中国見聞録11    最終更新2002.6.15

1元≒16円です。

02.3.1
 一度帰ってからバスで食事に出かける。運転席附近で排ガス臭さがひどい。停止中にオイルランプが点灯していることに気がついた。しかし走り出すと消えた。前窓に近い乗客が布で窓を拭いた。中国人らしからぬ行為、と思った。しかし窓は別に曇っておらず、ほとんど汚れていなかった。
 相香味の野菜炒めはキャベツが半生。最近、質がひどくなったように思う。
 ローズガーデンは3回目だが一人で行くのは初めて。ママは記憶力抜群で、私の事もよく覚えている。小姐はスカートの短いのや口臭がやたらきついのなど。私の中国語を全く聞いていなかったり、さんざんである。怒って帰った。
02.3.2 国内郵便、蘇永康チャット
 いつもの土曜日同様、ドラマ「ほんまもん」を見てから三鮮麺を食べた後、手紙を出しに郵電局へ。だが人が多く、切手の買い方もわからず、恥ずかしいので、後にすることにした。EMSを使っている人が目についた。
 バス31路を20分位は待っただろう。Y本さんは来なくてあきらめたことがあるそうだが私はいつも利用している路線。来ないのであきらめて歩き、新しいマクドへ言って見ようと思ったところちょうど35路のバスが来たので乗った。途中乗り換えて会社そばまで。小雨なので312国道の高架下を歩いて会社へ。
 帰ってからまた郵電局へ。もう終わる時間だったのだろうか。半分の電話側の電気は消えていた。客はいなかった。私が日本人とわかったらしく、切手料金を書いて示してきた。蘇州のIさんへの手紙、1.6元。
 日本食の店「一番」に行ってみるとシャッタが閉まっていてもう営業していない様だった。
 夜は蘇永康のホームページのチャットに初参加。当然、皆、女性だった(^^ゞ
02.3.3 しゃねる
 雨の中、杏子(あんず)へ初めて行くと既に日本人向けの店ではなくなっており、小姐二人がどういうわけか笑ってばかりいる。腹が立つ。
 崇安寺付近では男がしつこく話しかけてくる。「ティンブドン(わからない)」と言ったり無視しても、「S〇X。シコシコ。」などとうるさい。硬派には不要だ。
 中心部唯一(?)の日本人向けスナックとなった「しゃねる」へ。12月にママが店をやめ、店員は総入れ替え。後を引き継いだ二人以外はほとんどが素人。既に「お化け屋敷」ではなくなっていたということである。同じビルに以前あった「なかひろ」は食中毒が日常茶飯事の寿司屋だったと教えてもらった。素人小姐とはまったく会話にならないので腹が立って店を出る。
02.3.4 無錫国際空港
 工場長からメール転送される日本語で書かれた中国の新聞。無錫に国際空港ができるとのこと。通訳に訊いたところ知らず、やや北の江陰ということで江陰の人間は知っていたが、10年位先の話とのこと。しかしそれほど重要性を感じない。無錫、常州の人は使うだろうが蘇州なら上海に行ってしまうだろう。
 竹屋で一人、食事をしていたら銀座のママが入ってきて「新年快楽」。1ヶ月も店に行っていない。
02.3.5 
 今日も竹屋で食事の後、月見草へ。向かいの銀座の店員が呼んでいたが無視。予想通り月見草には出張中のYさんがいた。Yさん、洋子、美形の女と卓球をする。皆、いい勝負である。
02.3.6 いこいママ相香味へ
 相香味へ行くと前いこいママが働いていた。いこいは1年契約が切れてフリー、昼間は保険会社で働いている。日本の保険会社のおばはんによくいそうなタイプなのが笑える。
02.3.7
 工場長、Nさんと相香味で夕食。なんか久々の組み合わせである。このHPの話題が出た。やはり工場長も知っていたか。
02.3.10 ピアノを弾くため上海へ
 8:45に起きられたので上海行きを決意。出発前に誘ったが今日はだめと言った人から電話。どういうことか市内を回りたいというが、無視。一人で出かける。駅では既にかなり先の切符までないので、バスターミナルに向かう。途中で次の上海行きの列車の切符が売られていたのでこっちに変更。硬座ながら28元もする。さらに、駅外で買ったので5元上乗せされた。ちょうどうまい具合に上海までノンストップ、1時間6分の列車だ。一人での列車は1年半以上もいて初である。一人での上海も1年半近くぶりである。一人と複数では大違い。慎重にホームで切符の車両番号と乗車位置を照らし合わせる。車両は2階建てであった為戸惑った。最初下、次に上に行って自分の座席を見つけて座った。しかし切符を見直すと下と書いてある。番号は上下通しではなかった。下に行くと自分の席には案の定人が座っており、どいてもらう。その後、回りの席の二人組の席が離れるということで交換してやった。硬座といっても新型列車は軟座と遜色無い。軟座の無い列車かもしれない。
 上海駅で帰りの切符を買おうとしたが、夕方の切符の有無が電光掲示板に表示されない。しかもすごい列。Y本さんが言っていた自動券売機は停止していた。そこで恒豊路のバスターミナルまで歩く。約10分といったところか。19:00のバスは無くなっていた。18:20頃のもあったが18:00にする。45元位。地下鉄で静安寺へ。目的は静安賓館ホテル内の静安ピアノバーである。ガイドブックに載っていたのでずっと前から行きたかったところ。駅を出るといきなり北海道ラーメン「勝」を発見。ここで昼食とする。サラダのカニかまが本物のカニではないのはしょうがないか。全部で40元もしなかった。ホテル静安賓館は建物が古く、入り口も狭い為、入りにくい感じがした。古い城を連想してしまう。入り口でガードマン(?)にガイドブックを見せてピアノバーのあることを確認。中にはすぐ受付か案内のテーブルがあり、ピアノバーを訊ねるとすぐ横にあった。一つの部屋で仕切られていると思ったのに、ホテルの待ち合わせ場所のような感じで拍子抜けだ。ピアノは大きなグランドピアノがカバーを掛けられていた。とりあえず飲物を注文。地ビールと書いてあるのが青島ビールとわかり、紅茶にする。少し経ってから弾いていいか訊く。話しがうまく伝わらないようで、私が「ピアノを弾く人がいないのか」と質問していると思ったようだ。本の「いつでも自由に弾ける」というところを見せると「あなたが?」と言った様だった。小さな音でやってくれと言っていたようだった。ピアノは蓋も開けにくく、ペダルも壊れそうだった。調律も相当していないようだ。数十分弾く。帰るときにときどき弾く人がいるのか訊いたら、いないとのこと。今晩は別の部屋でバイオリンの演奏があるらしかった。ガイドにはステンドグラスからの光が美しい、とあったが、安っぽく見えた。正直がっかりしたところも多かったが、一応目標達成ということで納得。スタッフが皆感じのよい人だったのが救いだ。
