Promise





 ハンガーの中は、常にも増して、慌ただしいものとなっていた。
「予備部品の確認は済んでる?」
 整備主任の原が、てきぱきと指示を出している。
「はい、終りました。これから、補給車への積み込みチェックをします」
 手にした書類を眺めつつ、森が応えた。
「そう……。なんとか、間に合いそうね。ふぅ……。あっ、ちょっと――」
 森の返事を聞いて、一息ついたといったところだった原は、ハンガーへ入って来た舞と田辺を見つけて声をかけた。
「なんだ?」
 足を止めて聞き返す舞に向かって、原が続ける。
「3番機用に、特に用意したいものがあれば、今日中に言ってちょうだい。今回、あなたたちだけは別部隊へ配置になってるから。あちらへ、届けておくものがあれば、言ってもらわないと――。もう……、あまり時間がないわ」
「わかった。二人で相談してから返事をする」
 舞がそのまま歩き出そうとすると、原はさらに言った。
「ねぇ? どうして……、あなたたちだけ、別行動なの?」
 やや首を傾げながらたずねるその姿を、脇に立っている森が黙って見返す。それは、自らも同じ疑問を持っているのだと、言外に伝えるものだった。
「さあな、私にもわからぬ。わかるのは――、必要とされているのは、我らではなく3番機だということぐらいだな。あのとき、速水は言ったろう? 複座型は別配備だとな。我らの名を上げたわけではない。中に誰が乗っていようが、関係がない命令だということなのだろう。だから――」
 あごに片手を当てながら答えた舞は、続きの言葉を飲み込んだ。そのまま黙ってしまったのを、原が促す。
「だから……、なに?」
「……。あ、ああ。だから、そうだな――、ミサイル倉は多めに積んで欲しい。それが一番、必要なはずだ」
「あら、そう。わかったわ。それじゃぁ、その他にもあったら、言ってちょうだい」
 ミサイル装備の人型戦車――、それこそが3番機の特徴だったから、舞が答えるまでに要したわずかの間について、原は気づかずに、それ以上はたずねることもなく、軽い微笑とともにうなずいた。
「頼む」
 言い置いて、舞は田辺とともに2階へと続く階段を駆け上がった。





 1番機、そして、2番機の前を通り過ぎて、二人は3番機の前に立った。コックピットの扉が開いていて、その内部が見える。
「えっと……、接続の確認からすれば、いい?」
 前部シートへ座ろうとしながら、田辺が聞けば、舞は黙ったまま何も言わなかった。
「舞……?」
 いぶかしげに呼びかける声に、ハッとしたように、舞が応える。
「――っ。そ、そうだな。では、私は照準装置を見る」
 言いつつ、舞は後部シートへと腰を降ろした。そして、ぽつりとつぶやく。
「真紀……。そなた――、夢があるか?」
 聞かれて、すぐにも接続状況を見ようと思っていた田辺は、その手を途中で止めて、後ろを振り返った。そこに見たのは、およそ普段の舞らしくない、翳りを帯びた瞳だった。
「夢……? 何の?」
「あ、いや……。その――、将来の、だ」
「将来?」
 いきなりどうしたのかと思って、田辺は聞き返した。すると、舞は小さな声で言った。
「以前、壬生屋が……、いつか編み物を覚えて、子どもたちにそれを教えたいと言っていたな――」
「……」




 壬生屋未央――太刀を士魂号の両手に装備し、敵陣の奥深くへ踏み込んで、たたき切ることを得意としていた彼女――は、もういない。自然休戦期を見ることなく、阿蘇の地で果てていた。
 突撃を繰り返すその戦いぶりから、常に搭乗する士魂号は傷だらけになっていて、整備士たちの間でも、いつか本人の身体そのものが大けがをするのではないかと、うわさになっていた矢先のことだった。重装甲の中に納まっているからといっても、それとて、絶対の障壁にはならない。最後に、彼女は身をもってそれを証明した形になったのだ。





