Promise





 その日、熊本は晴れていた。例年に比べて、気温がやや低くはあったが、空には雲一つなく、絶好の外出日よりとも言えなくもなかった。ただし、5121小隊の隊員たちの行き先は、行楽地ではない。
 朝、尚敬高校の裏庭にはトレーラーと軍用トラックが並び、その前に隊員たちが整列していた。
「それでは」
 速水が、見送るものたちに敬礼をする。
「ああ、勝って……、そして――、生きて帰って来い!」
 本田が、居残るものを代表するかのごとく、応えた。
「はい」
 にっこりと笑いながら返事をした後、速水が踵を返す。それを合図に、軍用トラックへと、隊員たちが乗り込み始めた。パイロットだけではなく、スカウトもオペレーターも、もちろん同乗する。
 このとき、本田のやや後方に立ってトラックを眺めていた舞と、乗り込もうとする来須の視線が、一瞬だけかち合った。そこで、舞が軽い微笑を浮かべると、来須はゆっくりとうなずいてから、トラックの荷台へ足をかける。その背中を見ながら、昨晩の別れ際の来須の言葉を舞は思い出した。



*****



 家の前まで二人で歩いて来て、「ではな」と舞が言ったとき――、立ち去りかけた来須は、その足を止めて振り返った。
「星が……、見たいのか?」
「え!? あ、ああ。そ、そうだ……」
 先程、公園で話を持ちかけた後は、それきりになってしまってはいたが、実際、それは嘘ではなかったから、舞はうなずいた。
「わかった――」
 口元に軽い微笑を浮かべながらそれだけを言い、来須は帰って行った。
 あっさりとはしているが、ようするに、出かけることを了解したという意味だということが、舞にはわかる。それで、十分だった。来須は、約束を違えることはない――。



*****



 来須がトラックへ乗り込む前に絡み合った互いの視線は、この戦いが終った後の約束を確認し合うもののように、舞には思えた。
 今まで、何度も市内のプラネタリウムへ出かけたことはあるが、人工のものではない降るような星空を、二人で眺めたことはなかった。間もなく冬を迎えるこの季節は、空が澄んでいて、星がより鮮やかに見える頃合いでもある。頭上に輝く星々は、きっと美しいものだろうと思えた。




 そうして、居残るものたちが敬礼して見送る中、車は走り出した――。









 ――翌日早朝。
 尚敬高校の正門前で、舞と田辺は軍用トラックの到着を待っていた。すでに、昨日の午後、複座型士魂号と予備装備は、トレーラーで運び出されている。このとき、舞と田辺がいっしょに行かれなかったのは、単にスペースの問題だった。
「そろそろ時間ですね」
 坂上が、ぽつりとつぶやいた。昨日と違い、出かけるものが二人だけという、簡素な出発である。
「そうだな」
 多目的結晶を見ながらうなずいた舞の肩へ、本田が片手をぽんと乗せながら言った。
「いいか、死ぬなよ。ただでさえ人員の少ない小隊を分隊させようなんざ、まともな命令じゃねえよ。だけどな、それに文句を言う権利は、おめえらにはねえんだ。軍隊っていうのは、上に絶対服従だからな。だからこそだ――、この戦いに生き残って戦争を終らせて、二度とこんな騒ぎを起こさないように考えろ」
「覚えておこう」
 ゆるやかな微笑とともに、舞はうなずいた。
「もしも……、苦しくなったら、歌を歌いなさい。幾千万の私とあなたで、あの運命に打ち勝とう……ってね。どこかのだれかの未来のために銃を取る――、この戦いに意味があるとすれば、それだけでしょうから」
 坂上が言ったとき、ちょうどトラックが到着した。
「では、行ってくる」
「行ってきます」
 舞と田辺は、二人の教師と整備士たちに挨拶をしてから、乗り込んだ。






 昼過ぎ――、トラックが到着した場所は、八代平原の外れだった。
 ここは、かつては国内有数の干拓地だったが、昨年この地で行われた会戦で、8割方が焦土に変わっている。このとき、失われた兵士は30万人以上――。これほどの惨敗は、もうないだろうと思えるほどの規模だった。ゆえに、今年になって学兵が集められ、その結果、夏前の熊本防衛戦は、政府の予想を上まわる形で終結したのだが――。
 いっしょに集まっているものたちは、どうやらあちこちから集められた兵士のようだった。L型士魂号やモコスの要員もいれば、北風のパイロットもいる。それだけで、一個大隊に匹敵するような数――、ただし、いずれも、元々所属する部隊から引き離されている、まるで寄せ集めのようなものだった。
 一様に整列し、指揮官の到着を待つ間、あたりを眺め回しながら、舞がつぶやく。
「どうして、わざわざこんな場所を選んで、自軍を展開するのか、理解に苦しむな」
 その声は風に消え、聞いたのは、すぐ脇にいた田辺だけだった。
「さ、さあ……」
 首を傾げる田辺に向かって、舞は言った。
「負けたからには、負けただけの理由があろう。それを学習しないことには、何度やっても負けるだけだ」
「な、何か……、いい考えがあるのかも……」
「そうだといいが――」
 言いつつ、舞の脳裏には、準竜師の言葉が浮かんだ。