 この近くは日本人向けの店が点在している。片仮名で「マッサージ」と看板に書かれていたりもする。なんだかうらやましい。近くの上海賓館ホテルへ。ここは日本人が多そう。日本食の店も本の通りあることを確認。
 歩いて花園飯店方面へ。上海といえど大通りと裏道の落差は激しい。しかしそんなところでも日本人向けの店があったりする。花園飯店も日本人は多い。三越が入っており、雑誌を立ち読みする。価格は3倍位なので外文書店より高い。やきとり福ちゃんの店はなくなっていた。どこかに移転したのかもしれない。途中で蘭心大戯院を発見した。雑技団修行中の若者がやっているらしい。陜西南路駅付近のパークソン周辺は人が多く賑やかである。
 さらに歩き、地下鉄1号線沿いから2号線沿いに戻る。伊勢丹発見。日本食コーナーはベビースターが5元位で売っていて買おうか迷ったがやめた。广州の花園酒店ではあんなにいろいろな日本の食べ物があったのに。上海ではまだあまり見ない。石門一路駅そばでかなり大きなピアノ店を発見。今まで見たピアノ売り場と違ってかなりうまい人もいる。私も弾いたがすぐに誰か来る。ショパンのスケルツォ2番のイントロなどを弾いてた男がいた。音楽をやるように見えないが、かなりのものと見た。
 地下鉄2号線で2駅(石門一路→河南中路)乗り、外文書店へ。しかし日本雑誌はなかった。日本食の店を探し、寿司屋はあったが結局いつものように味千ラーメン。早さがウリの店だがチャーハンが遅く、帰ろうと思ったら来たので食べた。おかげで帰りのバスに乗るときに余裕はそれ程なかった。
 無錫に帰り、いこいで着いた小姐は珍しく北京人。北京はベイジンでなくバイジンと聞こえた。その後、1ヶ月以上行っていなかった銀座へ。ピアノが無くなっていた。客が入りきれない事も有るのでテーブル数を増やすのもしかたがない。
 今日は自分のヒアリング力の向上を実感した。数字と固有名詞で何を話しているか検討がつく。ただ、内容まではわからない。
 上海で目に付いたのが2010年万博の広告。本当にやる?。2008年は北京オリンピックだし、中国、調子乗りすぎか?
02.3.11 台湾の同期来訪
 台湾で営業している同期入社の社員が無錫を訪れた。5年位は会っていなかったかも。無錫は昨年も来ているはずだが会うチャンスが無かった。今回も話したのは僅かだった。
02.3.12 パブバレンタイン
 朝、テレビで大連対安陽のサッカーを見た。韓国でのアジア選手権?。自分の会社の広告があったのにはおおっと思った。
 夕食は私の意見でいこいへ。Nさん、Yさんと3人である。その後、Nさんの誘いでPUBバレンタインへ。先日のしゃねるで日本人向け飲食店は全店制覇と思っていたが、もう1つあったのだ。カウンターに5人と2階のテーブル席である。店といえばカラオケばっかりな中で、この店は貴重な存在かもしれない。ほっとできる一時が過ごせる。バレンタインは女性二人組みで運営している。ウーロン茶のホットというのがサントリーウーロン茶のお湯割りだったことが中国らしい。薄い方が胃に良いということはほかでも言われた事がある。バレンタインの経営二人組の一人は2日前にいこいで見かけた人だった。やっと思い出して笑った。
02.3.15 日本人9人で中華
 Kさんが到着し、応援出張者は6人に膨れ上がった。赴任者3人を含め9人同時に帰り、【火考】鴨館で食事。中華を日本人9人でしかも上層部の人間がいない食事はかなり珍しい。Yさんが隣の席となり、どうしてもスナックの話題になる。二次会は6人で月見草へ。卓球も麻雀もある。私はここでの麻雀は初めて。牌がでかくテーブルもでかいのがやにりくい。途中から同じシンガポール工業団地の人も参加。
02.3.16 雅でピアノ練習
 土曜日、会社は休んだ。昼食は富士屋へ。夜は賑っている店だが、客は誰もいなかった。季節の野菜炒めは15元で量が多く食べきれなかった。食べ放題ではなく単品だから多いという。食べ放題はそういうカラクリがあったのだ。そのままバス41路でカルフールへ。41路に乗るのは初。この路線は古くないが便利な路線で、汽車西站、清楊路(カルフール前)、太湖花園を経由する。終点がもっと会社に近ければ会社帰りに利用できるのだが。
 相香味での夕食後、久々に雅でピアノ。この店、小姐がまた相当入れ替わっている。帰る前、小姐からママが厳しいと聞いた。ピアノには19:00〜22:00すぎまで座りっぱなし。客が来てからは練習を止め、ほんまもんのテーマの譜面化などをした。隣にずっと座っていた奈々はわりとクレイダーマンが好きらしい。
 22:30に銀座。譜面を返してもらうのが目的の一つ。徐ともう一人が付いた。徐と翌日昼食をすることになった。
02.3.17 城中公園
 徐は約束通り11:00に来た。ちょっとしゃれた黒い服だ。健康路角の麺の店は既に込んでいたが店の外のテーブルでなんとか食べた。麺はめったに食べないという徐だったが満足そう。その後、ウィンドウショッピング。百盛内で性初夜指南というのがあって興味本位で購入。このときに写真のプリントサービス券をもらった。デジタルカメラで写真を撮り、編集して顔だけ使用して衣装と背景の中に埋め込むもの。やたら時間がかかった。徐の写真写りがイマイチ。この人、写真写りが悪いタイプの典型な気がする。その後、城中公園へ。行く途中の人込で日産サニー発見。日産車は珍しい。城中公園は街中心部の公園ということでいつも通り人が多い。しかし若者は多くない。池など背景がきれいなところで写真を撮る。水族館があったので二人10元で入る。いきなりインコ(オウム?)。かごに入っているのでなく綱がつけられている。孔雀も同様。それから檻の中に猿。あとはワニやらヘビやら見た事のない魚や亀など。ペットボトルの蓋に水を入れてインコに与えたら蓋毎取られてしまった。食べ物と思ったのか、かじり始めた。
