中国見聞録10 最終更新2002.3.3
1元≒16円です。
02.1.1
昼近くに食事に出る。新正月でもかなりの人出である。信林小火鍋では売りきれなのか麺がなく、綺麗面亭は当然席がない。D&Dも並んでいる。結局戻って千年の穂で定食だ。日本人の団体観光客が来ていた。昼間に千年の穂に来ることなどないから、観光客がよく来るのかどうか知らない。
02.1.2 アルプスの少女ハイジ
WOWOWでアルプスの少女ハイジを放映。エンディングの歌と映像が懐かしい。もう25年も前だと思うのに映像が奇麗だ。
02.1.3 部品屋
通訳と昼食の為、八佰伴に向かう途中で銀座の王静とすれ違った。一緒に信林小火鍋で昼食。3人で100元近く。中国人にしてはかなりの高価な食事だろう。
その後、Yさんに場所を教えてもらった部品屋へ行くためにバスで勝利門まで。公安から逃げる自転車乗りの人がいた。荷物を少し落としながらもあわてて去って行く。歩道で許可なく商売をしていたらしい。部品屋のビルはまともに入ったのは初めて。やはりここも1つの店でなく多数の店舗で成り立っていた。機械部品、電気部品など仕事で使うものばかりで、じっくり見ていたら時間が経ってしまう。リレーなど、見た事もないメーカーのもので興味があった。ここでは金尺(日本製)を購入。このビルの隣の建物も部品屋の集まりだった。こちらは1階だが奥行きが広い。木ネジを買おうとしたが、店のおばはんと言葉が通じない。通訳を呼んで数個買ったら1元足らずだった。その後、以前一人で行った事のある雑貨屋の集まった広大な建物へ。ここで便所に入ろうとしたら金を取られるらしかった。しかし金を払わず入っていく人間が数名いた。納得いかず話しかけるが言葉が通じなく入らなかった。後で客でなく仕事をしている人らしいことがわかった。帰り道のHOME MART(好買得)でワインコルク抜き購入。
夜は銀座。客はもう一人だけ。
02.1.6 通訳のアパート
通訳との昼食は珍しく中華。汽車西站前の川味館である。本当は韓国焼肉に行きたかったのだが開いていなかったのだ。川味館は人気の店だが、既にピークの時間帯を過ぎていた。ここは四川料理の店で、辛いものが多い。麻婆豆腐他、野菜中心に注文。さすがに味はなかなかだ。二人で60元足らず。帰る前にアンケートの記入をさせられ、「普通」の評価をした項目については店員に理由を訊かれた。店の前が汚いから、などと答えた。
通訳のアパートに行こうと私は言ったが通訳は嫌がった。近所のおばさんはなんでも訊いてくるし部屋を覗きに来るのだそうだ。それでも近くまで行ったが、さすがに入り口で私もためらった。おばさんが集団でなんかしている。門のそば、中庭にも。かなりチェックされそうだった。結局入らず。バス停へ行くと見た事のある女性。どこかの店の小姐だったかな?と考えたが思い出せない。今考えれば、工場長の以前の通訳だったかも。バスで街中の崇安寺まで戻ったのはボーリングの為。ボーリング場は、偉く古い造りの建物(屋根が観光地の寺の様)の3階位にあったが、閉鎖されていた。そこで日本人会で使う明星ボーリング場へバスで移動。1階、2階共通訳の知っている日本人がいて困っていた。1階には福娘のママもいるし。結局、2階の日本人が帰ってから2階でした。私はいきなり73というとんでもないスコアを出してしまった。2回目は120は行った。通訳の1ゲーム目のスコアの末尾1桁、私の2ゲーム目のスコアの末尾1桁は1ゲームサービスとなる数字だったのでもう1回行った。が、私はまた2桁だった。数種類の球を使い分ける持ち球豊富な私だが好不調の波が激しいのと細かな制球力がない荒れ球タイプの為、スコアが伸びない。通訳はボールが空中を飛んでいるが、ヘッドピンは外さない。
02.1.8 事故
