不肖・宮嶋 あれこれ
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別に“おっかけ”しているわけではないのですが、ついつい目に入ってしまった『不肖・宮嶋』。
どこで見つけたのかレポートしていきたいと思います。
 

・週刊文春2000年9月14日号グラビアページ 「都知事だよ!全員集合!」

タイトルだけじゃ、何の記事だかわかんないですね(^^)。9月3日、東京都総合防災訓練に参加した自衛隊。銀座を装甲車が走りました。その写真。地震、山崩れ、水害、飛行機事故・・何かあれば自衛隊の力を借りること、多いんだもの。きちんと訓練していただきましょ。
 

・「Title」2000年10月号 「不肖・宮嶋 陸上自衛隊『究極の戦争ごっこ』に突撃!」

富士の裾野に新しくできた陸上自衛隊の『バーチャル・ハイテク戦場』FTCを取材。訓練の模様はドキュメント風におまとめ。
さて、ミリタリー特集ということで、「戦争映画 私のベスト3」のコーナもあり。もち、宮嶋さんもコメントを。
1位・プライベート・ライアン 2位・U−571 3位・バルジ大作戦 でした。邦画では「日本のいちばん長い日」だとか。
 

・「旅」2000年9月号 「スクープ!不肖・宮嶋、『山陰ストリップ特急』の秘密を解明か?」 構成・勝谷誠彦

宮脇俊三さんの特集号。宮脇さんの怪著『山陰ストリップ特急』を尋ねて三朝温泉、そして鳥取へ。写真いっぱい。ファンとしてはうれしい一編。「不肖・宮嶋」ものは、やっぱ勝谷さん構成のがおもしろーい(^^)。
 

・2000年7月15日 京都でサイン会

丸善四条河原町店で「ネエちゃん撮らせんかい!」のサイン会開催。私も東京からウハウハ行くつもりだったんですが、急用ができて行くことができず。
祇園祭で混雑する中、なんと店先にテーブルを出しての露天サイン会になったとか。いい雰囲気だったそうです。勝谷誠彦さんも様子を見に現場へ。
 

・祥伝社文庫「意外体験!イスタンブール」にコメント

BBSでかずさんに教えていただきました。
岡崎大五さんが書かれた「意外体験!イスタンブール」という文庫本。表紙の見返しに宮嶋さんが推薦コメントを・・。なんかびっくりした。帯にも名前が出てるよん。で本文の方は・・78ページで放り出してしまいました(^^)。
 

・ザ・テレビジョン 2000年7/8〜7/14号「スクープカメラマンのギョ〜天裏常識!」にコメント

BBSでけいさんに教えていただきました。新しく始まったTBSのドラマ。主人公はスクープを狙うカメラマン・・ってどこぞで聞いたことがあるようなハナシですが(^^)。番組紹介の特集に宮嶋さんが簡単にコメントされてます。
 

・2000年7月 NHK−FM 「夜のエスプレッソ」ゲスト出演

ラジオから聞こえてくる宮嶋さんの声っていうのも何ともいえずいいもんですねー。人柄がにじみ出てるぅ。
 

・MEN’S CLUB 2000年5月号 「不肖・宮嶋の『日本男児超入門』」

BBSで、かずさんに教えていただきました。「MEN’S CLUB」に宮嶋さん??とちょいとびっくり。
つつみ荘での宮嶋さん、文春編集部での宮嶋さん、そしてベンツでの宮嶋さん。宮嶋さんのキャラクターってファッションにもなるのねー。ベットの枕元にある写真は前・奥様との結婚披露宴の時のじゃないかなあ・・とか、大倉さんが小さく出てる(^^)わーい、とかミクロチェックしてしまう私なのでした。
 

・太陽 2000年7月号 「戦争で笑うヤツはジェネラルとフォトグラファーだけだ」

特集はロバート・キャパ。宮嶋さんはキャパと戦場とその生き方について書かれています。この一文を読んで、ひさびさに(10年ぶりくらいに)「ちょっとピンぼけ」を読み返してみたんですが、以前と、読み方が全然違っている自分自身にちょいとびっくり。宮嶋さんを知ったあとでは、こんなに受けとめ方が違ってしまうものなのね。
ちなみにこの「太陽」。アラーキーのキャパについてのコメントもよくて、写真もいっぱい載ってるし、お気に入りの一冊となりました。
 

・2000年5月25日発売 バリアフリー情報誌「WE'LL」22号

BBSで、かずさんに教えていただきました。巻頭に宮嶋さんのインタビュー記事とお写真。ページいっぱいの宮嶋さんには、立ち読みしながら、ちょっとどきどきものでした(^^)。
 

