聞かずに死ねるか!日本の音楽


このコーナーは私が愛する主に邦人のクラッシック作品のCDを紹介するコーナーです。
殆ど芥川也寸志さんや伊福部昭さんのCDの紹介コーナーになっています(^^;)
作品論などの濃ーいやつを期待した人には期待はずれでしょうし
興味がない人にはちっとも面白くないコーナーだと思います。が
こんな情報でも自由に発信できるのがWWWの良いところ!と、勝手に決めていざ出撃(^^;)

*ちなみになぜ背景が芥川さんとかじゃ無いかというと芥川さんだと完全に肖像権とかに
抵触しそうな気がするからです(^^;)
そう言うわけで芥川さんと同じくらい大好きなムソルグスキーさんに登場していただきました。


目次じゃ

*僕が邦人作品の虜になったわけ
*芥川也寸志
*黛敏郎
*伊福部昭
*和田薫
*深井史郎
*橋本國彦
*米良美一
*團伊玖磨


僕が邦人作品の虜になったわけ

僕がなぜ邦人作品を好きになったかというと、それはなんだか「血」の中にそう言った物が入っていたのだ(^^;)としか思えないんですよ。僕は中学の時に吹奏楽部に入るまでクラッシック音楽などと言うものは「森の水車」のようなつまらない音楽だと思っており、音楽鑑賞の時間は良い睡眠時間でした(^^;)
で、ピンクレディの歌とか口ずさみながら帰宅するような子供だった私が一つだけ大好きになったクラッシック音楽がありました。
それは、日立製のテレビ(受像器ね)のテレビコマーシャルで流れていた金管楽器の大変印象的なファンファーレから始まる曲でそのかっちょよさにしびれまくった私はそのCMが始まりそうな時間になるとTVにかじりついていたものです。
残念ながらそのCMはあまりオンエア回数が多くなくしかも、それほど長い期間はオンエアされていなかったように思います。
もう、一つ、時期的にはどちらが先だったかはよく覚えていないのですが映画の「鬼畜」のCMというのがこれが、また、えらく印象に残る物でして CDのジャケットにもある、夕暮れの中、ブランコを漕ぐ子供達が
「弟は殺された……妹は捨てられた……次は僕の番だ。」
という、主人公の少年のナレーションにあわせて一人ずつ消えていき、そこに星一徹の声で(笑)
「鬼畜ッ!」 と一発入るというトラウマ化しそうな物でした(^^;)。
このBGMがまた大変印象的な物でストリートオルガンを使った不気味でどことなく寂しい音楽は耳について離れないものでした。
で、そういったことは全て忘れて中学生になった私はなんとなく吹奏楽部に入り少しづつクラッシック音楽にも興味を覚えるようになり当時は貴重なクラッシック音楽の番組だった「音楽の広場」なども見るようになりました。
「音楽の広場」と言えば当然芥川也寸志氏と黒柳徹子さんが司会していた訳なんですが、当時は私は正直に告白しますと芥川氏のことは「親の七光りのタレント作曲家」だとばかり思っていました(-_-)
それがある日音楽の広場で芥川氏が「恥ずかしながら私の作品を……」と言った感じで「交響管弦楽のための音楽」の第2楽章を演奏したのです。どうせ、大した作品ではないだろう、と高をくくっていた糞生意気な中坊の耳に飛び込んできたのは、そう、あの在りし日の超かっちょいいファンファーレだったのです!その瞬間を境に芥川氏に関する私の印象が「親の七光りのタレント作曲家」から「日本を代表する偉大なマエストロ」に180度変わったのは言うまでもありません(^^ゞそして、その後のやはり「音楽の広場」で「鬼畜」の音楽が演奏されそれも芥川氏の作品であったことを知り、私の芥川氏への傾倒は確かな物になっていきます。さらにさらに、芥川氏の師匠である伊福部昭氏が僕の大好きな「ゴジラ」の音楽の作曲家であったこと、また、伊福部氏の素晴らしい作品に触れたことも僕の邦人作品への傾倒を加速することになりました。
ただ、邦人作品を聞くにつれ、こんな疑問も湧いてきました。
「なぜ、日本にはこんなにも素晴らしい世界に誇れる音楽があるのに、あまり演奏されないのだろう?舌を噛みそうな難しい題名でヴァイオリンがホゲェー、ヒヨヒヨ、ヒャラリーン(^^;)とか言う変な音を出す歌うことさえ出来ない音楽は絶賛されるのに芥川氏達の音楽は評価されないのだろう?」
私が中学、高校生くらいの頃はまさしく12音音楽、前衛音楽(笑) の絶頂期であり、旋律のあるクラッシック音楽など見向きもされないという異常な時代でした。(今も、昔もどの分野でもいい加減な評論家の言うことだけは当てに出来ませんな)
現在は大分その風潮も改められ、「20世紀ロマン主義」の到来とさえ言われ芥川、伊福部系の作曲家達の復権も進んでいます。
それでも、相変わらず芥川氏のCDの解説などを見ると今でも「プロコやショスタコの影響云々」と、おっかなびっくりに誉めてあるのが多いような気がします。
全く評論家という人種は素直じゃないんだから(^^;) リスナーはみーんな芥川作品の偉大さに気がついているというのに評論家だけが未だに気がついていない感じ。プロコに似てようがなんだろうが別に構わないと思うんですがね。素晴らしい作品であることには変わりないんだから。
誰も「コダーイの作品は作風がバルトークに似ているからダメ!」なーんて言う人はいないのに、なんで自国の作曲家だとこうなってしまうんでしょうね。
まぁ、私がWebの片隅で小さな声を張り上げたところでごまめの歯ぎしりにすぎないことは分かり切ってはいるのですが(笑)
それでも、そう言った風潮を打破し、また、近現代の邦人作品に興味を持ってもらえるきっかけになればと思い、
乱文乱筆で解説するほどの知識も無いながらこういったコーナーをもうけた次第です。お楽しみいただければ幸いです。
てな訳で、もちろん最初は前述の芥川作品の紹介。

