Promise





 九州のほぼ全軍にあたる陣容を揃えて、敵を熊本へ誘い込み、これを撃破することによって、勢力を盛り返しつつあった幻獣側を完全に封じるという計画で挙行された暁作戦は、予定通りの開戦を迎えた。
 このような大規模な作戦行動において、全軍の状況は、総司令本部だけが把握するものであり、各部隊に伝えられるものではないから、実際に戦いに臨んでいるものたちには、周囲四方以外のありさまはわからない。小隊ごとに存在する司令官の指示のもと、目先の敵を屠っているに過ぎなかった。が、自らが直接敵を倒している分、その手応えは、より鮮明に兵士たちに伝わる。
 次々と現われては、消されていく幻獣たち――。もちろん、人類側に被害がなかったわけではない。しかし、事前に予想されていたよりは、それは遥かに微々たるものだった。
 このままの戦況が続けば、いずれ幻獣側は力尽きて、完全撤退すると思われた。押せ押せ気分が、染み渡るように広まって行ったのは、当然のことだと言える。
 が、それは、儚い希望に過ぎなかった――。






 夜半過ぎに戦いが始まってから数時間後、敵の増援はいまだ限りがないように見えた。一定の間隔を置いて、次々と幻獣が実体化して来る。倒しても倒しても、きりがないその出現は、まるで波状攻撃のようだった。
 初めのうちは、真横に翼を広げたように見えていた陣形は、この数時間の間に徐々に縦に長いものへと変化している。力尽きて、倒れる部隊も出て来ていた。今度の一波を破れば、多分、敵は完全に撤退するだろうという想いを、誰もが何度も抱き、しかし、その期待は裏切られ続けた。
「右前方――、敵、実体化……。距離3000」
 告げるオペレーターの音声にも、疲労が混じって来ている。終りそうで終らない、勝てそうで勝てないという状況が続く長時間の戦いは、確実に兵士たちを苛んでいた。開戦当初に浸透したはずの高揚気分は、すでにどこにも見受けられなかった。
「ちっ……、性懲りもなく――」
 舞が漏らした罵りに、田辺がたずねる。
「舞、どうする? もう……、弾がないでしょう? また補給に戻る? それとも……」
 ミサイルにしろ、ジャイアントアサルトにしろ、初期装備の弾はとうに使い果たし、途中何度か、敵の攻撃の合間をくぐって、補給もしていた。が、今は、それもまた尽きている。
 太刀で戦ってもよいが、かわしきれずに数度被弾したせいで、接近戦を挑み続けるには、そろそろ装甲にも不安が出て来ていた。幸いにも、それは、士魂号の性能を大幅に下げるようなものではなかったが、やはり、ある程度距離を取って戦うほうが無難ではある。終りの見えない戦況となっていては、無茶は禁物だった。
「そうだな……」
 実体化した敵との距離は、近くはない。補給を行い、それから戻って来ても、間に合いそうだった。
「補給に帰ろう」
 舞がそう言ったとき、オペレーターの緊張した声が伝わって来た。
「右前方――、さらに、新たな一群が実体化しますっ。距離は3500。数、およそ200! いや、300を越えますっ!!」
「な……っ」
「う……そ」
 舞と田辺は、ほぼ同時に息を飲んだ。






 それまでとは明らかに異なるその実体化数は、これこそが、敵の総攻撃本体だと思わせるに十分なものだった。驚きが納まれば、逆に、この一波を倒しさえすればという気分が、身体中に沸き起こって来る。
「真紀っ」
 気を取り直して呼びかけた舞の強い声に、田辺は無言で小さくうなずいた後、すぐさま指揮車へと回線を繋いだ。
「田辺です。ミサイルの補給のために、いったん戻ります」
 突然出現した多数の敵に対し、のらくらと一体ずつ太刀で向き合っていては、らちがあかないどころか、下手をすればこちらが破壊されかねない。
 その考えは、小隊指揮官にも即座に伝わったようだった。何時間か前――、いきなり、まるで異邦人のようにその部隊へ放り込まれた、舞と田辺が挨拶をしたときと同様、穏やかな声が戻って来る。
「そうですね。これだけの敵を倒すには、複座型のミサイルなくしては厳しいでしょう。大丈夫、敵との距離はまだあります。いえ、たとえ近づいて来ても、あなたがたが戻るまで持ちこたえることぐらいはできますよ」
「あ……、ありがとうございますっ」
 自分は、昨年の会戦の行き残りなのだと名乗った相手の、優しい笑顔を思い出しながら、田辺は礼を言った。
 普段から指揮をとっていたものたち以外に、突然上からの命令で転がり込んで来た人型戦車一台を、彼は丁寧に、そして的確にフォローしてくれていた。今も、指揮車の中で、落ち着いて応えているのだろうと思えた。
「敵は、ゴブリンリーダー、ヒトウバン、ナーガ、キメラです」
 解析を終えたオペレーターの声を聞いて、舞が肩の力を抜いた。
 スキュラやミノタウロスあたりが混じっての300体と、それらがまったくいないのとでは、威力がまるで違う。この構成ならば、いくら敵の数が多いとはいえ、さほど恐れる必要はない。いずれも、複座型のミサイルの射程内に納めさえすれば、一発で消し去ることができるものばかりだった。



