臓 器 売 買 −インドの事例−

徳山大学経済学部教授 粟屋 剛


 臓器売買イントロダクション

 臓器売買は世界中で、特に第三世界で、公然と、あるいは秘密裡に、行われている。しかし、その実態はほとんど明らかにされていない。私はここ数年、特にアジアにおいて臓器売買の実態調査を行ってきた。本稿は、そのうちのインドの事例を紹介するものである。調査は1993年2月から約2カ月半をかけて実施した。また、その後、1994年4月上旬から約2週間、同年8月上旬から約3週間、補足調査を実施した。
 インドの新聞、タイムズ・オブ・インディア、インディアン・エクスプレス、ヒンドゥなどによれば、臓器売買はデリー、ボンベイ、マドラス、カルカッタの四大都市だけでなく、インド各地の都市で行われている。しかし、時間的制約があり、それら四大都市においてのみ調査を実施した。また、上述の各紙はいずれも腎臓、眼球(角膜)、皮膚、血液、骨(骨格標本)などの売買を報じているが、やはり時間的制約により、対象を腎臓と眼球(角膜)に絞った。皮膚、血液、骨(骨格標本)については、多少の聞き取り調査を行った他は、文献調査に止まった。具体的には、ドナー(臓器提供者)、ドナー志願者(臓器提供希望者)、レシピエント(臓器受容者)、医師、看護婦、コーディネーター、ブローカー、行政担当者、法律家、一般市民等へのインタビュー、写真撮影、ビデオ撮影(売買腎による移植手術等の撮影を含む)、及び新聞、雑誌、訴訟記録、法案、TVフィルム等の資料の収集を行った。

