Promise
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| 田辺が尚敬高校の校舎裏を歩いていると、チャイムが聞こえて来た。時刻は、8時45分、本来なら朝のHRが始まる時間である。周囲をばたばたと走り抜けていく、女生徒たち――。その吐く息が、白い。12月に入って、季節は確実に冬となっていた。 「はぁ……。寒い……」 尚敬高校とは違い、自分にはHRなどないと思いながら、手に息を吹き掛けたところで、後ろから声をかけられた。 「よぉっ」 振り返れば、茜がゆっくりと近づいて来るのが見える。 「早いな。おまえだけだろ? こんな時間から来てるのは」 「おはよう。だ、だって……、他にすることもないし――。少しでも、何かできれば……って、思うから」 田辺の返事に、茜は小さく笑った。その額には、傷痕がまだ残っている。 暁作戦で負ったけがのせいで、しばらく病院にいた茜が退院して来てから、数日しかたっていない。傷が癒えるまでの時間はたっていないのだ。にもかかわらず、あの戦闘が遙か昔のことであるかのように、田辺には思えた。 そのまま二人で並んで歩きながら、茜がつぶやいく。 「まあな。身体を動かしていたほうが……、いいかもな」 「……」 田辺が何も応えずにいると、茜はぽつりと言った。 「僕は……、転属するよ」 「て、転属!?」 「ああ。入院してる間に、ずっと考えていたんだ。僕に何ができるだろうって、ね。速水司令が、最後に僕に言ったのは、政治家になれ――だったけど……」 そこで、茜は、一瞬だけ寂しげな微笑を浮かべた。それから、表情を変える。きりりと眉を上げるようにして、続けた。 「そんな先のことより、今できることをやる。この戦争に――、勝つんだっ。そのためには、今のやり方なんかやってちゃ、駄目なんだよ。僕なら、こんな作戦展開はしないぞ!? だから、作戦参謀にかかわれるようなところへ、転属願いを出したんだ」 「そう……。さ、寂しくなっちゃうね」 田辺には、それ以上言い様がなかった。 すでに、この小隊が、隊としての様相を呈していないにせよ、また一人人員が減るのだという想いが、身体の中を吹き抜ける。 5121小隊の指揮車が、あの戦いの最後に破壊されたときの状況は、茜の出した報告書を見せられたことによって、知っていた。スキュラのレーザーに焼かれ、ミノタウロスに踏みつけられた指揮車は、回収不能だった。だから、現在のところ、この小隊に指揮車両は存在しない。実際には、その運転手もいなければ、搭乗するオペレーターたちも指揮官も不在であるから、たとえそれを保有していたところで、意味はなかった――。 「生きてれば、またいつか逢えるだろ?」 茜は、軽く笑いながら言う。しかし、その瞳は、笑っていなかった。それほど、暁作戦の爪あとが深いのだと、田辺は思う。 身勝手な総指揮官が見捨てたあの戦場で、その後も続いて繰り広げられていた死闘が残したものは、あまりにも大きかったのだ。それは、当人がすでにこの世にいないからといって、相殺されるものではなかった。 それでも、生きている限りは、明日への望みがある。それは、田辺の信条であったし、だからこそ、たった1台だけ回収された人型戦車の修理を、たとえその乗り手が不在であっても、細々と続けて来た。 「そ、そうね。また逢える日が、きっと来るわね」 もう二度と逢えないとわかっているものたちに比べれば、それはどんなにか幸せなことなのだ。優しい微笑を浮かべて話をした、あの小隊指揮官の顔を思い出しながら田辺が応えると、茜は黙ったまま見返した。 「……」 「何? どうか……した?」 「芝村は……、今、どういう状態なんだ? だって、あいつだけだろ。まだ、入院してるのは――」 茜の問いかけに、田辺は小さな声で応える。 「もうすぐ、普通の病室に移れるみたい。この前行ったときに、看護婦さんがそう言ってたから。