらみつける。
「くだらないとはなんですかっ!? 私たちだって、いつそうなるか、わからないんですよ!?」
「そんなことは言っておらぬが――。まあ、いい。勝手にするがいい」
 舞は、壬生屋に向かって説明はせずに、一人で歩き出した。その背中へ向かって、「みんな一生懸命やっているのに、逃げるなんて――」という声がかぶさったが、振り返りはしなかった。



*****



 ――熊本県庁。
 舞は、中へ入ると、エントランスにある受付で言った。
「舞だ。副知事に取り次いでもらいたい」
 受付嬢は、突然の来訪者に、眉を顰めた。相手は、どう見ても10代の女の子に過ぎない。多忙を極める副知事が会うべきものとは思えなかった。
「あのぉ……、アポイントはおありですか?」
「そのようなものは知らぬ。芝村の舞が来ていると、伝えるのだな」
 尊大な物言いに、受付嬢が顔をさらにしかめたとき――、ホール端のエレベーターの扉が開いた。中からぞろぞろと歩き出てきたもののうち、一人がわずかに足を止めてから、驚いた顔をして走り寄って来る。
「ま、舞さまっ。いつ、こちらへ?」
「今だ」
 無造作に応える舞を見つめる男の額には、汗が浮かんでいた。
「ご、ご用がおありでしたら、お呼びいただければ――」
 ハンカチを取り出しながらつぶやく姿に向かって、舞が言う。
「副知事に用があるから来たまでだ」
「そ、そうでございますか。では――、こ、こちらへどうぞ」
 あわてて促す姿を、受付嬢はただ呆然と眺めていた。
 副知事の秘書室長を勤める人間が、遥かに年下の女の子に頭を下げている。驚くなと言うほうが無理だったが、相手はそうすべきだけの存在ではあるらしいと思うことで、なんとかやり過ごした――。





 エレベーターを使って上がり、静かな部屋に通された舞は、息急き切って入室してきた副知事に向かって言った。
「今、我が小隊が募金活動をやっている。協力してくれるだろうな!?」
 否という返事など、想像もしていないような言い様である。聞いて、副知事は戸惑いながら応えた。
「お、お言葉ではございますが――。いきなりおっしゃられましても……。募金活動に協力するには、そのための予算審議を――」
「そのようなことを待っている時間はない。今も、苦しんでいる傷病兵がいる。みな、どこかの誰かのために戦い、傷ついたものたちなのだ」
「で、ですが……」
 突然の寄付金捻出要請を断ろうと言葉を探す副知事に対し、舞は目を細めた。
「ふむ……。そういえば――、先だって、人吉地区に建設された廃棄物処理場のプラントの件だが……」
「――っ。な、何のことだか――」
 ――わかりませんと、副知事が応える前に、舞は言った。
「とぼけたいのなら、勝手にするがいい。が……、芝村は、何が行われたか、知っている。では……、それだけだ」
 そのまま部屋を出ようとする姿へ、副知事があわてて声をかける。
「お、お待ちくださいっ」
 ドアに手をかけたところだった舞は、振り返って無造作な視線を相手に向けつつ言った。
「そなたらが得たものを少しだけ兵士たちのために使ったとしても、罰は当たらぬだろう。彼等は、必死に同胞を守る為に戦ったのだ。それがわかるものには、我らは手を出したりはせぬ。それは約束しよう。このこと、プラントにかかわったものたちに伝えるがいい」
 副知事は、ごくりとつばを飲み込んでから応えた。
「は、はい――」
 返事を聞いて、舞は初めて微笑んだ。
「芝村は、約束を守る」





 1階に降りて来ると、エントランスの端に来須が立っていた。眺めて、舞が息を飲む。
「――っ。こ、ここで……、な、何をしている!?」
 壁にもたれ掛かるようにして立っていた来須は、ごく自然な足取りで近付いてきてから言った。
「待っていた」
 あっさりとした、ごく当然のような物言いに、舞は眉をつり上げた。
「ま、待っていただと!? どうしてそんな……。い、いや、それよりも――、待っていたということは、つまり、私の後をつけて来たということではないかっ」
 募金活動をしている小隊のものたちには、行き先を告げていない。県庁に来ているなどと、隊のものたちは想像もしていないはずだった。にもかかわらず、エントランスで待っていたと言うからには、この建物に入る前から見ていたとしか思えなかった。
 黙って後をつけられたという不愉快さに顔をしかめる舞に向かって、来須が問いかける。
「用は済んだのか?」
「あ、ああ。もう、終った」
「そうか。それなら、行くか」
 うなずいてそのまま歩き出した背中へ、「なぜ、勝手についてきたのだ!?」と、なおも不機嫌さを隠さずにつぶやく舞に対して、来須は何も応えなかった。



