中国見聞録13    最終更新2002.11.16

1元≒16円です。

02.7.1 帰任予定
 初めて、出向元事業所のトップが訪れ、面談。予定通りあと1年で帰任させるつもり、ただ、実際はわからないとのこと。希望としては残りたい意向がある旨、伝えた。
02.7.3 部屋確認
 新居の確認。まだ内装中で、思っていたより進みが遅い。でもここに決めた。窓からの景色が変わるのはいい。
02.7.4 総務部長と銀座
 日本からの出張者との食事後、初めて新総務部長と二人で飲みに。銀座である。総務部長は日本に10年以上おり、口数が多い。銀座ママも元東京在住者ということで、話題もあったようだ。家主と総務部長なので、顔を合わせておくことはちょうど都合がよかった。
02.7.5 バス
 富士屋で4人での食事後、Nさんと出張できているIさんは歩きで帰る。なぜいつも3kmも時間をかけて歩くのかわからない。私とY本さんはバス。日本人二人でバスに乗った記憶はない。途中で歩きの二人を追い抜き「N!」とバスの中から叫ぶY本さん。翌日Nさんに訊くと、ちゃんと顔が見えたということである。
02.7.6 10:00出勤
 なんと日本人が土曜日出勤時も平日と変わらなかった7:30出発をやめ、全員で合わせて10:00発。路線バスでなく、会社の迎えである。
 相香味でママがピアノを教わりたいと言う。今日は料理がおかしい。とうふがどことなく臭く、炒飯も納豆炒飯と勘違いする味。どちらも出し直してもらった。新人板前が作ったのだとか。
02.7.7 Iさん赴任
 私の後に私がいた部屋に入るIさん赴任。Nさんも一緒に百盛百貨店で買い物。Iさんの買ったトースターは150元。なぜかオーブンが無い。
02.7.8 新居契約
 総務部長、経理部長と新居契約の事前打ち合わせ。会社と契約する形の為。少し前に日本語ができる総務部長が入ったということが本当に都合がよかった。
経理部長も日本語が専門なので強力。逆に経理らしく値切る方向に動いてしまう。
 家主と不動産屋が来社。家主といっても銀座ママである。
02.7.9 Aさん銀座へ
 銀座にAさんがいた。Aさんといえば日本人会の中でも有名な人で、店情報も多くくれた人。銀座はおそらく初めて。
02.7.10 祇園
 銀座へ行ったが客が多く、初めての店、祇園へ。以前、中を覗いたことはあった。あまり印象がない。
02.7.11 祇園
 福ちゃん、、銀座の後、秋桜前で「新硬派!」の声。秋桜ママだった。最近、新硬派と呼ぶ人は減ったと思う。店には行かず。
02.7.12 香
 銀座の客が多いので入らずバレンタインへ。その後、初めての店、香へ(工場長の領収書を取りに来た事はあるが)。銀座の静から電話。帰りそうだったお客さんの帰りが延びている?とかで銀座へは行かず。
02.7.13 引越し
 2年弱のホテル暮らしからアパート(マンション?)へ。引越し作業手伝いのメンバーは夜勤明けでそのまま会社のワゴン車で9:00前にホテル到着。既にまとめてあった荷物をホテルスタッフも一緒に30階から1階に下ろす。チェックアウトを済ませる。会社の車が別用で1時間程戻ってこないというのでD&Dで軽い飲食。10:00前にワゴン車に荷物を詰め込み、私一人だけ車に乗れず歩いて移動。運転手は「どこ?」と訊いてきた。何も聞かされておらずその場その場で仕事をしているというのがはっきりわかる。総務部からどういう指示をされていたのか。
 引越し先は歩いても10分足らずのところ。今度は22階なので荷物をエレベータで次々と運ぶ、家主も期せずして現れる。スムーズに終了したが、一人土足で部屋に上がりこんだやつがいて怒った。手伝ってもらっているのであるが怒った。中国人はだめと言われなきゃなんでもする人間達なので。
 昼食を八佰伴とペアになったビル内でとり、解散。
