Promise
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| 最初の驚きがどうにか納まった後で、取り敢えず、田辺は小さな簡易式の椅子を目の前の相手――来須銀河――に勧めた。それに腰を降ろした来須は、この2年の間に何をしていたのかを、聞かれるままに静かに答えた。 この小隊へ来たからには、一刻も早く舞に会いたいと思っているのだろうし、今まで何をしていたかということについては、他人が口を出す問題ではないとわかってはいたが、それを知りたいという気持ちを、田辺は押さえることができなかったのだ。 ――夢があっても人は死に、失くしても、生きている……ということか この言葉は、暁作戦が実行される前に複座型士魂号のコックピット内で見た、将来の夢をつぶやいたときの幼さの残る表情と対極をなして、今でも記憶に残っている。2年間も、舞にそんな想いをさせ続けていたことを、責めたくなるのは仕方がなかった。 そうして、田辺の質問に簡便な言葉で語る来須の物腰は穏やかで、それを見るかぎりでは、以前とは変わっていない。今纏っているものが、かつては身につけることがなかった軍服であるにせよ、中身は確かに、舞を愛している彼だった。 一通り話を聞いた後で、田辺はためらいがちに口を開いた。 「あ、あの……。最後に一つだけ……、いいですか?」 すると、来須は、先を促すかのように無言のままで首をやや傾ける。 「……」 「も、もし――。離れている間に、舞が戦場で死ぬようなことがあったら――、どうするつもり……だったんですか? そういうことは、考えなかったんですか? あ、いえ……。ご、ごめんなさい。私が口を挟むことではないと、知ってます。で、でも、舞は、あれからずっと――」 そこで、田辺は口をつぐんだ。暁作戦以後の舞の生きざまについては、一概に来須ばかりを責めることはできない。それを引き出してしまったのは、あの屋上での会話にも原因があるのだと思えた。 田辺の質問に、来須は一瞬だけまぶたを閉じた。それから開いた蒼い目が、青い瞳を見つめ返す。 「……。もしも、舞が死んだら――」 来須が言いかけたとき、いきなり通信室の扉が開いた。 「真紀っ! た、隊内のどこかに……。――っ」 ノックもせずに飛び込んだ舞は、座っている来須の姿を見て、息を飲んだ。 短い金の髪と薄青の瞳は、晩秋に尚敬高校の裏庭で別れたときと変わらない。鍛え上げられたそのたくましい身体も腕も、2年の歳月を経て、再び舞の目の前にある。あの頃は常にかぶっていた帽子が今はなく、素顔をそのまま晒していた。 無事であったのだという想いが納まると、やがて、怒りがふつふつと舞の中に沸き起こって来る。自然と、瞳が相手を睨みつけるようなものに変わった。 「……。司令の芝村だ。辞令が下りる前に、アポイントも取らず勝手にやってきて、断りもなく隊内をうろつくなど、感心せぬな」 「ま、舞っ。ちょ、ちょっと。あの――」 田辺が、あわてて声をかける。それを無視して、舞は来須に向かって言った。 「言いたいことがあるのなら、聞く。司令室まで来るがいい」 「わかった……」 応える低い声に、舞の身体がわずかに震えた。が、それを振り切るようにして、無造作に扉を開けて、外へ出て行く。 「あ、あの……。舞が怒るのも無理はない……です」 椅子から立ち上がって歩き出した来須に向かって、田辺が小さな声で言った。 「ああ」 短く答えた来須は、扉の前でふと足を止めて振り返った。 「さっきの質問の答えだが……。舞がもしも死んだらどうするかを、考えたことは――、ない」 「――っ。ど、どうしてですか? だって、そういうことだって、起こる可能性はあるでしょう?」 もちろん、田辺にしても、そのような想像はしたくないことではある。しかし、過酷な戦場から一歩も引かないような生活を送るかぎり、それはあり得ないことではなかった。それを事もなげに、考えたことがないなどと言われては、その生死に無頓着になっているかのような印象すら受ける。自ずと、田辺の声には詰るような響きが含まれた。 が、来須はさらりと言葉を返す。 「決まりきっていることを、あらためて考える必要はないからだ」 「え!? あ、あの……っ」 問い返そうとする田辺に向かって、わずかに微笑んだ後、来須は通信室から出た。 