Promise
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| 「……俺だ」 直通回線の画面に現われた芝村準竜師を見返して、舞は応えた。 「従兄弟殿、私だ」 普通の兵士なら、自らの所属と階級を名乗り、その後で用件を切り出すべきものであったが、舞が準竜師に向かってそのような気づかいをしたことなどない。挨拶抜きで、いきなり用件に入るのが常だった。 「なんだ?」 「5121小隊の扱いの件だ」 舞のややぶっきらぼうな言い様に、準竜師は軽く笑う。 「くく……っ。ずいぶん、簡単に言う。傍受されている可能性は考えぬのか?」 が、舞の答えは辛辣だった。 「たわけたことを――。このような話を電話でやれとでも? 直通回線を傍受されるようでは、芝村とは言えぬであろう? 違うか?」 「そう怒るな」 準竜師は、ひらひらと片手を振りながら、いなすように応えた。そして、さらに続ける。 「それより、その部屋はロックされていないはずだがな。そちらのほうが、よほど不用心だとは思わぬか?」 「今は誰もおらぬ。各自、持ち場の一斉点検の最中だ。あのろくでもない命令のせいで――」 忌々しげにつぶやく舞の言葉を遮るようにして、準竜師は低い声で言った。 「我らとて、全能ではないということだ」 「――っ。やはりそうか?」 「ああ、そうだ。軍部も我らの一枚岩というわけにはいかぬことぐらい、知っているだろう。この作戦命令は、そういうところから出ている。まあ、九州軍参謀本部内でも、意見が割れていたんだがな――」 「――が、結局実行されるということか……。勝率は?」 眉を顰めながらたずねる舞に返された声は、冷たい響きを持っていた。 「絶対勝てると思っているのだろうよ。でなければ、奏上したりはせぬだろう」 「相手がどう思っているかなど、聞いてはおらぬ。私が知りたいのは――」 いらだちを募らせる舞をなだめるかの如く、準竜師は言った。 「まあ、いいから聞け。勝てると思う判断の元、実行に移されるのが作戦だ。最初から負けるかもしれないと考えられる戦いに、臨むものなどいない。そういう意味では、予想される勝率は、常に10割だ。だがな――、俺の思うところ、今回の作戦の勝率は……、5割を切る」 言い方があまりにも淡々としていたから、それはよけいに冷ややかに聞こえるものだった。思わず、舞が息を飲む。それでは、負け戦になる可能性のほうが、遥かに高いということだ。 「――っ。5割以下……だと? そんなものをなぜ……!?」 すると、準竜師は軽く笑った。 「ふ……っ。だから、だな。勝てば、それはそれでよいことであるし、負ければ、責任を取るものが必要だ」 聞いて、舞の手がやや震えた。 「兵士はその捨て駒か? 従兄弟殿?」 「俺は芝村だ。それ以外のものにはなれんよ」 それは、準竜師にとってだけではなく、そもそも以前の舞にとっても、ごく当たり前の考えではあった。 名もなき兵士たちが何人死のうと、一々それにかまってなどいられない。守るべきは人類全体であり、やがて一族が手にする予定の世界である。それの前では、他の全てのことは後回しにされて当然だった。無能な作戦によって、政敵と呼べるものたちが勝手に滅びるのであれば、手間が省けることでもある。 が、しかし――、実際に戦場へと赴く兵士たち一人一人には、彼らなりに追い求める幸せがあるはずだ。それを踏みにじり、死地へ向かわせることが果たしてよいことなのか。その資格と権利をいったい誰が持つというのだろう。 にらみつけるような視線を向けた舞へ、準竜師は軽くつぶやいた。 「少し……、変わったな。あの男のせいか――」 目を細めてつぶやく準竜師の言葉に、舞の頬が染まった。 「な、ななな、なんだ、いきなり。そ、それとこれとは関係ないであろうっ!?」 その言い様は、年相応――、いや、実際の年齢よりもさらに幼い。それを眺めて、準竜師は軽く笑った。 「ふ……っ、あの男は相当変わっておるからな。前に一度たずねたことがある。芝村に連なるものとして、欲しいものがあるのなら力になるから、望みは何か……とな。そうしたら――」 準竜師がそこで黙ってしまったので、舞は表情をあらためて聞き返した。