 早速トラブル。洗濯機の配水管が詰まってしまった。
 明日は天津の日本語教師(日本人)、マンボウさんが蘇州を訪れる。マンボウさんとはニフティ中国フォーラムでネット上のやりとりしか経験がない。しかも無錫付近を通ることを知って直接のやりとりを少し前に始めたばかりだ。蘇州へ行って戻るときのときの列車の切符購入など不安がある為、六本木の李に、行きの同行を依頼する。
02.7.14 マンボウさんとの蘇州オフ
 8:30に来るという話だった排水管修理、8:00過ぎに来た。起こされてしまった。
 李からは蘇州へ行けなくなったという電話。体調が悪いのだそうだ。ものすごい暑さの為、11:30には出るつもりだった予定を遅らせ、ピアノを弾いたりする。信林小火鍋で昼食。麺を食べる。以前いた小姐が戻った?。随分雰囲気が違って別人の様。かなりの童顔であるが、出産でもしたか。
 駅付近は工事中の為、バスは12路を選んだ。駅行きだと仮設ターミナルが駅から離れているが、駅通過路線なのでバス駅付近で下車できる。しかしここから鉄道駅は工事中で行きにくかった。蘇州へはバスで行くと決め、切符売り場で「蘇州」とだけいうと次のバスの切符をくれた。発車は12:50。到着は13:50.車内ではよく聞く流行歌がかかっており退屈しなかった。蘇州はすごい暑さ。地球もいつかは温暖化でこうなってしまうのか、と考えた。駅で帰りの列車を選び、窓口に並ぶ。声をかけてくるダフ屋の売る切符はわりと出発まで時間が無いものばかりだ。K特快はなんと切符がもうない。もう一度列車を決めて並び直す。第5候補位まで決めておいたが、22:00発、安慶行き普快が一発で取れた。しかし取れたのは「無座」、立ち席である。やはり速くて上位ランクのK特快は切符入手が困難か。並んでいる最中も汗がどんどん流れ落ちた。2年前の8月、赴任間も無い頃、通訳と蘇州に来たことを思い出した。あの日も暑かった。
 繁華街を歩ける暑さでない。バス旅遊3線で錦華苑へ。1月にIさんの家に来たとき以来である。「日本街」を一通り歩く。中心繁華街へ移動することも考えたが、日本街を戻って上島珈琲。ここも1月以来。サンドイッチを食べながら涼む。日経新聞があったのは出るときに気付いた。
 17:00頃に街中で待つという約束だった。中心街に行くのも暑いのでこの新区で待ってもいいと思った。上島珈琲で訊いたバス路線は走っていないようで、別の路線で近くの花園酒店まで。高級ホテルである。Iさんも最初数日泊まっていたらしい。ショッピングも少しはできる。一泊一万円以上と知り驚く。これでは蘇州日本人街で遊んでそのまま宿泊、などできない。
 時間がまだあるので中心街へ向かうことにした。乗ったバスが均一料金でなく、行先を訊かれて「観前街」と言おうとしたが読み方がいまいち自身が無い。口をにごしながら言い、訊き返されたが黙って1元を渡す。
 第一百貨店で涼んでいたら電話が入る。ホテルから向かってもらった。マンボウさんは同い年であるガイドにある店で蘇州料理を食べる。注文はマンボウさんに任せる。私が見てもわからないので。マンボウさんは私と正反対の人だ。アメリカに行き、中国に行き、また別のところに行きたくなって日本に帰る。とても自分ではできないことだ。しかしこういう人に会う度に自分の考えは変わっていくものである。
 食事後、新区へ歌を歌いに?行くことにした。道はなぜか渋滞で時間がかかった。マンボウさんは適度に運転手と会話。日本人街を一度端まで歩き、戻るときにIさんの通訳と似た人とすれ違う。まさか、とは思うが...。入った店は1月に行ったかぐや姫。といっても場所は替わっていた。当然ながらIさんのボトルは残っていない。ビールにした。私が歌ったのはいつものように愛一個人好難。マンボウさんは昨日上海で歌ったばかりだそうで、一緒に歌っていただいた。21:10頃に店を出てタクシーでホテル経由駅へ。