 夜、銀座へ行くとバレンタインの長身の方が入ってきた。1月に入ったという新人王はかつて在籍した万芳と久美を合わせたような感じで愛嬌がある。学生が4人、面接を受けに来た。みな同じような大柄な体格に現代風のファッション。静などの銀座店員とはなぜこうも違うのか。皆、要求だけが高く、通勤手当てがないと嫌、日本語はできない、などで、他の店でも全然続かなかったようだ。
 311路のバスで帰るが途中で11路のバスに抜かれた。311路だと崇安寺下車なので少しホテルから遠い。健康路のバス停に止まるバス路線は少なすぎる。以前より増えたが。
02.3.18
 班長の一緒の昼食。中国人と同席での昼食は非常に珍しい。お互い気を使うような気がして私の方から避けているところがある。今日は機械修理を一緒にしていた。日本のふりかけを貸したら全部使い切ってしまった。少しずつ使っていってまだ数回使えたのに。
 夕食は出張応援者などと無錫唯一のまともなレストラン、五愛広場のD&D3階へ。テーブルの上のロウソクがメインの光。ちょっと暗すぎ。生ライブは音がきれいすぎ。本当に歌っているのか?。楽器と歌の音量バランスがよすぎる。私が食べたのは海鮮烏龍面(Seafood Udon)。烏冬面と書くが正解なのでは?。他の人は鍋、グラタンなど。日本食店に比べたら安いものだ。ただ、味がイマイチ。洋子が遅れて到着。思えば1年半前、初めてこの店に来たのはYさん、洋子、静香と。静香はいまいずこ?。
02.3.19 花粉症治療
 花粉症が発生しているので、会社のdoctorの所へ行った。まぶたを思いっきりひっくり返され、目薬をボタボタとたらされた。この目薬、書いてある文を見ると花粉症用とは思えないが、効果はあったようだ。ただ、目をいじられた時にどこか傷がついたらしく、しばらく痛かった。やはりよほどのことでない限り、このdoctorに見せるべきでない。
 夕食は一人でいこい。野菜丼を頼んだ。野菜は天ぷらだった。帰りに乗ったバスは11路の表示なのになぜ311路なのか?。客も平然としている。健康路を通過してしまったときにえ?と思ってその後、メイン交差点を直進したところで私は気付いた。私にとっては下車後歩く距離が増えることになる。
02.3.21 カップ焼きそば
 夕食のカップ焼きそば。YAKISOBAなどと日本語が入っている。カップ麺といえばフォークが必ずついているのだが、これには割り箸付き。初めてである。味は期待程ではなかった。
02.3.23 通勤帰りに路線バス利用
 土曜日恒例、一人で三鮮面を食べてから31路で会社へ。今日は32路も使ってみた。乗りこむときに降車バス停である「行創六路」と書いた紙を女性運転手に見せて通過されないようにした。
 雷に電話したら既に广州で働いているとのこと。専門を活かした職種に就けたらしい。广州といえばまもなく、出張予定である。あまり会う回数は多くなかったが、完全に会えなくなってしまうのは寂しいものだ。
 帰りは途中で会社のワゴン車を降り、バス41路で相香味へ。ワゴン車には出張応援者が多く乗っていて、現地スタッフとの食事をする為、その店に行くと私のピアノ練習開始時間に差し支えるのでバス利用にしたもの。会社方面から通勤帰りのバス利用は初めて。相香味で注文したが遅く、相香味に出前してもらった。相香味では1時間以上ピアノ練習。
02.3.24 Fuller、銭とボーリング
 日本人会で使う明星ボーリング場へ。既に入り口で会社の班長Fullerが待っていた。なぜかジャケットを着ている。以前、誰かの結婚式で普段着で来ていたのに変である。中に入ると1階に日本人が多数いた。今日も日本人会ボーリング大会?。聞いてないのだが。少し経って修理担当の銭到着。残る二人の班長は家が遠く欠席。
 Fullerは隣のレーンからボールを持ってこようとしてスタッフに注意される。投球フォームも漫画そのもの。相撲体型でデーブ大久保を思わせる顔でどすんどすんと歩いては球を放り投げるが、このとき、右足が前になっている。経験ないように見えてしまうが170出したことあるらしい。銭は長身ながら重心を低くして長いリーチを床にこすりつけるように投げる。見た目はかっこいいが制球力はイマイチ。私は1回目で140超えだったが他の二人は二桁。緑茶を注文する。一人8元。ティーバッグで、お湯が少なくなると注ぎ足してくれる。3回目でFullerはターキーするなどして150超えを出した。あの投法で150超えられたら完全にギャグの世界である。
 終了後、近くで中華料理。蟹だけで60元だがトータルで150元。やはり中国人はサッカー好きが多い。中田は皆知っている。店では結婚式が行われているがどうみても新郎が高齢だ。新婦の父親かと思った程。店内にFullerの知人がいたようで会話していた。帰るときにバス停でFullerの嫁さん(妊娠中)と会った。近くが実家らしい。Fullerと同じ体型と聞いていたが、確かに横はあるが上背はなかった。私はカルフール行きのバス41路が既に無いことから帰宅した。寒いので夜も出歩かなかった。
02.3.25 平日休日、日本人のカクテルバー
