Raindrops fall on my head





「本当……なのか?」
 低い声が、わずかに震えを帯びていた。
「……。うそをついてどうする!? だから、援護はいらないと、そう言って――」
 言いかけた途中で、何がなにやらわからないような騒ぎとなった。


「降車装置が故障……した……?」
「それじゃ、脱出できない――」
「うそよっ。そんなこと……、あり得ない――。降車装置の確認は、整備の基本だもの。どんなときだって、チェックを忘れたことなんか、ないっ。そんな……、そんな――、パイロットを見捨てるようなことをする整備士なんか、いないわっ」


 一つ一つのメッセージに応えることができないほど、それらの声は一度に上がっていた。
 こうして、周囲があまりにもあわててしまうと、かえって事実を冷静に受け止める気にはなる。
「故障……では、ないのだろうな。多分、これは意思だ、士翼の――」
「意思って……? あ、あの……、大丈夫ですか……?」
 どうやら、正気を疑われているらしかった。逃げ出すことができなくなり、精神的にどうにかしたと思われているのだろう。
 確かに、降車パネルが作動しないことを知ったときには、背筋が凍る想いだったが、今となっては、もはやどうしようもないという心境にはなっている。実際のところ、腕一本動かすこともできず、脱出することもできない人型戦車の中では、何かをしようとしてもできるはずもなかった。
 心残りが一つだけあったから、ダイレクトにそれを伝えようかとは考えた。が、今の状況でのそれは、単なる自己満足に過ぎないのかもしれないと思い直して、やめることにする。過去はできる限り早く忘れたほうが、相手のためだと思えた。
 手がわずかに震えてしまい、とっさにシートの端を握り締める。





 その間にも、目の前にいる竜の腕の先端にある赤い光輪は、ゆっくりと回転しつつ輝きを増していた。そして、その動きに呼応するかのように、士翼号は低い振動を響かせている。呼びかけても反応せず、外部からの誘導も効かない状態になっているにもかかわらず、士翼号は機関を停止しているわけではなかった。その姿には、まぎれもなく意思を感じる。
「理由はわからぬ。が……、これが士翼の望みなのだろう」
 真面目に応えたつもりではあったが、戻って来たのは、「脱出の方法を探ってくださいっ」という悲鳴まじりの声だった。
 さらに、別の一言――。
「舞っ」
 それは、とがめるような色を持った、祈りに近い呼びかけ――。
 聞いて、やはり謝っておくべきだったという考えが浮かんでから、わずかにまばたき一つの合間の後――、正面から光の束が襲いかかって来た。


 そうして、すでに2度の被弾で、ないも同然にまで落ちていた士翼号の障壁は、竜が送り出した波動をそのままコックピットに伝えた。








「――っ」
 全身を、すさまじい勢いで嵐が駆け巡っていく。
 それは、情念の渦だった。
 この世のすべてを恨み、呪っている、負の感情――。竜がその手に集め、そして放っていたのは、絶望という名の声なき叫びだったのだ。
「あ……あ……」
 この想いは、自らも抱いたことがある。
 銀河こそが竜なのだと思いこんでしまった、あのとき――。銀河だけではなく、自分自身さえも呪い、何もかもが消え去ってしまえばいいと願った、その瞬間。
 周囲のことは何も考えずに、すべてが滅んでもかまわないと思った、そのときに、確かにこの身の中にあったものと同じ想い――。


 ――僕は、すべてを失ったのに

『絢爛舞踏を取ったとたんに、それまでの態度を変えたクラスメートたち』


 ――僕は、望んで、こんなふうになったんじゃないっ

『HEROになることを、自ら望んだことは一度もない』


 ――許さないっ、僕は許さないぞっ。殺してやるっ

『おまえを殺してやるっ』





 このとき、ようやく気づいた。HEROと竜は、かけ離れた正と邪ではないということに。この二つの存在は、本来同質のもの――。
 人は誰でも、HEROにも、また、竜にもなる可能性を秘めているのかもしれない。進んだ道が一歩間違えば、確実にこの身は竜へと変化していたのだろう。


 ――守るべきものを持たずに、己のことだけを考えるなら、HEROにはなれぬ


 HEROの条件を、そうつぶやいていたにもかかわらず、それでも、竜を呼び込んでしまいかねないほどの絶望をいだいた、あのときの自分が、狩谷といったいどれほど違っているというのか。




「狩……谷……」
 竜が出現する直前、この身に向けられた殺意は、その少し前に、自らが銀河に向けたものと同じものだった。まるで鏡を見ているような気になり、一瞬息を飲んだ。そのときに、事の本質に気づくチャンスはあったのだ。が、現われた目先の敵を倒すことに夢中になり、竜が秘めているものを考えることを忘れてしまった。
 士魂号たちを使って呼びかけて来たのは、精霊だったのかもしれない。しかし、その呼びかけを無視し、また、精霊がなぜこのときに力を貸してくれるのかをも考えずに利用し続けた、その結果――、ついに士翼号が業を煮やして、この身は封じられたのだろう。そうなって初めて、正面から竜の波動を受け止めることになった。




 そうして、コックピット内を駆け巡った波動の中に潜んでいた、たった一つの小さな声がある。確かに、この身に感じた、振るえるようなか細い悲鳴――。


 ――助けて


 声は、そう言っていた。しかし――。
「もう……遅い……」
 ずたずたになった士翼号は、ゆるやかに崩れ落ちて行く。
 眼前の竜は、地面にうずくまり、肩で息をしているかのようだった。その背に、狩谷の身体があるのがかすかに見えた。
「許すが……いい」
 すでに、士翼号の対G訓練装置は、ないに等しい。地上数メートルの高さから、対Gのガードがほとんどない状態で叩きつけられれば、多分――。
「舞っ」
 銀河の声が、耳元で響いたような気がした瞬間、士翼号が地響きを立てて倒れ込む。



 そのまま、すべてが暗転した――。




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