   臓器売買サマリー

 臓器売買の具体的事例は後述するとして、ここでは調査結果の概要を述べておく。まず、腎臓の売買は、いわばビッグビジネスになっている。統計資料はない(移植自体についてすらない)が、諸種の調査結果から推計して、数千例から数万例に達するものと思われる。数としては、フィリピンなどの比ではない。あくまで推測に過ぎないが、世界中の腎臓売買の7割以上をインドが占めるのではないかと思われる。インド国内でみれば、ボンベイ及びマドラスが圧倒的に多い。それにひきかえ、デリー及びカルカッタはそれほど多くないようである。ボンベイには中東諸国からの患者が多い。また、マドラスには東及び東南アジア諸国からの患者が多い。もちろんインド人患者もいる。私の調査の範囲では外国人患者の方が圧倒的に多い。腎臓の値段は、地域、個々のケースにもよるが、調査時点で、約30,000ルピー(1ルピー=約4円)程度である。値段は徐々に上がりつつある。因みに、腎臓代金も含めて、腎臓移植の総費用は約20万〜30万ルピーである。その約7割は医療機関に入る。
 臓器売買の形態は大きく三つに分けることができる。一つはブローカーがすべてを取り仕切るブローカー主導型、もう一つはブローカーを通さず病院が直接ドナー及び患者を集める病院主導型、他の一つはブローカーを通さず患者が直接、新聞広告などによってドナーを集める患者主導型である。調査では、腎臓の売買について、これらすべてが観察された。
 ボンベイではブローカー主導型の腎臓売買が行われている。そのシステムは次のようである。@腎臓移植を希望する患者がブローカー(ドクターサイドエージェント−後述−)にコンタクトをとる。Aブローカー(ドクターサイドエージェント)が自分と関係のある医師(腎臓内科医)を紹介する。B医師(腎臓内科医)が、あらかじめブローカー(ドナーサイドエージェント−後述−)によって集められ、健康診断、血液検査等を受けているドナー志願者の中から患者と血液型や白血球型が一致するものを選ぶ。C医師(腎臓内科医)が手術医(腎臓外科医)を決定する。D手術が行われる。E手術後、患者がブローカー(ドクターサイドエージェント)にすべての費用を支払う。Fブローカー(ドクターサイドエージェント)が、自分の取り分を除いて、医師(腎臓内科医)に、医師(腎臓内科医)の取り分及び手術医(腎臓外科医)の取り分を支払う。また、ドナーに腎臓代金を支払う。さらには、ドナーを探してきたブローカー(ドナーサイドエージェント)にコミッションを支払う。G医師(腎臓内科医)が手術医(腎臓外科医)にその取り分を支払う。
 マドラスには病院主導型の腎臓売買システムを作り上げている病院がある。そのシステムは次のようである。@ドナー志願者が病院に行き、健康診断、血液検査等を受ける。そして、これらの検査の合格者が病院に登録される。A腎臓移植を希望する患者が同病院に赴く。B血液型や白血球型が一致するドナー志願者がいる場合、手術が行われる。C手術後、患者が病院にすべての費用を支払う。D病院が医師に給料を支払う。また、ドナーに腎臓代金を支払う。Eなお、ドナ−は手術後三年間は無料で検診を受けることができる。
 カルカッタでは患者主導型の腎臓売買が行われている。そのシステムは次のようである。@腎臓移植を希望する患者がドナー募集の新聞広告を出す(一人の患者に対して20〜50人の応募者があるという)。A患者が、応募してきたドナー志願者のうちの気に入る者(複数)に健康診断、血液検査等を受けさせ、最も適当な一人を選ぶ。B患者が、そのドナー志願者を伴って医師(腎臓内科医)を訪ねる。C医師(腎臓内科医)が手術医(腎臓外科医)を決定する。D手術が行われる。E手術後、患者が直接、医師(腎臓内科医)、手術医(腎臓外科医)、ドナーにそれぞれの代金(取り分)を支払う。
 デリーにおける腎臓売買はブローカー主導型の変形である(説明略)。
 次に、眼球(角膜)の売買については、その事実は見出だせなかった。仮にあるとしても、数はごくわずかであると思われる。また、仮にあるとしても、それは腎臓の場合のような「日常としての臓器売買」ではなく、「事件としての臓器売買」であろうと思われる。新聞などで、大学病院の死体から眼球(角膜)が盗まれ、ブローカーによって売りさばかれた、などという記事をみかけることは、ままある。記事の信憑性のほどは、わからない。
 なお、皮膚、血液、骨(骨格標本)などの売買については、前述のように、詳しい調査はなし得なかった。ただ、これら、特に血液と骨(骨格標本)の売買がかなりの規模で行われていることは間違いない。これらは既に十数年前からインドの社会問題になっている。因みに、全世界で出回っている骨(骨格標本)の約8割はインド産であるといわれている。もちろん日本にも入ってきている。皮膚の売買については、雑誌などに自分が売ったというドナーが顔写真(及び傷跡の写真)入りで出ているので、行われていることは間違いないのではないかと思われる。しかし、数は非常にわずかであると思われる。


 ケーススタディ臓器売買(1)

 A.アラブの患者

 ボンベイという街は狭い土地に古いビルが林立していて、人口密度が異常に高い。街は騒然、雑然としている。乞食、路上生活者も多い。カルカッタが世界最悪の都市だといわれているが、その地位をボンベイに譲るのではないかと思う。ボンベイはマドラスと並んで世界の臓器売買のメッカである。
 ボンベイには腎臓売買に関与しているといわれている病院がいくつかある。サー・ハルキシャン・ダース病院はそのうちの一つである。この病院には毎日のように腎臓移植を希望する患者が訪れる。ここで出会った患者の一人にレバノン在住のナジ・ディアブ氏(男性、31歳<年齢等、初回調査時。以下同様>)がいる。ごつい顔をしているが、人懐こい性格の男だった。家族は両親、二人の妹、25歳になる妻、8歳、7歳、4歳の三人の子供。彼は地元の中学校卒業後、5年間農業に従事し、その後、タクシーの運転手になった。収入は一カ月約6,000レバノンポンド(1レバノンポンド=約6円)。暮らしは貧しい。かつて住んでいた土地はイスラエル軍に占領され、彼らの家はそのイスラエル軍によって取り壊された。今住んでいる借家は二間あり、一間に父母と二人の妹が住み、もう一間に彼と妻子が住んでいる。彼は親戚や村人などの多くの人の寄付によってこの病院に来ることができた。彼は1988年以来、1回4時間、週3回の腎臓透析を行っている。なぜわざわざインドまでやってきたのか、という私の問いに、「レバノンでも移植できるが、父母、四人の兄弟姉妹の誰も血液型や白血球型が合わなかった」と答えた。