 会社創立記念ということで珍しい平日休日。起きたのはなんと12:00すぎ。中国での最遅記録である。カルフールで買物をして戻ってから散髪。ホテルそば、またも初めての店で、いつも通り言葉ができないことと2cm切ることを紙に書いて入り口の二人の店員に見せる。二人は読んだ後、声を揃えて「ああ!」とわかった様子。このリアクションが今までの店よりもいい印象だった。洗髪中、隣同士で話している。ほとんど聞き取れないが、私が言葉がわからないことを話しているようだった。紙に書いて「あなたはどこの人ですか?」と訊かれ、「サパニ」と無錫語で返す。あと「少し何か書いてください(たぶん)」と書かれたが面倒なので「写(書く)」と「一下(少し)」に?を書いてわからないふりをした。カットをする男も中国人にしては感じがよく、カットそのものも非常にナチュラルなできだ。「あなたに〇〇を与える」かなんか言っていたのが聞き取れないのが残念だった。トータルで40元と高め。
 夜は相香味での食事後に隣のカクテルバー、Mariへ。まだできて1ヶ月足らずである。AさんNさんからメールで情報を得ていた。米沢出身のMariさんがママだ。ビールでレッドなんとかというのを頼んだらトマトジュース割りだった。日本人女性との会話の中で酒を飲む、日本でも硬派的にほとんどありえないのに無錫ではさらにできない体験。久しぶりに心地よい酔いである。次に久々に六本木へ。数ヶ月(1年近く?)行ってないはずなので、こちらはそろそろ行こうと思っていたところ。陸本木という名前を併記。六と陸では発音が違うはずだが。紫の看板はあまり趣味がいいものではない。以前の店員はほとんど残っていない。ママはなんと最近のVictorの彼女で、Victorはスナックのママになるなら店をやめると言ったそうで別れたそうだ。(この話も一週間後は違っていて、別れたからママになったとのこと)。ここでやったゲームはたくさんの棒をテーブル上に置いて動かさないように1本ずつ取っていくゲーム。失敗すると服を脱いで行く。私が圧倒的に下手であった。その後はさらに数ヶ月ぶりに「夢」。田連香も華井慧も辞めてしまって知っているのはママくらい。宜興の小姐は結構日本語ができた。
02.3.26
 大阪の同期入社の人間が来たのだが、品質トラブルで宴には行けなかった。仕事後、一人福ちゃんラーメンへ。工場建設業者の4人がいて、ケーキをいただいた。なんでも昨日が誕生日だったそうである。
 部屋に戻った後、Nさんに呼び出される。部屋へ行くのは実は初めて。なんと総経理が...。
02.3.27 日本人13人で中華
 出張者と出向者合わせて13人が【火考】鴨館で食事。人数的にも非常に珍しい。
02.3.28
 今日は日本人9人で富士屋。その後、銀座へ行ったのは出張で来ているS課長と同期のI君。I君は無錫初のスナック。0:00を回って帰ろうとしたが、静が雅へ行きたいと言い出したので一人残った。雅は一周年記念中らしい。しかしこの時間に行って100元取られるのはばからしいので少し銀座に残った後にママ運転の車で送ってもらった。ママは「Iさんはかっこいいですねぇ」と言った。いつもママがよく言う言葉だが実感がこもっているように感じられた。さすがは渡辺久信似だ。
02.3.29
 就職で广州へ行ってしまった雷。27日頃、引越しの為?無錫に戻ると言っていたので電話したら、まだ广州にいて無錫には4月に来るとのこと。私は来週广州への出張が決まった。一泊なので会うなら夜中しかないが...(^^ゞ
02.3.30 六本木に4時間
 毎朝見ていた、というよりベッドで聞いていたNHKの「ほんまもん」。とにかく見ていて腹が立つこのドラマも最終回を迎えた。来週からもおそらく新ドラマの為に早起きすることになるだろう。
 部屋を出る前に徐から電話。また麺の店に行きたいらしい。しかしその為だけに会うのも面倒で、中国語もあまり理解できずなんとか電話を打ちきる。その店は一人で土曜日午前中によく行く店だ。今日は込んでおり、近くの健康路の店へ。一人では初めてなので勇気がいる。帰ろうとして、客が食べてるものを見てやっぱり注文。三鮮面はさっきの店は2.5元だがこっちは3元。味も値段も違うので客の入りは全然違う。31路のバスとバイクタクシーで会社へ。バイクは4元というので3元に値切った。
 夜はバスでいこいへ。211路のバスが先に来た。211路は運河飯店で降りる客が少なく、はっきり降りる意思表示をしないと通過されてしまう可能性がある。しかし乗客が少ないので乗ろうとした。すると「2元」と言われたのでやめた。バス停にもバスにも表示はないが、以前同様、夜は2元なのだ。バスに乗ろうとしてやめたら後の子供とぶつかって倒してしまった。このようなときに、ま、軽くあやまるのだがそんなこと全く聞かないし気にしないのが寛大な国民性だ。いこいでかき玉そばを頼んだ。これは私が勝手にたぬきと勘違いしてしまったもの。いこいの後に六本木。店には意味不明な酔っ払いが数回入ってくる。
02.3.31 苛立つ二人
 休日なのに6時に起きてしまった。
 昼食前に空腹となり食べたカップライスがまずい。バス停で801路の2階建てバスが立て続けに来た。前のバスは込んでそうなので後のバス(我が社の広告が入っている方)にしたら空いていた。2台のバスは途中、抜いたり抜かれたりして人民大会堂に着いた時は乗ったバスの方が後だった。鉄板焼の店で昼食後、買物。会社の女性作業員と逢った。一緒にいたのは夫か。
 15:30に六本木の二人と新華書店前で待ち合わせ。なかなか現れない。そこを偶然通りがかったのは出張で来ているI君。買物帰りだった。ボーリング行くかどうか訊いてみたが、それ程行きたい様ではなくやめた。待ち合わせの二人は15:40頃店の中から出てきた。タクシーで行こうとすると、今度は店の中で待ってろといい、どこか外へ行ってしまった。戻ってきたのは約40分?後。私につまらんみやげを買ってきたほかは何をしていたのかわからない。何しろ二人とも日本語ができないのである。
 タクシーでボーリング場へ。靴を借りたのは私と宋だけ。レーンに着いた後、二人でしばらく話していてやろうとしない。俺が投げてもなんかしゃべっている。靴がどうだとか言っている。それなら交換しろと言ったのだが行かない。結局私が5ゲーム位やったところで宋がもう一人に靴を渡してやっと始まった。途中で10ゲームも頼んであったことが判明。しかし30元とは先週に比べてずっと安い。先週は3人6ゲームで90元である。1階なので安い、ってそんなことあるか?。結果について「あなたが一番」て当たり前だっての。