そうすれば、会って話もできる……と思う」 「ふーん。死ななかったんだな」 「茜くんっ!」 田辺が責めるような声を上げると、茜は真剣な瞳で言った。 「誤解するなよ。僕は、芝村自身については、なんとも思っちゃいない。だからこそ、思うんだ。死んだ方が幸せなことだって、あるだろうってさ」 「――っ。そ、そんなこと、絶対にないっ。ない……んだから――」 すぐさま否定し、それから祈るようにして、田辺はつぶやいた。 「そうかな……。ま、それは僕が決めることじゃないってことだけは、確かだな。ともかくさ、芝村が退院したころには、僕はここにはいないと思うし。全快したら、おめでとうの言葉ぐらい、伝えておいてくれよ」 茜はそれだけを言うと、走り去って行く。 「舞……」 田辺はつぶやいて、今日にでも、また病院へ行ってみようと思った。 |
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夕方遅く――、田辺は、舞の入院している病院へとやってきた。すでに、あたりはとっぷりと日が暮れて、ネオンサインが輝いている。 中へ入り、いつものように、身分と氏名を告げてから受付でたずねると、舞は一般病室へ移っていると教えられた。とは言っても、芝村一族の末姫が入るようなところであるから、直通エレベーターでなければ上がることができない、最上階にある特別室ではあったが。 厳重にガードされている最上階へたどり着いてから、田辺は再び自らの身元を示した。そして、まっすぐに伸びた廊下の突き当たり、左側にあるその病室を教えられ、ゆっくりと歩く。 舞と直接会うのは、暁作戦以来のことだった。話したいことは山ほどあり、同時にもっとも口にしたくないことも存在する。病室の前に立ったとき、ふと、髪をそよがせる風をわずかに感じて、田辺の手が頭に伸びた。 そうして、大きく一呼吸してから、扉をノックし、「舞……?」と声をかける。しかし、応えはなかった。そこで、田辺はいぶかしみつつ、中へ入ることにした。が、そこには、無人のベッドがあるだけだった。 「舞っ、どこ?」 病室とは思えないほど広々とした空間を見回しても、誰もいない。 ここにいると教えてくれたからには、ナースセンターでは舞の不在を把握していないと思える。すぐさまコールをしようとしてから、田辺は伸ばしかけた手を途中で止めた。この病室へ入る直前に感じた、少しばかりの風――。あれは、どこから来たのかを考えて、ハッとする。 「――っ」 今入って来たばかりのドアを再び開けて、田辺は左側を見た。そこにある非常口の電子ロックが外れている。こんなことができるのは――。 ナースセンターへ知らせようかと、一瞬だけ迷ったが、結局そのまま黙ってその扉のノブへ手をかけた。 開ければ、風が下から吹き上げて、青い髪を上へとたなびかせる。それに誘われるようにして、田辺は目の前の非常階段を昇り始めた。 上がりきったそこは、屋上だった。むき出しのコンクリートの床が、冬の空気を受け止めて冷えている。その中に静かにたたずむ人影は、歌を唄っていた。 ――それは子供の頃に聞いた話 誰もが笑うおとぎ話 ――でも私は笑わない 私は信じられる ――あなたの横顔を見ているから 田辺は、静かに近づいた。 「舞……?」 呼びかければ、舞は歌うことを止めて、ゆっくりと振り返った。白いガウンのすそが、夜風を受けてはためいている。 「真……紀……」 一般病室に移ったばかりの人間が、この季節に、パジャマの上にガウンを羽織っただけで、このような場所にいることがよいことだとは、とうてい思えない。だから田辺は、あわてて声をかけた。 「ど、どうして、こんなところに? 駄目よ、部屋に戻らなくちゃ」 しかし、舞は何も言わずに、夜空を見上げる。纏っているガウンの色のせいなのか、その姿は、かげろうのように儚げだった。 「舞……。ね? 病室へ帰らないと……」 重ねて言ったとき、ささやくような声で舞がつぶやいた。 