 夜の列車に一人で乗るのは不安だったがどうということはなかった。空調車だし途中停車無しのわずか30分、立ち席でも問題無い。
 新しい住所の発音がなかなか通じない。タクシーの運転手に発音を言い直される始末だ。
02.7.15
 総経理と一緒の朝の通勤が始まった。
 高校野球で出身高校が強豪に初戦敗退。インターネットで結果を経過や結果を確認したもの。シードながらクジ運に泣いた。
02.7.20
 路線バス、バイクタクシーというよくある休日出勤のパターン。バイクタクシーでは既に顔を覚えられている。
 夕食の相香味では、いこいの槇原敬之を思い出させる小姐が移籍して純子という名札を付けていた。いこいからの移籍二人目。食堂の方は客が少ないそうだ。Aさんが入ってくる。今度日本人会でピアニストを呼ぶとか?。私が前座ってそりゃ無茶よ(^^;;;
02.7.21 前工場長帰任
 朝、前工場長がホテルを発った。生産部班長クラス以上、大勢集まっていた。その後一人で三鮮麺を食いに。部屋に戻る途中でテニスに向かうNさんが通りすぎて行く。
 徐と散髪に行く為に9:30RAMADA待ち合わせにしたのだが時間がなくなり、一度部屋まで来てもらって出直す。今回3回目のこの店はなんと徐が3日程在籍したとかで、少し入りにくそうだった。今回は完全に中国人風。最初に前を切られ、ビートルズか駅前でギター弾いてる兄ちゃん風かどうなってしまうか心配だった。最終的にまともになってきたがやはり前が短すぎる。二人で40元。二人だから安いのか常連になってきたから安いのか。
 徐とは別れ、たこやき金太郎へ行く。オーナーの新スナック「無錫旅情」の案内分を考える。
 PCにインターネット高速回線のボードを取り付け、セットアップするが、設定不明。
02.7.22 社長車に一人で出勤
 総経理が日本に行っている為、社長車に一人で出勤となった。知らされていなかったので総経理をしばらく待っていたら運転手が呼びに来た。社長車が出ていないことも考慮してくれたホテル滞在組がワゴン車で来てくれたのですれ違った。
02.7.24 王偉再会
 もう会える事も無いと思いながら何度も再会するのがこの人である。今回はたまたまタイミングがよく重なったもの。Nさんがロッカー上に携帯電話を置き忘れて帰った。私が連絡を受けて持ち帰った。私は一人だけ仕事のせいで帰りが遅れたもの。一人で相香味で食事をし、Sさんに電話してNさんを呼び出した。Nさんと二人でみんなのいる六本木へ。その近くのパブに入るところの王偉を見かけたのだ。王偉は私をよく見るまで「不認識(知らない人)」と言っていた。気がついた後、出るのはYさんの話だ。まだ王偉に渡していない写真もあるので、携帯電話番号を教えてもらった。Nさんは王偉を六本木に誘ったが、六本木に王偉の知り合いがいないことと、働いているところの店主?が何か言っていて行けなかった。行けてたら私は困ったが(^^ゞ。
02.7.26 中検4級の本
 出向元の事業部長がまた変更となる。先日、予定通り1年で帰すつもりと言われたのにまた雲行きが怪しくなった。帰りたいとは思わないが。
 一人で綺麗面亭での夕食時、中検4級の本を持ち出して勉強していたが置き忘れてしまった。歩いていると店員が届けてくれた。感動と恥ずかしさ。日本人ということがはっきりしてしまった。感動という点では中国に来てから屈指のものがある。それだけ感動する事も無いということか。
02.7.27 怒ってばかり
 先週に続いてバイクタクシーでの休日出勤。バイクに乗るときに離れている数台の運転手も「〇〇〇〇〇〇(会社名)!」と叫んでいる。すっかり覚えられた。
 帰りは会社の車でたこやき金太郎。しかし経営者がいない。バス内で電話が来る。過去の日本人向け店の案内文を貸し出す事になっていたもので、明日に決めた。