 タクシーで韓国焼肉へ向かう。この女性タクシー運転手がまた気性が激しく、なんか言っているがわからない。運転も荒っぽい。韓国焼肉には秋桜の純子、巨乳がいて気付かれたが、隠れるようにして奥へ。換気扇が故障らしく、網の上にアルミホイルを置いて油を塗るやり方。それでも焦げてしまったりした。途中で停電。ろうそくとなる。辺り一帯停電らしい。隣の席の人達とは自分が何人であるかの冗談を言い合ったりする。私はいつも通り寧波(ニンボー)人だ。寧波はいったことないが、日本と関わりがあり、行ったことのない所への憧れ、言葉の響き、などから以前から使っている冗談である。
 六本木に行ってもしばらく停電で、カラオケがかからないので静かだ。
02.4.1 まちがい中国語を指摘される
 品質保証のLindに簡単な中国語で質問。Lindは理解できたが傍らにいた通訳くずれの高が「今の中国語は間違っていると思います。」という。これには内心怒った。まともな日本語のできない通訳に言われる筋合いはない。日本人がよくする語順の間違いである。その後、二人でしばらく会話していたので、会話の内容を訊いたら「わかりませんか?」という。私に聞き取る能力があると思っているらしい。いつもへらへら笑っているのがまた頭に来る。
02.4.3 霧で大渋滞、広州へ
 ほぼ1年ぶりの広州出張。朝、濃霧発生。会社へ向かう途中で大渋滞。よりによってこんな日、かつてない大渋滞。高速道路も閉鎖だろう。総経理は「あきらめろ。」と言う。車内には一緒に行くOさん(京都から出張中)も乗っていた。街中、解放東路を越えてないのだから話にならない。皆、我先にと交差点に突っ込むものだから身動きが取れないのだ。途中からだんだん公安の交通整理が効き出したのか、なんとか通りぬける。4車線道路が、交差点を抜けたところでは行きが1車線、対向側が3車線化していた。会社着は30分遅れの8:30前。工場長からは列車を使うようにとの指示が出た。速い列車は9:04発。いくらなんでも間に合わないと思ったが指示に従った。通訳のPennも一緒に駅へ向かう。しかしなぜ3人なのにぼろいワゴン車なのか理解できない。駅についたのは8:55。駅外の券買所が急ぎの人用らしいが、行列で不可能。車に戻り、高速道が開くのを待ちながらインターへ向かおうとする。すると今度は運転手が、この車は遅い、会社で車を交換していった方がいい、という。80kmしか出ないらしい。しかも最近故障したばかり。結局会社に戻るとSANTANAは無く、社長車Audi使用。高速は開通していた。さすが、150km位出してもスピード感が感じない。飛行機は11:35発。虹橋空港着は10:50位。なんとか間に合った。搭乗口に着いたときはまだ搭乗が始まっていなかったが疲れてしまった。昨年5月、帰国するときの濃霧発生を忘れており、教訓が生かされなかったが、結果OKである。今回の航空券では漢字で名前が発行されていた為、私の搭乗券の名前が中国読みになっている。これでは何かあったときに日本のニュースに流れないのではないかと思った。
 南の国はやっぱりいい。とにかく高架道の発達した街だ。訪問先は昨年と同じ会社である。日本の提携業者の人が同行。中国語は中国人のように話していた。あとで中国生まれと知ったが。
 夜は広東の海鮮料理店。私は見なかったがゲンゴロウなどもあったらしい。私にとってはへびや猫よりはまだマシだ。相手業者のマネージャー3名は清潔さ、マナーなど、日本にいい印象を持っているようだ。私は広東語の本を見ながら便所の場所を聞こうとしたが、小姐は何をしたいのか分かっているようで話は全く聞こうとしなかった。
 ホテルは普通の高層ホテル。接触カード式鍵で3人とも部屋に入れず一度フロントに戻る。そのうえOさんは部屋番号を読み間違えて、人が入っている部屋に鍵をあてていた。
 広州に就職したという雷に電話してみた。駅のそばの寮にいるらしい。大雑把に言って6km位離れており、夜も遅く会うのはあきらめる。一人街に出る。中心部とは離れているがではないが市街地南方の繁華街の一つだろう。女性二人組に2回も声をかけられた。1回目はホテルを出てすぐ。食べ物がなんとかと言っている。逃げるようにホテルに戻り、フロントに向かったところで離れて行った。2回目もやはり若い女と少し年を取った女の組み合わせだ。このときは完全に無視。10時過ぎだというのに街中にはとにかく若者が多い。高校生なのか大学生なのか。セブンイレブン前では皆、絵を描いている。セブンイレブンには中国仕様のかっぱえびせんなど売っていたが高い。1つだけ買った。
02.4.3
 広州白雲空港売店ではカールの小袋を見かけたが、それほど時間に余裕がなく思え、チェックインが先なので買うチャンスを逸した。チェックイン時、パスポートをチェックしていなかった。この空港、案内表示がみな小さい。歩かされる距離が多いが、経路は本来わかりやすいはず。しかし説明不足だ。
 夜はホテルより会社の日本人5人が招待される。ホテルに新しい日本人スタッフTさんは若い男性。ここでもいつも通り総経理がしゃべりまくって我々が話を合わせる形。もう少しTさんに気を配ってもいいと思うが。
02.4.5 工場水びたし
 帰る頃、すごい嵐が来た。まさかと思ったが第二工場の天井が落ちて水びたしになっているという連絡を受けた。第二工場は間もなく開所式で準備をしていたところだ。行くと確かに天井板が落ちていた。これで帰りがかなり遅れてしまった。
 相香味での食事後、1年位(?)行ってなかった微笑へ。Nさん、O部長は既に到着していた。この店が嫌いな私は早々と別席で寝る。しかしほとんど眠ってはいなかった。O部長は上半身はだかになったり小姐を背中に乗せてフロアを回ったり、今回の出張で帰国前日にやっとこの手の店に連れてきてもらえたということで本能を出していた。帰ったのはなんと3:00である。