 B.担当医

 ディアブ氏の担当医(腎臓内科医)はキルティ・ウパダヤヤ医師(男性、43歳)である。かなり太めの体をし、いわゆる牛乳瓶の底のような眼鏡をかけている。家族は妻と子供一人。ボンベイ生まれでボンベイ大学医学部卒。イェール大学に二年間の留学経験がある。また、アメリカで七年間の実務経験を持つ。エリートである。彼の病院内外での評判は高い。非常にまじめそうな印象を受ける。収入など答えにくい質問にも、口外しないという約束で答えてくれた。腎臓移植及び腎臓売買に関する彼のコメントは次のようである。「我々の国は貧しい。腎不全で苦しむ多くの患者は透析を続ける以外、方法がない。それは毎年およそ60,000ルピーかかる。もし患者家族に移植手術を受ける経済的ゆとりがあり、またそのつもりがあるなら、非血縁者からの有償の腎臓移植は患者本人を病苦から解放するだけでなく、同時に、ドナーとなる貧困者をも救うことになるだろう。政府は、現在のところ、腎不全で苦しむ患者もドナーとなる貧困者もどちらも救うことはできないのであるから、このような治療法(すなわち非血縁者からの有償の腎臓移植)は社会全体としてみればそれに利益を与えるものになる。政府はこのような治療法を禁止するのであれば、患者のために無料または低額の透析を用意すべきである。また、同時に、ドナーとなるような貧困者を救済する施策を用意すべきである。このような対策を取らないで禁止しても事態は悪化するばかりである。すなわち、需要と供給はそのままで、良心的で腕の良い医師は手を引き、二流三流の医師が闇で移植をすることになるだろう。」

 C.臓器ブローカー

 ディアブ氏、ウパダヤヤ医師、ドナー(後述)の三者を結びつけたのは、ボンベイで最も有名なブローカー、カマル・シディクィ氏(男性、42歳)である。彫の深い端正な顔立ち、長身。不精髭がよく似合う。残念ながら写真はない(拒否された)。口数少なく、めったに笑わない。いつも寂しげである。しかし、威圧感がある。私がインドにおける臓器売買調査中に出会った人々の中で最も印象に残る男である。彼はウッター・プラデッシュ州出身。家族は妻と三人の子供。彼は敬虔なイスラム教徒である。毎日5回の祈りを欠かさない。彼はボンベイの中心部にある高級ホテルの一室を事務所代わりに使っている。私は同じホテルの隣の部屋に陣取った。
 彼は10年前にこの仕事を始めた。以前はアラビア語の教師及び通訳をしていた。彼の名は移植関係者の間ではボンベイだけでなく、インド全土、さらには中東にまで知れ渡っている。それを示す例がある。ある日、ホテルのロビーでリヤド銀行に務めているというサウジアラビアの青年に出会った。彼は腎臓移植を受ける母親に付き添ってボンベイにやって来た。彼ら母子はシディクィ氏を頼ってやって来たという。「どうやってシディクィ氏を知ったのか」という私の問いに、彼は、「デリーにあるサウジアラビア大使館に電話したら係官が同氏を紹介してくれた」と答えた。また、別の日、同じくホテルのロビーで、レバノンでレストランを経営しているという中年男性に出会った。彼は腎臓移植を受ける弟に付き添ってボンベイにやって来た。やはりシディクィ氏を頼ってやって来たという。同じ質問に、彼は、「弟がレバノンの病院で透析中に他の患者から同氏の名前と連絡先を聞いた」と答えた。なお、彼は地元の有力者でもあるようだ。あるとき、医師、政治家、警察官など約30人を集めてホテルのレストランでパーティーを開いていた。
 シディクィ氏はドクターサイドエージェントである。ドクターサイドエージェントとは、患者と医師、病院をコーディネートし、さらには、医師、病院及びそのスタッフがやらない、移植に付随する様々な雑用を行うブローカーをいう。具体的には、ドクターサイドエージェントは、コーディネート以外に、患者のホテル・車等の手配、食事・薬等の確保(患者の食事の塩分調整をレストランに指示したりもする)、各種の契約書類の取り揃え、ドナーサイドエージェントからのドナーの確保、金の分配等を行う。このような具体的業務はもちろん、部下(手下)が行う。なお、ドナーサイドエージェントとは、ドナーを集める仕事いわゆる“ドナー狩り”を専門に行うブローカーのことである(このように、ボンベイではブローカーの仕事は分化している)。
 以下は私とシディクィ氏の一問一答である。