芥川也寸志「交響管弦楽のための音楽」〜「芥川也寸志U」

森正/東京交響楽団  (東芝EMI TOCE-9426)
「交響管弦楽のための音楽」はフォンテックの芥川氏自身の指揮による新交響楽団の演奏の物が良い線いってて、しかも唯一に近い物だったのですがこの度決定版とも言えるCDが出ました。このCDは1950〜60頃に録音された音源を復刻した物で技術的な問題は多少ありますがそう言った点を補って余りあるパワーに満ちあふれた演奏は現在の団体では演奏不可能なのでは無いかと思われるほどです。とにかく、全編にわたって芥川作品には不可欠な情熱と若さに満ちあふれています。
闇市の喧噪を思わせる第一楽章、そして戦後日本音楽界の復興を告げる高らかなファンファーレとともに始まる第二楽章、まさしく、夢と希望と若さにあふれる芥川音楽の最高傑作です。芥川氏達が信じた未来が少し狂ってきている今こそ、この曲を聴いて先人達の心意気と明るい日本の未来にかけた意気込みを思い出したいところですね。
この録音のシリーズは10年ほど前にも一度CD化されたのですがその時にはなぜかこの曲は収録されておらずまた、録音にも難がありました。このCDでも、普通のCDなどに比べればヒスノイズなどは随分多い方ですがさすがに最近のデジタル技術は素晴らしく元のLPレコードの音を知っている人間にすれば信じられないほど(笑) 音質が改善されています。
演奏的には2楽章の曲想が変わるところで全休符が一拍入る解釈が注目です。実はこの全休符は譜面には書いて無く、芥川氏自身の演奏でもこの休符はありません。しかし、実際の演奏では全休符が入っている演奏が多いようですし、僕もこちらの解釈の方が好きです。フォンテックのCDが出るまではこのCDの元になったレコードがこの曲の普通に耳にすることが出来る唯一の演奏だったのでそのせいが大きいとは思うのですが個人的にはやはりこの全休符はあったほうが全体が締まると思うんですがねぇ。今、はたしてココまで大胆な解釈をすることが出来る指揮者っているんですかねぇ。いずれにしてもこの時代の芸術家達の熱い息吹を感じることが出来る必聴盤です。
芥川氏自身が自らが育てた日本のトップアマチュアオーケストラである新交響楽団を指揮したCDも紹介しておきます。