*****



 ――翌日、夜。
 士魂号の調整に思いのほか手間取った舞は、そろそろ終りにしようと言う速水の声に、うなずいた。
「そうだな。これぐらい仕上げておけば、まあまあと言えるであろう。では、また明日――」
 そのままハンガーを出ようとすると、速水が言う。
「あのね、昨日……、君がいなくなった後、すごいことがあったんだよ?」
「すごいこと? なんだ、それは?」
 足を止めて舞が聞き返せば、速水はにっこりと笑った。
「うん。なんかね、役所の偉い人とか、どこかの社長さんらしき人とかが何人も来て、大金を寄付してくれたんだ。先生たちも、もうびっくりしててさ。芳野先生なんか、かえって心配してたぐらいだよ。その人たちがみんな、なんだか青い顔をしているとかって……」
「ふふ……っ。青い顔だろうがなんだろうが、よかったではないか。募金は成功であったのだろう?」
 軽く笑いながら舞が応えると、速水は、「そうだね。これで、けがをした人たちも助かるんじゃいかな」と言った。それから、「また、明日ね」と手を振って帰って行く。それにうなずいてから、舞もハンガーを後にした。






 尚敬高校の裏庭からそのまま外へと出て、舞は川沿いの道を歩いていた。すでに、午前0時をまわり、あたりには人影がまったくない。戦況が芳しくなくなってからは、街灯が消される時刻が早まっていたし、この日は新月でもあったから、周囲は漆黒の闇が支配していた。が、それに恐れをなすような舞ではなかった。黙々と、自宅を目指して歩き続ける。
 そうして、四つ角を曲ろうとしたとき――。バラバラと目の前に立ちふさがる影があった。
「私に、何か用でもあるのか?」
 足を止めてたずねれば、しわがれた声で返事が戻る。
「嬢ちゃん。俺らの会社は、無理矢理持って行かれる金の余裕はないんだ。上から頼まれたから仕方がなく出したけどな。聞けば、ガキの遊びだって言うじゃねえか。二度とそんなことを思いつかないで欲しいわけよ」
「くだらぬな」
 たった一言だけ言葉を返した舞に向かって、相手は「口の減らない嬢ちゃんだな」と言いしな、襲いかかってきた。
「――っ」
 最初の一撃は避けた舞だったが、しかし、多勢に無勢である。あっという間に道路沿いに追い詰められ、取り囲まれてしまった。
「ち……っ」
 舌打ちしながら、それでも屈伏する気など、まったくない。が、このとき――。
 タッタッタという足音が聞こえたかと思うと、またたく間に鈍い音が何回も響き渡った。
「うわっ」
「あうっ」
 悲鳴を上げつつ、路上に沈むものたち――。
「うう……っ」
「く……」
 うめき声に向かって放たれたのは、低い声――。
「二度と手を出すな。次は……、容赦しない」
 襲撃してきたものたちをそれぞれ一撃でのしたにもかかわらず、それが手加減してのことだったという意味を、その言葉は持っていた。
「ひ……っ」
 言われたものたちは、喉から小さな悲鳴を漏らしながら、必死に立ち上がってよろよろと去って行く。すると、それまでとはうって変った穏やかな声が、響いた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。別に、何ともない――」
 舞の返事に、相手――来須――は、ため息をついた。
「……ったく、無茶をする」
「無茶とはなんだ!? 私は別に――」
 むっとして舞が言い返すと、来須が静かな声で応える。
「言ったはずだ。俺は……、おまえのために拳を振るうと。おまえの敵は戦場だけではないな。だから――、俺は目が離せない」
「――っ。そ、そんなことは……。い、いや、その……、ともかく……だ。た、助けてくれて、か、感謝する」
 しどろもどろになりながらも、どうにか礼を言った舞の身体を来須はそっと抱き寄せた。
「礼はいい」
「そ、そうはいかぬっ。あ……っ」
 応えるために上げた顔は、来須にとらわれ、そのまま口が封じられる。
「ん……」
 舞がその身に纏う気配が、ゆるやかに変わって行く。
 見とがめるものは、誰一人いない――。



 静かな新月の夜のこと――。




(了)

 募金活動イベントの補足説明的(何、それ(笑))ショートストーリーです。
 舞のやったことは、脅迫です。嫌ですねぇ、こういう人間には弱みを握られたくないですね(書いておきながら、こらこら)。
 でも、あのイベントで、急に寄付金を持ってきた政治家さんたちが青い顔をしていたと出るので、芝村の力を使ったのだろうと、想像します。
 そして、報復を受けちゃったりしてねー、、なんていうのは、勝手なモーソー(笑)。
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