Promise
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| 「ふぅ……っ」 ふと目を上げて、田辺はため息を一つついた。何気なく、壁にかかっている時計を見て驚く。 「もう、こんな時間!?」 かれこれ2時間近く、書類を眺めて過ごしていたことになる。 この通信室は、田辺の専用事務室と化しているようなところだった。規模が小さいこの部隊内で、事務仕事専用の部屋が用意されているわけもなく、また、置かれている机にしろ椅子にしろ、座って書類に向かうことができればそれでいいと言わんばかりの代物だったが、仕事をするのに、調度品の優劣を考えても意味がない。要は、成果が上がれば、それでいいと田辺は思っていた。 「はぁ……、夢中になると、つ、つい時間を忘れちゃうくせは、なんとかしないと……」 机の上に走っている、傷痕を眺めながらつぶやいて、立ち上がる。そのまま窓辺に向かい、外を見た。それから、そっと片手を伸ばして、戸を少しだけ開ければ、初冬の夜風がひやりと室内へ流れ込んで来る。頬を打つその冷たさに、目の覚める思いがした。 そうして、空を見上げると、輝く星々が目に入る。 「舞……」 小さなつぶやきが、田辺の口から漏れた。 舞が疲れているのだろうと、感じるようになってからかなりたつ。 イレギュラーとも言える、この小隊が発足してから、すでに2年近い。戦況は膠着状態が続き、人類側も幻獣側も一進一退を繰り返していて、その分、小競り合いのような戦いはとどまるところがなかった。いつ終るとも知れない戦争は続き、そして、人は疲れて行く。 もちろん、舞が弱音を吐くことなどあり得なかった。目的を果たすまで、決してその足を止めようとしないことも、田辺にはわかる。が、ここのところ、舞が搭乗する人型戦車の損傷率は、以前に比べて激しさを増す一方だ。戦車にもパイロットにも、休みが必要な時期が来ているのかもしれない。が、それを言っても、舞は聞く耳を持ちそうになかった。 せめて、指揮車に乗ってくれたらとは思う。専任の運転手がいる指揮車は、人型戦車のコックピットに納まり、自ら動かしつつ戦闘をこなすよりは、身体そのものへの負担は軽いはずだ。しかし、舞は決して指揮車には乗らない。 ――それでも、指揮官かっ!? 叫んだときの燃えるような瞳と、頭上に現われたスキュラの大軍――。 そうして、地上に落とされた真っ赤なレーザーの洪水――。 その光景は、今でも鮮やかに脳裏によみがえる。それは、その後に続いた出来事と相まって、これからも忘れることはない。 ――軍のコンピューターにアクセス……した 星を眺めながらつぶやいた姿を、今の舞の中に見るのは難しい。それほど、気を張っているのだと思えた。 日常の司令業務をどんなに補佐しようとも、戦場でのあの戦いぶりをあらためない限り、真実、舞の身体が休まる時はない。真っ先に最前線に立ち、その後、たとえ、自らが搭乗する人型戦車が全壊寸前まで追い詰められたとしても、舞が戦場から立ち去ることはなかった。一人でも、隊員がそこに残っている限りは――。 そうしたやり方を続けていては、いずれ限界が来るだろうことは想像がつく。先月より今月、先週よりは今週と、舞の疲労が回復する度合は低くなっていくような気がした。 「ううん。だ、大丈夫よ。頑張ってるんだから。明日はいい日になるから、きっと」 誰ともなく言ってから、田辺は窓を閉めた。 再び事務机に向かい、明日陳情する予定の補給物質のリストアップをする。足りないものはいくらでもあり、要請できるものは限られていた。その状況は、2年前と今とで少しも変わりがない。 「そんなこと、ない」 頑張ってる分だけ、いつか状況はよくなるんだからと、自らに言い聞かせながら、ノートのページをめくろうとしたとき、伸ばした手が、脇に積み上げてあった未整理の書類束にぶつかった。 「あ、あ……っ」 どさどさと音を立てながら見事に崩れ落ちる紙類は、受け止める隙もなく、床の上に散乱した。椅子から立ち上がり、それを拾い上げようとした手が止まる。ふと、以前にも、同じように書類をかき集めたことを、田辺は思い出した。 「……」 2年前、秋の終り――。 今、目の前にある紙の束は、あの日と同じ白さを持っていた。 |
