kisses


 横から飛び込んで切りつけたとき、手応えはあった。しかし、首の皮一枚の差といった感じで、相手が身体をひねる。
「ちっ」
 舞の唇から思わず舌打ちが漏れた。
 先程放った煙幕弾頭によるスモーク効果は薄れつつあり、あまりにも接近し過ぎているこの場にとどまることは、危険だと思える。
「いったん離れるか」
 つぶやいて、士翼号を動かそうとしたとき、眼下を走りぬけていくウォードレスの姿が目に入った。
「滝川……?」
 士翼号からもそれとわかるほど、スカウトにしては小柄な身体が突進して行く先を眺めて、絶句する。
「――っ。何をやって――。よせっ、今の状況がわからぬのかっ!?」
 霞んでいたような周囲の空気は、すでに澄み渡り始めていた。瞳の中におぼろげに映っていた阿蘇の山並みが、はっきりと見えつつある今、スカウトがスキュラの射程距離内に入るとは、まるで自殺行為だ。
「へへっ、俺だってこのぐらいできるんだぜ?」
 軽く勇むような声が、スピーカーから響いて来た。同時に、自らの斜め前方にいるナーガを狙撃しようとしている滝川の姿が、コックピットからも見える。
「違うっ、上空に――」
 スキュラがいるのだっ――最後まで続けることはできなかった。


 ――キューーーーーーン


 耳ざわりな音とともに、鮮やか過ぎる光が閃いて――。そして、銀色のウォードレスは跳ねとばされた――。
「うわぁぁぁぁっ」
 スピーカーの届ける絶叫が、コックピット内を駆け巡った。
「――っ」
 驚きに、身体にわずかな震えが走る。直後、鈍い振動が伝わって来た。つい、動きを止めてしまい、生まれた隙を別の幻獣に突かれたのだ。
「くっ」


 ――舞機、被弾により神経接続、照準装置、対G訓練、反応速度性能が低下


 オペレーターの瀬戸口が、日ごろとはまったく違う真剣な声で告げる。目の前にあるディスプレイも警告を発していた。それを眺めて、つぶやく。
「ふんっ、このぐらいで倒れるようでは、芝村ではない」
 そのまま機体を横に動かし、反撃に出た。


 ――キーーーーーーン


 かん高い音とともに、幻獣の身体が二分されて、そして――消えた。
 それが、この地に幻獣がとどまるための限界ではあったのだろう。上空に浮かんでいるスキュラがくるりと反転したのを合図にするかのように、残った幻獣たちが次々と撤退していく。


 ――これより追撃に入る


 司令・善行の落ち着いた声が、指示を告げて来た。
「逃がすものか……」
 唇を噛み締めながらささやいて、背を見せているスキュラに向かって、ジャイアントアサルトの照準を合わせる。


 ――ギュルルルン


 放たれた弾は見事な曲線を描いて飛び、逃げ行く身体に食い込んだ――。





*****





 本来なら春の訪れを告げるはずの風が、使われたミサイルが残した香りを伝えていた。その中を、ウォードレスに身を包み、黙ったまま歩き回る。後ろから、同じように無言でついて来る人影に気づいてはいたが、ことさら振り返りはしなかった。
「確か……、このあたり……」
 つぶやきながら、なだらかな斜面を下ったその先のくぼみに、滝川は横たわっていた。纏っているウォードレスは完全に裂けていて、その人工筋肉から流れ出た液体が、白い池を作っている。数時間前に話をしたときの面影がまったくない、蒼ざめた顔を見て、「滝川っ」と呼びかけながら駆け寄り、腰を降ろしてその身体を抱き抱えた。閉じていたまぶたが、呼びかけに応えるようにしてわずかに震え、やがてゆっくりと目が開いた。
「お、俺……」
「何も言うな。手当てをすれば助かるっ。だから――」
 それは気休めに過ぎないのだと、十分にわかってはいた。滝川から止まることなく流れ出る血は、ずるりとした感触を手に伝え、ともすれば、そのぬめりのせいで、身体を抱きかかえているのも辛いほどだったから――。
「へ……へ……っ、俺、やっぱり駄目……なんだ……な」
 滝川は、苦しそうな息の下から、ようやくといった感じで言葉を紡ごうとする。
「駄目なものか。助かるから、きっと」
 あえて強く否定すると、腕の中の顔が寂しそうにゆがんだ。
「そうじゃ……なくて……さ。俺……、たくさん敵を……やっつければ、もしかして……、いい返事が……聞けるかも……って、そう……思って――」
「返事って――」
 滝川が何を言いたいのかは、すぐさま理解できた。
 それは、数時間前に二人でなされた会話――。





*****





「芝村っ。あのさ、ちょっといい?」
 土曜の昼下がり、授業が終れば、後はパイロットとしての仕事が待っている。そうして、ハンガーへ向かうところを滝川に呼び止められた。
「なんだ?」
 振り向きながら聞き返せば、やや顔を上気させながら、滝川が言う。
「明日の日曜さ、二人でどこかへ行かないか?」
「明日? 明日は――」
 先約がある――無造作に応えようとしたとき、アナウンスが頭上に響いた。


