中国見聞録9 最終更新2002.1.2
1元≒15円です。
01.11.1 2日連続ラーメン屋
今日は工場長も含め、4人で昨日と同じラーメン屋。予想通り工場長は入るのを少しためらう。が、食べてみて、「この値段だったら福ちゃんに行くのがばからしくなるな。」と言った。どれを頼んでも数元なので誰でもそう感じるはずだ。私は、有名だというスープを頼んだ。出てきたのははるさめ入りで昼食時にもよく出てくるやつだった。名前通り、辛さとしょっぱさと酸っぱさが同居している。
01.11.3 バスでの通勤方法
BSでのドラマ「ほんまもん」を見る為に6:30に起きたが終了後寝てしまった。目が覚めたのは10時過ぎ。すっかり常連になった健康路角のラーメン屋で朝食兼昼食の後、近くのバス停から31路の路線で出勤。会社そばの長江路のバス車庫に着く。終点の長江路附近は、行きはシャープを経由で帰りは経由しない。シャープへ行く場合、行きは便利だが、帰りは、長江路まで一区間乗って乗り換え、または歩くしかないと思う。長江路からは、32路で会社から6分位の「工業園2号門」バス停まで行ける。飛行場方面行きの完全な郊外路線であまり本数が多くないこの路線、ちょうど出るところだったが乗るのをためらった。歩いても行ける距離なので会社のそばの2号門で降りる人などおそらく誰もいない。降車依頼の声を出さないと通過してしまうと思われた。乗らずに歩くと会社まで約19分。ホテルから31路のバス停まで5分位かかるから、1本で行けるとはいえ、ロスは大きいかもしれない。路線も遠回りしているし。30路だけだとするとホテルからバス停までおそらく15分位。会社そばでの徒歩時間は12分。35路と30路を乗り継げば、ホテルからバス停まで5分なのでトータルの徒歩時間は17分。32路を使って徒歩6分の分だけ乗車するのも無駄な気がする。結論としては35路+30路が一般的だろう。
01.11.4 METRO
カルフールに続き、先進国型ショッピングセンターである、METROに行ってみることにした。通訳によれば、遠いしカルフールより小さくてがっかりする、という話。でも一度行ってみたかった。八佰伴周辺でバス路線を探すが見つからず、相当歩いた。なんでも、行きと帰りで経路が違うらしい。結局、タクシーで「25元」と交渉してから行った。確かに遠い。場所は無錫東高速インターのすぐそば。隣に家具屋。あまり大きく見えないが、入ると物は豊富にある。ジョイフル本〇(ローカルか?)のようである。野菜や肉といった生鮮食料品もある。買物かごは大型のカートしかない。肉売り場は入り口がビニルカーテンで仕切られており、寒い。蟹やスッポンは生きたまま売られている。やたら大きな海魚などもあったりして、氷で保冷されてあった。欲しくなったのは自転車。200元足らずのものがあり、本気で購入を検討。通訳はどうしても欲しい様だった。しかし私のを買うには置き場所がはっきりわからないのと、距離的に遠すぎて乗って帰るのが困難ということから今回はやめた。いつものように甘栗を購入。この店、会員カードがないと買物できないということはわかっていた。通訳は見ず知らずの他人にカードを借りた。買物袋は1元取られた。
飲食店がなく休めない。バス42路が八佰伴行きなので乗った。かなり迂回しているような路線だった。後で調べると錫山区(旧錫山市)の中心附近を通っていたようだ。八佰伴のバス停は大通りでなく、知らない人にはわからないところだった。近くのコーヒーショップは満席だったので八佰伴のMOSで休憩。
01.11.5 K社開社式