最近、朝の通勤では中国語学習のCDを聞いている。CDプレイヤーは昨年12月、通訳から新品を買い取ったもの。テキストを見ているので下を見ていたら車が急に右へ。隣のNさんが声をあげる。間もなく左から来たバイクが衝突。車の左前に当たったバイクは吹っ飛んで運転手は肩から落ちて地面に擦られ、段差に頭を打ちつけられて停止。これを間近で見てしまった。こりゃいってしまったか?、と思うくらい。車から降りてみると運転手は意外にも立ち上がっていた。会社の運転に公安が来ることを確認し、Nさんと二人で先にタクシーで会社に向かおうとしたところ、タクシーで出社途中の、会社のdoctorとその娘の人事行政部長が通りがかって停止。部長を残して我々は会社に向かった。
幹部と同時に17:45に会社を出る。ワゴン車は定員オーバーだ。アルプスの少女ハイジを見てから20:00過ぎにバス11路で「いこい」へ。まだ2回目なので覚えてもらっていなかった。
02.1.9
今日もWOWOWでアルプスの少女ハイジを見てから夕食。タクシーの運転手に珍しく「汽車西站」が一発で通じた。しかし途中で日本人かと訊かれる。「『こんにちは』の意味はニイハオか?」などと訊いてきたので他の挨拶も教えてやった。浅草は2回目。狭い印象があったが実は椅子のテーブルは2つでも座敷には5テーブルもあった。以前は福娘で働いていた額の広い中国人顔の小姐に「なんでこっちで働くのか?」と訊いたら「理由はあなたと同じ。」と答えた。「ママがうるさいか?」と訊いたら肯定。天ぷらそばは45元もしたが量が少なく、クレームをつけたら、もう1杯作るというので、時間がかかりそうなので麺だけ頼んだ。
櫻でカラオケでハイジを歌ったがやはりまんがの画像は出てこなかった。先日、60元足らずで川味館で二人で食事をしたことにママがうけていた。二人だったら200元超えてもおかしくないのだそうだ。
02.1.10
今日もハイジを見てから夕食。今日はバス11路で富士屋。40元もする茶そばの量の少ないこと。この店、すべての品が食べ放題仕様で少ないのだ。なんだか疲れており、そのまま11路で帰る。
02.1.11 広東読み
業者とのやりとりがどうも食い違っている。原因は相手の中国代理店の場所が香港と深センであり、我が社のエンジニアの鄒をChauと呼んでいたせいだった。普通話ではZou。日本語ではSuu。鄒賢平、すうけんぺい、すけべである。
夕食は久々に峰に行って見たがやっていなかった。しょうがなく竹屋で出前とって銀座へ。峰はもうかなり前に閉鎖していたらしい。せっかく改装したのに。とにかく料理が出るのが遅かったから。銀座ではカウンターで、既に半年も働いている王静が全く日本語をやる気がないことと、ボックス席が空いたら私より後からきたカウンターの客が移動できたことに怒り、帰る。王静はどうせもうすぐやめる予定だったがこれで解雇が決定してしまった。また、ボックス席に新しい客が移動したのは、他の仲間も後から来た為だった。それにしても気分が悪いので秋桜へ移動。意外に客が少なく、小姐が4、5人も着いてしまった。寿司を浅草から出前する。8個で30元?。「まぐろ」と言ったが来たのは巻物。先日忘れていった自分の食料を持ち帰った。
02.1.12 研修仲間とやっと再会
中国赴任前に赴任者向け研修で知り合ったのが蘇州のIさんである。連絡は取っていたのだが会うのは延び延びになってしまっていた。Iさんの帰国が3月に決まったので急遽決定した。
