Raindrops fall on my head




 その日、いつも通りに教室へ入った途端、昨日とは違う空気をそこに感じた。どこかよそよそしい気配――。
 すでに、このクラスの一員となって2ヶ月近くがたっていて、転校当初の、芝村であるというだけで敵意を向けられていた頃とは違う。そんなに数は多くなくとも、親しい友人と呼べるものもできていたし、また、そこまで仲がよくはないにしろ、同じクラスメートとして言葉を交わすものがほとんどではあったはずだ。しかし、昨日までは確実にあった、戦争中ではあっても、同世代の集まりである学校というものが持っていた、にぎやかな空間は、そこにはなかった。
「みな、早いな」
 遠巻きにしたまま、決して近寄っては来ない級友たちに向かって、声をかけた。が、それに対し、明るく言葉を返すものは、その場には皆無だった。その理由は十分に想像がついたから、彼らの反応にわずかに眉を顰めた。そして、瞬時に聞こえる、一斉に息を飲むようなどよめき――。


 ――勝手にするがいい


 心の中でつぶやいて、席に腰を降ろす。
 クラスメートたちの反応は、昨日行われた戦闘のせいなのだろう。ついに、昨日、自分の撃墜した幻獣が300を越えたから……。その結果、絢爛舞踏という称号を手にする資格を得たのだ。





 絢爛舞踏とは、HEROの別名――。それは、今までに、世界でほんのわずか――片手で足りる数――しか受け取ったものがいない、常ならざるものの証し――。
 本来、めったに出現しないはずのそのようなものを前にして、クラスメートたちが近寄って来ないというのも、理解はできた。アルガナ勲章を授章して以来このかた、倒した幻獣の数が増えるにつれて、少しずつ変わってきた彼らの反応が、ついに頂点に達したということにすぎないのだから。
 クラスメートたちが、勲章受賞を素直に祝ってくれたのは、ゴールドソードまでだったのだ。その倒した幻獣75、このとき、彼らのほとんどが、将来エースパイロットになるかもしれないものとして、自分に接するようになった。5121小隊からエースが出そうですね――と、喜んだものは数多い。しかし、撃墜数が150を越え、アルガナ勲章を手にしたときから、彼らは変わった。
 ゴールドソードを受けたときに、もしかするとアルガナも夢ではないかもれないと言いながら微笑みかけてきたのは、そうなるはずがないという気持ちがあってのことだったのだ。
 敵を殺すこと、そのものに喜びを見いだしているのではないかと言ってきたものもいるし、それ以上高みを目指す必要はないと言ったものもいる。そして、そのいずれもが、決まって恐れの混じった瞳をしてはいた。
「何を馬鹿なことを――」
 そして、それらすべてを、鼻先で笑ってやり過ごして来たのだった。





 実際のところ、闘いに喜びを見いだしたことはなかったし、そもそも、自らHEROになろうとしたことなど、一度たりともなかった。
 芝村一族の末姫として、この地に来た目的はただ一つ――。最強の幻獣である、竜を見つけることにあった。もちろん、竜を倒すのはHEROの役目である。闘いの最前線に身を置いて来たのも、この地のどこかで出現するだろうHEROを、察知するために過ぎない。だから、まさか、自分がそのような存在になろうとは、思ってもみなかった。
 が、なってしまったものならば、それを受け入れるだけだ。芝村のものとして、それは当然請け負うべき責務に過ぎない。周囲の反応を気にする必要などないのだ。
 そこまで考えたとき、教師の本田が入って来た。
「芝村、準竜師閣下から電話が入ってるぞ。職員室だ、急げよ」
 ホームルームもそこそこに告げる姿に向かって、軽く返事をしてから立ち上がり、教室を出た。





*****





 職員室の電話を取ると、「俺だ――」という、いつもの低い声が耳に響く。
「準竜師?」
 聞けば、相変わらずの不敵そのもののような言い方で相手が告げた。
「昨日付けで、大統領がおまえに絢爛舞踏勲章を出す手続きに入った」
 やはり、その話かと思う。それを受ける資格を得たのだから、ことさら驚くべきことではない。黙っていると、準竜師はさらに続けた。
「3時間後にはテレビ発表が行われるだろう。世界で5人目の絢爛舞踏の誕生だな。ふ……っ、あまり面白くなさそうだな。確かに、殺しの技が優れているからといって、ほめられるというのも変な話しだからな。ま……、いい。これはもう決定だ。これから忙しくなるぞ、覚悟をしておけ」
 言うべきことを告げると、相手は一方的に電話を切った。





*****





 職員室を出てから、そのまま教室へ戻る気にはならず、ふと思いついて、士魂号が置かれているハンガーへと足を向けた。
 目の前にずらりと並んだ巨体――。そのうちの一体、2番機の前に立ってその姿を見上げる。
 転校当初は、3番機のパイロットを命じられ、速水といっしょに同乗していた。しかし、その後、士魂号の最終開発型である士翼号が部隊に配置されたのを機に、その専任パイロットとなって、この巨体だけが持つ機動性を足がかりにして、数々の闘いの日々を過ごして来た。自らが意思を持つように動くこれに、助けられたことも何度か――。
「お互い、苦労したものだな」
 つぶやいて、苦笑する。何を感傷的になっているのか、このように思うことなど、まったくもって、自分らしくない。
 そうして、軽く頭を振ってから、士翼号に背を向けて歩き出した途端、かすかなざわめきが頭に響いた。
「――っ。またか」
 それは、しばらく前からハンガーへ来るたびに聞こえるささやき――。魂なきはずの、士魂号たちが上げる小さな叫び声だった。


 ――竜を助けろ


 彼らはそう言っている。最強の幻獣である竜は、人類の敵として、倒されるべきもののはず――。それを助けろとはいったいどういうことなのか、聞き返しても応えはない。
「仕方がないな。まあ、いい。いずれ、竜とは出会うことにはなろう。絢爛舞踏を前に、竜が黙っているはずはないからな」
 誰もいない空間に向かってそれだけを言い、ハンガーを出た。




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