−これまでの斡旋の実績は?
  シ「数えていないが、100人やそこらではない。」
−あなたが斡旋した例で、手術が失敗して死亡した例があるか。
  シ「…。99%大丈夫だ。」
−アラブ人にのみ斡旋するのか。
  シ「そんなことはない。約6割はアラブ人だが、残りはインド人、インドネシア人、イタリア人、台湾人など色々だ。」
−収入はどれくらいか。
   シ「いえない。」
−あなたの息子が移植を必要とするようになったらどうするか。
  シ「買わない。私の腎臓をやる。」

 D.ドナー狩り

 実際にディアブ氏のドナーを探してボンベイに連れてきたのは、ドナーサイドエージェント、ラジェッシュ・パトナガル氏(男性、33歳)である。独身。家族は父親と弟一人。ウッター・プラデッシュ州出身。インド人には珍しい、横に平べったい特徴のある顔をしている。病院内の一角にあるブローカーの溜まり場や廊下などで写真を撮らせてくれというと毎回電光石火の如く逃げ出した。彼からはついに話が聞けなかった。代わりに、名前を伏せ、写真も撮らないという条件で、別のドナーサイドエージェント(男性、33歳)から話を聞いた。それは次のようである。「ボンベイには現在、ドナー狩りを行う組織は六つあり、通常、一カ月に一組織当たり約20〜50人のドナー志願者をみつける。地域としては、主にカルナータカ州、ビハール州、マドラス、ハイデラバードなどに探しに行く。主に売血所で声をかける。」なお、このドナーサイドエージェントの下で働いているアナンド・サロージ氏(男性、23歳)にも話を聞いた。彼はマハラシュトラ州出身。家族は妻と子供一人。現在までに約150人のドナー志願者をみつけたという。
 ところで、各地から連れて来られたドナー志願者は、主にボンベイ北部のマヒム海岸で手術の順番を待っている。ここには数百人のドナー志願者が寝泊まりしている。私はここをドナー海岸ホテルと呼んでいる。ホテルといっても建物が建っているわけではない。いわば、野宿である。トイレももちろんない。彼らが朝日とともに起き出して、水際に並んでしゃがんで用を足す場面は少し滑稽である。彼らは、毎日ブローカーが渡すわずかな生活費で暮らしている。中には近所でアルバイトをしている者もいる。

 E.インド人ドナー

 ディアブ氏に腎臓を提供したのはプラボル・ヴェンカテッシュ氏(男性、36歳)である。長身、痩せ型。家族は23歳になる妻と9歳、7歳、5歳の三人の子供。アンドラ・プラデッシュ州出身。学歴なし。職業は農夫。もちろん小作農である。月収800ルピー。彼は律義そうな男だった。私の用意したアンケート用紙に彼の出身地の言語であるテルグー語で、文字を思い出しつつ、一生懸命に自身の名前を記入してくれた。彼は腎臓代金として30,000ルピーを得た。そのお金でスモール・ビジネス(小さな煙草屋、駄菓子屋など)を始めるという。