会社へ行くとアドバルーンやら花飾りがあって何かと思ったら、同一敷地内の新設の会社K社の開社式であった。9:00頃になると、チャイナドレス嬢が門そばの通路に並んだり、運動会を思わせる音楽が流れていたりした。
01.11.10 Aさん初対面
BSドラマ「ほんまもん」の再放送を見てから10時に家を出た。土曜日はこの再放送を見てからバスで出社というパターンになっている。すっかりお馴染みの健康路角のラーメンを食べてからバス31路で出社。終点の長江路からバイクタクシーを使ってみた。目的地をわかってもらえないが値段を訊いたら5元という。高いといったら4元にした。「サンクァイ(3元)!」というと、普通5元だからというのでしょうがなく4元で使うことにした。歩くと19分かかるので、約60円は安いものである。
会社到着後すぐ、近くの取引関係のある日系企業の総経理に電話連絡し、午後出張。車でわずか5分程だ。この総経理は日本語が専門で、日本へ行ったりイランへ行ったりいろいろなことを経験してきたようで、今の会社も元々の専門と無関係のメーカーである。驚いたことに今トラブルを抱えている設備と同じメーカーの設備を使用していたが方式の違うものだった。でも参考になったし上海事務所の人に電話連絡してくれたりした。
私の提案で夕食はNさんと韓国焼肉へ。車中でNさんがAさんに電話し、Aさんも来る事になった。NさんとAさんはテニス同好会つながり。Aさんはこのホームページの存在を以前から知っていた人だが今日が初対面だった。食事の後は秋桜へ、次にいこいは客が多くローズガーデン、最後に迷ったあげく鈴蘭、と3店はしご。秋桜はいつも一人で行っていたので、店員は意外そうだった。小姐が4人位もついていたのに途中から日本人同士の会話だった。いこいは私の希望で行ったもの。初めてだったが客が多かったのは予想外。ローズガーデンには見たことある小姐が一人。元微笑店員だった。ローズガーデンへ行ったのはもう1年以上前ではないか。ママは当時のメンバーを全員思い出した様である。この辺の記憶力はたいしたものである。0:00頃(?)店を出てタクシーに乗りこんで帰ろうとしたが、乗ってから微笑方面へ行先変更。降りてからどこ行くか迷いながら微笑へ向かいだした。しかし微笑は私が絶対行きたくないところ。かつてNさんと二人で一度行った鈴蘭に収まった。帰ったのは1:30頃か。NさんとAさんは明日5:30発でテニスの試合の為に上海へ行くそうである。
01.11.13 武漢業者との食事
私が4月と5月に出張で行った武漢のL社の総経理と技術者数名が無錫に来ており、夕食を一緒にすることになった。会社のワゴン社で、我々のよく使う中華料理店、万家灯火へ。、和気藹々といった感じである。今回もまた女を紹介するという話が出た。総経理の張氏は弱冠31歳。出身は広東省なので広東の女を紹介すると言う。料理では刺身にされた海老がまだ少し動いており、勧められたとき、「動かなくなってから食べる。」と言ったらうけていた。日本のチューブ入りのわさびがあったが日本人がいると出すらしい。
01.11.18
信林小火鍋での早い昼食後、バス24路でカルフールへ。24路は路線としては八佰伴が始発だが、八佰伴附近では循環する形になっており、乗っていた乗客はあまり降りずそのまま乗っていた。カルフールではマーガリン、ウーロン茶、パン、バターナイフ、洗濯洗剤など。マーガリンを売っている店はなかなかない。タクシーで帰ることにしてウーロン茶(他より安い)を多めに買い、パンもついでに買った。
夕食の帰りの20路のバスの20の表示は紙で貼ってあってはっきり見えないものだった。日本のように行先表示がいくつも用意されているのでなく、どのバスも走る路線が決まっているのが普通だ。
01.11.25 日本人会行事初参加?