芥川也寸志1

芥川也寸志/新交響楽団 (FONTEC FOCD2512)
こちらも優秀な演奏ですし、「交響曲第1番」が入っているのでお得かもしれません(笑)
ただ、芥川氏は作曲家としては大変偉大な方でしたが指揮の方はと言うと正直な話……特に自作に関しては「照れ」もあるのか今一なような(^^;) それでも、現在、日本では邦人作品を演奏させたらピカイチの新饗の実力もあり、決して悪い演奏ではありません。どちらも\2000ですので私としては両方購入し、聞き比べてみることをお薦めします(笑)

芥川也寸志「鬼畜」〜鬼畜 

(サウンドトラックリスナーズコミュニケーションズ:発売     SLCS5078)
とかく、日本の映画音楽というのは軽く見られる風潮があり、もちろん芥川氏も例外でない、というか、最も冷遇されてきた一人なのではないかと思われます。なにせ、あれだけ映画音楽を作曲していながらごく最近までCDは「砂の器」くらいしか出ていなかったですからねぇ(;) それに、「砂の器」は芥川氏自身の作曲ではないし……それでも、ようやっと世間が追いついてきたのか、はたまたCD化する音源がつきかけているのか(笑)ようやく主要作品がCDで聞けるようになってきました。
なかでも、(一部、というか僕)待望の「鬼畜」がついにCD化されました。やはり、まとめて聞けるのは良いです。
この映画は何度もTVで放映されたので見ている人も多いと思うのですが見ていないという方は是非ともビデオをご覧になってから聞くことをお薦めします。今見直してみると、緒方拳の情けない旦那ぶり、岩下志摩の鬼気迫る(^^;)鬼嫁、蟹江敬三のさりげない工員姿、大竹しのぶのこれまたさりげない婦警さん、などキャスティングだけでも相当切れている(^^;)作品です。
特に岩下志摩の鬼嫁は
伝説と化していて、余談にはなりますが、この映画をTVで見ていた岩下志摩の幼い「いとこ」がTVに向かって
「こんなやつ、死んじゃえば良いんだ!」と、本人の前で言ったとか(^^;)
もちろん、TVの中の鬼婆が優しい叔母さんだとは夢にも思わなかったのでしょうが……
また、岩下女史は大変役に入り込むタイプの女優なのだそうでこの映画の撮影中は実のお子さん達も近寄りがたい雰囲気があったそうです。
閑話休題。 ストリートオルガンやオルゴールを使って演奏される変拍子の不気味なサーカス風のジンタは(笑)明るく爽やかな芥川氏がそれ故に抱えていたに違いない大きな闇の一端に触れさせてくれるような気がします。特に大型ストリートオルガンを使って演奏される「6:川越ピープルランド」には大笑いすること間違い無しです。遊園地にこんな曲がかかっていたらわたしゃ間違いなく引き返しますね。あっ、でも、とても良い曲ですよ。
その他、芥川氏の映画音楽としては次の2枚がお薦めです。

 「芥川也寸志の世界」

(サウンドトラックリスナーズコミュニケーションズ:発売 SLCS5085)
殆どがモノラルなのが惜しいところですが仕方ありますまい。
「八甲田山」「八墓村」「鬼畜」など主立った曲が収録されているので1枚買うならこれです。

