Promise





「さっきのミノタウロスの攻撃は、誘いに過ぎなかったのか……」
「と、ともかく……、右翼の一部を割いて迎撃に向かわせたほうが――」
「何を言うかっ!? そんなことをしたら、右翼の前方にいる敵から、背後を叩かれるに決まっている」
「だったら、どうすればいいんだっ!? このままでは――」


 オペレーターが報告した後、わずかの合間だけ静まり返ったその場は、罵り合うような喧騒に包まれた。その中でただ一人、作戦総指揮官だけは、その騒ぎに加わらず、蒼ざめた表情のまま震えていた。
 鶴翼の陣の、唯一にして最大の弱点を完全に突かれたのだ。この陣形は、横方向に長く展開し、前方の敵と向き合う分には威力を発するが、側面から攻撃された場合のガードに弱く、一度崩されると、まず、全軍の立て直しはできない。
 前方へ、波状攻撃のように出現した幻獣たち――。いずれも、個別の破壊力はさほどではないものばかりだった。その結果、縦に長くのびた羽――。
 そうした上で、幻獣側は、破壊力の高いものばかりの集団で左翼の側面へ襲いかかり、右翼へは、数による攻勢に出たのだと、舞はディスプレイを眺めつつ想像した。こうなっては、もはや、人類側の負けは見えている。





 その場の喧騒を無視して、舞は田辺に向かって言った。
「5121小隊は、まだ……、戦っている……のだ。あそこに映っている。だから、私は行くから――」
 舞の指が差した先を眺めながら、田辺は肩でほっと息をした。ここに来た瞬間には、背筋が凍り着いたが、あの仲間たちはまだ頑張っているのだ。ならば、田辺の応えも決まっている。
「複座型は一人では、動かせない……でしょう? ウォードレスだけで行くつもりなの?」
「……。真紀、相手はスキュラの群れだ。危険が大き過ぎる」
 舞の言葉に、田辺はわずかに微笑した。戦車兵が、ウォードレス姿で単独その場へ出かける危険性など、考えてもいないようなのに、パートナーの身を気づかうことは、忘れない――、舞らしいと田辺は思った。
「大丈夫よ。根拠はないけど……。でも、二人で行けば、きっとなんとかなるような気がするから」
「真紀……。感謝……する」
 小さくささやいた舞に向かって、田辺が首を振った。
「ううん。お礼なんて……。変よ」
 室内灯の光を受けて、その髪は青く輝いていた。それを見て、舞の目の前に透き通った泉のような瞳が浮かぶ。


 ――せめて……、勝利のおまじないだ


 あのとき聞いた声は、静かで優しかった。
 戦場に出れば、的確に幻獣を倒して行く戦士であるのに、ともにいるときには、その激しさがなく、常に包み込むような穏やかさを持っている。そして、一度かわした約束を違えるようなことはしない。
 以前、休日に出かける約束をしたとき、数日後にそれを覚えているかとたずねたところ、「約束は一度でいい」と言った――。そのことを思い出して、舞はそっと目を閉じた。
「そうだ……、星を見に行く」
 低いつぶやきが、舞の口元から漏れる。
 今、来須が強大な幻獣たちを相手に戦っているのなら、必ずその場に駆けつける――、約束した未来のために。






 そうして、舞と田辺がうなずき合って歩き出そうとしたとき――、それまで黙っていた総指揮官が言った。
「どこへ行く気だ? 勝手な行動は許さん」
 その声に険悪なものを感じ、舞は振り返った。
「どこへだと? 左翼に決まっている。複座型のミサイルがあれば――」
 しかし、指揮官は最後まで舞に応えさせずに、告げた。
「これより、総本部は撤退する。複座型士魂号は、この総指揮車の護衛につけ。そのために呼び戻したのだ。おまえたちの戦績データなら安心だから。いいな!?」
「――っ」
 舞だけではなく、その場にいるもの全員が息を飲んだ。


