Promise


11


 ――再び、2001年11月、熊本。

 田辺はようやく、床に散乱した書類の束をすべてかき集めて立ち上がり、机のほうに足を向けた。
 必要なものはたくさんあったが、一度に全部の了解が得られるわけではないから、優先度を決めておかなければならない。それは、この2年近くというもの間、何度も繰り返して来た日常に過ぎなかった。





 暁作戦後、舞は自らが退院する前に、芝村一族の力を使って、異例の小隊を発足させた。熊本市郊外にある土地に置かれたそのささやかな基地で、司令に就任したのは、舞自身。通常なら、士官学校も出ていない10代の司令の存在などあり得なかったが、それは5121小隊のときでも同様であったから、さほど驚くべきことではなかった。そして、この新小隊が員数外の遊軍扱いとされたことも――。
 同じ頃、生き残った5121小隊のものたちには、それぞれに転属辞令が降りた。暁作戦において膨大な人員を失った軍部は、部隊再編成のために各地への欠員補充を行ったのである。5121小隊のように、それ単独で部隊を運営することが不可能な状況にまで追い込まれたところは多く、それらに所属していた兵士たちを、もう少し大きな部隊へ補充要員として送り込むことで、当座をしのぐ方針だった。
 こうして、1999年の春先に同じ兵学校へ入って以来、ともに過ごして来た仲間たちは、以後、別々の時間を歩むことになった。
 そういった中で、田辺が、芝村準竜師に呼び出されたのは、病院の屋上で舞と話をしてから数日後の事だった。いずれ、5121小隊が解体されることを告げた準竜師は、その後で言った。
「舞を助けてくれた礼を、まだ言ってなかったな。芝村を代表して、感謝する。……我らができうる限りのことはしよう。これ以上、軍に在籍するのが嫌なら、除隊を認めるし、転属先の希望があれば、言うがいい」
 田辺は、すぐさま聞き返した。
「あ、あの……。舞は、どうするつもりなのでしょうか?」
 そうして、準竜師から舞の考えを聞き、田辺は新小隊への配属を望んだ。自分が側にいても何もできないかもしれない。それでも、少しでも役に立つのなら、舞の力になりたいと願ってのことだった。





 新たに発足した新小隊が、実際の活動を始めたのは、2000年の春――。
 舞は、自身の決意を示すがごとく、勢力を盛り返していた幻獣側とそれに押され気味な人類側との激戦地ばかりを選んで転戦し続け、その結果、芝村舞の率いる小隊の名を知らぬものなど、軍部にはいないような状況に、今ではなっている。しかし、その生活には、やはり無理があると、田辺には思えた。
 あの日、病院の屋上でその身体を抱きしめたとき、舞が前を見て生きて行くことを願ったのは、嘘ではない。が、それがもたらしたものは、舞自身が生死の狭間を歩くような生き方だった。そのことに、田辺は深い悲しみを抱いていた。
 どんなに助けようとも、舞の心が癒されることはないのだという想いを何度も感じ、それでも、いつかきっと戦争が終り、舞が目的を達する日が来ることを心の底から願っていた。
「ともかく、早く片付けて帰らなくちゃ」
 明日もまた早いことを考えながら田辺がつぶやいたとき、通信室のドアが軽くノックされた。
「はい……? 開いてますよ、どうぞ……?」
 すでに、夜も遅くになっている。今ごろ、通信室を使うものなどいないはずだと思いながら応えると、ゆっくりと扉が開いた。
「――っ」
 中へ入って来た人間のことを見つめる田辺の手から、書類束が再び床へと落ちて行く。
 相手はそれを眺めてから、拾い上げるために腰を降ろした。その姿を見下ろす田辺の膝は、小刻みに震えている。
「う……そ……。な……んで……。だって……」
 言葉が、うまく出て来なかった。すると、無言のままで紙束を集めていた男は、立ち上がってそれを手渡しながら、静かに言う。
「舞は……、どこだ?」
 田辺は、込み上がるものをゆっくりと飲み干してから、ようやく口を開いた。