02.4.6
 通勤に使った30路のバス。なぜか途中で運転手交代。
 黄山路で最近できた新区循環バスの路線を確認。会社近くにもバス停ができた。バス停名は会社の名前が付いている。よくわからないが循環なので結構遠回りするものと思う。歩いて会社に向かう途中でNさんと通訳PennがNさんの歯の治療が終わって会社へ向かうタクシーで通りがかった。私に気付き、乗せてもらった。
 六本木に行くと宋がおらず、おばあさんの一人が日本人という良子がついた。名前の付け方について話をしていたがイマイチ理解できない。その後、銀座へ。
02.4.7 六本木スタッフとボーリング
 13:00に久々に通訳と待ち合わせた。たまたま近くで遭ったという泉が新世界店内へ消えて行った。崇安寺の餃子店へ。餃子ばかりいろいろ種類があったがそれほどうまいわけではない。カルフールに行くのをやめて、新しいスーパー、誠隆超市へ。その前にバス停でのばばあのかき分け(中国人特有の人込みの中を手でかいて進む)にわざとやり返し、ばばあが怒ったのに対してこっちも激怒。スーパーは市中心北部、黄金海岸ホテルそば。この辺に来るのは久々である。その先、たこ焼きやがあるというのでいってみる。その前に大阪屋(阪の字は本当は田へん)という日本食品の店を発見。菓子類はせんべいはなく甘いものばかりだった。たこやき屋金太郎はもう少し先、の右側。ここの商店街は片道一車線で、日本やヨーロッパの商店街にもありがちな雰囲気である。こんな商店街が無錫にあるのは知らなかった。たこ焼きやは途切れなく客が来ていた。女性の店長は日本にいたらしく日本語を話す。3月半ばにオープンしたらしい。名詞を配るために数枚もらった。
 通訳より先にバス501路に乗って帰る。一度帰ってから百盛の地下食品売り場へ行ったら改装?でやっていなかった。
 17:00に八佰伴で六本木の良子、ママと待ち合わせ。李も来て4人でタクシーで明星ボーリング場へ。運転手が「やっていない」というので電話確認。やっているとのこと。ママが大量にタダ券を持っており、全く金が要らなかった。私は不調。李は来るのも初めてらしく見ているだけだった。
 ママは待ち合わせの為に新世界そばで降りる。タクシーの運転手は変な奴で、メーターをしばらく倒さず私が指摘してから倒すし、ママを降ろす場所は車を止められないとか言って曲がってママを降ろしてからRAMADA前を通り中山路に戻る意味不明さ。メーター通りでなく、その前にママが取り決めした金を払って降りる。韓国焼肉は席が無く、アマゾン近くの中華にした。
 六本木では最初、宋と良子がついていたが、どちらも日本語ができないという困った状態。そのうち宋だけになった。22時まで。
02.4.9 昴
 出張で来ているYさんとN野さんが明日帰国する為、総経理主催で富士屋で食事。帰りのタクシーでは運転手がわざわざ「昴」を流す、なぜか途中で終了。
02.4.11 
 会社では小学生の工場見学があった。Rexが説明。引率の先生はRexの奥さんらしい。
 非常用扉を無視する夜勤者が多いため、Nさんがわざとその前に第二工場開所祝の花立てを置いて帰った。
02.4.12 タクシーのインチキメーター
 案の定、昨日の花立てはどかされていた。
 夜、星がいくつか見えていた。星を見たのはまだ2度目。前回は金星だけだった。
 タクシーの料金上昇がやたら早い。停止、発車、または道の凸凹で料金が上がっている気さえする。運転手は、大飯店まで普通ならいくらか?、と訊いた後、途中でメーターをクリア。その後はメーターの上がりは遅くなった気がする。知らない客から儲けようという考えか。福ちゃんラーメンの後、Nさん、Y本さんはバレンタイン、私は銀座。マッサージ得意の新人はじめすけべ店員が多い。範が少し前にいなくなったので一人は減ったが。
02.4.13 三鮮面出ず
 大阪からの応援者で最後に残ったS野さんとY本Hさん。最終日だというのに装置トラブルで帰りが22:00を回ってしまった。我々赴任者も帰りにくく残っていた。
 タクシー2台で崇安寺の中華料理店へ。Nさんは何度も来ているらしい。日本人などまず来ないような店である。それにしても遅くまでやっているものだ。私は早々、三鮮麺を頼む。分かっているかどうか疑問だったのでもう1回言うと「知道了(わかった、または、もうわかっている)」と言ったが最後まで出てこなかった。麻婆豆腐、茄子、炒飯、紹興酒タイプの地元酒、はうまかった。この店の短所は取り皿が小さいこと、食器が汚いこと。三鮮麺がなぜでないか聞くと「(言っていることまたは言ったことが)わからない」という始末。
02.4.14 相香味の出前来ず
 相香味で出前を頼んで雅でピアノ練習。小姐が座る位置が近すぎて気になる。またも小姐がかなり入れ替わって日本語レベルがダウン。はっきり言ってこの店はたたんだ方がいい。19:30頃来た客も会話にならず20:00前には帰ってしまった。相香味には19:00前に出前を頼み、19:30に持ってきてもらえる様、話したのに8時近くになっても来ない。小姐に訊いてきてもらうと、もうすぐとのこと。しかし8時を回ってもなかなか来ないので店を出た。相香味では「もういらないから。」と言ってやった。「作るから。」とかなんとか言っていたが、あきれ返った。憩ではきつねそばを頼んだら、先日私が教えたたぬきそばが出てきてしまった。その後、六本木。百恵はやはり元真由美の小姐とわかった。真由美は隣町常州に店を出そうとしていたが高くてやめたのだそうだ。常州は日本人スナックが2軒あるらしい。日本人は300人いるというがそんなにいるとは思えない。最後に銀座。一人で3軒はかなり珍しい。
02.4.15 六本木3周年
 六本木が3周年ということでセット50元(通常80元)、シーバスリーガル250元、と割安。ビンゴゲームはうまく行かなかった。
 銀座では元会社の通訳、Georgeが来ていた。