・1999年5月8日 「ナイトワープ ゲスト出演」

FM放送(番組はすでに終了しています)ナイトワープに宮嶋さんがゲスト出演。その様子はHPで“読む”事ができます(2000年6月22日現在)。ユーゴから帰国間もない頃なので、お話しの内容もそのことが中心です。→こちら
 

・asahi.com書評欄 1999年12月12日 「著者に会いたい」

BBSですずきさんに教えていただきました。『不肖・宮嶋 踊る大取材線』と宮嶋さんのごく簡単な紹介。うーん。もうちょいマシな写真はなかったのかなあ。ぶーぶー。→こちら
 

・別冊宝島 「自衛隊の『戦争』」

書店で自衛隊ものの本を見つけると、「おっ。宮嶋さん、何か書いてる(撮ってる)かなあ。」と、思わず手に取ってしまう自分がかなしい・・。というわけで、この本も平積みになっているのを手にとってチェック。
表紙と扉が宮嶋さんの写真でした。
 

週刊文春2000年6月8日号グラビアページ 「これが、新潟16歳少年焼き殺し事件の犯人だ!」

5月22日におこった新潟で起こった事件。生きながら灯油をかけられて焼き殺されるというひどい事件でした。その容疑者の一人が逮捕され送検されるところを取材。警察署から出てきたところは大倉カメラマンがおさえていますが、これが合羽みたいなのを頭からかぶったテルテル坊主状態。ええかげんにせえ!というわけで、宮嶋さんは、車の中で合羽から顔を出した容疑者をすかさず捉えていらっしゃいます。
 

・ダカーポ 2000年3月15日号 「モスクワの娼婦から赤尾敏まで 写真家「不肖・宮嶋」はこんな人」

某HPのBBSで教えてもらいました。宮嶋さんの生活ぶりを紹介した見開き2ページの記事。ほのぼのした話ぶりの中にキラリと光る鋭い眼光・・という内容です。ご自宅『つつみ荘』の写真が掲載されているところが、ミーハーファン(になってしまった)私にはうれしいところ(^^)。
 

・ブルータス 1996年8月1日号 「衝撃をスクープする男 撮影現場爆笑対談」

BBSでinoriさんに教えてもらったブルータスの記事。宮嶋さんと大倉さんの対談です。図書館に行ってコピーしてきました。
拘置所内の麻原彰晃の写真を撮ったあとということでその撮影談から始まって、その他の取材時のエピソードが紹介されてます。「踊る大取材線」に書かれているものと重なるので、頭の中で思わず読み比べてしまいました(^^)。
ポートレイトはお互いで撮ったもの。特に大倉さんが撮ったベンツ車内の宮嶋さんのポートレイトはいいです。
宮嶋さん、わかい・・。大倉さんはしぶい・・。

ついでに・・と、話題になった麻原彰晃のスクープ写真が載っている文春(1996年4月25日号)を見てみようと思ったのですが、その号だけ欠番になってました。うーむ・・・。
 

・週刊文春2000年5月25日号グラビアページ 「地図から消える街」

私はどうもボスニアの紛争だとか、チェチェンの紛争だとかはよくわからない。何がどうなってもめているのか、なんでそれが戦争になるのか、そもそも世界地図の一体どこで火の手が上がっているのかがさっぱりわからない。いや、他にも世界にはもめているトコロはいっぱいあるようで、もうまるで現実感がない。
3月25日。宮嶋さんはチェチェンの首都グロズヌイで徹底的に破壊された首都の中心部を取材していました。瓦礫の山となったその中心部(すごい)、武装ヘリの中で無き続ける女性、軍のトラックやヘリが砂埃を巻き上げる前線基地ハンカレ(いい写真です)などが掲載されています。
 

・週刊文春2000年5月25日号グラビアページ 「89式小銃“銃剣”紛失ス」

自衛隊の東富士演習場で訓練中に銃剣が紛失。千人以上の隊員を動員し地雷探知機まで出動して捜索三日目に27センチの銃剣は無事見つかったそうです。そんなニュースがあったことすら知らなんだ。
・・というわけで、自衛隊モノというわけだからではないんでしょーけど(いや、そうか)、その捜索の模様を宮嶋さんがばっちしカメラに収めておいでです。
 