 F.手術

 ディアブ氏の手術はボンベイ北部にあるバンドラ医院で行われた。その日、手術があることは、家族や親戚はもちろん、約4,000人の村人すべてが知っていると言っていた。手術室はあまり清潔とはいえなかった。コーラの空瓶、シーツの上のごみ、脱ぎ捨てられた上履き…。約2時間で手術終了(ビデオで一部始終を撮影)。売買による腎臓だからといって、手術に格別の違いがあるわけではないだろうが、以下、一応、ごく簡単に記しておく。局所剃毛。点滴。全身麻酔。口にパイプ、尿道にカテーテル。手術部分以外に緑布。四角い手術野。切開。氷の中のドナーの腎臓。移植。縫合…。

 G.執刀医

 執刀医は、まずドナーサイド(ドナーから腎臓を摘出する)がアシーク・パテル医師 (男性、37歳)。家族は妻のみ。ボンベイ大学医学部卒業。腎臓外科医。インタビューや写真撮影は拒否された。レシピエントサイド(摘出された腎臓をレシピエントに移植する)がファティー・スィング医師(男性、39歳)。家族は妻のみ。デリー近郊のアグラ市出身。ボンベイ大学医学部卒業。腎臓外科医。過去8年間に約800例の移植手術実績を持つ。顔つき、言動、ともに自信に溢れている。同医師のコメントは次のようである。「売買された腎臓かどうかにかかわらず、外科医は手術するのみだ。我々はプロだ。しかし、もし政府が法律で禁止するならもちろん売買された腎臓については手術はしないだろう。」

 H.ドナー部屋

 ヴェンカテッシュ氏(ドナー)もディアブ氏も、その後、順調に回復していった。手術後、何度か両氏の見舞いに行った。ヴェンカテッシュ氏は私が行くと大変喜んだ。彼は他の四〜五人のドナーと一緒に粗末な相部屋に入れられていた。それは、蛸部屋ならぬ、ドナー部屋であった。しかし、彼らはみんな楽しそうだった。それぞれ、将来の夢を語り合っていた。もちろん腎臓代金で始めるスモール・ビジネスの夢である。彼らは今、どこで何をしているのだろう。ビジネスは成功しているのだろうか。
 ディアブ氏は、ヴェンカテッシュ氏と違って、個室にいた。いつ行っても機嫌よく私を迎えてくれた。私が行くと痛そうにしながらも、無理してベッドから起き上がった。彼は英語がほとんどしゃべれなかった。私はアラビア語は挨拶程度しか喋れなかった。しかし、身振り手振りを加えてなんとかわかり合えた。最後には別れが寂しくなるほど親しくなっていた。後日談だが、ディアブ氏は帰国後、容態が悪化し、亡くなった。レバノンでの再会を約束していたのに…。


 ケーススタディ臓器売買(2)

