Raindrops fall on my head
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| 「ふ……っ、たわいもない」 何度目かになる、青い閃光が産んだ輝きを見て、口元がほころんだ。 士翼号の機動力は、竜の動きを遥かに上まわっていて、相手の攻撃範囲から逃げるのもたやすかった。精霊の力を借りて与えたダメージは、すでにかなりなものになっていたが、士翼号のほうは無傷だった。もうまもなく、闘いを終りにすることができるだろうと思える。ここで一気に片を付けようかとも考えたが、途切れることなく精霊の力を借り続けたせいで、呼吸が上がっていた。そこで、いったんその場から離れて、調子を整えようとしたところ――。 「芝村さん、坂上です。どうやら、士魂号を出撃させるのは、無理なようです。誘導することもできなくて――。それに、入り口にぴったりと並んでしまっているので、隊員たちがハンガーへ入ることもできないんですよ。いったいどうしたというのか……」 報告を聞くまで、士魂号のことは頭の中からきれいに消えていたから、今さらという想いで応えた。 「別に、かまわぬ。あと少しで終るだろう。士魂号のことは、それから調べればよい」 「そうみたいですね。気になって、こっちに来ちゃったけど……。だって――、ハンガーのほうにいたら、わからないから……」 会話に割り込んで来たのは、森の声だった。職員室には他にもいるらしく、何人ものざわめきが響いて来る。 「心配する必要などない」 無造作に応えれば、「最後まで油断は禁物ですよ」という、坂上の声がした。 「わかっている」 返事をしながら、息を整える。そして、わずかにまばたきをしてから、竜の正面へと一気に飛び込んだ。 「これで終りだ。滅びるがいい!」 精霊の力を借りるために士翼号の手が上がり、その先に集約した光を放てば、それで済む。 しかしこのとき、コックピット内が青白く光り、突然、士翼号はその動きを止めた――。 「――っ。いったいどうしたというのだ!?」 つい今し方までは、自分の身体とまったく同じように動かしていた士翼号の腕は、ぴくりともしない。 「何をしている……。手を上げるんだっ」 呆然としつつ、意思を伝える。が、反応はまったくなかった。コンソールパネルを見回しても異常は見受けられず、いずれも正常値を示している。 「なぜ……だ?」 この一撃が最後のものとなるはずだった。 正面にいる竜は、すでに満身創痍。立っているのもやっとという状態で、勝敗は目に見えている。ただし、それほどに追い込まれていても、竜は闘うことを止めようとはしなかった。今も、鈍い動きでありながら、その右手が上がり、先端に小さく輪を描くようにして赤い光が集約されつつある。 竜からの攻撃はすべて避けて来たから、それがどの程度の破壊力を持っているのかは、わからない。が、このままの状態で留まっていては、直撃されてしまうことだけは確かだった。そこで、とりあえず、相手の攻撃範囲から逃れることにした。 実際のところ、精霊の力を借り受けることができなくなったとしても、士翼号から攻撃手段が失われたわけではない。装備しているジャイアントアサルトは、闘いの始めに使ったきりだったが、今の竜の状態ではそれでも用が足りると思えた。 が――、士翼号は動き出さない。 「どうしてだっ!?」 思わず、コンソールに向かってこぶしを叩きつけたとき、光の渦が直進して来るのが視界に入った。 「――っ」 受けた衝撃に目が眩む。 そうして、士翼号の状態が、一瞬で激変した。 ――運動性能、火器官制、機体強度、操縦系統、神経接続、照準装置、対G訓練、反応速度性能が低下 ――照準装置故障! 反応速度故障!! 「ど、どうしました?」 オペレーティングしながら、坂上が驚いて聞いてくる。それは当然のことだと言えた。あとたった一息で、闘いに終止符が打たれることを想定していただろうに、突然動きを止めて、そのまま被弾したとあっては、驚くなというほうが無理というものだ。 しかし、その問いかけに応える余裕はなかった。なんとかして、士翼号を動かさなければならない。ところが、何度命令を伝えても、士翼号は無反応だった。 「いったい、なぜだっ!?」 これが、今被弾したことが原因というのなら、まだ理解できる。故障が発生したのだろうと考えればいい。が、竜の攻撃を受ける前からとなると、わけがわからない。 