*****



「なんだ……、おらぬではないか」
 配属になってからまださほど時間が経過していない少年兵から連絡を受けて、司令室へとやってきた舞は、無人の室内を眺め回してからつぶやいた。見れば、誰のものともわからぬ手荷物だけが、長いすの脇に置かれている。
「どういう人間だ!? まったく。辞令が降りるよりも前にいきなりやってきて、今度は行方不明か……。迷惑なことにもほどがある。だいたい……、私は、副官など要求した覚えなどないというのに」
 現場のことを知りもしないくせに、人事に口を出そうとする軍令部の動きは、舞にとっては憎悪の対象でしかない。それは、あの暁作戦で刻み込まれた、拭うことのできない傷となっていた。
 しかし、こうして一人で文句を言っていても仕方がない。相手を探し出さなければと考えて、その名前も容貌も知らされていなことに、舞は気づいた。これでは、どうしようもない。
 隊内にはまだ人が居残ってはいたが、部下に向かって、「見知らぬ人間を見かけたか?」などとは、聞けるはずもなかった。その人物は、明日にはこの小隊の副官になることが決まっているのだ。その人間を、司令が探し回っているのでは、ぶざま過ぎる。
「ち……っ。手間のかかる」
 舌打ちしてから、舞はめったに使用することのない、従兄弟の私邸への直通回線を立ち上げた。
 そのようなものはいらないと、当初主張したにもかかわらず、万が一の事態に備えてということで、それはこの司令室に取りつけられた。扱えるのは、舞だけである。九州軍参謀本部内に、相手が24時間居続けるわけではないことは事実だったから、しぶしぶ了承したものだった。





「俺だ……」
 この2年の間に、準竜師から竜師に階級が進んだ相手は、すぐさま画面に出た。
「従兄弟殿、いったい軍部は何を考えているのだ? 名前も教えずに人を送り込んで来たかと思えば、そのものは行方不明だ。寄越すなら、もっとましな人間にして欲しいものだな」
 挨拶を抜き、不機嫌極まりない声で舞が言うと、竜師が眉を顰めた。
「なんだ? まだ会っておらぬのか?」
「当たり前であろう。配属辞令は、明日となっている。それより前に勝手にやって来て、どこかをうろついているらしい。探そうにも、名前も顔もわからぬではどうしようもなかろう。この時間では、軍令部に文句を言っても始まらぬし……。いったい、どういう容貌のなんという名前なのだ? そのものは」
 すると、竜師は、軽く笑った。
「ふふ……っ。そうか、相変わらず、おまえのことしか、考えておらぬようだな。だいたい、突然にと言うがな――。それは、おまえの乗る士魂号の損傷率が、ここしばらく異常に跳ね上がっているせいだぞ?」
 言われていることが、舞にはまったく理解できない。




 確かに、自分が乗る人型戦車の損傷度合は、ここのところその激しさを増してはいるが、今はそのような話をするために回線を繋いでいるのではなかった。そこで、「そのようなことは、関係なかろう」と舞が言えば、竜師はにやりと笑う。
「関係は、大有りだな。せっかく、2年近い時間をかけて、我が一族の軍部での力を増したというのに、あと一息といったところで、あの男がすべてを放り出したのは、おまえのせいだ。このままでは、いずれおまえが倒れると思ったのだろう」
「な……に……?」
 混乱する舞に向かって、竜師は続けた。
「言っておくが、これはあの男の望みだぞ!? けがをしたものを収容したら、ウォードレスの内側からWCOP章が転がり出て来て、その場にいたものは腰を抜かしたらしいが――。我ら一族に連なるものとあって、極秘裏に俺のところへ連絡が来たから、意識を取り戻したあやつに会ったところ、そう望んだのだ。まあ、そのときには、おまえのほうが、まだ予断を許さぬ頃合いだったがな」
 聞いて、舞の表情が徐々に険悪なものに変わる。
「生きて……いたのか? ならば、なぜ連絡の一つも寄越さない? この2年間いったいどんな想いで――」
「だから、それが本人の望みだと言ったであろう。今のままの自分では、おまえを守れない……、そう言っておったぞ。だから、守れるだけの立場を手に入れる――とな。まったく、考えているのは、おまえのことだけだ。芝村のものとは、とうてい呼べないようなありさまだが、結果として、軍部での我らの立場は強まったから、よしという――」
 舞は、もうその先を聞いてはいなかった。
 頭の中には、さまざまな感情が渦巻いていて、それを制御することができない。ともかく、会ってみないことには始まらないと思った。




 そうして、震える手で司令室の扉を開けてから、舞は外へと飛び出した。 




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