朝食抜き、早目の昼食の為にわざわざバスでカルフールへ。鉄板焼きが目当て。Y本さんが「結構うまい」と言っていたし、いつもうまそうに見えるので行ってみた。キャベツ炒め、もやし炒め、豚肉、ごはん、炒飯、どれもうまい。油が多く味付けが濃いのでややしつこい。これで味噌汁があれば、というところ。ごはんよりビールの方が良かったか。ついでに買物。押すと音楽の流れるぬいぐるみ、など。1階の専門店街ではadidasの袋にNIKEの靴下が入っていて、3足36元を25元にまけさせた。通訳は俺が「なぜadidasの袋にNIKEが入っているのか?」と店員に訊くことを嫌がっていた(^^;。
日本人会ボーリング大会参加の為、15:30にホテル1階ロビー集合。同敷地内会社のHさんとMさん、我が社は工場長、Y本さん夫妻(奥さんが滞在中)、Nさん。Y本さんの奥さんは初対面。タクシーにはY本夫妻、Nさんと一緒に乗り込んだ。運転手に「明星保齢球(ボーリング)」と言ったが通じていないのか無反応。Hさんから借りた名刺サイズの地図を見せた。このボーリング場は名前はよく聞くが馴染みのない場所にあった。予想通り、スナックの小姐が来ている。我々はガーゼ状のオーバー靴下を履き、靴を履き替え(この靴がまた汚いというか古いというかつま先の方がガサガサしていた)、自分の靴を渡した。レーンは1階と2階に分かれており、1階へ行くと12レーンあった。顔の知っている日本人は多いが話した事のある日本人はAさん位だ。俺は参加するかどうかまだ迷っていた。ブービーだと次回の幹事をしなくてはならない。結局、私とY本夫妻は参加しなかった。そしてちょうど空いていた12レーンを使用する為にフロントへ戻った。ここでもなかなか言葉が通じないが、なんとか3人で2ゲームをする旨、伝わった。私の普通話など無力なものである。普通話でなく不通話である。Y本さんのミックス語の方がマシだった。私の結果は87と90という惨憺たるもの。参加していたらブービーでなく最下位になってたかも。参加者は3ゲーム行い、500を超えるような人もいて、平均が恐ろしく高い。アベ150程度は全く普通にいる。終了後、Y本夫妻は帰り、私もだいたいの結果を見てから帰った。参加しなくてよかったとつくづく思った。日本で会社のボーリング大会で3ゲーム連続2桁を出し、次の年は有休とって練習して好成果をあげたことを思い出した。実は自分はスポーツで負けることをなにより口惜しがるタイプで、すっきりしない気持ちでボーリング場を出た。
ボーリング場の前のバス停「公交一公司」はホテルに帰れるバスはあったが大飯店方面へ行くバスはなかった。少し歩いて27路のバス停発見。大通りなので道を渡るのに注意した。このバスで体育中心そばで乗り換えれば大飯店へ行ける。循環路線なのだが臨時的に(?)終始点が変更されており、20路の終点と同じ公交二公司だった。もう日が暮れてバス内は暗いうえに乗客がどんどん減って行って寂しかった。しかし、こういうのが日本に帰ったときに思い出になるものだ、と感傷にふけっていた。終点で降りたのはわずか3人。一人は終点が臨時的に変わっているのを知らなかったようで、「〇〇は行かないのか?」と訊いていたようだった。バイクタクシーのおっさんに声を掛けられるが無視。20路は出たばかりなので、歩き出した。2、3区間分歩いてから乗ろうとしてバスを待っていた。その時、すぐそばに新しいショッピングセンターがあることに気付いた。昼間通訳が話していたショッピングセンターに違いない、と思い、入った。カルフールやメトロ風で、欧米型というか先進国の郊外によくありそうなショッピングセンターである。中国も日本などと同じ道を歩む?。既存商店街は衰退してしまうのではないか?。今だって無くても困らない店ばかりなのだから。
01.11.30
12月半ばの帰国の為の航空便を調べた。中国国際航空なら成田発夕方なので時間が有効に使えるのだがだが、困った事に月曜発が無い。
01.12.1
お馴染みの健康路角のラーメン(注文は三鮮面筋面2.5元)を朝食としてから近くのバス停「中国人寿営業部」へ。ちょうど近くで焼き芋を売っており、ラーメンでは量が足りていなかったことから1個買った。「シーマオ」というので四角かと思って出したら違うようで、わからないので1元を出したら3角のお釣り。7角(チーマオ)だった。31路のバスは芋を買い終わる頃に来てしまい、次のを待ったら20分位来なかった。終点の長江路で32路を待とうか迷った後、会社に向かって歩き出したらちょうど来た。シンガポール工業団地内をぐるっと回る路線なので、時間がかかる。工業園二号門を通りすぎてしまったので声を出して止めてもらった。降りる素振りは見せていたのに、恐れていた通りの結末だった。