 そうして、田辺に向きを変えられた複座型士魂号は、夜明け間近の大地を、今となっては遙か彼方となってしまった補給地点に向けて走り出した――。









 補給車にたどり着いたとき、田辺は言った。
「舞……、私、外に出て、手伝って来るから。そうすれば、少しでも早く終って、戻れると思うし――」
「私もそうしよう」
 舞がうなずいたとき――、突然耳元で声が響いた。
「即刻、総本部まで戻れ」
 有無を言わさぬようなそれは、舞だけではなく、田辺にも聞こえた。
「今の……、何……? どうして、いきなり……」
 戸惑う田辺のつぶやきを聞き取ったのかどうか、声はいらだちを含んだものに変わった。
「何をしている? 命令を復唱しろっ」
 声の主は、作戦総指揮官だった。相変わらずの高圧的な物言いに、舞の表情が険悪なものに変わる。
「我らは、ただいま補給中だ。ミサイルもジャイアントアサルト用の残弾も、一つも装備していない。この状態では動けぬ」
 すると、相手は、「補給が済みしだいでいいに決まっている。ばかものっ」と返して来た。
「なぜだ? 幻獣側の主要部が現われたのに、そんな後方の総本部などに戻ってどうする!?」
「うるさいっ。おまえたちは、指示に従えばいいんだっ」
 その声には、緊迫したものが混じっていたから、舞は、後ろを振り返った田辺と視線を合わせ、首を傾げながら応えた。
「命令を……、受領する」
 もちろん、納得してのことではない。
 人のよさそうな、あの小隊指揮官は、きっと首を長くして、複座型士魂号が戻るのを待っているに違いなかった。しかし、全軍の状況を把握しているはずの総本部の指示には、逆らうことはできない。遊軍扱いであり、指示は総指揮官直々であると、あらかじめ伝えられている身としては、なおさらのこと――。
「何か、あったのかしら……」
 田辺のつぶやきが、コックピット内で小さく反響した。






 そうして、補給を終え、士魂号を総本部へ向かわせれば、すぐさま指示が飛んで来る。
「後車して、指揮車内に来い」
 互いに等しく伝えられたそれを、舞と田辺は眉を顰めつつ受け取った。
「わざわざ呼び出してまで、何を言うことがある?」
「わからないけど……。もしかして、口頭で伝える……とか?」
 が、コックピット内でつぶやき合っていてもどうしようもなかったから、士魂号から降りて、二人は指揮車を目指して歩き出した。
 出される命令がどのようなものであるにしろ、とりあえず総本部に行けば、全軍の状況を聞けるかもしれない。自分たちが戦っていた右翼ではなく、左翼の現況――、舞にとって、それは自身が受ける命令以上に重要なことだった。






 5121小隊が保有していたものよりも、さらに大きいその車両は、昇り始めた太陽の日差しを受けて、鉄色に輝いていた。
「芝村及び田辺だ」
 乗車口の前で名乗ると、ただちに扉が開く。中へ通され、舞は、すぐさま壁面にあるディスプレイへと視線を飛ばした。
「――っ」
 眺めて、即座には言葉が出て来ない。
 田辺が、両手をゆっくりと口元に当てて、悲鳴のような吐息を漏らした。
「ひ……っ」





 総指揮車内部に取りつけられた、全軍の状況を示すディスプレイ――。
 各部隊個別の識別信号を受け取り、それらを青く示している。そして、幻獣側は赤いまたたきとして表示されていた。
 両翼を大きく真上に伸ばした形になっているだろうと想像していた全軍図は、しかし、ほぼ片羽しか映し出されていない。
 左翼に残っている青い輝きは、ほんの一握り――。
 それをあざけり笑うように、煌めく真っ赤な光たち――。
「スキュラの一群が、左翼側面へ新たに実体化しましたっ。迎撃可能な部隊は、ほとんど残っていませんっ」
 オペレーターの上げる悲鳴が、車内にこだました。




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