どういう返事をしたのか、とても気になる。 「……。なんと言った?」 すると、準竜師はにやりと笑った。 「自分で本人に聞け」 意地の悪い笑顔を見せられ、舞が絶句する。 「――っ」 たずねても、とうてい返事が聞けるとは思えない。 そもそも、相手は常日ごろから無口な人間なのだ。黙って口元に微笑を浮かべて、それで終りにされそうな気がする。それなのに、本人に聞けなどと言われては、準竜師にからかわれているとしか思えない。 そうして、むっすりとした表情を浮かべた舞を見つめ返して、準竜師が告げた。 「まあ、いい。そんなわけで、再編成されるのは、5121小隊だけではない。むしろ、逆だな。ありとあらゆる部隊が再編成される中で、例外は認められんというわけだ。そして、勝率が低いからこそ――」 言葉の続きを舞は引き取った。 「――低いからこそ、もっとも分が悪いところを引き受ける……。芝村ならば、当然だ。戦いを他人まかせにして、高みの見物をする気にはなれぬ」 その言い様には、先程の顔を赤らめた少女の面影はすでにない。 「ふ……っ、そういうことだ。戦術で勝てても、戦略が負ければそれまでだということが、わからぬものもいる。が、戦術での勝利を、ないがしろにはできないだろうな」 満足そうに笑う準竜師に向かって、舞は続けた。 「できれば、単座に乗りたかったが、これはどうしようもないのであろう……。ならば、仕方がない。守れるだけ守ってみせよう」 「舞――、お互いの武運を祈ろう……と言えばいいか?」 本気で勝利への祈りを奉げているようには見えない、準竜師である。舞のほうも、それを軽く受け流した。 「そのような言葉は必要ない。それよりも、この作戦が終ったら、休暇をもらう」 「よかろう。好きなだけ休むがいい。戦いが終った後を思い描くことができてこそ、芝村だ」 通信回線は、小さな音を残して切れた――。 建物の外へ出ると、あたりは明るい日差しに包まれていた。空気がやや冷たくは感じるものの、穏やかな晩秋の気配だけを見れば、これからの戦いを想像するのは難しい。 そうして、隊員たちが、忙しそうに走り回っているのを見ながら、自らもハンガーへと足を向けた舞の目の前に大きな布が降って来た。 「あ、ああ――っ。ご、ごめんなさいっ」 見上げれば、田辺がプレハブ校舎の屋上から叫んでいる。 「なんだ? 洗濯物か?」 足元に舞い落ちた布を取り上げながら、つぶやいた。 「い、今、取りに行くから。え? あっ?」 覗いていた田辺の姿が、突然消える。どうやら、転びでもしたのだろうと考えて、舞はプレハブ校舎の屋上へと向かった。 屋上へたどり着いて眺めれば、田辺はシーツと格闘をしていた。 「何をやってる?」 近づいて声をかける舞に向かって、田辺がため息をつく。 「ふぅ……。お天気がいいから、洗濯をしようと思ったんだけど……。か、かえって、汚れ物が――、増えてしまったみたい」 うつむき加減でつぶやく姿にともなって、青いおさげが風に揺れる。その姿を見て、舞の心はなごんだ。 先程の、準竜師との会話で生まれたいらだちが、徐々に鎮まって来る。 田辺は、いついかなるときでも変わらない。確かに、他の隊員たちが言うように、これでよく無事で生きていると言わんばかりの不幸な目にしょっちゅう会っている。それでも――、決して、そのひたむきさを失うことはない。常に前を見て、生きているのだ。 今も、他の隊員たちが駆け回っている最中、のどかに洗濯物を干そうとしている。今までとはまったく違う展開になるかもしれない戦いを前に、特別に身構えたところは見られない。 「いくら……、我らのみが別行動で、まだ時間の余裕があるとはいえ、洗濯とは、な。まあ、よい。手伝うから――」 言いながら、舞は田辺の周囲に散乱しているものを集め始めた。 「あ、ありがとう。すぐ終るから。そうしたら、ハンガーで調整したほうが、いい……でしょう?」 青い瞳がまっすぐに舞を見つめる。 「そうしよう」 速水が司令に移動してからずっと、3番機へともに乗り込んで来たパートナーに向かって、舞は応えた。 |
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