「まさか……、同じこと……か?」 坂上は言っていた――、士魂号たちは一切の誘導が効かない状態なのだ、と。その報告を聞いたときには、士翼号が同じ状況になるとは考えてもいなかったが、しかし――。 「ち――っ、仕方がないな」 舌打ちしながら、目の前にあるパネルを叩けば、乾いた音がコックピットに小さく響く。 「え……!?」 このとき、初めて背筋に寒気を覚えた――。 「芝村さんっ、返事をしてくださいっ」 「い、今の被弾でどうにかしたんじゃ?」 「パイロットの生命反応は確認されていますっ」 聞こえて来る声は、それが誰のものなのか判別できないほど、喧騒の極みにあった。 「勝手に……、殺すな。生きている」 ゆっくりと応えると、一斉にため息をついたような気配が伝わって来る。 「いったい、どうしたんですか? 突然動きを止めたから、心配して――」 坂上が聞いてきたが、それを無視して指揮車に向かって呼びかけた。 「指揮車、聞こえるか? 士翼の誘導が効くか、試してくれ」 すると、先方からの返事が戻る前に、蜂の巣をつついたような騒ぎが聞こえて来た。 「な――っ」 「まさか、士魂号と同じ?」 「動かないのかっ?」 そして、指揮車からの応答があったときには、再び、竜が放ったものが眼前に迫っていた。 「無理ですっ、一切反応しませんっ」 その報告を聞くのとほぼ同時に身体に感じた衝撃は、先程とは比べ物にならなかった。 もとから、機動力を最重要視して作られた士翼号は、装甲面に弱さがある。楯を1つ装備しただけで、その重みの影響を受けるほど、それは顕著だった。実際には、その機動性を生かし、戦場を縦横無尽に駆け巡ることで、敵から攻撃を受ける可能性を減らすことができたから、楯など持たなくても、さほど大きな問題に直面することはなかった。しかし今、一度被弾すれば、相次ぐ攻撃を簡単に許してしまい、またたく間に状況が悪化するという、士翼号の弱点が完全に露呈していた。 ――神経接続故障、照準装置故障! 対G訓練故障、反応速度故障!! コンソールパネルが、すべての項目で真っ赤に点滅している。その度合も生易しいものではなかった。たった2回の被弾でここまで追い込まれたことなど、今までにはない。 攻撃を受けたときに切れたのか、口の中には苦いものが広がっている。それを飲み干したとき、低い声が響いた。 「援護に出るから、降車しろ」 聞いて、思わず息を飲む。 「――っ。た、たわけっ、何を言っている!? ハンガーには誰も入れないのだろう。丸腰のくせに、戦場に出るなどと――」 「ウォードレスを着ていなくても、銃は撃てる。この職員室には、予備のアサルトライフルが置いてあることぐらい、知っているはずだ」 軽くいなすような言い様を耳にして、顔から血の気が引くのが、自分でもはっきりとわかった。止めなければ、本当にウォードレスを着用せずにグランドへ出て来かねない。 装甲面に弱点があるとは言っても、士翼号はやはり人型戦車である。が、それに対してさえ、これほどの破壊力を示す竜の前に、人が生身の姿を見せるなど、正気の沙汰とは思えなかった。 「ば、ばかものっ、ウォードレスは基本装備だ。それを纏わずして、どうする!?」 しかし、銀河は、耳を貸す気がまったくなさそうだった。 「ふ……っ、戦闘は、常に教本通りに行くとは限らないな」 「ま、待てっ、だめだっ。と、ともかく……、あ、いや――」 告げるのは、それが現実なのだと認めることに等しかった。が、黙っていては、相手が納得しないだろうことぐらい、想像がつく。 そうして、パネルを眺め、それから正面を見た。竜は、精根尽き果てたのか、片ひざをついている。それでも、攻撃を止める気はないようで、ゆるゆるとその右手が上がりつつあった。 視界に映るその姿を、まぶたを閉じることでやり過ごす。代わりに、脳裏に浮かび上がったのは、無数のガラスの破片で傷を負った、たくましい身体――。 ふと、あの怪我の手当てをしたのだろうかと、考えた。多分、そのままにしているに違いない。早く処置を受けたほうがいいと思いつつ、一回だけ大きく息を吐いた。それから、ゆっくりと瞳を開き、竜を見つめ直しながら、伝える――。 「援護など、無駄だ。降車は……、できない。装置は、まったく反応せぬ」 |
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