「撤退決定ですか?」
「今一度、立て直しを図るべきでは――」
「いや、確かに、これ以上戦闘を続けても被害が増えるだけで――」


 部下たちが騒ぐのを尻目に、総指揮官はゆっくりと舞と田辺に向かって歩いて来た。
「これ以上、この場にとどまる意味はない。この作戦は失敗だ。帰って、再検討する余地がある。このような幻獣側の動きは、今までのデータではシミュレートできなかった。だから――。そうだ、データが完全ではなかったせい……」
 最後はつぶやきに近かったその言葉を、舞は遮った。
「勝手に……、逃げるがいい」
 机上の空論を振りかざして、大勢の兵士たちを危険に晒したことへの怒りが大きい。その結果逃げ出すという相手の護衛など、する気にはならなかった。すると、指揮官は、肩を震わせながら応えた。
「ひ、人聞きの悪いことを言うなっ。次回の作戦を考えるだけだ。に、逃げ出すわけではない」
「同じことだ。私にとっては、な」
 取り合う気も起きなかったから、舞は出口へ向かって歩き出そうとした。その背中に向かって、指揮官が叫ぶ。
「ま、待てっ。いいか? 指揮官は、軍隊の頭だ。頭をつぶされた生物は、生きられない。指揮官というのは、最後まで生きている必要がある。そ、そのために――」
 その言い分にあきれ果てて、舞は言った。
「だから――、勝手に逃げるがいいと言っている。護衛など、断る。だいたい……、そのようなことを言い出す前に、全軍に向かって早く撤退指示を伝えたらどうだ? 被害を最少に食い止めなければ――」
 負けがほぼ確定しているとはいえ、いまだ多数の兵士たちが戦っている。次を考えるのなら、それらの味方をいかに多く救うかが、司令官としての役目である。しかし、この総指揮官は、まだ、全軍への撤退指示を出していない。口にしているのは、自らのことだけだった。




 こんな人間に取り合っているわけにはいかないと、舞は思った。早く左翼に行かなければ、手遅れになりかねない。自軍としての左翼はすでに崩壊しているにせよ、その場には誰よりも大切なものが残っているのだ。
 が、舞の言葉に、総指揮官は肩を震わせながら叫んだ。その目つきは、完全に変わっている。
「う、うるさいっ。総本部が安全な場所に移動するほうが先だ。そんなことよりも――、こ、断るだと? 上官の命令に逆らう気かっ!? ぐ、軍法会議にかけてやるぞっ」
「な――っ。それでも、指揮官かっ!?」
 あまりの身勝手な言い様に、にらみつけるようにして舞が叫んだのと、オペレーターが悲鳴を上げたのとは、ほぼ同時だった。
「スキュラがすべて反転っ! こちらに来ますっ!!」





「ひっ……」
「そ、そんな――」
 車内は、恐慌状態に陥った。
 指揮車というのは、戦車に比べて装甲が薄い。この総本部のまわりには、それを守るようにしていくばくかの護衛がついてはいる。それでも、すでに、左翼が壊滅していくさまを見せつけられていたものたちには、周囲にいる護衛など気休めにもならなかった。
「い、急げっ。ぐずぐずしては、追いつかれてしまう」
 総指揮官の上ずった声に、運転手はがくがくと首を縦に振った。
 それから、指揮官が舞と田辺に向かって言う。
「あ、ありがたく思え。先程の命令は撤回してやる。この場に留まって、スキュラを食い止めろっ。この二人をつまみ出せっ」
 最後に付け加えられた命令を受けて、部下が舞と田辺に向かって近寄って来た。
「く――っ。なんと勝手な……」
 このような人間が軍部にいることが、舞には許せなかった。
 そうして、今この場で、相手に飛び掛かりたい衝動にかられてしまい、一歩詰め寄ったとき――、田辺が舞の腕を捉えた。
「ま、舞……。め、命令が変えられたなら、早く……、士魂号に戻ったほうが――」
 上官の命令には絶対服従――、イエスはあってもノーはないのが、軍隊の返事である。たとえどのように理不尽であっても、それが軍の鉄則だった。田辺の手は震えていたが、確実にそのことを舞に思い出せた。
「真紀……」
 つぶやきとともに力なくうなずいて、舞は田辺とともに乗降口から外へ出た。ともかく、今は襲って来るだろうスキュラを撃破して、左翼に急行することを優先しなければならない。




 すでに、太陽は完全に昇りきり、晩秋とは思えないほどの明るい日差しがあたりに注いでいる。その中で、複座型士魂号は、自らを操る二人を待ち構えるごとく、そびえ立っていた――。




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