「軍のコンピューターにアクセス……した」 聞いて、田辺が思わず息を飲む。 「――っ」 舞は情報操作の天才だから、ハッキングなどお手の物なのだということを、田辺は知っていた。 普通なら、厳重な管理がなされているはずの、軍部のコンピューターに不法侵入することなどできるはずはなかったが、舞ならばそれが可能だと思える。 暁作戦が終了してから、すでに3週間が過ぎている。ずっと面会謝絶が続いていたから、いつそうしたのかはわからないにせよ、起き上がることが可能になった段階で、多分、舞は真っ先にそれをしたのだろうと、田辺は想像した。そして、なぜ、舞がそのようなことをしたのかということも――。 「……。あ、あの……」 しばしの沈黙の後で、何かを言わなければと考えた田辺が口を開きかけると、舞はゆっくりと視線を戻しながら言った。 「ふ……っ、たとえ、そこに何十万人分の名前があっても、所属部隊名と氏名を検索条件に入れれば、結果は一瞬――。あっけないものだな」 「……」 田辺は、ゆっくりと頭を振った。舞の姿が、わずかに滲んで見える。 その遺体は確認されてないから、どこかで生きているかもしれないなどと口にする気にはならなかった。生きているのなら、彼は真っ先に舞のもとへやって来るはずだ。 舞が助かったのは、芝村一族が超一流の医師団を集めて治療した結果だと言われている。それほどの重傷を負った恋人を、放り出しておくようなことを来須がするとは思えない。実際のところ、あの戦場で回収されていない遺体は、数え切れないほどあったが、今となってはそれらはすべて死亡者リストに加わっている。彼もそのうちの一人なのだと、過ぎ去った時間が教えていた。 「壬生屋は……、夢を持っていても――、死んだのだったな。夢があっても人は死に、失くしても、生きている……ということか」 「う……っ」 舞に向かって伸ばされた田辺の腕が、たたずむ身体を抱きしめる。 「いるから、必ず。舞の側にいるわっ。もし……、私が死んでも、きっと好きな人の近くにいると思う。いつか、もう一度逢える日までずっと……」 「側に……、いる……?」 「うん、絶対。見てると……思う。だから――、舞が元気にならないと、きっと悲しむ……わ」 ささやくように言う田辺の髪は、青く光っていた。 ややしばらくしてから、舞がつぶやく。 「私にもっと力があれば、別の未来が……、あったかもしれぬ」 田辺は、わずかに首を振った。 「舞は――、頑張った……でしょう? わかってるわ、きっと」 そうとしか、言い様がなかった。あのとき、舞がどれほど、来須の戦っている場に行きたがったか、田辺は知っている。スキュラの群れに阻まれて、それがかなわなかったにせよ、出来得るかぎりのことはしたのだ。結果、舞自身も大けがをするはめにもなった。 来須が、舞を責めるはずがないと、田辺は思う。それどころか、多分、来須なら、来ようとする舞のことを止めただろう。 「頑張った……か。でも、力がなければ、それも実を結ばぬ」 低い声で言う舞の顔を、田辺は見つめ返した。 「舞……?」 舞の瞳には、暗い炎が灯っているかのようだった。 「だから――、いつか必ず力を手に入れる。もう二度と、あのような作戦命令に兵が踊らされることがないように。そのために、若造だとは言わせぬだけのものを示してみせよう」 舞は、そこで一瞬だけ寂しそうに笑った。 「ふ……っ。それぐらいしか、今の私にはできぬからな。見せられるとすれば――、それだけだ」 「――っ」 田辺が、震える腕でもう一度舞の身体を抱きしめると、舞は静かに言う。 「部屋へ戻る」 「それがいい……わ」 田辺には、それしか言うことができなかった。それから、二人で並んで歩き出す。 夜空の星々が、無言の輝きを地上へ落としていた――。 |
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