Raindrops fall on my head





「……ちゃんっ、まいちゃんっ」
 突然、闇の中で、誰かに呼びかけられたような気がした。それは、眠りに落ちる寸前に、無理やり揺り起こされるような感覚に近い。
「まいちゃん!」
 どうやら、呼んでいるのは、ののみのようだった。返事をしようとして、全身を貫く激痛に、息を飲む。
「――っ」
 直前まで感じていた浮遊感がなくなり、一気に目が覚めた。同時に、この場が自分の部屋などではなく、戦場であることも思い出す。
「まいちゃんっ。もういちどたつのよ」
「……」
 言われても、こうも痛みに苛まされては、応えることすら辛い。手足が身体と繋がっているらしいのは、絶え間なく伝わる痛みのせいでわかるが、それを動かすことはできなかった。
 黙っていると、ののみは、さらに話しかけて来る。
「なっちゃんをたすけるの」
 できることなら、そうしたいとは思う。
 竜の身体に取り込まれて、すでに意識はないのだろうと思っていた狩谷は、消え入りそうな声で助けを求めていた。あの幻獣の中で、確かに狩谷は生きている。こうして、今、自分が士翼号の中でなんとか息をしているのと同じように――。
 が、それには、精霊の力が必要だった。完全に破壊されたような士翼号を動かし、装備している武器だけを使って竜に立ち向かうのは無理だ。しかし、この身を見限った精霊が、再び力を貸してくれるとは思えない。
 すると、その考えを見透かしたように、ののみが言った。
「ばんぶつのせーれーがどうか、しらない。うんめーがどうだかわかんない。ぶとうがどうとか、きいてないっ。でも、まいちゃんは、たちあがるのよ」
 伝わって来る声には、切なる想いが込められていた。願いと呼ぶものに近いような、幼い子どもからの必死の呼びかけ――。
 聞いて、指先へわずかに力が入る。
「たちなさい!」
 重ねての、ののみの声を耳にしながら、腕をゆっくりと動かしてみた。
「ぐ――っ。んは……っ」
 口の中に込み上がって来るものをどうにか吐き出して、痛みを堪える。
 そうして、引きちぎられていた士翼号への神経接続を試みれば、わずかに反応があった。大破しているはずの士翼号もまた、完全に機関を停止しているわけではないらしい。たとえ、それが虫の息だったとしても、いくばくかの望みはあると思えた。
「たちなさい!」
 応援するかのごとく、さらにののみが言った。その声を受けて、歯を食いしばりながら、立ち上がるように士翼号に伝える。
 その動きは緩慢で、普段の士翼号とはかけ離れたものだったが、それでもどうにか大地を踏みしめることはできた。
 しかし、コックピットから眺めることができるはずの竜の姿は見えない。それが、とうに日が落ちた時刻の篠突く雨のせいなのか、それとも自分の目が視力を失っているせいなのかはわからなかった。それでも、士翼号の前方に赤い光があることだけは感じる。多分、その場に竜がいるのだろう。
 なんとかして、竜を打ち消さなければならない。が、今の自分にできるのは、士翼号を立たせることまでだった。ともすれば、崩れ落ちそうになる意識を必死に支えてはいるが、それが限界――、これから先は一歩も士翼号を動かせそうにない。
「だめ……だ」
 誰ともなくつぶやいて、もう一度意識が沈みこみそうになったとき、新たな声が伝わって来た。





「た、立ち上がった――」
「生きてるの?」
「パイロットの生命反応は追えませんっ。オペレートがうまく行かないのか、それとも――」
「し、士翼号はパイロットがいなくても動くから……」
「そ、そんな……っ」
「中でパイロットが死んでるのに、起き上がるなんて、あんまり……だ」


 またもや、死亡したものと勝手に決めつけられたことに、思わず苦笑が漏れた。そのせいで、士翼号を立たせることに集中していたときには忘れていた痛みが、全身を貫く。
「あ……うっ」
 目が眩みそうなその激痛は、しかし、闇の中に落ちかけた意識をその淵から取り戻した。
 そして、響いて来た低い声――。
「死ぬはずがない……と、俺は信じる」
「……」
 このとき、もう一度その顔が見たいと、心の底から願った。





 いったんは、すべてをあきらめ、最後だと思ったときに言葉を伝えることも我慢した。あのとき押さえつけたのは、震える手そのものではなく、胸の内にある希望だったのかもしれない。
「賭けよう、まだ勝負は終っていないだろう? 舞――」
 付け加えられた最後の一言は、闘いが始まる前に目にした姿を脳裏に蘇らせた。テレポートする寸前に瞳に映った、優しい口元――。
 もう一度、逢うことができたら、そのときには――。
 やがて、銀河の呼びかけを追いかけるようにして、他の声が伝わって来た。


「そ、そうだな、死んでるはずがない」
「う、うん。あと一息だもの、大丈夫……なんだよね!?」
「やれますっ。あなたならきっと勝てると、私は信じます」
「君は、できるよ。まだ闘える」


「あ……」
 それは、クラスメート全員からのメッセージ――。
 始めは、ぽつりぽつりと上がっていた彼らの声は、途中から一斉に重なってしまい、誰のものかわからぬほどだった。絢爛舞踏を取ったことで、それまでの態度を一変させてしまった彼らは、しかし、完全に心を離したわけではなかったのだ。
 尋常ならざる数の敵を屠ったものを前にして、恐れを抱いたのは事実だったにせよ、それでも、土壇場ではこうして声援を寄せてくれる。
 畏怖と信頼、嫌悪と友情――、人は誰しも、心の中にこうした矛盾を抱えているのかもしれない。完全な悪にも、完全な善にもならない、人という存在。HEROを産み出すのも人ならば、竜を呼び起こすのも人だった。こうして、士翼号の中にいる自分も、竜の中に取り込まれたままでいるだろう狩谷もまた、人であることには変わりはない。そして、人であるからこそ、現在に対してどんなに絶望しようとも、心の奥底では明るい未来を夢描く。




 できることなら、それらの想いに応えたい。しかし、目先のことに捕われて、真実を追うことをしなかった自分には、その資格がないとも思えた。が、たとえそうであったとしても、それでも願う――、狩谷に呼びかけるための力を貸してくれ、と。もはや、HEROも竜もどうでもよかった。
 すると、士翼号が鈍い振動を響かせて、ゆっくりとその腕を上げた――。




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