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アメリカ映画もハリウッドスキャンダルも大好きだけれど、今の世界の動きには???がいっぱい。
大多数に流されないモノの見方をしていきたいと思います。
●2/23長倉洋海講演録(静岡)
長倉洋海 スライドトーク
「子どもたちのアフガニスタン」
2002.2.23 静岡谷島屋書店4階会議室
主催:長倉洋海とアフガンを考える静岡の会
1980年代からアフガニスタンの人々の姿を取材し、昨年9月に自爆テロに倒れたマスード司令官とも親交のあった長倉洋海さん。昨年11月にはアメリカによる空爆下のアフガニスタンを訪れています。その時に撮影したスライドやマスード司令官の葬儀の模様のビデオも交えたスライドトークが開かれました。(以下、いしぐろあつこのメモに依るものです。)
○アフガニスタンからの報道
自分はこれまで22年間、アフガニスタンと関わってきました。10数回、アフガニスタンを訪れ、カメラマンとして滞在した日数も500日を越えます。しかし、自分が訪れた地域や、出会った人たちは限られており、アフガニスタンのすべてとは言えません。しかし、着いたばかりの特派員が「アフガニスタンは・・・」「アフガニスタン人は・・・」というくくり方で日本に向けてレポートをしていました。
記者には仕事という意識だけで表面的なレポートする人もいれば、その国や町が気に入って、街歩きをして、体で感じ取ろうとする人がいます。乾燥した気候の風景だけを見て「荒涼とした土地だから心を育むことができない民族」という報道には、アフガニスタンの花咲く風景を知っているだけに、アフガニスタンの人々は緑を愛し、私よりずっと豊かな心の持ち主が多いのに残念です。○アフガニスタンは多民族。でもみんな「アフガニスタン人」
東京で復興会議が開かれたとき、アブドラ外相を知っているので、会いに行きました。そこでマスードのボディガードをしていた知人が、カルザイ議長のボディガードとして来日しているところに出会いました。彼はタジク人。カルザイ議長はパシュトゥ人です。カルザイ議長もマスードと同じようにあまり民族にとらわれていないのですが、日本の報道の方が「民族」のフィルターをかけすぎだと思います。対立があるのは事実ですが、それを乗り越えて行こうとする人も数多くいます。○私とアフガニスタン
最初の頃にはスクープを撮りたくて向かったのですが、少しずつ変わってきました。アフガニスタンの人たちは、とても正直にはっきりとモノを言う人が多くて、なかなか打ち解けられませんでした。でもせっかく来たのだから、いい写真が撮れるまではいよう、そんな気持ちでした。
しかし、雪山の取材で目を痛めてしまった自分をみんなよく介抱してくれた。冷やしたり、岩塩をぶち込んだり、サングラスを調達してくれたり。特に、苦手だなと思っていた人が一番よく面倒を見てくれてから、自分の中に変化が生まれました。少しずつ彼らのことが見えてくるような感じでした。
多くのマスコミは「アフガニスタンは前途多難な国です。大変です」の一言で片付けていますが、今、私は友人たちが暮らす国がなんとか良くなってほしいと願っています。○マスードの死と9.11
これまで自爆テロにはそこまで追い詰められた気持ちがあるのではないかと思っていましたが、マスードの死とその2日後のニューヨーク。あのビルの中で起きていたことを考えると、どんな理由があっても決して他人を巻き込むべきではないと思います。
またアメリカの空爆に関して反戦の気運が高まりましたが、アメリカが空爆をした時だけ反対するのであれば、それが一段落すると関心が薄れるのではないかと心配です。
いろんな国があり、いろんな人がいる。相手に少しでも「心を寄せて」考えることがすべての出発点になると思います。それがなければ、人々は喜んでくれないと思います。<以下、マスード司令官の葬儀のビデオやスライドを見ながら>
・マスードは国民総選挙の必要を説いている。「女性にも選挙権を」と。
・「選挙は国際社会の監視下のもとで」とも言っていた。
・「アメリカは危機の深さを理解していない。ビンラディンを捕まえたいだけ」と
マスードは言っていた。
・子どもは先入観なしにモノを見る。
自分のことを好きかどうか、遊んでくれるかどうかが子どもの価値観。
・マスードは大人になっても子どもの心を忘れない人だった。
・理想をもつのは自由だが、それを押し付けると全体主義になる。
たとえば、タリバンのやり方や女性が身に付けるブルカなど。
・「タリバンはソ連軍でさえも壊さなかった水路を破壊した」と農民が嘆いた。
加えて冬の降雪が少なく、雪解け水が少ないことによる
干ばつが続いている。
・イスラム社会は困難に遭っている人を助ける精神が強い。
たとえばレストランの前の路上で働く子どもに、
レストランの残り物で食事を出してあげるなど。
助けられてきた子どもたちは回りの人を助ける仕事につきたいと願っている。
医師等の大切さを体で知るようになる。
・アフガニスタンの人たちは戦争のつらさや残酷さを頭ではなく体で知っている。
人々も、好き好んで続けているわけではない。
・マスードは内戦中から学校をたくさん作り、再建の道を考えていた。
・イランやパキスタンにタリバンのグループが残っており、周辺国、特に、
パキスタンが第2のタリバンを作るようなことになれば、また平和は遠のく。
周辺国との関係が重要。
・世界から注目されている今こそ、世界はアフガンが戦争がおきないように見守るべき。
・アフガニスタンなどの他国に対して、単にかわいそうではなく、
自分がそこにいたらどうだろう、自分だったらどうするだろうと
考えることが必要。みんな国のことを愛している。出版情報:
「アフガニスタン 敗れざる魂」(新潮社)4月25日発行
「ワタネマン(私の国 アフガニスタン)」写真集
4/25〜30 新宿紀伊国屋画廊にて、発行記念写真展を開催。長倉洋海ホームページはこちら
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