2001.11.18 フジテレビ「情報プロジェクトS」
APF通信の長井健司記者と一緒に出演。 精悍な顔つきで(^^)。番組は主に長井記者のコメントですすむ。
ハンドルを切り間違えると真っ逆さまの道なき道を行き、タリバン兵の無線の交信に北部同盟兵士が割り込む様子、難民キャンプの様子などの映像。靴、小麦、毛布が欲しいと子供たち。 銃を持つ少年兵はまだ5,6歳といったところ。
子供たちの表情はどうでしたか?という質問に対し長井氏は「少年兵が目立った。彼らは10代から兵士になる。それは貧しさからくるもの。国の経済基盤がしっかりしていない」と。 宮嶋さんは電気のない国なのでTVもゲームもできない。日本の子供よりは健康的に見えたと。無邪気なところがある。
長井氏が現地からのレポートに使ったのは手のひらサイズのカメラ。そのデータをパソコンにとりこみパネル式のアンテナで送信。宮嶋さんのカメラは?ときかれて「全台、修理に出しました」 埃や細かい砂が中に入ってしまったそう。
10月下旬にアフガン入りした長井氏はウズベキスタンのビザをとり、ウズベキスタン→タジキスタン→アフガニスタンのコースで。「とにかく移動が大変だった。こんな事を言っちゃなんだが戦闘期間中よりこの移動期間の方が怖かった。でも降りようなんて誰も言わなかった」
宮嶋さんはドゥシャンベからファイザバードまで北部同盟の輸送機に乗り、そこからジャブルサラジへ渓谷を越えて行ったそうです。NステのTVレポートに登場した頃でしょうか。 「シャレにならんほど、山の深いところ」というところでは、本当に大変だったんだという表情ありあり。 雪が降るという想定をしていなかったので寒さにふるえていたそう。「不勉強のいたりでした」
現地はとっくに零下。砂漠の国でまさか雪が降っているとは。外国のジャーナリスト達も同じように寒さにふるえていた。こんな所で戦闘するなんて。こっちは山を越えるだけで必死。アメリカ側は特殊部隊を投入しているようだか大変だろう。 「人は住んでいるんですか?」という質問に、そこにも人は暮らしている。生まれた時からそこで生活をしているので、高地にも順応しているのだろう。内戦しているわりには陽気に見えた。
「現地で体験してこの戦争をどう思うか?」には、この時期に東京にいるとは読みが甘かったなと宮嶋さん。こんなに早く事態が進展するとは。この先自分が何を行っても説得力なし。早く平和がきてほしい、と。2001/10/22 テレビ朝日「ニュースステーション」
・500人ほどの北部同盟の戦士がいる。
・宿からも空爆の着弾する閃光が見えた。
・今日は視界が悪くて動く物を見たら撃つような浮き足だったところがあ る。
・カブール侵攻の前にマザリシャリフ侵攻の方が先ではないかという北部同 盟司令官室の話しもある。
高地のせいかしゃべるがかなりつらそう。あえいでいるような話し方でした。2001/10/18 テレビ朝日「ニュースステーション」
電話レポートあり。
・ 日本製のピックアップトラック数台でジャブルサラジに向かった。
・ 途中、谷底に落ちていくトラックがあったりして無事到着しのは2台だけ。 悲惨きわまりない旅であった。
・ ジャブルサラジは前線から2,30キロのところ。日本人ジャーナリストは 20人くらいいる。