 ――俺の思うところ、今回の作戦の勝率は……、5割を切る


「お見通しということか……」
 田辺にも聞こえないような小さな声を舞が漏らしたとき、作戦指揮官がやってきた。





 年の頃は20代半ば、やや面長で青白い顔色、そして、線の細い目つきをしている。居並ぶものたちが、型通りの敬礼をした。それに対して礼を返すこともなく、指揮官は話し始める。
「ご苦労。私が指揮をとる。おまえたちは、すべて遊軍扱いだ。定数には入っていない。各自の配置は今から伝えるから、それに従って戦え。以上だ」
 その言葉が終るとほぼ同時に、舞の多目的結晶が命令を受け取った。中身を反芻して、眉を顰める。周囲を見れば、他の兵士たちは早くも動き出していた。しかし、舞はその後には続かず、立ち去って行く指揮官の背中に向かって声をかけた。
「指揮官!」
 相手が、自らの氏名も階級も告げなかった以上、それ以外に呼びようがなかった。ところが、指揮官は舞の声をまったく無視して、どんどん歩いて行ってしまう。
「作戦指揮官!!」
 いらだちを込めて、舞が再び呼びかければ、ようやくのことで相手は立ち止まり、振り返った。
「私に話しかけるのなら、氏名と階級を先に名乗れ、ばかものっ。学校でいったい何を習った?」
「な……っ」
 自らは名乗りも上げない相手から、このような言い方をされ、舞は思わず息を飲んだ。そして、怒りを鎮めるために拳を握り締めてから、ようやく名乗る。
「……。5121小隊の芝村百翼長」
 すると、指揮官は、やや驚いたような表情を浮かべた。
「5121の……、芝村? おまえがそうか? なんだ、まだ……、子どもじゃないか。九州というのは、よほど――、人材不足のようだな」
 その言い様には、完全に相手をばかにしているような響きが込められていたから、聞いて、舞は何も言わずににらみ返した。
「……」
 年齢で、戦果が決まるはずもない。そのくらいのこともわからないのかとも思う。しかし、「用はなんだ? 私は忙しい」と指揮官に言われて、指示を受けたときの疑問をぶつけてみることにした。
「なぜ、このような配置命令なのだ?」






 先程――、多目的結晶は、命令と同時に自軍の全体図をも伝えて来た。それによれば、全軍は、大きく翼を広げたような形で、この八代平原に展開している。俗に言う、鶴翼の陣である。
 それじたいは、悪くはない。ここは平野部であるし、その中で陣形を整えるのなら、常勝をほぼ保証されているようなこの配置を取るのは、当たり前のことだと言えた。しかし――。
 指揮官が何も応えないので、舞はさらに続けて問いかけた。
「我ら遊軍は、なぜ、再配置のような扱いを受ける? それぞれの所属小隊が、みな普通に進軍展開しているのなら、一部を削り、再配置する必要など――」
 ――意味がないと言い切る前に、指揮官は冷たい声で言った。
「口のきき方も知らないようだな。まったく、これだから、即席仕立ての学兵は……。まあ、いい。九州のトップエースの名に免じて教えてやる。一部を削ることに意味があるのだ。進軍の総戦力を減らすためにな。おまえたちは、勘定には入ってない。だから、幻獣側が想定する我が軍は、実態よりもぜい弱――。そのためだ」
「……」
 一々、癇に障る言い方をするとは思ったが、舞は黙って、そのまま続きを待った。ふと、目線の端に、田辺が心配そうな顔をしながらこちらを見ているのが映った。その他には、すでに誰もいない。
 冷たい風が、舞の頬にかかる髪をそよがせる中、指揮官は続けた。
「熊本を手に入れない限り、たとえ周囲を征服しても、幻獣側は安心して本州へ侵攻することができない。だから、我々が熊本に九州のほぼ全軍を集結させたとなれば、必ずこれを叩きにやってくるはずだ。千載一遇のチャンスだと考えて――。が、それを迎え撃つのは、相手の思惑を越えた戦力だ」
 それが、完璧な計画であるがごとくに言う指揮官は、冷ややかな瞳をしていた。その視線を真っ向から受け止めて、舞がたずねる。
「それでは、再配置の答えになってはおらぬ。数を減らしたいのなら、数字の上でだけ削ればよかろう。それをなぜ、いったんそれぞれの所属から引き離し、まったくもってバラバラなところへ置く必要がある?」
 その質問への答えは、舞の想像を超えていた。