 夕食は7月オープンの店、羽に入ってみた。バー&レストランという表記にもかかわらず食べるメニューは炒飯とカレーだけ。しかもカレーを頼んだら出せずにやむなく炒飯。ビールは冷えてないのに言い訳する。炒飯は量が少ない。二人姉妹の一人は日本語不可。というふうに怒られる材料ばかり作っている。
 銀座があまりよくなく六本木に行ったが、宋は携帯電話料金100元を欲しがるわ席からいなくなるわ、自分と小姐のお茶だけで160元取られるわで怒って出る。3軒目はいこい。最後まで残り、ママと一緒にタクシーで帰る。それまで店にいた子猫をからかったりする。
02.7.28
 静が冷蔵庫を探すのに同行。安くても900元位はする。結構するものだ。
 夕方近く、たこやき金太郎へ行き、過去の日本人向け店案内のチラシを貸し出す。
 バス52路で汽車西站まで。まだ19:00まで時間がある為、食事をすることにし、竹屋はテーブルがうまっているので浅草へ。バレンタイン店主二人のうち長身の方と日本人が入ってきて待っている間、私と同じテーブルに座る。
 銀座では途中から相席となる。いこいへ移動したがすごく眠く、22:00すぎにタクシーで帰った。
02.7.29 バドワイザーガールVS青島ガール
 RAMADAホテルの向かいの香港???で食事。久々である。訪客(日本人)一人を含んでのもの。ビーを選択する時、バドワイザーでなく青島にすると、バドワイザーガールはさっさ
と行ってしまった。この態度もよくないし、その前に我々を「ティンブドン(わからない)...」と言っていたのも感じがよくない。
02.7.30 断水
 ホテルとの違いを早くも痛感。断水である。自分の部屋だけ?とも思ったが、エレベータで日本人がシャワ3分だけだったと話していたのでビル全体とわかった。
02.8.2 相香味11人
 設備故障のため、相香味に一人後から到着。日本人合計11名と過去最大で食事。
02.8.3 範と再会
 部屋の電話を使って初めて日本(実家)へ電話。
 銀座の徐、元銀座の範と大飯店で待ち合わせ。範は銀座を辞めてしまったので、久々だった。外で会うのは初。韓国焼肉へ。範は今日から「夢」で仕事ということで先に店を出た。銀座に向かって歩くと六本木の李とすれ違う。銀座の後に夢へ。初めて2階席。範はつかなかった。
02.8.4 CDまとめ買い
 近くのスーパー、天恵超市で買物。行く習慣がなかったので初めてである。牛乳はおまけの500ml付きも同じ値段と言われた。1日古いものをおまけとして付けているもの。
 昼食はカルフールでの鉄板焼。前回勧められたたこを注文するが自分のところに出てこず勘定の時怒った。
 夕方は誠隆超市でCDをランキング順に10枚購入。たこやき屋では経営の夫妻がおらず、そのうち電話があって向かうとのこと。オープンまで半月となったスナックからかけつけた。店の案内文を添削した。ほとんど問題ない。対面のCD屋でF4などのCDを購入。かなり割引してもらった?
 洋子に電話(つながったのは初)し、Yさんが遊びで来るのが8日とわかる。
02.8.5 信林小火鍋
 久々に平日に信林小火鍋。しかも28元セットの注文も久しぶり。海鮮火鍋、いか主体のものだ。2年前はYさんとよく来たものだが。たれの味が懐かしい。
 八佰伴6階にはお好み焼き屋もあった。
02.8.8 Yさん再会、静銀座最終日
 寝坊で朝食取れず。
 車内では総経理から結婚についての話が出る。
 会社では昇格対象にならなかったGaryが不満を表す。Quickは査定をマイナス側につける方式も中国に合わないという。
 Yさん到着日なので洋子に電話すると二人は食事中ですぐにYさんと電話を換わった。別途Sさんも連絡していた事が帰りの車内で判明。自分は家で洗濯、シャワーなど自分の用をすませてまた電話し、六本木で合流できた。後から全く別に会社のNさんなど3人到着。