01.12.2 クリスマスカード
出向元職場へクリスマスカードを出さねばならない。昨年は忘れてしまった。通訳と一緒によく行く健康路の雑貨店へ行った。日本にもありそうなものが売られていた。漢字での新年の言葉も日本人なら何の言葉か理解できるであろうものであった。郵便局に認められている封筒を選び、5枚購入(10元)。
01.12.4 日本人団体観光客
帰ると数十名の日本人がロビーにいて部屋に向かうところだった。エレベーターで一緒になり東北の言葉だったので訊いてみると、福島ということだった。数十名の日本人はRAMADAには珍しい。
01.12.5 富士屋
Nさん、出張で来ているKさんと3人で日本食「富士屋」へ。いこいの2階に10月頃できた店であるが初めてだ。食べ放題、飲み放題が3コースあり、一番安い108元のコースを選択。値段の違いで制限される酒の種類が異なり、108元だとビールのみだ。とにかく、寿司、刺身関係を注文しまくり。食べきれないのではないか、というほど。しかしそう甘いものではなく、かなり間隔をおいて出てくるので意外に量は食べられない気がする。しかも一品一品が値段で想像したのよりも量がずっと少ない。うまいやり方である。この食べ放題、年内限定なので、今月はめいっぱい来て来年は来なくなるかも。しかし、無錫でこれほど海外にいることを忘れさせてくれる店は初めてではないか。日本より安く存分に寿司が食える。感動モノである。
01.12.8 会社前のバス停
いつもの土曜日のように健康路角でラーメンを食べてから31路のバスで会社へ。終点の長江路車庫からは小雨なのでバイクタクシーを使おうと思っていたのに、雨なので少ないのか寄ってこない。タクシーだと近すぎてもったいない気がする。結局32路を待つが本数が少なく、20分も待たされた。その間に30路は何本も出て行った。会社の通訳から二号門のバス停だと遠いと言われたので、次の312国道上で降りようとしたがタイミングが悪く降りそびれてしまった。国道から会社の横を通る道に曲がったとき、運転手そばの席から降車ドアに近づき、次に降車する意志表示をした。行創六路のバス停の場所はなんと会社のすぐそば。木が植えられているうえに、高速道路に向かうとき位しか前を通らず、しかもポールと路線図だけのバス停で非常に目立たないために気がつかなかったもの。地図に書いてある場所もいい加減なものだ。会社門まで僅か2、3分である。
01.12.9
昼食に行ったD&D、店員はクリスマススタイルで帽子をかぶっている。そんな格好をさせてもやはり日本人と違う。日本人から見たら垢抜けない農村人の様だ。
01.12.13
夜は一人で富士屋。テーブルが空いているのにカウンターに座らされた。教育されているのか店員が話しかけてくる。
01.12.15 空港での会話
虹橋飛行場の出国審査所ではおばさんに「シンガポール・・・」と何か訊かれた。ここでいいのかという質問だったんだと思う。「全部ここでいいんだ。」と言ったつもりだったが通じていないようだった。搭乗口前の待合室ではおばさんに何か話しかけられる。「わからない。中国人ではない。」というと周辺の連れの人達も興味を示した様子。何か話しかけてくる。中国人特有の唾が飛ぶ話し方をするおっさんも。顔がどうのこうの言っているようだった。ここで背後から突然通訳登場。おばさんは中国人ではないということをすぐに信じなかったようで、アジア人は先祖が同じだから顔がだいたい同じということだった。息子は千葉に住んで東京で働き、本人は初めての外国なのだそうだ。私の手相を見始めたおっさんもいた。生命線がなんとか言っている。90まで生きるのだそうだ。
飛行機は前の便が遅れたという理由で30分以上遅れた。前の便が遅れたという理由は嘘かもしれないと3日後に気付くことになる。
01.12.18 東方航空最悪
成田に12:10頃着。数ヶ月ぶりにカレーライスを食べ、13:50発の飛行機へ。ところが前の便が遅れているという理由で遅れることになった。会社に連絡。そして次にあった発表は機材設備の点検で遅れており、新しい出発時刻は17:00に発表するとのこと。また会社へ連絡。出発ゲート変更を知らされ1000円の食事券をもらい移動。まずはゲート確認。そして食事券の使えるレストランがわからずまた戻って問い合わせ行ってみたら、昼食にカレーを食べた外が見えるレストランだった。同じ便の乗客で既に行列ができていた。まだ昼食を食べて間も無いので後で食べることにし、隣のインターネットスペースへ行ったり、数ヶ所電話したり。16:00台に食べたのは確かうどんだったかな?。17:00ちょうどに説明担当者が現れず発表がなく、まだ確認を取っている。数分遅れでやっと発表。代わりの飛行機が上海を出たとのこと。機材故障ではなかったのか?。成田発21:00頃予定となった。その後20:40出発が正式時刻となった。実際の離陸は21:00すぎ。