司令室に来須が入ったとき、舞は部屋の中央に立っていた。 「座るがいい」 長いすを指差しながら言うその表情に、怒りがある。来須は、促されるままに黙って腰を降ろした。しばしの静けさがその場を支配した後で、舞が立ったままで言う。 「従兄弟殿が言っていた――。この2年の間に、軍内部での我ら一族の立場は強まったのだと。それは、そなたの働きゆえだ、とも。居場所は……、関東だったのか?」 その声には、甘さのかけらも込められてはいなかった。瞳もきつい。それをまっすぐに見返して、来須は答えた。 「そうだ」 「なぜだ? そのようなことをする必要がどこにある? いや、もちろん、我ら芝村は、いずれすべてを手に入れるつもりだ、人類を守るために――。そなたも、私が選んだ相手であるからには、芝村には違いない。だが、連絡も寄越さずしていいという理由にはならぬ」 結局のところ、舞の怒りはそこへ行き着く。 来須が、軍内部へ入り込んだというのも、その背後には従兄弟の影があると思えた。いったんは、死亡者リストにあった名前を操作することも、一族の力を持ってすれば可能だとうなずける。が、それらが、自分の与り知らぬところで起きていたということが、舞には許せなかった。 「それが、条件……だった」 低い声での応えに、眉を顰める。 「条件?」 「そうだ。おまえとは、一切連絡を取らないこと。その代わりに、軍内部へのアプローチをフォローするというのが」 「な、なんだ……。それではまるで――」 つぶやきながら、舞は床へと視線を落とした。 今現在の生活は、暁作戦を経験したからこそのものだった。あの総指揮官を許せない気持ちは、根強く舞の心に残っている。 撤退宣言も出さずに指揮官が勝手に逃げ出した後、いったいどれほどの将兵の命が失われたか、測り知れない。そして、その想いと同時に、負け戦の可能性を事前に想像しながらも止めなかった一族のことも、刺のように突き刺さっていた。その考えもわからなくはなかったが、ならば、そうして人を死地へ赴かせただけの責任は取る必要がある。そう思ったからこそ、いつか必ず力を手にすることを望んだ。 その意思が産まれた下地は、総指揮車内での出来事にあったから、来須の生死には関係がないかもしれない。来須がずっと側にいたとしても、いずれにせよ、今と同じような生活になった可能性はある。が、来須が死んだと思ったからこそ、それには加速度がついたのだ。生きていると知っていれば、ここまで強くは望まない――、そのことをあの従兄弟は見通したのだと、舞は実感した。 しばらくしてから、舞は顔を上げて、来須を見た。 「わかった。そうして、そなたは――、私の気持ちよりも、自らが力を得ることを望んだのであろう。従兄弟殿と共謀してな」 「舞っ、俺は――」 言いかける来須の声を、舞は遮った。 「もう、よい。そのような話は、聞きたくはない。来須銀河という男は、死んだのだ、あの暁作戦で。が……、明日から、この小隊の副官だというのなら、それは仕方がない。指示は、田辺から受けるがいい。私は、そなたのことなど――、もう知らぬ」 そのまま、来須の返事を待たずして、舞はドアに向かって歩き出そうとした。が、その身体に向かって、来須がとっさに手を伸ばして、自らへと引き寄せる。勢い、ひざを着いた格好で、来須の腕の中に納まってしまった舞は、必死にもがいた。 「な、何をするっ。は、離せっ」 腕の中で暴れる小柄な身体を強く抱きしめながら、来須が舞の耳元で言った。 「舞……、今だけだ。聞いて、おまえが俺を許せないと言うなら、それでもかまわん。だから――」 その声に潜む切実な想いに、舞の抵抗がゆっくりと止んだ。 「……」 やがて、来須は、ぽつりと言った。 「あの日……、おまえの心音は消えそうだった――」 「心音?」 「ああ。集中治療室のガラスの向こう側……でな。あの戦場で――、何があったのかは、田辺の出した報告書を見せられたから、知っている」 誰がそれを来須に見せたのかは言われなくても、舞には想像がついた。従兄弟がそうしたのだろうと思える。 「それで?」 舞が先を促すと、来須はそっと瞳を閉じた。 