 今日は銀座で静が最終日なので六本木を後にする。先日間違えて160元も取られたので今日はサービス。福ちゃんでラーメンを食べてから銀座へ。Yさんは洋子が行きたくないので今日は銀座へは行けなかったもの。浴衣姿数名。静は爪が伸びた状態で私の顔をいじってくるので危険だ。1:00頃だというのにまだ客が結構いた。
02.8.10
 毎度の土曜出勤だが、乗った事の無い51路バスを使ってみる為に朝陽広場まで歩く。アジアらしいところで、土曜の朝だというのに人が多くごみごみしている。
02.8.11 常州、社員と韓国料理
 35路のバスで駅へ。しかし臨時バスターミナルから駅まで工事中の道を10分位歩かなければならない。常州方面にいい列車の切符が無く、駅周辺の切符売場も工事で無くなっていることから列車はあきらめてバスターミナルへ。これがまた工事中で遠回りしなければならない。新しい駅舎は常州方向に位置が変わる為、以前の出口がなくなっていた。
 バスの切符購入時は「常州。」とだけ言う。何か訊かれるが「1張。」などと適当に返答する。深セン行きのバスがあることを知り、驚く。2日位かかる?。常州車と無錫車がだいたい交互に行き来しているようで、11:20発は常州車だった。乗客は座席の半分位。ほとんどうまる上海行きや蘇州行きに比べマターリした感じだ。高速道路から見る風景は、田園地帯なのにわりと住宅が多く、小奇麗な建物である。常州市街に最も近いインターより一つ手前で下りたらしい。未開発地帯、日本の農村を思い浮かべる風景だがやはり住宅が適度にあったりする。
 着いたバスターミナルは立派なもの。かなり大きく新しい。方面別に乗り場が決まっていてわかりやすい。通路を抜けたところにまた待合室。ここは人がまばら。どういうことか?。無錫だけで一つの乗り場になっていたが。売店もあるのに客だけがいない。それにしても地図が売っていない。バス停から駅の方向を予測して歩く。駅はこれまたきれいな建物だった。切符売場でしばらく席の有無を電光掲示板で確認し、夕方、軟座のT特急があることを発見しで購入した。紙に列車番号と軟座1張と書いて渡す。なんか訊かれるかまた「今天(今日)。」などと適当に返答する。駅の前の売店で地図を発見。観光都市でないというのがなかなか売っていない理由か。
 中心部方面へ歩く。まだ信号が少ないように見える。駅前など当然信号があるべきところ。といっても無錫もないか。まずはバスターミナル方面に戻って歩く。ケンタッキーがあったので昼食にする。この後いい店があるとは限らないので食べておく。注文で壁の写真を指差しながら「あの5...」といったところで「ファイブ?」と訊き返してきた。ここではすぐに外国人と感付かれた。服装や態度、地図を持っていたことなどでもわかるのだろう。英語がポンポン出てくる店員だ。無錫なんかより外国人が少ないはずなのに。店そばで白人とすれ違う。近くの中国人は珍しそうに振り返って見たりする。街路樹や自転車道分離柵などは杭州や蘇州に少し似た感じ。いや、江陰の方が似ているかもしれない。前工場長は田舎扱いしていたが、そんなことはない。市区だけで80万の人口を要し、日本では大都市だ。面積、人口とも数字だけを見れば千葉市あたりが近そう。無錫に比べて高層ビルは少ないが、一番高いビルは無錫のRAMADAホテルを上回りそうなもの。街路樹が多く幹線道路は新しく整備されている。日本人好みなのではないか。日本人向けの店も何件か見かけた。靴屋で会社の上履きにちょうどいい靴があって購入。店員が何か訊いてくるので、「中文ができない」と答えた。あまり意外そうでなく、機械的な応対だ。