出発前に部屋から携帯や電話に電話するが、携帯は番号がない?。通訳に訊くと、市が違うので発信番号がいる?。こんどは電源が入っていない。電話は話中。通訳と遅い朝食を軽くとり、公衆電話でまた電話するがつながらない。この公衆電話ではつながらないらしい。通訳の携帯を借りて電話。やっとつながった。行く途中でホテルに予約を入れるつもりだったが、「とにかくまずは来てください。」ということになった。列車はしばらくなさそうなので、通訳がいつものように割り込みしてバスの切符を買い、待ち時間ほとんどなく乗り込む。バスは小型車。すぐにIさんに電話。11:50発なので、12:50に蘇州汽車北駅で待ち合わせることとなった。バスは無錫東インターで高速に入り、蘇州インターでなく1つ手前の蘇州新区インターで下りた。到着はほぼ予定通り。まだIさんは見当たらない。電話をしてみたら、向かっているところだった。少したって到着。なーんだ、私と同じく通訳連れである。出発前、電話が話し中だったのは、怪しい電話対策で受話器を上げておいたとか。まずはタクシーで新区のコーヒーショップへ。新区は新しい開発区で、広い道路といくつかの超高層ビルが印象的だ。蘇州は高い建物が無い、というイメージがあったが、中心街にはなくてもこの辺にはあったのだ。無錫の新区といえば工業団地があるのは同じだが外国人が住むようなところはない。蘇州新区は、私が無錫に来る前の無錫の想像に近かった。雰囲気としては千里中央か筑波学園かといったところ。中心街でホテル暮らしの自分でもちょっとうらやましい面もあった。入ったコーヒーショップは広々としていてグランドピアノもあった。Iさんが「弾いたら?」と言ったが、音楽が流れているし、無錫のピアノのある店で頼んで断られたことがあるので止めた。
タクシーで虎丘へ。有名な観光地の一つ。斜塔が建っている。日本人の団体観光客も多い。隣でガイドの話を聞いたりする。しかし嘘も多いとのことだ。例えばどこかから石を持ってきて「〇〇が作った由緒あるものです。」と言ってもわからない、という。Iさんによれば、斜塔が倒れるのを食いとめる技術は日本のものなのだそうだ。斜塔は中に入れるものと思ったらそうではなかった。外側に電線があってなんだろうか、とIさんと話していたが、避雷針だろうか。各自買物。Iさんは竹の根っこから作った面を気にしていた。洗って、彫って、と非常に手間がかかるもの。180元の札がついていたものを100元目標に値切ったそうだ。しかし通訳も手助けし、帰るそぶりを見せたりして最終的になんと40元まで下がった。また土笛を買っていた。私は特別欲しいものはなかった。
タクシーで新区へ戻り、Iさんのアパートへ。アパートと呼んでいたが外国人向け高層マンション?。とにかく広い。トイレ、バスルームが2つ以上?。ここで我々無錫組はIさんの好意に甘えて泊めてもらうことにした。夕食の時間までVCDを見たりする。ホラー物は苦手だ。
夕食は新区の日本ストリートとでもいうべき近所の日本人向け飲食店がずらっと並んだストリートへ。無錫も日本人向けの店がかなり集中しているが、ここは1本道に集中しており、その数がまた違う。入ったのは伊藤園という店。食べ放題で100元、128元のコース(飲める酒の種類が違う)にして食べまくり。寿司はイマイチ。シャリがちょっといけない。すっぱいだけでわさびが全然効いていない。あとはうまい。この店で驚いたのがトイレで、用をたしながら小型液晶テレビが見えることだ。ただどういうわけか画像は裏側である。部屋にもテレビの配線跡のようなものがあった。
その後はIさんにお願いしてあったスナック廻りとなった。1軒目、「かぐや姫」。椅子の背が高く、他の客が見えにくくして個室のようなところがウリだ。規模は中レベルだそうだが、無錫では広い部類に入る。無錫と同じで塩城人が多いらしい。2件目は「聖子」。ここは狭い部類。但し無錫でいえば標準的。トイレはかなり階段を降りないと行けない。酔っ払いは大丈夫か?。3軒目は「クラブ蝶」。ここは無錫に匹敵する店がない広さ。但し客はいなかった。久々によく飲み、途中で体が酒をうけつけなくなっていた。20代半ば頃飲んでいた酒量よりずっと少ないが、しょうがないか。いつの日か蘇州全店制覇をしたいがその前に無錫を制覇しなければ(^^ゞ。通訳談では「蘇州のスナックは小姐がみな冷たい。」
