Raindrops fall on my head





 ややしばらくしてから、プレハブ校舎の脇を抜けて、グランド裏へとまわることにした。やはりそこでも、出会ったものたちの反応はそれまでのものと同じだった。そこで、そのまま足を正面グランドへと向ける。
 午後の日差しはかなり傾きつつあり、それに伴ってか、空に雲が出始めていた。その中を眺めれば、長く延びている薄い影といっしょに、若宮が走っているのが見える。黙って近づくと、それに気がついたらしく、若宮は動きを止めて、つぶやいた。
「化け物だったなんて、な」
「――っ」
 その言い様に、思わずにらみつければ、相手はびくりとして後ずさった。
「怒るなよ。絢爛舞踏を敵に回すつもりはないさ」
 今目の前にいるものも、やはり同じかと、ため息が漏れる。
「……。だったら、近づかないことだな。敵対するものでなければ、手出しはせぬ」
 このような物言いをしたくなることには、嫌気がさしていた。そこで、息を飲む姿から目線を外して、うんざりしながら立ち去ろうとしたとき、若宮が小さな声で言った。




「人類決戦存在HERO――絢爛舞踏。その勲章を持つ者は、なぜだか、すぐ、行方不明になる……」
 いきなり何を言い出すのかと思い、振り返ると、若宮は先程まで浮かんでいた嫌悪感を顔から消して、真剣なまなざしで見つめて来た。
「俺は――、いえ、自分は一度だけ、別の絢爛舞踏を見たことがあります。失踪の、3日前でしたが。まさか……、失踪するなんてないでしょうね?」
 半ば確認するかのような言葉に、苦笑が漏れる。
「ふ……っ。安心するがいい。そのようなものになるつもりは――ない」
「そう……だと、いいのですが――」
 若宮は、さらに何かを言いたそうではあったが、これ以上話を続ける気はなかったから、すっとその場を離れて歩き出した。





 HEROと絢爛舞踏は同じようでいて、同じではない。決戦存在――HERO――は、人類が本当に危機に面したときに現われるという。その条件は、確かに絢爛舞踏を取ることにあるが、取ったからといって、必ずしもHEROになるとは限らない。あまりにも強過ぎるものが、得てして陥りやすい穴に落ちてしまうものもいた。
「HEROの条件――、それは誰かを守るために立ち上がるということだ。誰かを、人類を守るために、な。守るべきものを持たずに、己のことだけを考えるなら、HEROにはなれぬ」
 歩きながらのつぶやきは、若宮にはきっと聞こえないだろうと思えたが、かまいはしなかった。
 悪気はないのだとわかってはいる。それでも、昨日までとはがらりと変えた態度を取られては、ことさら説明する気にはなれなかった。たとえ、確認するように問いかけた瞳の中に、真摯なものを感じたとしても――。





「ふう……」
 ため息をついて、グランドからロビーに繋がっている階段へと足を向けた。
 ハンガーを出てからずっと、クラスメートたちと顔を合わせ続けて来た。そうして、出会った彼らのほとんどが持っていたのは、畏怖に彩られた視線だった。中には、憧れめいたことを言うものもいたが、いずれにせよ、求めるものにはいまだに出会えていない。若宮こそ、そうなのかと思って近づいてみても、やはり違う。
「あと二人……か」
 クラスメートたちに出会い、その場を離れるたびに、足取りは重くなる一方だった。今や、昨日の戦闘の最中、300体目の幻獣を倒したときには、想像もしていなかった状況に陥ってしまっている。
「まさか、こんなありさまになるとは、な」






 人類を滅ぼそうとする、最強の幻獣――竜――は、絢爛舞踏の出現に呼応するようにして、現われると言われている。だから、300体もの幻獣を倒した以上、いずれ必ず会うことになるはずだった。が、黙ってそれを待っているのは、生に合わない。そこで、自らそれを探してみようと思いつつ、出歩くこと数時間――。今まで出会ったものは、確かに、昨日までとは違う反応を示しはしたが、そこに一切の敵意はなかった。
 そうして、話をするべき相手としてのクラスメートの数が減るにつれて、胸の内に浮んで来る不安は、もはやどうにもならないまでに大きくなっている。
 始めのうちは、絢爛舞踏を取ったことに恐れをなして、顔を合わせたがらないのかと思っていた。
「そのようなもの、こちらから願い下げだ――」
 自らに言い聞かせるようにしてつぶやき、歩き回っているうちに、やがて思い当たったのは一つの可能性――。しかし、ねじ伏せるようにして、その考えを封じ込めた。次に出会うものこそ、竜であるように――と、願いながら。




 星を守る、精霊の力の使い手が、竜をその身の内に宿しているかもしれないなどとは、想像したこともなかった。その瞳はつねに優しく、黙って側に立っている時に感じるのは、かつて経験したことがないような安らぎだったから。が、それさえも、擬態だとしたら――。
「騙されたのだとすれば、それは我が身の不徳ゆえ……」
 ぎりっと噛み締めた口元から、小さな声が漏れた。認めるのは、屈辱以外の何ものでもなかったが、いつまでも事実から逃げているわけにはいかない。現に、すでに出会ったものたちの中に竜はおらず、そして、いまだに学校に来ない人間がいる――。
 たとえ、薄気味悪いものとして視線を向けられたとしても、また、まさに竜として目の前に現われたとしても、どちらにせよ、大切にしていた何かを失ってしまうことには変わりがなかった。
「そ、それでも……、HEROたるが務め――」
 若宮のいうようなものには、なる気などない。そして、倒すべきものは、相手が誰であっても容赦をするべきではないはずだった。
 そう考えて、目の前にある階段を登りかけたとき、最上段に人影が現われた。



 それは、今朝からずっと会いたいと思っていたもの――。
 耳にしたかったのは、アルガナを取ったときと同じ言葉――。



 しかし、本当に、それを告げる気があるのなら、決して今ごろになって姿を見せるはずはないという想いの前に、今や自ら近づくことすらできなかった。
 身動きしないまま見上げれば、相手はゆっくりと階段を降りて来る。そして、静かな声で一言だけ発した。
「探した」
「――っ」
 聞いた瞬間、身体が硬直した――。




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