「野村芳太郎監督作品」

( VAP VPCD81102)
芥川氏は野村芳太郎作品に多くの作品を提供していますので事実上の芥川作品集になっています。
「芥川也寸志の世界」とは重なっていない作品も幾つかありテーマのみながら「砂の器」も入っているのでお買い得盤かもしれませんがやはり録音は今一、今二です。また、解説でも芥川氏には殆ど触れていないていたらくなので上記のCDで飽き足らなくなったら購入しましょう。あとは「八甲田山」の全曲の発売が待たれるところです。

黛敏郎「饗宴」 〜「黛敏朗U」

(東芝EMI TOCE-9431) 森正/東京交響楽団、他
惜しくも今年の4/10に亡くなられた黛敏郎の作品を紹介しましょう。
このCDには初期の代表作である「饗宴」と「プリアペド・ピアノと弦楽のための小品」「曼陀羅交響曲」が収められています。
黛氏と言えばご存じの通り、芥川也寸志、團伊玖磨と共に「3人の会」を作り数々の作品を発表し云々、と言うのは私の乱文よりはCDの解説でも読んだ方が100倍早いです。
まぁ、黛と言えばなんと言っても「涅槃交響曲」あっ、まだ聞いて無いという人はじぇったい聞いて下さいね。
男声合唱がお経を拝み、オーケストラがトーンクラスターで梵鐘の音を模倣する一大仏教カンタータとも言える日本人なら聞かないでかぁ!てな超名曲です。しかし、このイメージが逆に黛の初期アバンギャルド作品の評価を不当な物にしているような気もするんですよねぇ。このCDも前述の芥川作品と同じ「Jクラッシックグレートレコーディングシリーズ」の1枚です。
この曲は、記念すべき「三人の会」の第一回演奏会で初演されたバレエ音楽(!)で、通常のオーケストラにサックスが加わり、饗宴の名にふさわしい乱痴気騒ぎを繰り広げます。(一度舞踏付きが見てみたいもんだ(^^;) )
爆発するような迫力の中に、黛のはち切れんばかりの若さと情熱と、きらめくような才能を感じさせてくれる逸品であり、初期の黛の最高傑作だと、僕は思うのですがなんと、これが初CD化です(;) (吹奏楽コンクールで演奏された物はあったようですが)
全く日本人はなぜ、こんなに自国の文化を軽視するのでしょうね。
「饗宴」は1997年の3/6に久しぶりに小林研一郎/日フィルの手で演奏され会場には黛敏郎本人も現れ、盛んな拍手を受けていました。今思えば、生黛を見るのはあれが最後になってしまいました(; ;) 黛氏自身にとっても恐らく、あの演奏が最後に聞いた自作の交響的作品だったのではないかと思います。偉大なるマエストロに合掌。
その他の黛のお薦めCD

涅槃交響曲

 (DENON COCO-78839)岩城宏之/東京都交響楽団
「Jクラッシックグレートレコーディングシリーズ」にもこの曲は収められていますがあれは疑似ステレオなので(^^;)、是非ともこちらでお聞き下さい。現代のクラッシックは大抵そうですが、この曲は特に録音が良くないと面白くない曲です。
なんといっても、演奏者を3群に分けて立体的に配置し、サラウンド効果を演出することを求めている曲ですからね。現実にはそれをやると入場者数を大幅に制限しないといけないので普通の演奏体型で演奏されることが殆どなのですが、このCDは黛敏郎本人の監督の元に指示通りの配置で録音されています。演奏も抜群なので是非お聞き下さい。唯一の欠点は、カップリング曲が「奈良薬師寺の声明」という、(僕は大好きだけど(^^;))ことくらいですかね。できれば「饗宴」辺りとくっつけてほしかったなぁ……