02.1.13 蘇州楽園
9時台に起き、コーヒー、トースト、目玉焼きをいただいた。うーん、これが普通の朝食だよなーなどと心の中で感動しながら食べる。トーストと目玉焼きとコーヒー。必要かつ十分である。学生時代はトーストを朝食にしていたこともあったが、目玉焼き、コーヒーとの組み合わせは習慣がなかった。
10時半頃別れる。バス停まで見送ってもらう。すぐそばの遊園地、蘇州楽園へ向かう。しかし直進してそのまま蘇州楽園へ行くはずが途中で曲がってしまい、気がついたときにはだいぶ目的地から離れていた。富士通などのある工業団地の中へ。引き返そうとも思ったが折角なので終点まで。終点の車庫はそれこそ周りに店もないようなところ。しかし道は広く人も住んでいる。1元コインがなくなり水を買おうとしたところないので、バスでなくタクシー利用。住宅街の中の狭い道路に商店街があって賑っていた。蘇州楽園は乗り物がほとんどメンテ中で入場料金が一人20元となっていた。なるほど、客が少ないわけである。周辺道路も工事中で、その為にバスが迂回してしまったのだろう。内部はちょっといい雰囲気。中国にしてはかなりロマンティック気分が味わえる。山も池もある。モーターボート、フリーホール(っていうんだっけ?)、バンジージャンプのように背中に綱を付けられて振り子運動するもの、などはやっていた。高所恐怖症の私にとっては無理なものが多い。振り子運動はやってみたいのだが高さがありすぎて気絶するのではないか。
バスで中心部の観前街へ。バスを降りてすぐに買ったのがレンコンに何かつめて煮込んであるもの。レンコン自体好きではないがまあまあだった。ただ、このような手の汚れる物を歩きながら食べるのは苦手だ。商店街の中の四川の店での昼食。ここの麺とえのきはうまかった。麺の味は中国に来てからトップクラスではないだろうか。麻婆豆腐は少し変わった味、やや酸味がある?だったがうまかった。通訳が頼んだ飯物はうまくなかった。商店街内の書店?前ではたいこ?がドンドン鳴っていた。メロディーが全く無く、延々とリズムだけがなっている。高校野球の応援からメロディーを除いたような感じで血が騒いでしまう。しかしあんな大音量で迷惑ではないのか?。いかにも中国らしい。買物の後、バスに乗りそこねてタクシーで駅へ。車がすれ違えない恐ろしく細い道、古い住宅街を抜けて駅方向へ。反対向きのタクシーに乗るのが正解だった。駅では列車の切符を買い間違い、待ち時間が1時間半も生じることになってしまったので、キャンセルしてタクシーで汽車北駅へ向かう。どういうわけか前にも客を乗せ、運転手のおばはんは両方から金をもらうという効率的なことをした。しかも歩いても移動できるような距離である。ほとんど待ち時間なくバスへ。大型のバス、青色でお馴染みの「無錫快客」だった。道路の造りからしてしょうがないのだろうが、途中で強引なUターンをして蘇州インターへ。
夕食の韓国焼肉では同じ敷地にあるK社の総経理がいた。
02.1.15 運動会会議
5月に会社の運動会をするそうである。今日は第1回ミーティングで、私は審判部副部長とのことで会議に参加。日本人は一人なので隣に通訳がいて同時通訳だ。種目は総経理が決めたので日本式の一般的なものであり、遊びの要素が入っている。中国は競技主体なのだそうだ。そこで種目の説明には時間がさかれていた。実行委員長、審判部長、通訳が内容確認の為残ったが、皆、少人数だというのに声がでかい。やはり中国人だ。
02.1.17 雪
雪が降っているという情報が入ったが私が昼食時に外を見たときは既にほとんど雨のみぞれ。雪は赴任後初。昨期は降らなかった。
02.1.18 素人運転手