 無錫駅到着後、わざとタクシープールの反対側でタクシーを待って乗ろうとしたが乗せてくれなかった。その方が方向的に早いと思ったのだが...。腹が立ってバスに変更。家に帰らず20路で直接待ち合わせ場所に向かう。社員数名を韓国焼肉に招待だ。声をかけた人達は全員集まった。私を含め7人。人数が多いときは中華にすべきと思った。金がかかりすぎる。ビールの飲み方がいつもの習慣で一気のみ強制だ。総額560元位でまずほっとしたところ。かなりの割引があったと思う。この店、大勢の中国人と日本人一人というパターンは珍しいと思う。
 バスで帰り、崇安寺で数名と別れる。しゃねる改めマーメイドへ。ママ2名以外はほとんど入れ替わったようだ。記憶力がよく、私の事も覚えている。また、どういうわけか前工場長の帰国日も知っていた。ビール一缶40元は高すぎ。小姐から飲みたいと言われても金が無いと答えた。
02.8.14 野菜炒め
 一昨日は相香味、昨日は富士屋、今日は福ちゃん。3日連続の野菜炒め。昼食がひどすぎてまともに野菜を食べていない。今の昼食業者は最悪だが、中国人にとっては一番マシな業者なのだそう。人間が食べるようなものではない。
02.8.15 食べ放題拒否
 富士屋で4人の夕食。3人は100元の食べ放題だが私は拒否。御飯セットなどで35元で済ます。
02.8.16
 毎朝、総経理の車に同乗している。総経理を待たせてしまったのは初。しかし遅れたわけではなく、文句はない。
 夜は信林小火鍋で食事、一度帰ってから銀座。相変わらず茜は日本語が少ない。もう働き始めて久しいのに少なすぎる。教えてくれというのもおかしい。語学など教わるものではない。カラオケを勝手に入れられて無視。べそをかかれても困る。
 秋桜はちょうど董事長、総経理などが会計をすませている頃らしく入らない。いこいへ。ほとんど会話無し。ママに薬を買っておいてもらったので50元で引き換え。帰りのタクシーの運転手は昨日と同じ人で、日本語を少し話す。昨日は携帯電話を受ける前に一言「すみません。」と言うので、中国人らしくなく笑えた。
02.8.17
 昼食がひどく、カップヌードルを食べる。昼食でのカップヌードルは初だ。董事長まで私の夜の名前を知ってしまったとは...。
 中華料理店の付近を歩く董事長は子供に大人気。金をくれと寄ってくる。やはり外観で違うものだ。見るからに金持ち、か。白髪は中国で珍しい。私に声をかけてきた子供もいるが応答は「ティンブドン(わからない)」の一言だ。
02.8.18 Yさんカップル来訪
 しばらく私的に中国に滞在しているYさん。洋子と一緒に私の部屋を訪れた。「ええなぁ。」
 たこ焼き屋店主から電話あり、スナック「無錫旅情」を昨日1日仮オープンしたとのこと。私は手紙を待っていたのだが...
 王偉に電話連絡をつけ、彼女の勤務店の前で1年以上も前の写真を渡す。
 夢へ行こうとしたときに銀座の徐にう目撃された為、竹屋に1度逃げてから結局「華」に入る。ママはどこかで見たことがあると思ったらホームページに写真があった元小雪のママだった。
02.8.19 断水
 2度目の断水で風呂に入れず。汗を大量にかいているのできつい。
02.8.20 自転車
 朝、少し水が出たがシャワーあびる直前でまた停止。
 珍しく平日に顧静と一緒の食事。韓国焼肉には私が先に着いて電話で呼び出した。六本木のそばで自転車が安いという。自分の分は買わず、買ってやる。138元。二人乗りを交代でする。中国で自転車を漕いだのは初めてである。
 雷から携帯メールが入った。電話すると切られた?。またメール。普通の電話にかけてくれ、と。かけるとすぐ出た。携帯は自分のではないらしい。盗まれてからまだ買っていないのだ。妙に明るく日本語を使う。なんと上海では日系企業で働いているのだそうだ。上海に行く意思があることを話した。
02.8.22
 竹屋での食事後、銀座前に徐が出ているので夢に行かず、秋桜。久々にピアノ。インドネシアの血を持つ小姐の口臭がきつい。口臭飴を舐めているのだが、どんなものなのか?