打楽器協奏曲〜「NEW BRASS SYMPHONYY」

(BAYER RECORDS LC8498 オーストリア盤) Boudreau/American WindSymphonyOrchestra
珍しい黛の吹奏楽作品です。(スポーツショー行進曲とかあるけどね(^^;) )
吹奏楽界では知る人ぞ知る的作品で、芥川氏もお気に入りの曲でして「音楽の広場」でも何回か取り上げたりして普及につとめてくれたのですが(^^;) やはり、未だに今一今二知名度は低いようです。
最近、ようやく岩城/佼成W・OによるCDが出ましたが。
曲は4+4の8個のティンパニを含む様々な打楽器群と吹奏楽器群の協奏曲と言った感じで協奏曲と言っても打楽器の伴奏を吹奏楽がつとめているという感じでは無く、管楽器奏者も聞いていても演奏していても楽しいのではないかと思われます。やはり、初期の黛らしい爆発するような若さに溢れる曲です。相当マイナーなレーベルで出ているCDなので現在も入手可能かどうかは不明なのですがカップリングのペンデレツキやバディングス(曲名がハルマゲドン(^^;))の曲も面白いので聞いてみたい人は外盤を扱っている店に注文してみましょう。ちなみに私も注文で取り寄せてもらいましたが案外あっさり届きました。

伊福部昭「日本狂詩曲」〜伊福部昭交響作品集

(FONTEC FOCD2512)山田一雄/新星日本交響楽団他 
この2人の作品を紹介したからにはやはりこのお方の作品を紹介しないわけにはいかないでしょう。
そう、日本が生んだ世界に誇る怪獣、もとい、マエストロ伊福部昭御大です。
芥川や黛の師匠であり、ゴジラの音楽の作者として有名な伊福部氏の音楽には紹介したいCDが沢山ありすぎて困る位なのですが、まずはなんと言ってもこれでしょう。
伊福部昭の事実上の作曲界デビュー作であり、最も有名な作品の一つであるこの曲ですが、なんと驚くべき事に、この、1980年の山田一雄/新星日響の演奏が日本での舞台初演だったのです。作曲は1935なんで実に45年間も舞台で演奏されたことがなかったんですね。(レコードは出ていた。)これだけ素晴らしい曲が45年も演奏されなかったのは、まぁ、日本の文化レベルの低さ(以下繰り返し)と、伊福部氏の曲がいわゆる「ゲンダイオンガク」ではなかったからだとは思うのですが、それにしても島国根性の音楽界の調整の無い音楽のみを良し、とした狂った時代には怒りさえ感じます。
私は残念ながらこの演奏会を直接は聞いていないのですが、直接聞いた人の話だと、
「マーラーか何かを聞きにこの演奏会にはいったんだけど、そうしたら2楽章のあれが始まってさぁ、もう、後は熱狂の嵐だったよ(^^;)」だそうです。
恐らく、今後共にこの熱狂的な名演を越える演奏は出てこないと思われる名盤です。当日の熱狂的な雰囲気はCDからもひしひしと伝わってきます。ぜひ、お聞きになって下さい。カップリングも「土俗的三連画」と伝説の「オーケストラとマリンバのためのラウダ・コンチェルタータ」初演時の録音で、魅力たっぷりの1枚です。
「ラウダ」のマリンバは当然、安倍圭子さん。今となっては信じられない話なのですが、安倍さんはパーカッション奏者の道を諦めようとしていた時期があったそうで、その時に聞いた「チンドン屋」の音が余りに美しかったのでもう一度パーカッションの道を目指そう、と決心したのだそうです。
伊福部先生の「芸術家たる者は地蔵の頭に付いた鳥の糞にさえ美を感じなければならない」
と言う名言を地でいくエピソードですね。

