Promise
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| 田辺は、舞が後部シートに納まったのを見て取ると、すぐさま士魂号を発進させた。大地を踏みしめて走り出した、そのコックピットの中で、舞のほうは、すばやく電子操作を始める。 田辺の視界に、総指揮車が護衛の戦車に囲まれて後方へ去って行く姿が映った。この戦場には、もはや、司令官も、戦況を分析伝達するオペレーターもいないということである。 こうなると、自身が操る士魂号単独で把握できるだけの情報しか手に入らないし、最終的には自分の視界と判断力が頼りになるだけだ。が、田辺は、それについて考えることは、やめた。 オペレートのない戦闘は、経験したことがなかったが、この際それを言っても始まらない。ともかく、スキュラの群れが迫っているのだ。 「き、来たわ」 田辺の口元から、やや震えたような声が漏れる。 左斜め前方から向かって来る、浮遊要塞たち――。その数、12。太陽の光を反射する赤い瞳が、禍々しいほど輝いていた。その後方に、まるでお供であるかのような、ミノタウロスたちの身体が見える。 後部シートから、舞が言った。 「真紀、一度ですべてを撃沈するのは、無理だ」 それに黙ってうなずいて、田辺は士魂号を動かした。舞が、できるだけ多くのスキュラを射程内に捕捉できるよう、最善の場所を選び出さなければならない。 やがて、複座型士魂号から、一発目のミサイルが発射された――。 放たれたミサイルは、見事な曲線を描いて進み、次々とスキュラの身体に食い込んで行く。が、しかし――、舞が事前に予想したとおり、一発ですべてを仕留めきることはできなかった。 もちろん、この場へ転戦してくるまでの間に、持てる耐久値がすでに落ちていたものについては、無に返すことができはしたが、撃沈することができない空飛ぶ要塞は、その身体を揺らめかせながら、漂い残っている。 「――っ、やはりな」 舞のつぶやきとほぼ同時に、田辺が士魂号をわずかに移動させる。二発目のミサイルを発射するためには、弾倉交換が必要なのだ。そのためには、スキュラの射程から逃れる必要があった。このとき、周囲に残っていたスキュラは6体――。そのすべてが、複座型士魂号を射程に捉えている。 どうあっても無傷ではいられないと、田辺は計算した。逃げ切れる余地は、どこにもない。せめて、その傷が軽く済むような場所を選ぶしかなかった。 そこで、さらに跳躍し、居場所を変える。そうして、素早く弾倉交換に入ったつもり――だった。 「ああっ!」 「く……っ」 上空から降り注いだレーザーの雨は、真っ赤な矢となって士魂号のボディに突き刺さった。衝撃が、コックピット内を駆け巡る。 夜明け近くまで続いた右翼での戦いの中で、複座型士魂号の装甲は、かなり弱くなっていた。そして、その修復は、なされていない。そこへ複数のスキュラからのレーザーを食らい、またたく間に状況が悪化していく。 点滅するレッドアラーム――。 舞と田辺は、士魂号が上げる悲鳴を聞いたような気がした。 それでも、戦いをやめるわけにはいかない。援護してくれる味方は、どこにもいないのだ。 そうして、ずたずたになりながらも、士魂号の弾倉交換が済んだ。舞の手が素早く動き、狙いを定める。照準装置のレベルがかなり下がっていて、討ち漏らす可能性は高かったが、それについては運を天に任せるしかなかった。 やがて、再びミサイルが発射され、残りのスキュラ6体は、すべて撃沈された。ほとんどのミノタウロスを道ずれにしながら――。 「ふぅ……」 安堵のため息が、田辺の口元から漏れる。が、このとき、一体だけ残ったミノタウロスが、傷だらけになりながらも、その射程内に士魂号を捕らえようとしていた。 「ち――っ」 舞が、ジャイアントアサルトの照準を合わせる。命じられるまま、その引き金を引いた人型戦車は、しかし、相手を仕留めることができなかった。 そして、襲いかかる生体ミサイル――。 結果、すべてのパラメータが、地に落ちた。 「あ、あ、ああ……っ」 悲鳴を上げる田辺の肩越しに、舞は言った。 「真紀っ、後車するっ」 「う、うん」 これ以上、コックピット内に留まっているのは危険だった。この場で士魂号を見捨てることは、その先に行きたいと願う舞にとって、断腸の思いだったが、仕方がない。 そこで、アサルトライフルを手にとって、コックピットの扉を開いた。 先に、滑り降りるようにして外へ出たのは、舞だった。 ミノタウロスが一体だけ近くに残っているのは、考えに入ってはいた。外へ出て、すぐさまライフルを撃ち込めば、倒せるとも思っていた。が、それは、自らの視界に頼るしかない状況でもあったのだ。敵の位置を計測し、その情報を伝えてくれるオペレーターはいなかったから――。また、傷ついている幻獣も、同じ場所に居続けるわけでもない。 それらのことは、十分にわきまえているつもりで、大地を踏みしめた。しかし、コックピットから出る前に見定めていた位置に、ミノタウロスはいなかった。 いぶかしげにあたりを見回した舞の耳が、後方からの音を捕らえる。ハッとして振り返った身体は、生体ミサイルの直撃を受けて、跳ね飛ばされた。 「ぐ……はっ」 「舞ーーーーっ!!」 舞の後に続いて、外へ出ようとした田辺が見たのは、明るい日差しを反射して煌めく銀色のウォードレスが、きれいな放物線を描いて宙を飛び、大地へと叩きつけられる姿だった。 「う……そ……」 膝が震えて、足を動かすことができない。 田辺とて、兵士である。以前は整備士であったが、複座型士魂号のパイロットとなってからは、ずっと舞とペアを組んで過ごして来た。