 20路のバスを待っていたらたこやきママから電話。スナック無錫旅情がオープンしたという。すぐ行く。桜の小姐、祇園の小姐、やよい、銀座の茜、元失楽園のママなど。店員とそうでない人の区別がつきにくい。田原、顧静から電話入る。田原に茜の在不在を訊いたらすぐ切った。
02.8.24 上海で雷
 起きたのは7:00すぎ。土曜日、この時刻に起きればさくらを最後まで見ることができるが、別にその為に起きたのではない。
 12路で駅へ行く。駅東南側の地下道が開通したようだ。これで行き来が便利になる。(翌週、交通渋滞を引き起こすことを知るが)。駅ではやはり切符は午後までない。ダフ屋も見当たらず、バス駅へ。一番早い上海行きを買う。9:30。滬太路という行先がわからない。冷水を買った(3元)のに乗車前にまた水をもらった。観光バスなのに車体真ん中が乗降口。最新機種という感じで、テレビも折りたたみ式に格納される。なぜか自分の席の椅子が短い。無錫での工事や高速で車が止まっていたりして2時間20分もかかった。かなり前からトイレに行きたかった。着いたターミナルは昨年10月1日に雷と来たときと同じところ。どうして最後に右折を3回してたどり着くのか。左折なら1回で済みそうだが。付近にバス停が見えず、結局駅まで数十分かけて歩く。一番右側の窓口が英語可の窓口だ。しかし帰りの切符を買うにも夜の列車が電光掲示されない為、わからない。空腹になってきていたので、地下鉄で河南中路まで行って味千ラーメン。チャーハンは感心するほどうまい。野菜炒めがいくら待っても出てこずキャンセル。
 店を出て雷に電話。外文書店に来てもらうことにする。ところが外文書店に15:00まで待ったのに現れず、電話しても既に外出しているので、土産物デパート友誼商店を探すために外灘方面へ。ところがなかなか見つからない。ヤミ両替屋から声をかけられる。彼らの外国人を見ぬく能力は一番だ。しばらく外灘を歩いてビデオ撮影。やっとのことで友誼商店が見つかったのはもう夕方。客が少なくてひっそりした感じ。日本人の比率が極めて高い。雷から電話。こっちに向かうという。ところがまたいつまでまっても来ない。その間、両替したりする。再度電話があってよくよく確認したら味千ラーメンそばの友誼にいるという。10分位かけて歩いて行くと。友誼百貨というのがあってその前の椅子に座っていた。機嫌が悪そうだが俺も機嫌が悪い。まず真鍋というコーヒー店へ。このコーヒー店は知らなかった。かなりの値段である。卒業・就職祝ということで松下の美容器具を買ってやる。現金が少ないのでカード使用。隣で売っていた洗えるシェーバーに興味があった。その後、通勤用のかばんがなく欲しいというが、そんなら自由市場で後で買ってやるといったら、偽物でよくない、という。安いのを探しに一度友誼商店まで行って戻って買ったが、カード用の機械が調子悪く、30分位?時間をロス。疲れきった状態でまた味千ラーメン。新メニューの野菜天ぷら、大根なんとかを食う。
 地下鉄で上海駅まで行く。地下鉄ホームに自販機があることに気付く。L716とかいう列車の切符を購入。北京行きの空調なし列車で硬座はわずか10元。Lというのは特急の一部だったがとんでもなかった。後日、会社でBrayに訊いて臨時のLということがわかった。乗っているとすごいスピード感で、無錫まで1時間でついてしまうのではないかと思える程。しかし通過待ちが多すぎ、長すぎ。降りようとしたときまだ蘇州だった。隣の男が時々話しかけてくる。彼も無錫で降りるのだった。日本人だと示すためにわざわざ日本語の観光ガイドブックを読むと「日本語を勉強しているのか?」と訊く。「日本人だ」と答えると反対側にいた女性も興味を持った要すで英語はできるか、とかなんとか話してくる。次週、この話をしたら、危ないから日本人だと言わない方がいい、と言われた。無錫着は1:00。
02.8.25 王静再会
 10:00すぎに起きて静に電話してみると、家を探しに上海にいるという。
 夜、バスを待っていたら静から電話。高速バス乗車中らしいので、食事は待てないと言った。27路で五愛北路、コンビニ可的に入ったりしてから204路で竹屋。なんと静が誰かといるので店を出、故郷へ初めて一人で。隣のバレンタインも故郷と化していた。
 夢に行ってみると元銀座店員、王静が。範と合わせて「後背中でかい組」だ。二人は一緒に住んでいるという。ママはおらず。チーママはべっぴんさんと知る。
02.8.26
 新区の太湖大道と交差するところの長江路。中央分離柵が突然作られていた。マナーの悪さを強制的に防御か。