・週刊文春2000年5月18日号グラビアページ 「恐怖の928分」

5月3日。私は夫と旅先の安来の温泉でのんびり・・していました。夕食前、温泉に入って部屋に戻ると、TVを見ていた夫が「大変な事件がおきた。バスジャックだって。」といいながら、高速道路を走るバスを見ていました。
結局その夜はTVをつけたまま布団に入りました。NHKは一晩中、中継していたようです。
朝の5時過ぎ。目が覚めたのは警官隊が突入した直後でした。アナウンサーも何が起きたか、わかっていないようでした。
宮嶋さんは、その現場で(やっぱし・・)カメラをかまえていらしたようです。突入後のバスの入り口付近の様子を撮した写真が掲載されています。
 

・日本テレビ「ズームイン!朝!!」 福永法源逮捕の中継に映る 2000年5月9日

法の華三法行の福永法源逮捕の中継に、宮嶋さんが映りました。

建物の入り口に横づけされた車の前は、カメラを持った報道陣で大混雑。「宮嶋さん、いるんじゃないのぉ。」と夫と話していたちょうどそのとき・・。
その混雑に押し出されるようにして、画面のど真ん中に宮嶋さんが登場しているではないですかぁ。あまりのタイミングのよさに、「でたぁ。」という感じ。白髪で体がでかいのでよく目立つ。車の前でカメラを持ち、もみくちゃにされているので、私は唖然としてしまいました。最前線ではないですかぁ。
福永法源が外に出てきた時は、カメラを持ち上げてシャッターを押してました。

福永法源を乗せた車が猛スピードで走り去っていきます。それを追うTVカメラ。車に向かって左斜め前方からカメラを構える宮嶋さんがまたまた映っていました。

宮嶋さん、眼鏡、かけてたなあ。
 

・Web新潮 雑誌カメラマン『磯俊一』現場30年間の記録「磯 俊一カメラマンへの鎮魂歌」1998年3月〜9月

不肖・宮嶋の文章にもよく登場する磯カメラマン。その30年間のカメラマン人生をふりかえる連載がWeb新潮に掲載され、第一回に宮嶋さんが「磯 俊一カメラマンへの鎮魂歌」という一文を寄せておられます。宮嶋さんらしい非常にいい文章です。
(結構、感動してしまいました)
Web新潮のバックナンバーで読むことができます。→Web新潮
 

・NHKハイビジョン 2000年4月17日 「テントでセッション」出演

宮嶋さんのことを検索して行き当たりました。4月17日のお昼、ハイビジョンで放送されている「テントでセッション」という番組に出演されたそうな。私が写真展でお会いした前日です(^^)。スーツ姿の宮嶋さんと番組の様子、写真2点(コソボの空爆の様子と日比谷線事故のもの)が紹介されています。NHKのHPで見ることができました。(2000年4月30日現在)→こちら
 

「不肖・宮嶋茂樹写真展 南極観測隊ニ同行ス」 写真展で本人に会う  2000年4月18日

4月8日から26日まで、フジタ ヴァンテ ミュージアムで写真展が開催されました。
それに行ったら、偶然(^^)、会場にやってきた宮嶋さんと遭遇し、一緒に写真を撮ってもらいました。ぶひひ。

入場料を払って中に入ってしばらくしたら、どたどたとでかい男性がやってきて、受付の奥のスペースに入っていきました。「?」と思って見てみたら、宮嶋さんではないですかぁ。受付の女性に「宮嶋さん・・ですか?一緒に写真を撮ってもらっていいですか?」ときいたら、そばにいた宮嶋さんが「いいですよ。お安いご用です。」と言って一緒にファインダーの中におさまってくれました。ああ。いい人じゃあ。シアワセじゃあ。
 

・写真展イベント 「スクープ現場のウラ・オモテ」 2000年4月15日

写真展のイベント、勝谷誠彦さんとのトークショーに行きました。ますますファンになってしまったのでした。サインをしてもらいました。握手もしてもらいました。いい思い出になりました。
当日の様子はべつにまとめました。→こちら
 

週刊宝島 人生相談のページ  構成・勝谷誠彦

「宝島」っていつの間にか週刊誌になっていたのね。私が10代の頃は、ちょっとトンがった青少年が読むような雑誌だったような気がするのですが(『ビックリハウス』と勘違いしてるかなあ。でも何冊か買った記憶があるんだよなあ・・)、ひさびさに手にとってみたら、ダラけた青少年が読むような雑誌になってました。宮嶋さんは、そこで3月頃から「人生相談」の連載を始められました。「人生相談」です。ぜーったい単行本にならないような連載です。内容も私はとても書けません。はー。
宮嶋さんの写真展で閲覧できるようになっていました。私はそこでとりあえず5回分、読みました。んが。これからは書店の店先でダラけた青少年に混ざって読んでいかんとあかんのかあ。トホホ。
(毎週水曜日の発売です。)
 

