宮嶋さんの仕事。
2004年1月から

戻る


■5.29 フジテレビ「ワッツニッポン」電話インタビュー(10時過ぎ)
橋田さんたちが襲撃される直前、サマワの自衛隊宿営地で会った話。 イラク人通訳にもらったイラク風炊き込みご飯を食べながら、「ササニシキが食べたいね」という話をし、お互い写 真を撮りあった。(あやこ)

★5/28 夕刊フジ「携帯は鳴る、無事でいて」

■5.28 フジテレビ「ニュースJAPAN」 短い録音インタビュー。(なおこさん)

■5.28 テレビ朝日「スーパーJチャンネル」動画インタビュー(17:16頃)
橋田さんとはボスニア紛争、10年程前からの付き合いがある。イラクでは1年前の空爆中にも会っているし、1ヵ月前も一緒に昼食をとった。3人で写 真を撮った時の表情は、橋田さんはシブめ小川さんはにこやかだった。今思うと複雑な気持ちだ。二人の帰国に際して、何か荷物があれば預かるよと言われたが…。 治安については、時と場所が変われば違ってくるが、襲撃場所付近では最近も外国人が狙われている。橋田さんクラスは危機回避できると思っていたのに。間違いであって欲しい、隠れていて、どこかからひょっこり現れてきてくれるんじゃないかと思っています。 (ふみふみさん、すずきさん)

■5.28 テレビ朝日「スーパーモーニング」電話インタビュー(8時頃)
・はりのない声で、被害者に心当たりがあると、とても気にしていた。その心当たりがある人とは、電話で話したばかりだったそうです。 (あやこ)
・宮嶋さんのTELリポートが何回か流れ「橋田さんとは昨日、自衛隊宿営地で午前11時ころから1時間半ほど話しをして、一緒に食事をしました。何かあったらお互いに写 真を使い合いましょうと3人で写真を撮りました。31日にはバグダッドをたって帰国の途につくと聞いていました。」・・・と。(ふみふみさん)
・本日2度目の電話インタビュー。(9:40頃)
橋田さんたちが、バクダッドの宿舎に戻っていないとのことで不安に。11時頃会って、1時間半ほど一緒に食事をしながら話をした。何かあったら写 真を使い合いましょうと言い合った。ファルージャに行ったけど何もなかったよと言っておられて、ちょっと油断されていたのかなあと嫌な予感がした。31日にバクダッドをたつと言っていらした。 (すずきさん)

5.28 橋田信介さん、小川功太郎さんがバグダッド南方約30キロ、マフムーディーヤ付近で何者かに襲撃される。

6.3 「不肖・宮嶋撮影記 不肖・宮嶋、新旧両部隊の交代を見届ける」

5.27 「不肖・宮嶋撮影記 サマワ治安悪化。されど任務続行」
眠れぬ 夜を過ごしながらサマワの取材を続ける不肖。不肖の部屋の排水口からにょきにょき出てきたナゾの植物の写 真も。コワイよー。

★5.20 神戸新聞 「随想:サマワ戦線異状アリ」

★5.17 毎日新聞 「学校と私: 世に学園長より怖いものなし」

5.20「不肖・宮嶋撮影記 不肖・宮嶋あせる!サマワ市内で初のオランダ兵死傷」
11日午前2時45分すぎにサマワからかかってきた宮嶋さんの緊張した第一声。事件直後に撮影したという不審者連行の場面 も。

■2004/05/11 (火) 号外。 サマワでオランダ兵殺害。発火点迎える危機。
サマワでオランダ軍に手投げ弾らしきものが投げつけられ、兵士一人が死亡したのは、イラク侵略に日本が関与して以来最大の報じるべきニュースである。
現地の状況をきちんと取材し、官製広報とは違うことを明らかにできれば、これでもまだ「戦闘地域ではない」と強弁する日本政府に対してメディアは匕首をつきつけられるはずだ。

しかし嘲うべきことにサマワに日本の大手メディアはいない。
正午前のテレビ朝日のニュースでたった一人現地の様子を電話で語ったのは、われらが不肖・宮嶋茂樹であった。
「昨日までとは全くちがう。雰囲気が一変した」
長年彼と現場をともにしてきた私だから言えることを一言だけ書いておく。
宮嶋の声のトーンが変わった。かつてない危険な匂いを宮嶋は嗅いでいる。
同じくサマワを知る私だからこれも書く。
宮嶋が言っていることはきわめて正しい。
むしろこれまで危険なバランスを保っていたのは日本の金に対する穏健派長老たちの抑えが効いていたからである。サドルシティでサドルの事務所が爆撃されている中で少数がだ確実にいるサマワのシーア派過激組織がいつまでもおとなしくしていることの方が不思議なのだ。
事態は明らかに次の段階へと進んだのである。
発火点を迎えたサマワではツケは一気にやってくるかもしれない。
イラク侵略に加担したツケ、自衛隊を送ったツケ、メディアが尻に帆をかけたツケ。