 その壬生屋が死ぬ少し前に、5121小隊でキャンプに出かけたことがあった。いまだ春先だというのに、行き先が海辺になったのは、誰の発案だったのか、よくわからない。が、それは、戦闘に明け暮れる日々のすき間をぬった、わずかな時間ではあっても、楽しいひとときであったのだ。
 そうして、戦争が終ったらどうするという話になったのは、みんなで昼食をとったあとのこと――。口火を切ったのは、若宮だった。
 空は青く澄んでいて、風は軽く、その中で満たされた食欲のせいか、のんびりとした気分が、その場を支配していた。
「戦いがない日というのは、いいな。こんな日がずっと続くといいんだが……。戦争が終れば、そうなるだろうがな。もし、そうなったら――、ビルの清掃会社でも始めたいよ、俺は」
「ビルの清掃会社っすか?」
 らしくないという表情を浮かべて、滝川が聞く。
「笑うなよ。今までずいぶんいろんな物を壊しながら、殺し合いをして来たんだ。それをせずに金が貰えるなら、これほど幸せなことはないさ」
 スカウトとして、自らの持てる力と技のみで戦場に立ち続けてきたものだからこそ、その言葉には実感が籠っていた。ただし、その言い様には暗い響きがなく、穏やかなものだったから、まわりにいたものたちも、誘われるようにして将来の夢をぽつりぽつりと語り出した。
「私……、編み物を覚えたいですわ。子どもたちを集めて、手芸の先生なんてできたら――」
 およそ、女性らしい趣味とは無縁でいるような壬生屋が、そう言ったとき、誰も笑うものはなかった。すでに、日ごろの行動からすれば、あまりにもらしくないとも言える、将来への希望話が続いていたせいかもしれない。





「結局――、壬生屋は、あの夢を手にすることはなかった……な」
 舞のつぶやきに、田辺は、わずか16で死んだ少女のことを想う。
 最後まで、その行動は潔いものだったのだ。
「お先に失礼します」
 ただそれだけを言い、彼女は戦場に散った――。
 あのとき以来、1番機には石津が乗っている。それゆえ、衛生官不在となった小隊の掃除や洗濯は、みなで分担することになったし、指揮車のほうは、茜が乗り込んでなんとか銃座を動かしている状況だった。先程、田辺が洗濯をしていたのも、そういった事情からだったが、それにしても――。なぜ、半年も前に死んだ壬生屋の話を、舞が急に言い出したのかが、田辺にはわからない。
「あ、あの……、いきなりどうして? 壬生屋さんの話を?」
 たずねれば、舞は、すっと瞳の色を強くした。
「真紀……。真紀はあのとき、何も言わなかったな? 真紀の将来の夢は、なんだ?」
 突然鋭い眼光で聞き返されて、田辺は戸惑った。
「え、ええっ!? わ、私の、夢?」
「そうだ。そなたにも、将来の夢があろう?」
「う、うん……。あるけど――。でも、なんで突然……?」
 さらにたずねる田辺から、視線をふと外して、舞は言った。
「それがあれば――、戦いから必ず戻れるだろう……と。そう想っていたのだが、あっても戻れなかった壬生屋のことを、急に思い出したから――。なぜだろうな。わからぬ。が、とりあえず、真紀に夢があるのなら安心した。今度の戦闘は、厳しいものになるやもしれぬ。でも、大丈夫であろう」
 最後には、にっこりと微笑んだ舞の顔を見て、田辺はふとした思いつきでたずねた。
「ね? 舞は? 舞もあのとき、何も言わなかったでしょう?」
 すると、舞はギョッとしたような表情を浮かべる。
「な、なな、何? わ、私の夢だと? そ、そのようなことは、どうでもいいことであろう!?」
 その反応が、とてもかわいらしいものに、田辺には見えた。