  美談的臓器売買

 少し特殊な事例を紹介しよう。善意の募金活動によって得たお金で腎臓を買った(表現は悪いが)少年がいる。スマントラ・チョウデュリー君(男性、13歳)である。彼はカルカッタ生まれで、現在カルカッタ市内のセント・ジェームズ・スクールの生徒である。家族は両親と16歳の兄。父親は奉公人をしている。彼は生まれた時から腎臓が一つしか機能せず、その腎臓も慢性腎不全に陥り、移植しか助かる道がないといわれていた。両親はいずれもスマントラ君と白血球型が合わず、外部にドナーを探す他なかった。また、移植費用は両親には余りにも巨額であった。そこで、同校の校長、ダリル・ブロウド先生が新聞に移植費用の募金広告を出した。また、学内でも募金活動を行った。これらによって、実際にかかる移植費用の約2倍の約40万ルピーのお金が集まった。そのお金で彼は移植手術を受けることができるようになった。ドナーはK・シャンティーさん(女性、28 歳)。マドラス在住。家族は父親、夫、二人の子供。夫は日雇い労務者でその日収は10〜25ルピー。腎臓代金は32,700ルピー。彼女はそのお金で三つのことをしたいと言った。小さな店を開くこと、借金を返すこと、二人の娘の将来のために貯金すること。 手術はマドラスのウィリンドン病院でK・C・レディー医師(男性、50歳)のグループによって行われ、無事成功した。同医師はマドラス生れでマドラス大学医学部卒業。イギリスで5年の実務経験がある。またアメリカでも一年の実務経験がある。彼は約1,200例の移植手術実績を持つ。家族は妻と子供二人。21歳になる娘さんは日本語を勉強中だという。相当太めの体に優しい顔。大変おおらかな人だ。彼は臓器売買賛成派、というより臓器売買推進の旗振り役を務めている。いわば臓器売買の闘士である。私の質問に、「何でも聞いてくれ。何も隠さない」と言った。「体重は」という質問に「それだけは秘密だ」といって笑った。
 彼は病院主導型の腎臓売買システム(前述)を作り上げている。ウィリンドン病院と提携しているパンダライ医院でドナー募集と移植希望患者の受付けなどが行われ、ウィリンドン病院で実際に移植手術が行われる。
 彼はインド及び米英のマスコミで臓器売買賛成の論陣を張っている。例えば、インディア・トゥデイという雑誌の「臓器市場」と題する記事に次のようなコメントを載せている。「もしそれがお金の問題であるならば、透析機械を使ってもっとたくさんのお金を儲けることができる。私は腎臓を買うのではない。私は人に命の贈物をしているのだ。これについてそんなに倫理的反対があるのはなぜなのか、言ってくれ。」また、インド国営のドゥーダッシャンテレビで放映された「人の臓器の売買」と題する番組で次のように述べている。「政府は透析を進めるべきだ。しかし、その余裕はあるのか」、「手術は買われた腎臓の場合も行われるべきだ。しかし、それは売る人にフェアでなければならない」、「1980年代の初め、ドナーはヴェローグ医科大学で1,000ルピーを得ていた。しかし、徐々に値上がりし、25,000〜30,000ルピーになった。ドナーはフェアな料金を決めるべきだ。腎臓売買の背景にある主要な理由は借金と嫁入り持参金だ。道徳は必要性によって決められる。腎臓売買は売春に比較されることはできない。事実、それは高貴なサービスだ。」
 ところで、スマントラ君は元気で学校に通っている。もちろんドナーや医師に大変感謝している。現地ではこのケースは美談となっているが、日本ではこのようなケースはどのように扱われるのだろうか。


 ケーススタディ臓器売買(3)

 アフターケア付き臓器売買

 ドナーのアフターケアをしている移植患者もいる。これも少し特殊な事例である。ボンベイ在住のR・ポダール氏(男性、46歳)である。彼は投資コンサルタント会社の社長。ラジャスタン州の出身。大学工学部卒業。家族は妻と子供二人。彼は新聞広告でドナーを募集し、それに応募したプレムジ・タカール氏(男性、56歳)から35,000ルピーで腎臓を買った。移植手術はボンベイ病院で行われた。手術後7年になるが、経過は順調だという。彼にコメントを求めると、「腎臓を得て大変嬉しい。ドナーも私も大変ハッピーだ」と言った。
 ところで、ドナーのタカール氏はボンベイ近郊に住んでおり、半年に一回、ポダール氏のお宅を訪ねるという。その際、ポダール氏はタカール氏に検診費用として毎回1,000ルピーを渡す。因みにポダール氏の月収は25,000ルピーである。日本人的感覚からすれば一種のたかりではないかと思ってしまうが、どうもそうではないらしい。一種の友人関係のようである。彼らは会う度にお互いの健康を案じ合っているという。


 ケーススタディ臓器売買(4)