今や日本国の将来の運命を担う、日本人自身の目と耳は不肖・宮嶋茂樹の双肩にかかっている。 宮嶋の武運の長久を祈るとともに、その勇気に感謝したい。

(勝谷誠彦の××な日々:勝谷さんの了解を得て転載しています)

★5.11 朝日新聞 サマワでオランダ兵1人死亡、手投げ弾攻撃受ける

5.13「不肖・宮嶋撮影記 不肖・宮嶋、サマワ宿営地にてたった一人の民間人となる」
「連続サマワ単独滞在記録更新中」としてたった一人の(実際には電波ニュースの記者もいらっしゃるようなんですが)サマワレポート。サマワでは不肖のサイン入りTシャツが流行っているとか。

■5.3 テレビ朝日「報道ステーション」
橋田信介さんのサマワ取材の映像の中に宮嶋さんが登場。自衛隊宿営地の中で保護されていたときの食事はどうだったかという橋田さんの質問に「生鮮野菜(キャベツ)がでた。米は内地米。味噌汁もなめこ汁のなめこが大きかった」と笑顔で答える。橋田さんは宿営地内の取材の申請をしたのだが、受理されなかったそう。宮嶋さんは元気そうだった。(ふみふみさん、あみさん)

■4.28 テレビ朝日「スーパーモーニング」電話インタビュー(8:35頃)
単身イラク入りするにあたり自分の身は最小限自分で守る必要があると思っているので、かなり高い(高価である)が武装したエスコートを数人つけて、何箇所かの棲家を用意している。最悪の場合を考え回避する為、最善の努力を払っている。(それでも)万が一の時は諦めた方がいい。(すずきさん)

■4.23 フジテレビ「トクダネ」電話インタビューをスタジオで構成。(8:22頃)
オランダ基地への着弾は午前3時頃だったので、音には気が付かなかった。自衛隊員はコンテナハウスで休んでいて、用のない者は出ないようにと注意があった。
個人的には不安に思っている人がいるかもしれないが、皆元気である。活動を楽しんでいるというより、本格的な支援活動が始まれば「満喫」という表現になるのではないか。
サマワ周辺に危機感はなく、日本人に対する不満は聞かれない。バスラ・ナジャフに近いのに、この街周辺は不思議なほど静か。夜になると周りの街からギャングのような人が入ってくるようだ。 宮嶋さん自身は昼は銃装のガイドと同行し、夜はホテルと民家、二箇所を日によって替えて、ライフルを持った二人のボディガードを雇っている。 サマワに残るのは宮嶋さんと日本電波ニュースの前川カメラマン。 (すずきさん)

■4.22 テレビ朝日「スーパーJチャン」電話インタビュー(17:10頃)
サマワは表面上変化無いようでも、誘拐事件以後「気を付けるように」と声をかけられる。また、「私の通 訳も武装しだしております」とのこと。
自衛隊員はコンテナハウス、装甲車に宿泊している。オランダ軍に着弾があった朝、いつもはジャリトラ(ジャリトラックと言い直し)が集合するのだが、それがなく、また、朝の取材も中止。サマワ周辺の治安に表面 上変化なし。バスラの件で昼間デモがあったが平和的なもので、知事の出席もあった。誘拐に気をつけてくださいと言われるが、私も武装していますから。 (らっこさん、ふみふみさん、すずきさん)

4.22「不肖・宮嶋撮影記『サマワ戦線異状あり』」
サマワで取材を始めた不肖になんと自衛隊から国外へ退避するようにとのお達しが・・・。避難民扱いとなった不肖。このままだまってクェートに連れていかれるのか?!

4.22「イラク撮影記 不肖・宮嶋、イラク戦線異状アリ」
武装して警備に向かう自衛隊員と現地女性、遠くに羊の行列が。その行列が通 り過ぎるのを待つ自衛隊の車。扉の写真がいいです。

★4.10 共同通信 サマワ記者団に撤収の動き 「取材続けたい」の声も

★4.9 共同通信「原則取材不可」で反発も 記者退避の陸自宿営地

★4.9 報知新聞 日テレ、フジ サマワ一時撤退へ 現地記者の「安全最優先」

★4.10 デイリースポーツにコメント。

■4.9 テレビ朝日「ワイドスクランブル」で電話レポート。
あちらは朝7時半頃でしょうか、ちょっと眠たげなハスキーボイスでした。番匠一佐から「みなさんの安全は守ります」と力強いお言葉があったそうです。(ふみふみさん)