 3番機にともに乗り始めた頃には、まったく思いもよらなかったことだが、舞は唐突に幼い少女のような表情を浮かべるときがある。
「そなたが、一番真面目そうだからな」
 速水が司令となり、空きが出来た3番機の相方に誰が座るかを、舞自身が準竜師に陳情したのだと、辞令を受け取った後に、田辺は本人から聞いた。
「わ、私でいいんですか?」
 常に自信にあふれ、尊大とも受け取れる態度を示す舞の目前で、やや気遅れしつつ聞いたとき、戻った返事がそうだったのだ。
「整備士として配属されながらも、士魂徽章を手にしたではないか? 真面目な証拠だ」
 言われて、それは買いかぶりだと、田辺は感じた。
 資格や技能を取るという点だけから見れば、確かに真面目に見えるかもしれない。が、しかし、それは、田辺にとっては生活のためなのだ。




 軍隊というのは、人材への先行投資を行い、それを回収することを常とするものだから、無料でさまざまな資格取得をさせてくれる組織だという、側面を持っている。学兵だからこそ受けられる、資格取得援助――。
 技術を身につけていれば、いつどこへ行ってもなんとかやっていけるかもしれないという理由で、田辺はひたすら取り組んだのだ。その結果、どのような部署に配属されてもこなして行けるほどの、技術持ちにはなっていた。無能であることを理由に、首を切られることはない――、そうなったら、明日の生活費にも事欠いてしまう――から。
 舞は、そうして取り組む姿を見て判断したのだろうが、その裏に、生活基盤が危ういためだという理由があることは知らないのだろうと、田辺は思った。そして、このときは、そこまで説明する気にはなれなかったのだ。
 しかし、複座型士魂号のパートナーともなれば、二人がともに過ごす時間は、当然のことながら長くなる。
 ときには、二人きりでお弁当を食べたり、全壊寸前まで追い込まれた3番機の故障箇所を徹夜で修理したり――。
 舞は、田辺が他人と関り合いを持たないようにしている理由を知り――このとき舞は大けがをしたのだが――、田辺も、舞の中に潜む生来の優しさを知り――。いつしか、二人は互いを名前で呼び合うようになっていた。
 そうした中で、自分は芝村一族のものであるという意識が、舞にとっては、まるで鎧のようなものだということを、田辺は気づいた。本来の舞は、多分、なんら特別な存在ではなく、一人の普通の女の子なのかもしれない。
 今、目の前で頬を染めている姿からも、それを感じて、田辺は首をやや傾けながら言った。
「少し、聞いてみたいって思って……。舞の夢は、どんなものなのかなって。今まで聞いたことがなかったし……」
 すると、一瞬息を飲んでから、舞が応えた。
「――っ。料理好きな……、かわいい奥さんだ」




 それは、舞のことを、戦場を駆け巡る類いまれなガンナーとして眺める限りは、信じがたい言葉だった。そのような人間としてしか、舞を見ないものからすれば、聞いた我が耳を疑い、その場で吹き出しかねないほど、違和感があり過ぎる。が、田辺は笑わなかった。それが舞の本質だろうと、田辺には想えたから――。
「そうなのね。なれるといいね。ううん、きっとなれるわ。そう思っている限り」
 ふわりと優しく微笑む姿を見つめ返して、舞がつぶやく。
「笑わぬのだな、真紀は。私に似つかわしくないと、言うかと思ったのに……」
「どうして? 笑ったりしないけど? だって、それが舞の夢でしょう? それを笑ったりするなんて……。もしかして、笑う人――、いた……?」
 田辺が聞けば、舞は表情をやや堅くした。
「……」
「そう……。で、でも、そういう人がいたかも……しれないけど、だけど……、大事なことは、まわりの人がどう言ったかなんてことじゃ、ない……でしょう? 重要なのは、他人がどう思ったかじゃなくて、自分がどう思うか、じゃない?」
「そう……かな」
「うん。今日はまだ駄目かもしれないけど、明日なら実現できるかもしれない、自分がそれを忘れないなら――。そんなふうに思うから」



 告げる田辺の髪は青く輝いていて、瞳に浮かぶ穏やかな光とともに、舞の中に鮮やかな印象をもたらした。
 そして、田辺は――。
 このときの会話を、後々まで忘れることはなかった。




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