 腎臓村

 マドラス郊外には、多くの腎臓ドナーがいることで有名な「腎臓村」ビリバッカムがある。実はビリバッカムだけでなく周辺の地域にも多くのドナーがいるが、前述のインディア・トゥデイ誌が特集を組んでこの村を紹介したので、ここだけが一躍有名になった。ビリバッカム周辺の村も含めてこの地域に数千人のドナーが集中していると推測される。この辺りはいわゆるセミスラムである。しかし、というべきか、当然に、というべきか、人々の表情は明るい。みんな和気あいあいと暮らしているように見える。子供はとても人懐こく、かわいい。
 この地域で聞き取り調査を行った。二回に分けて、計約6時間をかけて実施し、55人から回答を得た。全体像からすればあまりにも数が少ないので一般的傾向を導き出すことはできないが、この調査の範囲内で次のようなことがいえる。ドナーの最年少は14歳、最高齢は48歳(いずれも腎臓提供当時)。性別では女性が60%を占める。収入は最低が0、最高が月1,200ルピー。レシピエントの55%は外国人である。受け取った腎臓代金は最低額が6,000ルピー、最高額が27,500ルピー。腎臓提供(売却)の理由としては借金返済が最も多く、他に、生活費の捻出、家・土地の購入、娘の結婚のための持参金の捻出などがあった。何人かのドナーには少し詳しく話を聞いた。
 バブ氏(男性、29歳)は、レシピエント(マレーシア人)といっしょに並んで撮った写真を持っている。大変仲よくなり、今でも手紙のやり取りをしている。これは珍しいケースであろうが、臓器売買という言葉につきまとう一種のいやらしさのようなものはまったく感じられない。それはインドにおける臓器売買のほとんどにあてはまるものであるが…。
 サブラマニ氏(男性、29歳)の場合は悲劇と言ってよい。腎臓代金全額(25,000ルピー)を持って列車で旅行中、スリに全部とられた。
 ガネシュ氏(男性、30歳)は腎臓を売って得た金でミシンを買い、今それを使ってスラムの人たちの服の繕いをして生計を立てている。家族は母親と20歳になる妻、一歳になる息子一人。奥さんは現在、妊娠5カ月。彼は今大変幸せだと言った。体の調子も悪くないという。何か望むことはあるかと聞くと、「この仕事が死ぬまで続けられますように」と答えた。今でも時々この男のことを思い出す。
 サンダリさん(女性、21歳)は宮沢りえ風のかわいい人であった。家族は両親と子供二人。彼女は14歳の時腎臓を売った。そして、15歳の時結婚し、幸せに暮らしていた。しかし、2年前に夫が工場で作業中、事故で死んだ。今、召使として働いている。タミール語の通訳として雇ったホテルのボーイが彼女のことを気に入ったらしく、私の質問はそっちのけであれこれ質問するのには弱った。


 臓器売買のインフォームド・コンセント

 ここで、次のいくつかのことを付け加えておきたい。我が国のみならずアメリカ、ヨーロッパの新聞、雑誌等でも、よく「中東の石油成金が金にあかせて貧しいインド人から臓器を買い漁っている」などという記事を見かけるが、実態は少し違う。そもそも、金にあかせて臓器を買い漁るという表現自体フェアではないが、その点はおくとして、中東からの移植患者は、少なくとも調査から知る限りでは、普通の人々である。例えば、前述のサー・ハルキシャン・ダース病院で出会った移植患者は、前述のレバノンのタクシー運転手、ナジ・ディアブ氏の他には、クウェートの陸軍兵士、サウジアラビアのレストラン従業員、同じくサウジアラビアの小学生や主婦などである。
 ドナーについていえば、もちろん移植患者に比べて相対的に貧しいことは確かだが、インドの最下層のクラスの人々ではない。それらの人々は栄養状態が悪いことが多く、また、病気にかかっている場合もあり、仮に臓器を売りたくても売れないようである。臓器を売る(ことができる)のは、一応、粗末ではあるが家屋に住むクラスの人々である。
 他に、ドナー志願者に対する、いわゆるインフォームド・コンセントも、少なくともドナー志願者が医師に会う段階では、一応なされているようである。特に、病院主導型の臓器売買システムをとっている病院(マドラスのパンダライ医院及びウィリンドン病院)など、コーディネーター及び医師によって懇切丁寧になされている。さらに付け加えるならば、移植患者は、特にブローカー主導型や病院主導型の売買の場合など、手術費、診察費、病院代、薬代、腎臓代金等すべて一括して請求されるので、「腎臓を買った」という意識は薄いようである。