「シミュレーションの結果だ。今までの戦績を計算し、どのパーツも平均的な力量にしてある。それと――、数ではない、戦力だ。各隊のもっとも強力なカードを抜いてあるからな。単純に、数だけではじき出すなら、遥かに多くを抜く必要があるだろう。昨年、我が軍が負けたのは、戦力評価という数値を考えていなかったせいだ。馬鹿正直にそのまま展開配置などするから、あのようなことになる。ま……、同じ場所で勝てば、我が軍の士気は30%上昇するという予測になっているから、それを考えれば、あの会戦も無駄ではなかったということにもなるが」
「……」
 呆れて物も言えない舞に対して、指揮官は侮蔑の表情を向けた。
「本来、このようなことは、おまえのような兵士に話す必要はない。だが、トップエースには、一応は……、敬意を払おう」
 そうして、言外に、感謝しろという意思を込めて告げた後、踵を返してさっさと歩き去って行った。




「5割以下どころではない……」
 絞り出すような声でつぶやいた舞のところへ、田辺がゆっくりと近づいて来た。
「舞……? 他のひとたちは、みんな行ってしまったけど……。私たちもそろそろ――」
 心配げなその声を、しかし、舞はほとんど聞いていなかった。






 確かに、昨年の会戦で負けたのは、幻獣側の総数が1400万であるのに対し、人類側が48万ということに原因があったのかもしれない。このときも、人類側は、今と同じ場所で鶴翼の陣を敷いていた。
 この陣形は、相手側よりも圧倒的多数を持つ兵力でなければ、元から意味がない。だから、負けるべくして負けたとも言える。その点から見れば、あの作戦指揮官の考えも、あながち無理なことではなかった。が、古来、常勝の基本と言われるこの陣形を取ったもののうち、一敗地に塗れた軍隊がどれだけいることか――。
 鶴翼の陣には、たとえ、敵より遥かに勝る兵力を要していたとしても、それを無にされてしまうほどの大きな欠点があるのだ。その弱点を突かれない保証は、どこにもない。しかし、あの口ぶりでは、それについては、まるで想定していないかのようだった。となれば、その対策を考えてはいないだろうとも思える。
 そして、何よりも舞の心に突き刺さったのは、指揮官が、兵たちを人として見なしていないことだった。
「カードだと……?」
 兵士たちは、一人一人生きている。そのことを、まったく視野に入れていない考え方には、呆れるを通り越して、寒気さえ覚えた。
 もちろん、芝村の一族とて、似たような考えであると言えなくもないことは、舞にもわかっていた。が、人はやはり人なのだ。それ以上のものでもなければ、それ以下でもない。人であるからこそ、誰かを大切に思う心があり、そして、誰かを守るために銃を取る――。そのことを、芝村一族は忘れたことはないはずだった。





「舞……?」
 重ねて田辺が声をかける。それに、ようやくという感じで、舞は振り返った。
「真紀――。我らは、勘定に入っていないそうだ」
 指揮官との話をそのまま伝える気にはならなかったから、それだけつぶやく。
「勘定って? そういえば、数に入ってないって、あの指揮官が、さっき……」
「そうだ。だから、たとえこの戦いで死んだとしても、ウーンズ・ライオンなど、とても出ないだろう。まあ、あんなものを渡されても、受け取ってくれるような身内はいない――」
 言いかけて、ふと、舞の脳裏に優しい微笑を伴った顔が浮かんだ。全軍図によれば、とうに左翼側に配置を済ませているはずの、5121小隊の中にその顔はある。
「遠いな……」
 小さな声が、舞の口元から漏れた。
「え?」
 聞き返す田辺に向かって、舞は言った。
「いや、なんでもない。我らは、右翼だな。さ、行こうか」
「う、うん……」
 うなずいて、田辺が歩き出す。
 乗り込む前に、士魂号にはウォーミングアップが必要だ。が、全軍スタンバイまでの時間は、さほど残されていなかった――。




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