夕食はY本さんと出張で来ているO部長と3人で福ちゃんラーメン。O部長は二日連続とかで嫌がっていた。帰りのタクシーにO部長のホテル名が通じない。錫山のタクシーだ。錫山といえば今は無錫市錫山区だが数年前は錫山市。地理に詳しくない運転手がいそうで心配だったがまさにその通り。頭にきてしまって自分のホテルを言うことを忘れてしまった。O部長のホテルに到着前、Y本さんが我々のホテル名を言ったが運転手は聞いていなかった。1つ目のホテルでメーターをクリアしてしまったのだ。O部長は8元を支払った。そしてまた走り出したときにいくらか聞いたらまた8元(初乗り運賃)だという。しかも我々のホテルがどこかわからない。この運転手、本当にわかっていなかった。道を教えながら遠回りして到着。Y本さんが3〜4元払っても運転手が不服そうなので私が追加で4元払おうとしたらY本さんは「いいです、いいです。」運転手には「さっき払ったやないか。」と言って二人でホテルに入ってしまった。運転手は追いかけて来たが、我々はもうエレベーターに乗りこんでしまった。Y本さんは以前も同じような事があり、3、4元で済んだ上に運転手が謝ったとのこと。素人運転手はたまにいるので注意。
02.1.19 身長
かなり前に買ったアジアののミュージックCD。なんとこれにだんご3兄弟の中国語ダンスバージョンが入っていた。これはおもしろい。
大飯店で雷と待ち合わせたがいつものように遅れ、今回は20分待ち。ちょうど生ピアノでショパンのノクターン2番が流れていたが、アレンジ物かと思ったくらい弾き方がメチャクチャだ。とにかく速い。所々音をはずしているがおかまいなし。ラストに近い右手の繰り返しのところなどまったくデタラメだ。この女性、以前、私がStevenさんと一緒に会いに行ったピアノの先生ではないと思うが顔はもう忘れてしまった。
食事は相香味で食べ放題にした。途中でローズガーデンのママが入って来たりした。雷と身長の話になった。男は平均身長で日本の方が高くなったらしい。女は165cm以上、170cm以上の割合は中国の方がずっと大きく感じる。雷は自分のことを中国では低くても日本では低くないと思っているらしい。自称は絶対に嘘だ。中国と日本では3cm位は平気で違う。そこで店のママは170cmあるかないかという話になって意見が分かれた。私が見たところ、166位?いや実際はもう少しあるかもといったところ。雷は170を超えていると言った。ママの自称は168cmだった。
食事後はすぐ別れ、私はピアノを弾く為にすぐそばの雅へ。しかし客が一人いた。慌てて逃げるがママが結構しつこく追ってきた。カラオケしないお客さんだから大丈夫、と言うが、弾きにくい。銀座へ向かった。汽車西站のバス停にはまだ雷がいた。銀座では客が多くピアノどころではなくカウンターしか席がなかった。アンドレ、浦、範(西村知美似)などはスケベだ。しょうがないので硬派らしくないお下劣話をするしかなかった(^^;;;。珍しく日本人女性二人が客として来た。私がカラオケで岡村孝子の歌を歌った後、あみんの待つわを歌っていた。
02.1.20 空耳
カルフールでバナナを買おうとして計量所へ持って行ったのになんか言われた。買うのを諦めたが、袋に入れてから持って行かないとダメなのだろう。
通訳が誕生日らしいので日頃のお礼に百盛で買物。
竹屋で夕食。総経理や工場長などが入ってきたので隠れる。帰るときに、深刻な話をしているように聞こえた。しかしこれは空耳だったようだ。それにしても内容が今の我が社のしかも私の担当製品の現在直面している問題にぴったり当てはまっているように聞こえたのだが...。そしてこの日は寝るまでショック状態だったのだ。
銀座ではピアノ。客が来てやめようとするとまだ続けろと言われたり、カラオケが入ったのでやめろと言われたり、これでまた腹が立つ。カウンターで小姐もつかない(硬派なので不要だが)。20:30に出てしまう。