 ホテルが値上げする為、マンション情報を聞いた。なんとママが、総経理が調査してピックアップした3つのマンションの1つに部屋を持っているらしい。しかも、貸してもいいという。八佰伴と対角にあり、新しいマクドナルドができたビルである。ただ、マンションというより雑居ビルの感がある、というのが総経理からの情報。
02.4.18
 日本から出張のカクさんを含め富士屋で食事した後、六本木。ママが大飯店の滞在部屋を見せてくれるよう依頼してくれることになり。11:30頃?だというのに大飯店へ。しかし全室うまっている?とかで見られなかった。1日180元?というのは相当安い。
02.4.19 会社に新ワゴン車
 故障が多かったワゴン車に代わる新車が来た。トヨタの技術が入っているもの。しかし、最初から社内灯が接触不良。取っての付いている位置がイマイチ、左側はない、など、やはり中国車だ。工場長が工場内を運転。左ハンドルなので不慣れな様子だった。会社のロゴも字体が少し違っていてイマイチだ。
 最近は日本からの出張者が入れ替わりで来る。今日はお馴染みのKさんと初めてのIさん。相香味の食事後、帰りのタクシーでは「しとしとピッチャン」の中国語板が流れてきた。この歌は中国語に合いそう。
02.4.20 大学キャンパス
 雷が11時にホテルに来るはずだったのに来ない。その間、総経理が外出して行く。あきらめて部屋に戻ったら12時頃やっと来る。11時すぎてから部屋に電話したらしい。
 雨なので、近いがタクシーを使い、五愛北路のD&D。ここは2年前の秋頃、雷も含め4人で来た思いでの場所であるが、雷は覚えていないという。いつものピアノ弾きの生演奏の中、決して美味くない料理を。カレーを頼んだが、ルーはポタージュどころかスープのようだ。カツは別皿で、御飯の皿の上に載っている。雷は就職した広州から引越しの為に戻ってきたのだが、広州は嫌いだという。人が多く、普通話は皆へたくそ。しかし俺と同じ位下手というのは冗談でも言い過ぎだ。本当は上海に行きたいらしい。今からこれではどれだけ続くことやら。私の希望で大学キャンパスに入ることにした。江南大学は3キャンパスに分かれている。まずは青山湾キャンパス。意外だったが、入ってみると日本の大学とそれほど大きな雰囲気の差は無い。恵山に隣接し、環境がいい。キャンパス間には無料バスがあるが、本数は少ない。張巷キャンパスは雷が知人に遭う可能性があっていやがり、路線バスで西山キャンパスへ。惠山の西側に来たのは初めて。山に囲まれ環境抜群の地で驚いた。日本の山間部に来ている様。2年近くもいたのに無錫にこんなところがあったとはびっくりである。広大な敷地で今も尚校舎建築がされているような状態だった。どこまで正しいかわからないが、江南大学は江南学院(大専=短大的3、4年?)、無錫軽工大学(専科=4大レベル)、無錫教育学院(中専=高専的な4年?)の3つが合併したという。江南学院は江蘇省の学生しかいないが、軽工は全国から学生が集まっているらしい。教育学院が不明だが、教員養成とすると、日本に無いタイプでおもしろい。門の外の売店で売っていたフロッピー。偽物のように見えて2枚購入。ボーリングでも行こうと思ったが、雷はあまり乗り気でなくカルフールに行くことにする。雷は初めてとのこと。特に何も買わず、雷はクレヨンしんちゃんを立ち読み。「しんちゃん」は中国語で「小新」だ。夕食の為、汽車西站へ。ちょうど銀座の魔法使いに目撃された。川味館は満杯なので韓国焼肉へ。雷は店員と話し出し、会ったことがあるのかと思ったら初対面だという。雷が知っている日本人が客にいたらしい。帰ろうとしたら、銀座に行きたいと言う。ピアノを聴きたいという意外な言葉。銀座にはピアノが無いので雅へ行く。会社の秘書、ということにした。雅では客が一人、その後どんどん入ってきてピアノどころでは無くなってしまった。21:30に出て、雷はバス停へ。私は忘れたヘッドフォンを取りに行くために韓国焼肉へ。もう店は閉まっており、バス停に戻ると雷はまだいたので見送った。
 もう所持金は100元なかったが、銀座へ。予想通り席が無くカウンター。マッサージ受ける。眠くて帰る。
02.4.21 たこ焼き屋の夫婦
 マリナーズのい試合が終わってから出かける。バス停でいこいの元?小姐、南通人と男を見かける。男は日本人のようにも見える。一見、年の差がある。
 カルフールでいつものように焼きうどんを食べた後、買物へ。ここでも何度か南通人を見かけるが、彼女は慌てて逃げる有様。
 ホテルに戻ってエレベータでは今度は元銀座の牛さん。私と同じ30階、日本人と一緒だ。
 夕方、明星ボーリング場へ17:10頃到着。日本人会のボーリング大会真っ最中。私の目的は六本木のママと会って大飯店の部屋をいつどのように見せてもらえるか話した。ママはボーリング参加だったので。他の主なメンバーは我が社からNさんと出張のKさん、Iさん、同敷地内K社の3人、喬の会社の副総経理、桜のやよい、など。
 15路で中信銀行、五愛北路から204路で勝利門、さらに29路で青石路。たこやき金太郎へ。店長は私の顔は覚えていなかった。長々と話しこんでしまい、彼女は東京に住んで千葉の学校に通っていたことがわかった。最初に住んだのは赤羽という私にとっても馴染みのある地でローカル的な話も出た。バスで帰ろうとすると、夫に車を出してもらう、という。これがまた30分位かかったのだが、また日本語堪能な夫が来て車で竹屋まで載せてもらった。世話好きだが、良かれと思ってしているのが相手の時間を犠牲にしてしまうのがいかにも中国人らしい。この夫婦、先に夫が留学、後から妻が留学、したのだそうだ。しかしこの話も翌日のY本さんの話では違っており、何が本当なのか怪しかった。Y本さんに店長は、日本には行っていないと話したらしい。
 竹屋で出前を頼んで銀座ではカウンタ、久々に秋桜、大飯店でせんべいを買って六本木。洋子と李(頭が良くない美人)が客と来た。李には雷が会いたがっていることを話した。
02.4.22 路線バスで帰宅