・週刊文春1999年11月25日号 「不肖・宮嶋 トルコ大救出作戦 カセツは天下の回りもの!」

図書館で、文春に連載の「一見必撮」のバックナンバーを調べていたら、たまたま見つけてしまったのでついでにコピーしてもらってきました。他にも探せばいろいろあるんだろうけど、そこまでするのはしんどいぜ(^^)。
1999年8月トルコを襲った大地震の被災者に、日本から阪神大震災で使用した仮設住宅を送ることになり、それに同行した不肖・宮嶋。「ブルー・フェニックス作戦」とゆーそうです。神戸から海上自衛隊の輸送船に乗ったみたいです。
で、無事にトルコについた不肖・宮嶋。あまりの惨状にココロを痛めながら、カイナルジャ被災民キャンプへ向かい、そこで野営することに。週刊文春トルコ臨時支局開設であります。
ところが・・。そこでキャンプをしている6千の人々の興味に対象となってしまい、24時間プライバシーなしの生活。さすがの宮嶋もギブアップ。3泊4日で撤退となりました。

この記事のトップの写真は、輸送船の先端で、棒につけた(たぶん)カメラで撮ったセルフポートレイト。結構、気に入っているんだ。この写真。
 

・Title創刊5月号 「テポドンは任せろ! 不肖・宮嶋「救国のイージス」大作戦」

創刊されたばかりの雑誌「Title」。たぶん出てるだろうな・・と思ったら、やっぱり(^^)登場してました。見開き2ページ写真付き。
自衛隊のイージス艦に同乗しての取材。ミサイルの発射場面の写真があったので、演習か何かだったのでしょうか。宮嶋さんのファンだと、否応なしに自衛隊とか日本の防衛力とかの情報が頭にインプットされていきます(^^)。
・・とゆーわけで、今回の記事を読んで、イージス艦はとっても高価で性能がよくて、甲板の上は巨大電子レンジ状態になっている・・ということがわかりました。
蛇足ですが、この雑誌は、新宿紀ノ国屋の激混みの雑誌売場で立ち読みしました。ここはなんでこんなにいつも混んでるねん。
 

・宝島社文庫  「自衛隊の実力」

書店で見かけたとき「この題名ならもしや・・」と思いつつ手にとってページをめくってみました。と、しょっぱなに宮嶋茂樹登場で、びっくりしました。
写真と短いコメントが載っています。軍艦からミサイルが発射する場面の写真がなかなかよかったです。
実際には買わなかったのですが、ときどきその書店に行って立ち読みしては「あー、いたいた。」と喜んでいます。←不審人物
 

・フジTV 2000年3月11日 「土曜一番 花やしき」

どうやらコメンテーターとして出ているみたいです。びっくりしたぁ。
ネクタイしめて座っているのでますますびっくりした。
この日はそんなにコメントしていませんでしたが、ロシアのマフィアの話題になったときにアナウンサーに振られて「極東のナイトクラブでは・・」と言っているのが印象にのこりました。“極東”っていうのがいいなあ。ウラジオストクとかかなあ。
 

・SECURITARIAN 1998年10月号 「不肖・宮嶋、日露共同訓練に参加す」

ウラジオストクで行われたロシア海軍と海上自衛隊との共同訓練を取材したもの。
掲載誌は防衛庁の情報誌「セキュリタリアン」。写真付きで、防衛庁のHPで読むことができます。
 

・「旅」1996年8月号 「不肖宮嶋、日本海を縦断す!」 写真・文 宮嶋茂樹  写真・構成 勝谷誠彦

元「てっちゃん」宮嶋茂樹が、日本海縦断鉄道の旅を敢行。出発は津軽線三まや駅(青森県)、終点は山陰本線下関駅です。
相棒はおなじみ(^^)勝谷誠彦氏。
我が家は一応、汽車旅好きの家でもあり、また夫が鉄道好きなので、「鉄道ファン」とか「鉄道ピクトリアル」などという雑誌がころがっていたりします。「旅」誌もときどき購入しているのですが、その中に「不肖宮嶋」のフレーズを見つけて、当時はえらく驚いたものでした。元てっちゃんだとは知らなんだ。

1日目は三まやから弘前まで。青森、弘前と思い出の地をめぐります。
2日目は弘前から小浜まで。ここでは特急「白鳥」に乗りっぱなし。やはりここでも数々の思い出にひたる不肖宮嶋。
3日目は小浜から玉造温泉。久美浜で途中下車して宮嶋家のお墓参り。
4日目は最終日。玉造温泉から終点下関への旅です。

不肖・宮嶋の「鉄道もの」は結構珍しいような。取材は1996年5月19日から22日となっています。