世の中にあふれかえる嘘について考えてみよう
私は色々な場面で人様の前でお話をさせていただく機会が多く、聞いている人に話をどう納得していただくかをいつも考えるようにしています。
特に強調したい内容に関しての印象に残る話の仕方、などなど、話し方あるいは文章の表現の方法で、聞く人、読む人はその話に納得したり、懐疑心を持ったりします。
そして、話の冒頭に必ず言わせていただいているのが、「私の言っていることだけが真実だなんて思わないでください、どうぞ疑ってかかってください」と申し上げます。
たとえば良く出てくる話で、「自然の偉大さ」「動物のすばらしさ」から我々が学ぶものとして、「おしどり」や「鶴」の例を引っ張り出して、一生涯一夫一婦制で助け合って暮らすという趣旨の説明をして、我々も自然を見習わなければ・・・という締めで話が終わる例は多く見受けられます。
これなんかは典型的な例であり、実は自然界で一夫一婦制をとっている動物などはむしろ少数派であり、ライオンの例を取るまでもなく、むしろハーレムのようなオス一匹、メス多数なんていうケースのほうが圧倒的に多いとされています。
しかし、一面だけを取り出せば「おしどり」や「鶴」の例は「嘘」ではなく真実なわけで、これが問題なんですね。
前述のような話をされる方は意識的に「嘘」を言っているわけではないのでしょうが、物事を単一の面でしか捉えることをせず、ひとつの事象を知ったことで他の知識を得ることを拒否してしまって、よく調べもせずに知りえた事をすべてに当てはめようとするタイプの方に多いようです。
今回の震災と原発事故のケースでも結構皆さん気が着かれたはずですが、「原子力発電の安全神話」はこれも全くの嘘だったわけですよね。
確かに想定内の地震や津波には対処できていても、原発という人間の制御の範囲を超えた機械に対しては、想定外などはないというくらいの用意をしていてもまだ足りないというくらいでいなければ、造ってはいけないものだったはずです。
しかし、政府の広報も東電のCMも「安全」「安全」と言い続けてきたわけですから。
我々は、活字やメディアの報道などについ知らず知らずに信用を置いてしまう民族のようです。
ましてや、大学の教授のような人がしゃべったことは絶対だし、書店で購入した本に書いてある事なんてのは、もう間違いなく事実だと思い込むふしがあります。(ノストラダムスの大予言なんかでも分かりますよね、本に書いてあれば真実なんて事は今はないんです)
これに付け込んで、あたかも真実であるかのような民間療法や簡単な処置でお金を取ろうというような医療関係者まで登場していることは嘆かわしい限りです。(歯科では結構ありますよ、怪しげな自費出版の本が)
「他人を疑うなどということはしたくない」という感覚は私も大事にしたいと思います。
でも、これほど「嘘」がまかり通っている世の中、自分や自分の家族の身を守るためにも、どうぞ何事も一度は疑ってかかるようにしていただきたいと思います。
ちょっと調べれば、「嘘」のからくりが見えてきます。