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――1999年、11月。 「えっ!? 分隊する?」 速水が隊員たちを招集して、その旨を伝えたとき、みな一様に驚いた。 元から、5121小隊は、人員が少ない。員数外の学兵として、遊軍扱いのまま、夏前までの熊本防衛戦を過ごし、自然休戦期の後も正規の師団に組み入れられていなかったから、一向に人材が増える気配はなかった。それを分けるとなれば、驚くのも無理はない。 尚敬高校の敷地内に作られた特別戦車学校への新規入学生が来るのは、来年の春――。それまでは現状のままというのが、夏の終りにあった、軍からの通知でもある。 「授業カリキュラムをこなしつつ、実戦配備をするというのが、意外と効率がいいということにでもなったんだろうな。おまえたちの戦果を見て。しょせん、戦争っていうのは、物と人の一方的な消費に過ぎないし、それをいかにうまくやるかを考えるのが軍隊ってもんだ。ま、あきらめろや」 秋からも引き続き、授業が行われることを告げたあと、「また授業かよぉ」という、一部のやや不満そうな顔を見回しながら、本田はそう付け加えた。 「いえ、元から、戦車学校の修学期間は半年ですしね、卒業後の1年間は修練期間となっているんですから。夏前のあり方が、本来から見ればイレギュラーだったんですよ。でも、いくら評価があったとはいえ、さすがに非常事態宣言が解除されていない今はまだ、修練期間を1年に伸ばすのは無理なようです。来年の春には、新学兵がやってきますから、それまでの間ということですね」 坂上が、本田の脇に立ちながらそのように告げてから3ヶ月――。 春たけなわのころ、善行が関東に帰還したとき、その後を継いで小隊司令になっていた速水は、戦車学校へやって来たときと変わらぬ、人の良い笑顔を浮かべながら、隊の再編成を言い渡したのだ。 「どうしてだ?」 ざわめきが納まる前に、舞が聞き返せば、「よくわからないんだけどね。上からの指示なんだ」と、やや下を向きつつ速水が答える。 「指示?」 「うん。この前、善行さんはもう一度、関東へ戻ったよね?」 確認するかのように言う速水へ、みながうなずき返す。 かつて、この小隊の司令官を務めていた善行は、8月に2万名の部下を引き連れて九州へ戻って来た。そうして、熊本を足がかりに、九州全域への進撃が開始され、いったんは陥落した福岡や鹿児島、そして宮崎を奪還できたことは記憶に新しい。 しかし、九州の勢力地図が塗り変わるのを待っていたかのように、今度はごくまれにではあっても、関東地方で幻獣が見受けられるようになった。そのように、首都を抱える関東に幻獣が現われたことは、政府の態度を一変させた。いわく、九州の幻獣勢力を鎮圧した善行への、即刻帰還命令である。 ――こちらの火を消せば、あちらということですか……。再会できてうれしかったですが、そうも言っていられないようです。私はもう一度、関東に戻らねばなりません 5121小隊へ向けて通信回線を繋いで来た善行が、そう言って回線を切ったのは、一ヶ月ほど前の事だった。そして、連れて来た配下の隊員すべてを九州に残して行くわけにもいかなったのだろう、一部だけを残存部隊とし、善行は再び関東へ帰還したのだったが、人類側の配置人数が下がったとたん、幻獣側はじわりじわりと九州各地での勢力を盛り返しつつあった。こうなると、戦況は、互いの数のしのぎ合いに陥っているのと変わらない。 「あの後、最近になってやってきた熊本の司令官からの命令なんだよ。いずれ一気に攻撃をかけて現状打破するからって――、そのときには……って、そう言ってた。だからさ、今すぐっていうわけじゃないから。でも、それに備えて方針だけは先に決めておかなくちゃ――」 にっこりと笑いながら、速水は指示を伝えた。 |
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