 帰り、一人カルフールで降りて鉄板焼きのそば。買物しようとしたがかごがなく止め、八佰伴で買物し、シャワー浴びて出直し、22:30近くに銀座。ところがママも田原も病欠。ママに電話代を払わなければならないし、田原とは約束だったのに。静が早い時間帯に来ていたようだ。会社のIさんと出張中のAさんがいたようだが隠れようとしているので無理に近づかなかった。
02.8.28 30路空調化、ヤマハ蘇州工場、銀行口座
 30路のバスが空調の新車になっている。すれ違う全車がそうである。
 ヤマハ関係の会社から問い合わせがあり、蘇州に工場を作っている最中らしい。ピアノ工場なら働きたいが、AV工場とのこと。
 何日も前から銀行を呼んでいるのに来ない。なんでも、現金輸送車ではなかったので違反らしい。経理部長と一緒に中国銀行へ行き、2つの口座の一本化、通帳の暗証番号の変更、カードの暗証番号の変更、口座内の一部をドルから元に変更、ドルで現金引き出し、カードを使って元引き出し、をすませた。これらの説明が今まで何もなかったのだから、日本人への冷遇ははなはだしい。これでやっとキャッシュディスペンサを使用できる。
 相香味では注文したカレーが無い。後になって言ってくるのが腹が立つ。その他の料理も非常に出が悪い。
02.8.30
 来週日本へ出張する総経理に〇〇〇写真を渡す。会社に着くと徹夜のSさんが机にひれ伏して寝ている。
02.8.31 上海野生動物園
 8:30無錫発のバスで上海恒豊路に10:30過ぎ着。乗車直後に電話したとき、雷は起こされたようだ。雷はいない。恒豊路対面の不夜城と書いてあるところ、バス乗り場だった。かなり長距離路線もあり、夜行バスも多いようだ。雷が現れないので、もしかして昨日の電話での約束の駅で待っているのかとも思った。また、ついでに帰りの切符を買えたらと思い、駅に向かって歩き出したが雷から電話があって恒豊路に逆戻り。会社が見えるという。上海駅にほど近い場所だ。地下鉄漢中路の入り口は初めて北側にもあることを知る。今までずっと遠回りをしていた。
 地下鉄で八万人体育館まで行き、上海野生動物園行きバスを確認してから食事の場所を探す。体育場併設の建物内に日本料理「代々木」があった。体育場だから代々木とかけているのではないか、と後日話したのが会社の総務部長。カレー定食は50元程度でいろいろでてきて無錫の日本料理よりコストパフォーマンスがある。13:20頃に旅遊バス2号線に乗り込んだ。一人14元。雷は、今日は野生動物園でなく上海動物園へ行くと思っていたらしい。上海体育場では22日頃中国対日本のサッカーがあったそうで、中国が1対0で勝ったそうである。見たかったものだ。無錫にいると何も情報が入らない。
 バスは一度中心部に入ってから野生動物園方面へ向かう。完全に郊外になり上海のイメージはなくなる。着いたのは15:00近く。入場料80元。アシカのショーに雷は満足そう。私は子供の頃松島で見たことを思い出した。バスで放し飼いの地域に入る。草食動物、肉食動物等草原の中で群れをなしているのは迫力がある。時間があまりない為、バスを降りた後は歩かず人力車を利用。ポイントでは止まって見る時間を与えられる。父親と娘の組と同じ車で回った。出口に近づく頃、強い雨が降ってきた。しばらく雨宿り。タクシーで中心街まで行くことも考えたが、やがて雨があがった。
 帰りは一般路線バスを利用。最初に来た南新専線?が人民広場経由ということで乗り込んだ。マイクロバスである。すごいスピードだ。郊外の路線なので番号ではなく路線名がついているもの。利用者は地元民主体と思われる。上海郊外、田園風景は実家を思い出させる。切符をすぐ買わずしばらくしてから買うまぬけさ。自分は降りるときでいいと思っていたが、雷がだめだというので。一人10元だ。
 乗車は1時間10分位か。この後、雷目当ての四川料理の店を探しあてるまで思いっきり遠回り。知人に電話したり路傍のおじさんに訊いて着いたものの席がなかった。近く目立つものがあったので行ってみると京都日本式浴場?。ガイドブックにあった近くの店は精進料理なのでパス。興味はあったが。タクシーで別の店に向かう。ところが運転手はその店は花園飯店に近くないという。花園飯店近くで降りて探しても店はなかった。以前なかった焼き鳥福ちゃんが復活していた。近くの錦江酒店のレストランに入る。240元以上だが口に合うものはあまりなかった。
 パークソンで誕生祝として(?)香水を買ってやった後、上海駅へ。先週と同じ列車。他の列車の切符はなかった。雷は改札内に入れず、入場券を買ってホームまで同行した。今日は30分も早く無錫に着いた。12:30着だった。日本人だとばれると危ないというので、なるべくばれないようにおとなしく(?)していた。



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