Raindrops fall on my head





「ふふ……っ。何を驚いてるんだい? 君と僕は、人類が産んだ、全ての戦術を駆使する化け物同士だろう?」
 狩谷は、軽く笑いながら楽しそうに言う。降り始めた雨とは対象的に、その顔だちは晴れやかだった。そのさまが、他のクラスメートたちとは異なっている。絢爛舞踏を取ったものに対しての恐れもなければ、憧憬もなく、そこにあるのは、まったく対等なものとしての物言いだった。それは、先程銀河が示したのと同じようではある。が、愉快な面持ちで話す、狩谷のしぐさが潜ませているのは――、悪意だった。
「僕は、君に会えてうれしいよ、絢爛舞踏」
 上段から、あざ笑うかのごとく告げた狩谷の姿が、すぐさま視界から消えた。そして、代わりに目に映ったのは、広い背中――。
 たとえ背伸びをしても、肩先の向こう側を見ることもできないほど高く、そして力強い身体が、無防備な背中を見せて、無言のままその意思を伝えてきている。


 ――おまえの敵は俺の敵だ


「――っ」
 間違っていたのだ。銀河は、決して竜ではない。真実、竜をその身に宿しているのは狩谷なのだと、今こそわかる。
 思わず、目の前にある身体に片手を伸ばして、そっと触れた。すると、わずかにぴくりと動きはしたが、銀河は振り返ることはしなかった。
「私に用とは……、いったい何だったのだ――」
 自らの思い違いの原因となったことをあらためてささやけば、軽い身動ぎとともに応えが戻る。
「ん? あ、ああ。おまえに渡したいと思ったものが――。ふ……っ、俺のがらじゃないが、な」
「……」
 返す言葉を持っていなかった――。






「ふんっ、守り守られ……か。仲がいいね、君たちは」
 上段から狩谷に言われて、幅広い身体の後ろからすっと脇に出た。たとえ、その身を盾にしようとしても、本来、竜と向き合うべきは、銀河ではない。だから、その背後におとなしく納まっているわけにはいかなかった。そうして、見上げれば、狩谷とまっすぐに目線が合う。
「く――っ、君が憎いよ、絢爛舞踏。すべてを手に入れる君が、ね。僕は、すべてを失ったのに――。事故にさえ遭わなければ、僕だって、もっと色々なことができたはずだ。僕は……、僕は、望んで、こんなふうになったんじゃないっ。それなのに――。許さないっ、僕は許さないぞっ。君みたいなものがいるなんて――。殺してやるっ」
「――っ。か、狩谷……」
 苦しげにつぶやく姿を目の当たりにして、息を飲みながら呼びかけた。が、その声に反応することなく、狩谷の姿は揺らめきを見せつつ、徐々に形を変えて行く。
「殺してやるぅぅぅ、ぶぶぶぶぶ!!」



「危ないっ、伏せろっ」
 銀河のその声に身体が反応するよりも早く、無理やり地面に押し倒された。
 直後、轟音とともに、ロビーの扉ガラスが粉々にくだけ散る。大粒の雨に混じって降り注ぐガラスの破片は、しかし、我が身を傷つけることはまったくなかった。
「血が……」
 無数の傷を負いながら真上に覆いかぶさっている身体に向かって言えば、銀河はあっさりと応える。
「気にするな」
「……」
 謝らなければと思った。勝手に誤解し、あまつさえその存在を呪ってしまったことを――。そうしなければ、自分自身を許すことができない。が、そのために口を開きかけたとき、銀河が低い声で促した。
「見ろ」
 示された方向に首を向けると、そこには、巨大な幻獣が――いた。






「あれが……、竜……なのか?」
 幻獣とは、無差別に人を狩る生き物。そして、竜とは、斃すべき存在としての、最強の幻獣。そのように言われていても、実際に竜を目にするのは、もちろん初めてのことだった。
 二本の足で立ち、二本の手があり、瞳が赤い。その姿は、今まで眺めてきたどの幻獣よりも、もっとも人型に近いように見えた。そして、その背には、半ば埋もれた状態で、狩谷の身体が覗いている。ただし、すでにそれ自体の動きは見受けられなかった。


「キャー!」
「な、なんなの? あれはっ?!」
「げ、幻獣なの?」
「うそーっ。見たことがないよ、あんなのっ」


 夕方になり、通常の授業を終えたばかりで、ちょうどグランドへ出て来ていた尚敬高校の女子生徒たちが、口々に悲鳴を上げている。それに気づいた瞬間、脳裏には、ここが戦場になるということだけが浮かんだ。そこで、たくましい腕の下からするりと抜け出せば、すぐさま、「待てっ、俺も行く」と、銀河が言った。
「だめだっ。まずは、あのものたちを助けるのが、先であろう?」
 言いながら、女子生徒たちを指差すと、目の前で舌打ちをした音が聞こえた。それに気づかぬふりをして、さらに告げる。
「私は飛べる。だから、先に……行く」
 そのままハンガーに向かってテレポートしようとしたとき、銀河の口元が動いた。
「舞……」
 名前で呼べばいいと告げたのは、今となってはずいぶん昔の出来事のように思える。そして、そのように言ってはみても、銀河が名前を呼ぶことはほとんどなかったことに、あらためて気づき――、軽く微笑み返して、それから――飛んだ。







 士翼号の前にフェードアウトして、ウォードレスをまとい、コックピットへと乗り込もうとしたところ、声なき叫びが聞こえて来た。


 ――竜を助けろ


「――っ、またかっ。いったい、どうしろというのだ?」
 問いかけても、応えは今まで同様にまったくない。しかし、きれいに並んでいる士魂号たちは、声を上げ続けている。竜に出会い、それによって何かがわかるかもしれないと思っていたが、これから倒しに行くという状況になっているにもかかわらず、士魂号たちが伝えて来るものには変化がなかった。
「もっとわかりやすい言葉で言え」
 つぶやきながら、シートへ身体を滑り込ませる。今は、士魂号たちと、意味のわからぬ問答をしている時間はない。
 やがて、静かな響きとともに巨体が震え、動き出した。
 残りのパイロットたちもいずれやって来るのだろうとは思えたが、まだ他に誰もいないハンガーを士翼号だけが飛び出して行く。




「後で……、必ず謝る……から」
 疑い、恨んでしまったことを銀河に謝罪していなかったが、それよりも、竜を屠ることが先決だった。
 そのために、HEROは存在する――。




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