■4.8 テレビ朝日「スーパーJチャン」で電話レポート(17:10頃)
「今後も狙われる可能性があると思うが自衛隊はどう対処するのか」というような質問に対し、「私は隊長ではないのでわかりませんが」と正直に前置きして、さらに「どうなるか不安です」とこれまた正直に宮嶋節を届けてくれました。(ふみふみさん)

■4.8 テレビ朝日「ワイドスクランブル」で電話レポート。(なおこさん)

4.15「イラク撮影記 不肖・宮嶋、サマワにて、治に居て乱を忘れず」
デジカメを手にする少年と自衛隊員、オランダ兵との写 真。散髪中の不肖のサービスカットも。

4.1「イラク撮影記 不肖・宮嶋、砂漠の地クウェートに上陸せり」
「ときわ」「おおすみ」船内の様子。いよいよクェートに上陸。通販で買った「陸上自衛隊サマワ活動仕様服」を着てうれしそうな不肖の写 真がいいなー。

3.25「不肖・宮嶋 イラクまでのカウントダウン インド洋、波高シ」
クェートに向かう『おおすみ』から。

3.4「不肖・宮嶋 イラクまでのカウントダウン『おおすみ』に載ってイラク入りの予定」
吹雪の室蘭に寄港した『おおすみ』。不肖はこの船でイラク入りの予定だとか。

2.26「不肖・宮嶋 イラクまでのカウントダウン『ワレ三軍ノ出動ニ成功セリ』」
呉基地からイラクへ向けて出発する『おおすみ』。かつてのPKO取材等で見知ったお顔がいっぱいの不肖。

2.19「不肖・宮嶋 イラクまでのカウントダウン 反対でもデモ、賛成でもデモ」
呉で行われた自衛隊のOBによる自衛隊激励デモのようす。

★編集会議・3月号「語り下ろし 不肖・宮嶋青春記」連載開始!

2.12「物心両面の準備はできた」
2月2日、イラクへ派遣される陸上自衛隊本隊第一陣を旭川に取材。

■2.5 夕方の日本テレビニュースで先遣隊の佐藤隊長についてコメント。
『佐藤隊長がゴラン高原PKOの際に「ジョージ」というあだ名だった事、理由はジョージアの缶 コーヒーばかり飲んでいたからとのこと。日本国内では髭ははやしていなかったということ・・・』。2,3分の出演だったそうです。(ちはるさん)

2.5「いざ行かん、未踏の地イラクへ」
1月26日、小牧空港を飛び立った航空自衛隊のC130輸送機。まずは那覇空港でひと休み。航続距離が短いためにこうして何度も燃料を補給しながらクウェートを目指すのだとか。那覇でC130を取材。

1.29「佐藤イラク復興業務支援隊長、不肖・宮嶋もあとから参ります。」
今話題の(^^)、自衛隊先遣隊の佐藤隊長。その昔、不肖がゴラン高原PKOの取材時に大変お世話になった方だとか。数年を経て今度はイラクで再会ですね。写 真は平成9年に撮影されたもの。

■1.24 フジテレビ「ワッツ・にっぽん」でコメント。
『佐藤隊長を「野営してしていたらこっそり食料を差し入れたりしてくれたやさしい面 を持っている方」だとおっしゃっていました。ただ先遣隊として派遣されることは個人的に親しかった宮嶋さんにも内緒だったということで「テレビを見るまで知りませんでした。水臭いですね。いや、仕方ありませんが」と笑っていました。報道規制を強いる防衛庁には真っ向に反論していて「制限するから数少ない取材の際に報道陣が殺到するのだから、どこでも自由にやってくださいと言ったほうが現場の混乱を避けることができるのでは」と。「宿営地をどこだか言わないでくれっていうけど、地元の人で知らない人はいないわけですしねぇ(笑)」。
「(情報を公開することによって)自衛隊員が危険にさらされるって言いますが、それは取材する側も同じことだ」とも言っていました。 番組ではこんな風に最初から規制してるのは日本くらいでどこの国も情報公開に積極的に勤めてるとリポートしていました』(よいさん)

■1.22 テレビ朝日「ワイドスクランブル」に登場(11:30頃) 佐藤隊長についてコメント。

週刊新潮・1.22「十行本棚」に『不肖・宮嶋 イツデモ ドコデモ ダレトデモ』の書評

1.22「不肖・宮嶋、イラク派遣の記者から仲間はずれにされる」
イラク派遣を間近にしたある日、自衛隊が報道陣向けに開催した非常事態に対する訓練に仲間はずれにされてしまった不肖。その訓練風景を待ち伏せしてぱちり。『和気あいあいとハイキングみたい』と不肖。みなさんの無事を祈ります。