02.1.25
いこいに着いたのは19:50位。カツカレーなどを注文。カレーの具が多く、食べ過ぎた。雨の中、雅へ。客が多くピアノは弾けない。福娘のママが入ってきたがとくに会話しなかった。
02.1.26 カラオケ
夜、出張で来ているO部長と通訳予備員の高さんとでカラオケに行く事になっており、私も同席。その他、RAMADAロビーに集まったのはやはり出張で来ているKさんと高さんの日本語学校の友人江さん。5人で人民路のカラオケのあるビルの1階の鍋料理へ。ここは以前SSMさんが出張で来たときに一度来た事があった。到着するまでに江さんと少し話した。すらっとして妙にいい女である。しかし私の中国語が通じず、「日本語はよくわからない。あなたは中国語ができるのだから中国語で話して。」と言われて切れてしまった。鍋料理は羊肉、牛肉、魚のすり身だんご、もやし、えのきなど。味付けはアーモンド風味でKさんは合わないと言ったが私は結構好きである。Nさんは遅れて到着。カラオケに行く前に江さんは帰った。日本人の彼氏と会う為だとか。カラオケはビルのエスカレーターで3階まで行ったところに受付があった。日本のカラオケによく似ていた。ルームに入ってまず日本と違ったのがカラオケ機材。Winfows98で動かす。飲物はお茶位でアルコールは無い。しばらくしてティーバッグの入ったグラスとポットが届けられた。選曲用の本が無く、画面上で検索しなくてはならないが、そこはよくできている。日本の歌は多くない。曲名が間違って書かれていたりする。「恋におさて」など。日本語の歌にはピンインがふられている。つまり「ち」はqi、「つ」はcuだ。ピンイン付きの日本の歌は「いこい」などほかでも見たことがあった。O部長は高さんに日本の歌を歌わせようとしたが歌ったのは中国の歌ばかりだ。バスが無くなった時間でも「タクシーはあるでしょ。」と帰そうとしない。彼女を離したくないのはわかるが。まったく帰る気配が無く3時間経過。もう23:00を廻っていた。私はKさんを誘って退出。もうO部長と一緒の行動は御免である。
02.1.27 オーブン購入、日本人会新年会、Victor再会
カルフールでオーブンを購入。100元位。昔なつかしの食パン専用トースターもあったがこれの方が高かったような。
夜は大飯店で日本人会の新年会。JALとANAの挨拶で、JALは東京−上海間を1日1便から2便に、ANAは週2便から1日2便にするそうである。これで東方を利用する必要もなくなるだろう。飛行場が虹橋ならもっといいのだが。大広間でビュッフェ形式の食事に南京マジック、無錫人のダンス。私はここぞとばかりに寿司ばかり食う。ロビーで私の会社での最初の通訳Victorを見かけたのでしばらく話した。今はガイドをしている。つい最近、久々にメール交換したばかりだった。日本人会終了後は雅でピアノを弾いた。その後、初めて行く店「みゆき」。改装オープンしたばかり。ママは風吹ジュン似だ。風吹ジュンといえば毎朝、ドラマ「ほんまもん」で見ているところだ。チーママもそこそこ日本語はできるのだが、一部コミュニケーションにつまずき、腹が立って帰った。蘇永康のカラオケはなかった。
02.2.2 Victor早くも軟派に戻り、ボーリング場に日本人ズラリ
11路のバスに乗り大飯店へ18:00着。Victorと食事することになっていた。なんと彼女同伴。先週は「別れた。硬派になった。」と言ったばかりなのに、別の彼女である。この相手は私の見たことのある人だった。以前に日本人向けスナックにいた人である。まさかVictorと付き合い始めるとは。3人で行ったのは韓国焼肉。久しぶりの食事と会話であった。会社の状況で私の知らないようなことも知っていた。Victorの会社での肩書は副部長になっていた。私とVictorの会話についていけない彼女はCD Walkman?を聴き出す有様。支払い時、今までいつも俺が払っていたということで俺に出させない。Victorは寝不足という理由で食事後は別れた。