「見知らぬところで、おまえが死にかけたことが、俺には――」 言いかけた来須の腕が、少しだけ震える。 「……」 「俺は、非力だが、勇気だけは持っているつもりだ。そして、勇気が役に立つときは、案外多いと思っていた。何か起きても、それに立ち向かう心があれば、どうにかなる……と。だがな、それだけではだめだと、あのとき思い知った……」 その声は、自らを責める色合いを持っていたから、舞はささやくようにして問いかけた。 「だから――、力を手に入れること望んだ……というのか?」 「ああ。どんな条件でもかまわなかった。おまえを守れるだけのものが、手に入るなら――」 来須の言葉は、舞の耳に染み渡るように響いた。 「……。一つだけ聞こう。そなたの見知らぬところで……と言うが、離れている間に、私が死ぬ可能性もあったであろう? そのときは、どうするつもりだったのだ!? 同じことではないか」 わずかな沈黙の後で舞が聞けば、来須はあっさりと言った。 「そのときは……、俺も逝くだけだ」 「――っ。な、なんだ、それはっ!? そのようなことをされては、私は迷惑だっ」 あまりにも軽々しく自らの決意を告げるさまに、舞はあわてた。そして、来須の腕の中から逃れようと、再びもがく。が、しかし、その身体は、あらためて来須に抱き寄せられた。 「舞……。俺の望みは、おまえを守ること――、それ以外にはない」 「銀……河……」 抵抗を止めた舞から、吐息のように漏れたその呼びかけに、来須がたずねる。 「キスしてもいいか?」 「たっ、たわけっ。そ、そのようなことをいちいち聞くなっ!?」 真っ赤になった舞の顎を捉えて、来須は言った。 「長い間、すまなかった。もう二度と……、離れない」 そうして、二人は二年ぶりに口づけをかわした――。 ややあって、すっと身体を離してから、来須が言う。 「おまえ……、痩せたな」 「――っ。い、いきなり何を言うっ!? わ、私は変わってはおらぬっ」 飛び上がるようにして舞が応えると、静かでいながら強い声が、その返事を否定した。 「嘘を言うな。おまえには休息が必要だろう。ここ最近の、士魂号の損傷率を見ればわかる」 「い、今、休みなど取れぬ」 「いや、明日から、この小隊は3日間の休暇だな」 決めつけるように言われ、舞の顔に憤りが浮かぶ。 「勝手に決めるな。司令は、私だ。副官は黙っているがいい」 「ふ……っ、上官の命令には従うものだ」 来須の言葉に、舞は眉を顰めた。 「な、なんだ、その上官というのは……?」 すると、来須があっさりと応える。 「今、俺は、準竜師だ。そして、明日付けで、この小隊は俺直属のものとなる。俺自身はおまえの副官でもあるがな」 「なんだと!? そんないいかげんな話があるかっ」 「もとから、芝村の力を使って発足させた小隊だろう。上官が一族内部でどう動こうと、周りから見れば変わらん」 「く……っ」 怒っている舞の身体を、来須はもう一度抱き寄せてから告げた。 「星を見に行く……」 その言葉に、舞の身体がびくりと震えた。 「――っ。お、覚えていたのか……?」 「ああ。俺は、約束を守る」 「……」 来須は、ふと微笑んでから、もう一度舞に向かって口づけた。 ――翌日、朝。 配属になって間がない少年は、今日付けで副官となる人物への、小隊内施設の案内をするために、まず司令室へとやってきた。 「失礼いたします」 声をかけてから室内に入る。眺めれば、そこには3人がいた。 「あら、ご苦労様」 穏やかな微笑を浮かべた田辺が応えると、今までに少年が見たこともないような表情で司令が言った。 「まあ、その、なんだ……。小隊内の案内は、もうよい」 「は、はい……」 戸惑いながら答える少年に向かって、田辺が声をかける。 「今日から3日間、臨時に休暇とします。最近、転戦が続いていたから、少し休養を取りましょう」 「はいっ」 なんだかいきさつがよくわからなかったが、降って涌いた休日を素直に喜ぶ年齢でもあったから、少年は明るく返事をしながら、黙ってその場にたたずんでいる副官の方を眺めた。 相手は、司令のことを見つめている。 その瞳が、とても優しいと、少年は思った――。 |
| (了) |
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