食事を終えて少し経った頃、近くの席でけんかが始まった。女同士、日本人対中国人の様である。日本人が子供を寝かせようと椅子を倒したところ、中国人女が強引に脚で椅子を後から押して椅子が前のめりになってしまったらしい。日本人はかなり中国語も話していた。中国人の方の日本語は「うるさいな。」位で後は暴力。顔も怖い。添乗員が止めるが数回再発していた。日本人親子が席を移動することで収まった。このとき周りを巻き込めば日本人対中国人の図式になる気がした。中国の飛行機なので分が悪いと思った。日本人から、または世界的に見れば絶対に日本人側が正しいと思うのだが、なんでも一般論が通じないのがこの国なわけで、中国流の変な理論では正しい事が逆になることもあるのである。
私の前の席には夫婦と子供らしき3人がいた。母親は子供に対しては日本語なのに夫婦間の言葉は中国語だ。子供はまだ話のできる年ではない。中国人だと思うのだが不思議だ。夫の方はけんかの仲裁のときに少し日本語を使っていた。
入国の書類を書き終わったとき、隣の席の中国人男からペンを貸す様頼まれた。この男、第一印象は中国人、機内食オーダー時の頼み方は日本人ぽかったが中国人留学生だった。〇〇工大の院生だという。〇〇工大といえば私の実家からも通学圏であり、親戚二人が通った。また、彼が住んでいる街は私が住んでいた町と近く、駅を利用するなど非常に馴染みが深いところであり、その後も会話は続いた。実家は無錫の隣町、常州だという。常州はいい所だと言う。今まで聞いた話では何もないらしいが...。観光地としては何もなくても街は期待できそうだ。彼は、東方航空が今晩の宿代を出すという。予定の列車が間に合わないのだそうだ。私は宿の話など全く知らない。もし可能なら上海に一泊しようか非常に迷うところだ。上海虹橋空港着陸は23:15頃。その後、隣の席の留学生を見失ってしまった。彼も一泊の仕方がわからず再確認すると言っていたので着いて行こうかとも思ったのだった。
空港を出たのは24:00近く。会社の運転手が待っているかどうか確認。会社への電話連絡で無錫に引き返してもらう事になっていたが一応確認。やはりいない。タクシー乗り場で無錫ナンバーを探すが見当たらない。客に行先を聞いては乗る車を指示しているおっさんがいた。国内線ターミナル側まで歩いたがやはりここでも無錫ナンバーなどない。運転手の一団に行先を訊かれて無錫と答えると550元と言う。私は電話で工場長と連絡したときに言われた300元という数字を出した。すると運転手はみんなあきれ返った口調で離れて行ってしまった。再び国際線側に戻り、さっきの客案内のおじさん?に無錫、と言うと乗る車を指示するのでなくこちらに来るようにという。メーターでやる、というようなことを話し、運転手の身分証明書を見せた。私はメーターという言葉を無視して値段を訊く。650元と言う。私はまずは300、次に450と言った。結局500元ということになったので、高速料金含め総額500元ということを確認した。乗り込んでからも妙に調子がいいのが胡散臭い。まずはガソリンスタンドへ。そしていつものインターチェンジと違う方向に走り出した。上海の郊外、見た事も聞いたことも無い風景と地名である。道路自体は立派なのだが郊外の寂しいところだ。高速のインターについて訊くと「もうすぐだ、心配するな。」との答が返ってくる。総額500元という交渉なので高速料金が高くならないようになるべく下道を走るルートを通っているようであった。何度も確認したがいつも答は「もうすぐ」だった。そのうちやっと行先表示が現れた。蘇州の表示があったので方向がわかって少し安心。そのうちインターまでの距離表示が出たがなんとまだ11kmもある。夜通るには恐ろしいローカル的な道もあった。高速に載ったのは上海よりの昆山だろうか。運転手は、とても疲れた、と言い、たばこを吸ったりするが速度が次第に落ちてきた。私は気を使って後の席から前の窓を開けたりした。不安で眠るわけにはいかなかった。休憩していいかというのでいいと言った。サービスエリアに止まって眠り始めた。