ピアノと管弦楽のためのリトミカ・オスティナータ〜現代日本の音楽名盤選5「伊福部・小山・外山」

(Victor VICC-23010 )小林仁(Pf)若杉弘/読売日響
次に私がお薦めするのはこの曲。
伊福部氏の音楽としては割とマイナーな方(全部マイナーだよ、のつっこみは無しね(^^;) )の曲なのですが私は一番好きな作品の一つです。
冒頭のホルンの、祭りの開始を告げるように始まる穏やかなソロから、静かにピアノのソロに受け継がれ、それが徐々に盛り上がっていくのは祭りで巫女の踊りが徐々に神がかっていく様を連想させます。そして、時折、ゴジラを連想させる旋律を混ぜながら静かな中間部を経てまさしく祭りがクライマックスを迎えたときに突然曲が終わってしまうのもなんだか神がかった巫女達が突然倒れて祭りが終わる、みたいなことを連想させます。
特に曲の最後ではよく聞くと非常に複雑な沢山の旋律とリズムが同時に進行しているのに驚かされます。
クライマックスでゲネラルパウゼ(全休符1拍)が入るのも僕好み(^^;)好きなんだよなぁ、あの、静寂の一瞬が。
fonntecからライブ版も出ていますが個人的には演奏、録音ともこちらの読響盤の方が良いと思います。
カップリングが小山清茂の「木挽歌」と外山雄三の「ラプソディ」なので、この辺は好みの別れるところでしょう。
ちなみにfonntec盤は伊福部氏の「ヴァイオリン協奏曲第1番(ゴジラの旋律が意識的に使われている。名作)」「二十弦とオーケストラのための交響的エグログ(言わずと知れた野坂恵子女子のために書かれた名曲)」なのでDeepな伊福部ファンは fontec盤を選ぶかも知れませんね。でも、このCDの「木挽歌」も良い演奏ですヨ(^^)

伊福部昭の芸術1〜4

(KING KICC175〜178)広上淳一/日本フィル
なんてたって広上!(^^;)
山田一雄亡き今、伊福部振りと言ったら彼しかいない!
山田一雄が死んだときは「もはや伊福部振りは地上には現れまい。」と意気消沈していたところに彗星のように現れたのが広上順一。東京音大で伊福部氏に教授していたそうだけどそれだけではこれだけ素晴らしい演奏は出来ない、恐らく、世代から言って「ゴジラ」を恐れおののきながら見ていた世代だと思うのでそのトラウマがあるんだろうなぁ。
この、キングレコードのシリーズは演奏、録音共に抜群なので文句無しに4枚ともそろえて欲しいところだけど(笑)まぁ、1枚だけ上げるとしたらやはり KICC178「SF交響ファンタジー」でしょう。
ゴジラ&伊福部ファンなら鼻血を出して涙する、フルオーケストラ用にゴジラの音楽等を伊福部氏自身が編み直した組曲です。
僕なんかは特に「1番」なんかは最後の方でラッパのファンファーレに続いてスネアの連打と共に「怪獣総進撃マーチ」が始まるところなんか、口笛吹き鳴らして足踏みならして、拍手喝采したいところだけど現実の演奏会ではそういうことやると怖い兄さんにつまみ出されるので(^^;)このCDで我慢しましょう。
もう1枚買うとしたらやはり「シンフォニア・タプカーラ」の決定版とも言える KICC176「交響楽の世界」でしょうねぇ。
「タプカーラ」のCDは何枚も出ているのですが個人的にはどの演奏も今一な感じがしていました。(おかげで我が家のシンフォニア・タプカーラはこのCDが5枚目だったりします(^^;) )この、タプカーラは文句無しの名演です。
「大地を踏んで踊る」勇壮なタプカーラを、アイヌの古老の代わりに広上/日フィルの名コンビでお楽しみ下さい。そうそう、このシリーズは片山元秀氏の筆による解説も抜群です。解説の為だけでも買う価値があるCDです。
広上が出たところでついでにもう1枚。