ピアノを弾くために雅に向かい、途中で〇に電話。一度聴きたいと言っていたので。しかし食事がまだとかで八佰伴で待ち合わせる事になった。八佰伴へタクシーで行ったら裏口に回ったので12元。細かい金は10元4角しかなく、運転手に許してもらったが、運転手もニガ笑いだ。モスバーガーで会社の採用候補者経歴紹介文について中文日訳が難しいとのことで訊かれたが、私にできるわけがない。
以前から話をしていたボーリング。明星ボーリング場へ。なんと日本人がずらり。しかも隣のレーンが〇の会社の副総経理だ。RAMADAのN村さん、大飯店のMさん、一緒に飲んだことのあるAさん、会社のNさんもいた。テニス同好会でN村さんの送別会?。ボーリングの方は私は今日もひどい出来だ。恥ずかしい位。終了後はタクシーで雅へ。弾けた時間はごく少し。珍しく日本人客から「別れの曲」という声がかかり、最初だけ。元々1ページしかできないが、数小節しか覚えておらず、終了。おっさんのリクエストは単なるヤジのようにも聞こえた。
02.2.3 ボーリング自己最高
夕方、バスで汽車西站へ。目の前の四川料理、川味館には既に会社の通訳Pennと班長Weberがいた。遅れてNさんと出張中のKさん到着。Weberは社内のAliceと別れたらしい。Aliceは会社の女性の中でも妙に整った顔をしていてルックスはトップクラスである。
食事後は〇に電話。店内の公衆電話からかけたがうまくつながらず、逆にその公衆電話にかかってきたのには驚いた。日本人3人は八佰伴に向かい待ち合わせ後、再びタクシーで明星ボーリング場へ。別の日本人二人がたまたま隣のレーンでプレイ。ここはいつも日本人がいる。私は1回目55という恐ろしいスコアなのに2回目は来中後最高の155。これでも日本人会ボーリング大会では太刀打ちできない。
02.2.4
夕食は一人で久々の浅草、カレーを食う。最近、カレーばかりだ。この店も具が多い。新人に話がうまく伝わらず怒る。この店ではすっかり悪役となった。
02.2.5
竹屋で頼んだたこやきの少ないこと。店員に文句を言った。
02.2.6
初めて簡体字を使用したメールを社内スタッフに送信。
02.2.8 新興住宅街
19:30に帰るが、Day(会社の班長)の結婚式終了後の人を運ぶ為にDayの家(?)経由。ここでしばらく待たされた。家は会社に近い低層な住宅街。日本の新興住宅地に似た雰囲気である。しかし家は横につながっており、門と壁で分けられている。
大飯店で降りて二次会に行く人が多かったようだが、私は歩いていこいへ。いこいのたこやきも少ない。マヨネーズとソースが完全に混ざっているものがかけられていたのでソースとマヨネーズのやり方を教えた。
02.2.10 帰国
帰国の為、出張で来ていたO部長と浦東空港へ。まず会社の車が私のホテルに来るように依頼しておいたのだがなかなか来ない。会社の保安に電話するも話し中なので、運転手のTomに電話したが、女性が出て話しまくる。何を言っているのかさっぱりわからないが、かけた電話番号を言ったりここの公衆電話の電話番号を言ったりしたがわけがわからずあきらめた。後で訊くとこの番号はポケベルだったらしい。かけ間違えた?。ロビーに戻るとO部長が来ていた。先にO部長のホテルに行ったのだった。
休暇前ということで混雑を恐れて余裕のある時間にしたが混雑はなく空港まで着いた。それでも浦東は遠い。2時間近くかかる。O部長は関空行きなので、私より数十分後に出発だ。登場口で無錫の某会社の会長を発見。銀座でよく見る人である。JALの機内には各席に電話がついていた。初めて知って驚いた。