 ――201V1、出撃準備


 それはもう何度となく耳にした、出撃命令の始まり。最後まで聞き届ける前に、無意識に身体が士翼号のところへ向かう。すでに、頭の中には戦場のことしか存在していない。
「あ、あのっ」
 戸惑ったような声にハッとして振り向くと、滝川が困惑した表情を浮かべていた。
「ああ」
 返事はさっさと済ませたほうがよいかと考え、口を開きかけたとき、目の前に人差し指が立てられた。
「待った! 返事はさ、戦闘が終ってから聞くよ」
 言いながら、手を目先から引っ込めて、小鼻の脇をかき始める。そして、一瞬だけ目線をさまよわせてから、さらに滝川は続けた。
「終ったら、またハンガーへ戻るだろ? へへっ……、だから、そのときでいいよ。それじゃ、後でまたな」
「待てっ」
 止める間もなく走り去るその背に、アナウンスがかぶさった。


 ――全員180秒以内に出撃


「後になっても、返事は同じだぞ?」
 つぶやいてから、ハンガーへ向かってかけ出した。パイロットとして、幻獣の待つ戦場へ出るために――。





*****





「返事は……、聞かなくても……知って……たんだ。あんた……、俺のことなんか、見てない……もんな。あんたが見てるのは……、あの人……だけだから――」
「……」
 滝川の言う、その相手は、今すぐそばに立っている。善行から、行方不明者の探索を命じられて外へ出たときからずっと、誘ったわけでもないのに、ごく当然のようについて来ていた。何があってもこの身を守るからという言葉を、無言の行動で示すかのように。
「俺はあの人には……かなわないよ。でも……、もし……、俺が戦場で活躍したら……、そうしたら……、あんたが俺を見てくれるかも……って、そう思って――。俺……、マジ……、あんたのこと、好きだったんだぜ? 知ってた?」
 そこまで言うと、滝川は大きく一呼吸し、そして――、その身体が完全に脱力した。
「――っ」
 思わず、その頭をぎゅっと抱きしめてから、下を向いたままつぶやく。
「明日……、二人で出かけようと、誘われたのだ――」
「……」
 たとえ小さい声であっても、確実に聞こえているはずの、そのささやきへの返事はない。わずかに身動きがあった気配だけを、風の流れが伝えた。
「断るつもり……だった。私には、そなたしかいないから。だが、それを伝える前に出撃命令が出て――。さっさと断っていれば、滝川は無謀なことをしなかったのか……」
 手柄を立てたくて、認められたくて、その結果、無理を承知で飛び出したのだと、今ならわかる。あのときは、何を考えているのだとしか思わなかった、その行動も――。
「許すがいい」
 腕の中にある顔に向かって告げてから、まだ暖かさの残る口元へそっと唇を寄せた。
 再び、風が軽く動いたようだった。





 そうして、滝川の身体を静かに大地へ横たえてから立ち上がり、ゆっくりと振り返って隣を眺めた。そのままの視線の位置では、胸元あたりしか見ることができない、大きな身体がそこにある。その目の前で、他の男に口づけたことをあらためて思い返しながら見上げれば、するりと抱き寄せられた。
「――っ」
 そして、耳元に響く低い声――。
「滝川もおまえを守るものになる――」
「え!?」
 聞き返すと、すっと身体が離された。
「見ろ……」
 促されて見下ろせば、淡い燐光が滝川の身体から浮かび上がるところだった。青いそれは、ゆるやかにうごめいて、まるでこの身を守るかのように周囲に漂い始めた。
「最後に話せて……、幸せだったのだろう」
 言いながら、彼――銀河――は、頬に軽く唇を寄せて来た。





 その言葉が真実かどうかはわからない。しかし、彼の静かな声が、染み渡るようにいつまでも舞の耳に響いていたことと、そして、阿蘇の山中で並び立つ二人を取り巻く青い光が、暖かみを増したことは事実だった――。


(了)

 舞お嬢さんがややメロウではありますけども(^^;)。
 実は、この「デートの約束をした後、滝川戦死」はプレイ中に起きたことでした。もちろん、ゲームの中では、返事をする前に出撃になることはないですが。この日はほんとに土曜日で、翌日のデートは、すでに銀河とブッキング済みだったんです。そこを滝川に声をかけられた……。断ろうかなとは思ったのですが、ダブルブッキングするとどうなるの?という興味が先に立ち(^^;)、OKの返事をしたとたん、、出撃命令が下り、その戦闘の最中、滝川が戦死! キスをするかどうかの分岐では、迷わず、するほうを選んでしまうほど、これはショックでした。なんだか、、、おもしろ半分にOVERSとして介入したことを青が怒って、反撃された気分に(((((^^;)。
 文中、滝川とはほんとにキス、銀河とは頬止まり〜なのは、多分、、銀河なら、想いを残して死んだ戦士の前で、その人が心を寄せていた自分の彼女に、本格的なキスをするとは思えないから……です。でも、やきもちは、やっぱりあると思うので(^^;)、こんな感じになってます。
 なお、舞の搭乗機が士翼号なのは、綾小路の趣味です(笑)。機動性が大きいこの機体が一番好きなので(^^;)。

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