Raindrops fall on my head





 裏庭を歩き出せば、いつの間にか昼休みになっていたのだろう、クラスメートたちがあちらこちらに散らばりつつ過ごしていた。その中に森の姿を見かけ、近づいて声をかけた。
「いつも整備してくれたこと、礼を言う」
 それは、この学校に通うようになってから言えるようになった、感謝の言葉だった。
 幼い頃から、他人の力を借りずともたいていのことができてしまえた自分は、人に向かってあらためてお礼を言ったことなどない。だから、転校して間もない頃、ちょうどこの裏庭で始めて彼女に出会ったときにも、何を言っているのかとしか思わなかったのだ。




 最初に挨拶をしたときには、剣もほろろに「用がないなら話しかけるな」と言い返して来た森は、その後で詰るように言った。
「まったく、パイロットっていうのは――」
「パイロットが、いったいなんだというのだ?」と、無愛想に聞き返せば、彼女は眉をきりりと上げて応えた。
「自分のことを主人公だと考えてるんですね。自分一人で、士魂号を動かしてるとでも思ってるでしょ!? そうじゃないわっ。パイロットが万全の態勢で出撃できるように、私たち、一生懸命整備してるんだから。だって――」
 そこでいったん言葉を切ってから、やや下向きかげんになって続ける。
「――だって、無事に帰って来て欲しい……んだもの」
 最後は小さな声を口の中に飲み込むようにしてつぶやいた、その姿には、戦場に出かけるものを気にかけている様子がにじみ出ていた。これが、仲間を思うということなのかと、感心したことを今でも覚えている。
「そうか、わかった。許すがいい。これからは気をつけるから」
 素直に言ったつもりだったが、森は驚いたように目を見張った。
「あきれた……っ。あなた……、それでも、もしかして謝っている……つもり……なんですか?」
「そうだが?」
 素朴に聞き返したとたん、彼女はさじを投げたかのように吹き出した。
「ぷ……っ、ほんとに変わってますね。みんなが色々言うだけのことはあるわ。私、森精華。整備は得意な方です」




 そうして、にっこりと笑ったそのときの顔を思い出しつつかけた言葉に戻されたのは、しかし、ひきつったような表情だった。明るさのかけらもない、その瞳の奥にあるのは、まぎれもなく恐怖――。
「……」
 思わず絶句すると、彼女は途切れがちにつぶやいた。
「機体の限界はとっくに超えてますよね。他の整備士たちがみんな……、気味悪がって――。私は別に――、そんなものは信じない……けど」
 付け加えるようにしてささやいたのは、森なりの優しさであったのかもしれない。が、それは、取ってつけるようにしてなされたかにも思えた。今朝方の教室の雰囲気と同じものが、そこにある。彼女の瞳に写っている自分は、多分、すでに人ではない――。
 それ以上、森と話をする気にはならず、黙ったまま側を離れた。そうして――、校舎の外れを抜けるまでの間に、何人ものクラスメートたちと出くわし、そのいずれもが森と同じ種類の反応をするのを見せつけられた。




*****




「ふんっ、まったくどうしようもないわ。そんなにも恐ろしいか、絢爛舞踏が」
 あたりに誰もいなくなると、思わず口から言葉が漏れた。あまりにも画一的な反応だと、わけもなくみなを責めたい気持ちが沸き起こって来るのを止められない。



 ――たいした化け物ですね
 ――あなたが現われることは、すなわち死を意味する
 ――俺は殺さないでくれよ



「いったい、なんだというのだ。たかが、人より多く幻獣を倒しただけではないか。それで、こんなにも態度を変えるか――。いや、違うな――」
 腕組みをしながら、プレハブ校舎の壁に背をもたれかけさせて、つぶやいた。
 もとより、芝村と名乗っただけで、敵意を向けられたこともあるほどだ。そして、かつては、それらを気にも止めていなかった。言いたいやつには言わせておけばいいとしか思っていなかったはずなのに――。
「変わったのは、私のほうか……」
 他人の思惑など気にしていなかった自分を変えたのは、一人の男だった。




 始めは、ほとんど話をしようとしない、寡黙なその姿ゆえに目を引いた。芝村の名を耳にしても、何事もなかったように振る舞ったゆえに――。そのような反応は新鮮だったから、興味を持って接するようになった。そうしているうちに、相手がどうやら密かにこの身を守っているらしいことに気づいた頃、いきなり校舎の屋上へと呼び出された。



「俺と来い。1分で決めろ」
 言われた瞬間は、腹が立った。このような物言いをされることには、慣れてはいない。何を勝手に言っているのだと思いつつ、それでもうれしさのあまり、心臓が跳ね上がるのを止められない。しかし、あっさりと承諾することには抵抗があった。
「おまえがどうしてもと言うのなら、側にいてもいい。どうしてもと言うのなら、だが?」
 声がわずかに震えてしまったことに、内心で舌打ちしながら返事をすれば、常に目深に帽子をかぶったままの相手は、口元を少しだけほころばせた。以来、今までその優しい微笑は変わったことがない。しかし――。
「おまえも、みなと同じ……か?」
 今日は遅刻をするつもりなのか、それとも欠席するつもりなのか、彼はいまだに学校へは来ていなかった。
「ふ……っ、顔も見たくないほどか――。ならば、仕方がないな。これで終りだ。私は、そうなっても、少しも……気にはせぬ」




 虚空をにらみつけるようにしてつぶやいた頬を、風がふうわりと触って行った――。




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