このとき、料金表示などの設備の電源が入ったままだったのが気になった。バッテリーがあがるんではないかと。運転手はそのうちいびきをたてだした。しかしわずか数分で運転手の携帯が鳴り、話しながらエンジンをかけて出発してしまった。その後はわりとシャキッとした運転だった。メーターが400元を超えたところでなぜか空車の表示をたててレシートを打ち出す。領収書が必要だと言うとまた空車マークを倒したり、500元の領収書だというとまた空車にしたり、よくわからない。碩放インターを過ぎたときに「次の無錫東」と言うと、怒ったように知っていると言う。高速を降りてから、無錫のタクシーに私を引き渡そうとするが拒否し続けた。言っていることにわからないふりをし、「もうすぐだ。」と今度は私が言う番だった。運転手はちゃんと街方向への曲がる所も知っていた。繁華街に入ってからは私が道を指示し、なんとか到着。時刻は2:20。運転手はチップを要求したが渡さなかった。お互い非常に機嫌が悪くなっていた。
01.12.23 無錫鋼琴王子現る
午後、五愛北路のD&D(2階)の上階(3階)のライブ演奏のあるレストランへ。ピアノがあると聞いたからである。この店は1年以上前にYさん、洋子、静香と来たことがある。今日はピアノの生演奏だった。かなり上手い男だ。無錫でまともにピアノのできる男は初めて。私の無錫鋼琴王子の名は彼に譲り、私は中山路鋼琴王子に格下げだ。店員に弾いていいか訊いたら拒否された。昼時なのに意外なほど客が少ない。メニューは豊富で日本料理もあり、北海道ラーメンを注文。味は綺麗面亭より落ちる。全体的にそれほど価格は高くない。
健康路そばで頭髪をカット。今回も初めての店。階段を上がって2階へ行くと、入口からは考えられない程広い。洗髪に10分位はかけ、マッサージもまた数十分。カットをする男は長髪で無錫にはあまりいない感じの男。韓国人かと訊いてきたのでそうだと答えた(^^ゞ。後で通訳が日本人だと言ってしまったが。
日本人会のボーリングを見に行くために27路のバスに乗る。ところが循環路線であるこの路線、以前と同じく始点終点が臨時的に変更されており、すぐ近くの体育公園で降ろされてしまった。そして乗り換えたらこれがまた失敗で、反対回りなので戻ってしまい、かなり遠回りしてしまった。完全に中心街を突っ切る形だ。
日本人会のボーリングはいつも明星ボーリング場。通訳がタダ券を持っているので使用。1階の日本人会を覗き込みに行くと前回と同じく櫻のゆみとやよいがいた。私と通訳は2階でプレイ。私は前回に比べるといい出来で、平均120〜130といったところか。これでも日本人会ではブービー(=次回幹事)の危険性がある。
銀座へ向かうタクシー内で私の「汽車西駅」の発音練習に運転手が笑っていた。
銀座ではクリスマス抽選があり、当たったのはセブンスター。隣のおっさんの靴下と交換してもらった。
01.12.24 クリスマスイブ
会社帰りは遅め。Nさんと二人だった。道路渋滞と人の数がすごい。昨年はこんな印象はなかった。次の日総経理が「一年でこんなに人出が変わるものか」と話した。
01.12.27 カルフールでの夕食
夕食は出張で来ているUさんを含め5人でカルフールへ。鉄板焼きかと思ったらファーストフードコーナーへ。ここで各自好きなものを。私はやきそば(麺の太さからすると焼きうどん?)を。なかなかの味で10元未満である。その後、買物。カルフールのそばに住むのが、買物だけを考えれば一番便利だ。
01.12.31 白菜
カルフールで白菜を買った。1個1.3元(約20円)である。無錫で野菜を買ったのは初めて。夜、日本で買ってきたサッポロ一番みそ味に白菜を入れて食べた。以前、一人暮しでよくやっていたもの。
昼間は通訳から余っているCDウォークマンを500元(約7500円)で購入。通勤時の語学学習に使用しようと考えている。
紅白を久しぶりにまともに見る。ドリフターズが懐しい。つまらないところが多くてパソコンをいじっていたがドリフだけはよかった。本当はK−1対猪木軍を見たかったのだがそれは不可能。紅白が終わってから銀座へ行き、店が終わってからは昨年同様初詣。線香とロウソク(どちらもでかい)のセットが10元。ひざまづいての祈りは日本人にはちょっとはずかしい。鐘つきは3回50元なので当然やらない。今年は他に3人の銀座の日本人客が一緒で、小姐も多かったことと、その後、鍋を食べに行った事が昨年と違う。
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