02.2.13
出向元出社二日目。出向を決めた当時の部長がたまたま来ており、赴任後初対面だ。できれば顔も見たくないところだ。
02.2.14 中国語テキスト
帰国時の買物はだいたい決まったパターンだ。今日は秋葉原、神保町、新宿を回る。荷物が多くなりすぎて1日では困難なのが実状。池袋に行けなかったし。神保町の東方書店においては北京放送日本語放送での中国語講座デキストを購入した。3ヶ月分で薄い1冊が2000円以上もした。
02.2.16 スキー
スキーはいつ以来だろうか。学生時代最後のシーズンに初めて数年前までは欠かさなかったのに2年連続の昇格論文作成と中国出向ですっかり疎遠になってしまった。無錫の平坦な街中に住んでいると無性に日本の山間部に行きたくなるものだ。閉鎖されたスキー場があったのは今の日本を物語る。
02.2.17 中国へ戻り
飛行機はやはり日本のものがいい。設備がよくマナーの悪い中国人が少ない為。飛行機内で実際に画面でゲームをしたのは初。
02.2.18
帰りに保安でもらった飴はとうもろこし味。日本には無い味だ。
02.2.23
夕食は一人で相香味。中華丼を頼んだらあんが全然無い別物。ママに注意した。
02.2.24 Weir宅
人民路の美容室?へ。初めての店。思いっきり無愛想である。一人での散髪は久々だ。この店、大通り沿いながら、今まで行った店では最も庶民的かも。洗髪せず、生え際をかみそりで剃ることからスタート。石鹸もつけずにだ。恐ろしい切れ味である。髪のカットはあっという間に終わった。「2cm切ってください」の紙の指示に近い。カット後に洗髪。この店も10分以上だ。全部で25元。今まで行った中では一番安いが、庶民はもっと安い店に行きそうだ。
今日は会社の班長、Weir宅に招待されていた。バスを1回乗り換えて張巷まで。ここで待ち合わせ。江南大学が近い。Weir宅は大通りから裏に入った住宅街にある。商店や市場を過ぎると並木がある。住宅街ながら人が多く、日本にはない雰囲気である。Weir宅は3階建ての建物の1階。いたのはお母さんだけだった。家の中は物が多くて通路が狭い。というか家自体部屋数が少なく広くない。最小限の住居面積ではないか。両親のベッド、TVの部屋に妹のベッド、食事をする部屋にWeirのベッド、といった感じで、空きスペースがない。食事は肉、魚、野菜など。味付けは以外に個性がないが、日本では嫌いな部類である蕗などもちょうどいい塩味になっていた。恐れていたような味の物はなかった。食卓のそばには亀とスッポンがいた。亀はペット、スッポンはいずれ食用になるとのこと。亀は愛嬌をふりまいて?いた。トイレと風呂の空間も狭く、風呂は小さな浴槽。日本人には考えられない。とても住めない。1階なので日当たりも悪かった。物が多いと書いたが、実際はたいしたものがない。テレサ・テンのVCDを見ながら歌ったりしたくらい。
帰って寝ていたら夕方に〇から電話。一緒にカルフールで買物をしてから富士屋へ行くと知っている人がいるわいるわ。繁盛していた。今日は日本人会のボーリングだったらしい?こともあるか。まずは工場を作った業者の4人、洋子、櫻のユミ、会社のY本さん、有名人Aさん、同敷地内K社のMさん。自分の会社関係はY本さん以外出張者も含めてさらに5人いたらしい。
02.2.27
久々に竹屋。見たこと無い店員が「何様ですか?」と訊いてくる。「何名様ですか?」と言っているつもりなのだ。銀座の奈々がいたが、自分の客と一緒であり、私に挨拶はなかった。
帰りはバス11路。通勤帰りに食事し、バスで帰るのは初めてではないか。一度帰ってからならあるが。
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