その生活の中で、仲間の死に遭遇したこともあるし、搭乗していた士魂号が大破寸前にまで追い込まれたこともある。が、舞が幻獣から直接被弾することなど、想像したことはなかった。 「そんな……。――っ」 呆然としてつぶやいたとき、田辺の身体は、鈍い振動を感じ取った。 それは、地面を進む幻獣の動きが産み出すもの――。 これまでに、数え切れないほど見知っている、その波動――。 「く、来る……」 自らの髪よりも蒼ざめた顔をした田辺は、とっさに士魂号の外へ出て、そのままアサルトライフルを打ち続けた。照準が合い、射程内に敵を納めているかどうかといったことは一切考えずに、ただひたすら自らの信じる方向へ――。 やがて、耳ざわりな音を残して、幻獣の気配が消えた。 しばらく、その場でぼんやりとしていた後で、田辺はふらりと立ち上がって歩き出した。 「舞……、どこ……?」 先程、自らが目にした信じられないような情景を心当たりに、舞がいるはずの方向へと足を向ける。周囲には、うごめくものは何一つなかった。 そうして、田辺は、横たわる舞の身体を見つけた。ウォードレスが完全に引き千切れ、人工筋肉がむき出しになっている。流れ出た白い液体は、舞の血と合わさって、ピンク色の水たまりを作っていた。近くに、壊れたヘルメットが転がっている。 「舞っ、舞! しっかりして!!」 声をかけると、舞のまぶたがわずかに動いた。 「……」 唇が震えながら少し開き、何かを言いかける。が、田辺はそれを止めた。 「は、話をしなくていいから。だ、大丈夫よ。きっと、助かるわ……」 それから、舞の脇の下へ手を入れてから自らの向きを変え、その身体をどうにかこうにか背負う。 「よ……せ……。わた……し…のことは、いい……から」 舞の小さな声が、田辺の耳元へ響いた。それに、ゆっくりと首を振ってから歩き出す。 「大丈夫。絶対……、助かる……んだから――」 |
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ウォードレスの人工筋肉があるとはいえ、同じく武装している人間を背負い続けて歩くのは、簡単なことではない。おまけに、舞の纏うウォードレスは裂けているから、そこから流れ続ける白い血液によるぬめりで、しっかりと支えていなければ、簡単にその身体はずり落ちてしまう。だから、田辺は、何度も何度も立ち止まっては、背負い直すことを繰り返していた。 「ふぅ……」 ため息とともに、あたりを見回す。この場が戦場であるとは思えないほどの静けさが、目の前に広がっていた。 救急班のいる部隊――、それが無理なら、そこへ移動するための車両を持っている部隊が、どこかにいると信じて歩き続けて、数時間――。すでに、時刻は昼近い。 戦闘の続きがどうなったのか、まったくわからなかった。左翼のこともさる事ながら、右翼のことも気になる。あの小隊指揮官は、複座型士魂号が戻らないことを、どう思っているのか――。 そうして、ひたすら歩いていた田辺は、遙か前方から一台の軍用トラックが走って来るのに気づいた。 「――っ。ま、舞……。車が――っ」 背負っていた身体を地面にそっと降ろして、呼びかける。しかし、舞は身動き一つしない。不安にかられて、その首筋に手を当てれば、脈はわずかにあった。安堵のため息をついてから、車に向かって走り出す。 「すみませーんっ。お願いしますっ」 やがて、近づいたトラックが静止すると、兵士が一人降りて来た。 「あんた、一人か?」 「あの……、友だちが怪我をしているんです」 田辺の言葉に、相手は、「どこだ?」と聞き返す。 「こっちなんです」 言いながら、田辺は舞のところへ案内をした。 横たわる舞に近づき、その身体を眺めた瞬間、兵士はささやくように言った。 「友だち……って、言った……よな?」 「は、はい」 田辺の返事に、相手は振り向きながら、声を張り上げた。 「だったら! どうして、早く楽にしてやらない? こんなありさまで、助かるわけがないだろう? 苦しむ時間が長引くだけだっ」 罵声とも呼べるその言葉に、田辺はわずかに飛びのいた。しかし、両手を前に組み合わせ、必死に言う。 「そ、そんなこと……、わからない……じゃないですかっ。た、助かるかもしれない。ううん、絶対に助かります。舞は、死んだりしません」 すると、兵士はため息をついた。 「あんたなぁ……。そう思いたい気持ちは、わかるよ。だけど、どう見ても――、これでは無理だ」 「無理だ……なんて、決めつけないでくださいっ。お、お願いしますっ。舞を、車に乗せて下さい。お願いしますっ」 何度も何度も繰り返す田辺の剣幕に呆れたのか、兵士はしぶしぶうなずいた。 「そりゃあ……、俺だって仲間を楽にしてやるなんて、考えたくはねえよ。ふう……、わかった。もうこのあたりには、誰もいないんだろう? だったら、二人で乗りな。病院まで、そいつがもつかどうかは、知らねえけどな」 「あ、ありがとうございますっ」 深々と頭を下げてから、田辺は相手に手伝ってもらって、舞を軍用トラックの荷台に運び込み、続いて自らも乗り込んだ。 やがて、トラックは、来た道を引き返すようにして、走り出す。 このとき、すでに昼過ぎ――。 夜半から始まった暁作戦が、人類側の撤退により終結していたことを、田辺が知るのはもう少し後のことである。 この戦いに参加した将兵は、およそ250万人。10時間以上に及んだ戦闘は、40万人を越える死者と、その数倍もの負傷者を出していた。 |
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