 臓器ビジネス

 最後に、臓器売買の是非論に関して管見を付け加えさせていただく。
 臓器売買の立法による禁止は世界の趨勢である。インドでも1994年7月、臓器売買を包括的に禁止する法律(ヒト臓器移植法)が成立した(ただし、適用される州は限定されている。また、その実効性について、既に医師、法律家、マスコミの間で疑問が示されている)。現在のところ、世界中で臓器売買は非倫理的であると考える人が大半を占めると思われる。その意味で、臓器売買が法で禁止されるのは当然の成り行きともいえる。しかしながら、臓器売買は良くないから法律で禁止せよ、と一言でいえるほど事は単純ではない。我が国でこそ臓器売買賛成論はほとんど見当たらないが、外国に目を向けると、事情は異なる。特にアメリカでは、禁止立法がなされているにもかかわらず、賛成論も根強い。
 そもそも、臓器売買はなぜ悪いこととされるのだろうか。自分が自分の腎臓を売ってなぜ悪いのだろうか。なぜそれは法律で禁止されなければならないのだろうか。ここで詳述する余裕はないが、少なくとも、これらは、殺人が非倫理的であり法で禁止されるべきであることが自明であるほどには、自明ではない。では、問題点はどこにあるのか。
 医学・医療技術がますます発達し、それに加えて移植医療推進への社会的・経済的・法的条件が整備されることによって、移植医療のルーティン化が起こる。そして、それによって、臓器の「物質」性、「部品」性、「財産」性の増大が起こる。すなわち、移植医療が推進されればされるほど、臓器は医療資源としての性格を持つようになり、その経済的価値が増して行く。他方、自己決定権に基づく臓器提供自由の原則は既に確立している。従って、臓器は商品のように、あるいは商品そのものとして流通する潜在的能力を持つことになる。しかし、人体は物ではないからその一部(ないし全部)の取引は許されない、とする建て前としての近代的な価値観がある。ここに根本的なディレンマがある。
 事の是非は別として、事実として臓器は限りなく商品に近づいて来ている。その流れは止められないと思われる。一つだけ例を挙げよう。我が国では角膜が最も商品に近い。我が国の臓器移植法(案)では角膜は臓器の範疇に入れられている。移植医療機関は、角膜移植を実施する場合、移植用角膜を「特定治療材料」として診療報酬請求できる(昭56.5.29 厚告98)。「特定治療材料」は、その供給者から購入するものである。すなわち、ここでは移植用角膜という「特定治療材料」の「購入」が認められている。移植用角膜の供給先はもちろんアイバンクである。ただし、「移植角膜に係わる診療報酬の改正に伴うあっせん手数料の取扱いについて」(昭和56年12月4日総第45号各都道府県衛生部長宛厚生省医務局総務課長通知)によれば、「購入」とはされていない。アイバンクは、移植医療機関が「角膜の購入費用として保険請求することとなる金額」を「あっせん手数料」として移植医療機関から徴収することになっている。「購入」費用として保険請求する金額をあっせん手数料として徴収するわけであるから、そこには矛盾がある。いずれにせよ、ドナーから無償で提供された角膜は物(「特定治療材料」)として値段がつき、流通する(している)、とみることができる。ここでは角膜の商品としての潜在的能力が既に顕在化している。
 倫理観自体も変化(進化)する。今我々が持っている価値観は過去の世代の人々のそれと同じではない。今我々が持っているのと同じ価値観を次世代の人々が持ち続けるとは限らない。我々自身も同じ価値観を持ち続けるとは限らない。将来、状況が変わることは充分に予測される。臓器売買が、インドのように、世界中でビッグビジネスになる日はそう遠くないのかも知れない。臓器を売るインドの貧しい人々は人類の明日を切り開いているのであろうか。



この論文は「メディカル朝日・1995年11月号」に掲載されているものの原文です。

Copyright (C) 1996. Tsuyoshi Awaya