 19:30までには帰るとNさんと決めたのに現れないので先に帰った。ただ、会社の車で遠くまで行ってしまうと他に運転手がいないので、35路のバスが乗れるところまで送ってもらった。運転手Rogerは途中でバスを追い抜いてすぐに乗れるようにしてくれた。平日の帰り、食事前に路線バスを使用するのは初。綺麗面亭での食事は数ヶ月ぶりか。
02.4.23 真夜中の駅
 雷からのメールで25日深夜1:30の列車で広州に帰ることが書いてあったので、今晩か明晩か気になった。RAMADAに寄って行くのが可能かとかなんとか書いてある。電話番号らしき番号に電話。これはポケベルだと後で分かったが反応はなかった。後から考えるとアホだが(25日の夜といえば明晩か明明晩である)、今晩の可能性もあると思って1:00頃タクシーで駅に。深夜の駅は初めて。長距離列車だらけの中国では日本と違って駅は24時間体制である。駅では寝ている人が多い。かなりしっかりしたふとんを持っていたりする。危なくないのか、泥棒されないのか心配である。しかしもしかしたら旅行者だけでなくここで寝泊まりしている人もいるのではないか。私はジャージ上下で周りの中国人からすれば明らかに違った服装だったはず。どう見られていたか。あまり見られていなかったように思う。風があり、寒い日である。1:30近くになってまたタクシーで帰った。
02.4.25 会社の車、パンク
 帰りに車がパンクした。運転手Rogerはジャッキアップもよく知らない有様。スペアタイヤにも空気が無く、タクシーを使用せざるをえなかった。いかにも中国らしい出来事だ。
 帰ると雷からメールが入っており、江蘇省内で別の会社(日系)の面接を受けてだめなら广州に帰るらしい。
02.4.26 真夜中に通勤バスで帰る
 かなり遅い時間、帰ろうとしたら設備トラブル。3交代勤務の2班(16:00〜0:15)の通勤バスで帰宅。深夜の通勤バス利用は初。
02.4.27 昔ながらの街並み
 AM、ホテルでGW帰国のための航空券受け取り。私の初代通訳Victorの勤務している旅行社経由で購入した為。今までは人事行政部任せていた。ほんのわずか安いようなので頼んだが、かえって面倒である。Victorの都合が悪く別の担当者が来た。やはり専門は日本語だそうだ。
 いつもの店で三鮮面(ラーメン)を食べた後、31路のバスで会社と反対方向に向かい終点まで。時代を遡ったような狭くて古い街並み。ここでは犬猫を結構見かけた。いるところにはいるものだ。まず外国人が来ないようなところである。ここには中距離(?)バスのバスターミナルがある。蘇州6元?。いくらなんでも安すぎるのでは?。駅前ターミナルからのバスより安い?。33路で春申路まで戻って歩いてたこやき屋へ。食べてたら店長夫妻来る。
 黄金海岸ホテルで日本食を探して見たが見つからない。静があると言ったのに。ホテル前で銀座のアンドレ、何さん、もう一人の男とばったり。運転免許の試験を江陰で受けて来たところらしい。男は「彼は日本人か?」と意外そうに話しているようだ。アンドレにバスの定期券は40元と聞き、外国人も買えるとのこと。既にたこやきを食べた私なので食事は一緒にせず、商業大厦までバスに乗って下車後別れる。シェラトンホテルで日本食の店名確認。濱照なのにHAMACHO?。
 夕方、健康路バス停でどういうわけかまたアンドレと遭い、一緒に韓国焼肉の店へ行く。忘れて行ったヘッドフォン、店の外に落ちていたそうだ。
02.4.28 結婚式2回
 工場長、Nさんグロマ?ホテルでの社員Areneと元社員Leoの結婚式。市街地南側のこの地区は行った記憶がないが、街になっていた。Victorの家もそう遠くないのでは?。式場には元通訳Victor、Georgeとその彼女も来ていた。Georgeの彼女は初対面で、シンインパイ(新硬派)と言っていたようなので私の情報はあるらしい。専門は日本語だし。
 式の後、日本人3人でJinlunホテルの長期滞在向け部屋を見に行く。RAMADA値上げが理由。まだ誰も入居したことのない部屋。安くてサウナ室などサービスもよい。候補の1つとした。買物はコンビニが近いがデパートは遠い。交通は会社方面のバス便は無いが無錫大飯店方面は便利。など、一長一短。
 ここで工場長が携帯電話をなくしたことに気付いた。どうやらタクシーに置いてきたらしい。まず郵電局、次に通信電話局で電話をSTOPさせた。本人のまともな証明がないのに処理できたことには感心。
 一度部屋に戻って休憩後、再出発。今度はエンジニアYoungの結婚式だ。Areneの結婚式もそうだったが、既に辞めた社員が何人か来ていた。終了後Youngの家へ。これが遠い。通勤には会社のバスで1時間近くかかるのでは?。一般的な集合住宅。外壁は古いが部屋の内装は新しくきれいだ。上から飴玉を吊って新婚二人に口で取らせようとするところを上に引っ張って意地悪してキスさせるゲーム、卵を片足からもう片足までズボン内を通すゲーム、などで盛り上がっているのだが、言葉のわからない自分にとってはいるのが辛かった。卵を通すゲームで上海、蘇州、無錫、南京など地名が出てきた。ズボンの場所に対応しているのか?。日本人3人は先に22:00頃帰る。
 どうも気分が晴れず、また一人で出かける。ホテル1Fにいた他社のAさんのタクシーに同乗し、六本木へ。23:30以後になってから銀座。希望していた新人の何さんが付くが日本語ができない。
02.4.29
 会社の通勤用ワゴン車は社名入り。今日は一人で帰り、直接銀座へ。名前がちょっと目立つ。直接飲み屋はちとまずいか。竹屋からごはんなどの出前を取り、手持ちの茶漬けを使う。銀座の五木ひろしは今日で仕事終わり。ホテルまで送ってもらった。
02.4.30
 通訳採用面接。4人が応募していた。かなりレベルが低い。本当に専門が日本語?、という人もいる。
 六本木でついた小姐は日本語できず銀座へ。明日日本に帰り、次はいつ来るかわからないというM本さんとカウンターで話す。


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