和田薫他 「Japanese Orchestral Music」

(BIS-CD-490)広上淳一/マルメ交響楽団
最近は米良美一さんのCDなども出しているBISから出ているCDです。良い曲ならどこの国の作品でも発売してしまうその素晴らしい姿勢は東洋の島国の大手メーカーには見習ってほしいですね。
最初国内扱いの日本語解説付きのも発売されていたのですが今は輸入盤しかないようです。ただ、外盤を扱っている店でしたら割と普通においてあるので入手は比較的容易でしょう。伊福部先生の「交響譚詩」なども収録されているのですがなんといっても目玉は和田薫の「民舞組曲」の全曲版でしょう。和田薫は広上淳一とほぼ同世代の作曲家でやはり東京音大で伊福部氏の直接の門下生であり、広上淳一とは親友同士のようです。広上がヨーロッパに留学中に広上のアパートに和田薫が同居していて毎晩酒を酌み交わしながら「日本の音楽のあり方」について熱い論議を交わしていたそうです。(なんだか、そのアパートの回りの飲み屋では大酒飲みの二人の日本人の伝説が語り継がれているんじゃないかというような気がしますが(^^;) )
和田薫は現在、日本で(と言うことは世界で)一番伊福部色を濃く受け継いでいる作曲家で、まぁ、その作風は正直な話伊福部氏のデッドコピーとさえ感じるほどです。ただ、伊福部氏譲りの力強いオーケストレーションと構成力は確かなもので、僕が非常に注目している作曲家の一人です。「民舞組曲」は全5楽章からなる組曲で終楽章は吹奏楽コンクールの課題曲で有名になった「土俗的舞曲」が使われています。
吹奏楽版で聞いたときは正直な話伊福部氏のデッドコピーとしか感じなかったのですがオーケストラ版は全く同じ構成のハズなのに厚みが全然違いスッゲー迫力です。
ちなみに、近くの高校の吹奏楽部に講師として和田薫が訪れたときに高校生から
「(伊福部昭の)交響譚詩にそっくりな旋律があるんですが真似ですか?」
との鋭い質問が飛び出し、本人は答えられなかった、との噂が存在してたりします(^^;)

深井史郎「パロディ的な四楽章」〜現代日本の音楽名盤選2「山田耕筰・尾高尚忠・平尾貴四男・深井史郎」

(Victor VICC-23007)山岡重信/読売日響
深井史郎は1907〜1959ですから年代的には伊福部氏と殆ど変わらない作曲家で主に戦中から終戦直後にかけて活躍した作曲家です。また、小倉朗の師としても名高い作曲家です。
この奇妙な題名の作品は深井の事実上のデビュー作品で 1937年の新交響楽団(現在のN響)の第1回邦人作品コンクールに入選した。四つの楽章にはそれぞれ「ファリャ」「ストラヴィンスキー」「ラヴェル」「ルーセル」のタイトルと鼻血が出るほど刺激的な作曲者自身の手による短い解説が付いています。
これらはCDの解説に詳しいので興味のある人は是非とも購入して読んでいただきたいのですが、中でも特筆すべきは第4楽章「ルーセル」が原題は「バルトーク」だったことです。実際に聞いてもらえばよく分かりますがこれは確かに「ルーセル」と言うよりは「バルトーク」そのもの。どうもCDの解説によると深井自身はバルトークに大変心酔していたらしく、バルトークのパロディを作ったもののなんとなく恐れ多い感じがして(^^;)「ルーセル」にしてしまったらしい。
曲はクラッシック史上他に例を見ない「同時代の大家の作品のパロディそのものでしかも、それを東洋の島国の無名の作曲家がやってのけ、それでいて深井のオリジナリティもビシバシ感じられるという名作です。
戦前にこのような作品が日本で誕生していたとは戦前の日本文化の凄さをヒシヒシと感じさせてくれますね。
深井作品は現在CD等で聞けるのは殆どこのCD1枚のみという状況です。
この、CDはなかなかの名演奏なのだけれど、出来ればもうちょっと笑いが欲しいなぁ(^^;) この曲は、本気で演奏すれば相当笑える演奏が出来そうなんだけど……特に冒頭のトランペットのファンファーレなんか初めて聞いたときにはCDプレーヤーがイカレタのかと思いました。ミュートやピアノのトレモロとの組み合わせでヘナヘナのファンファーレの演出をしているんだけど、うーん、深井史郎恐るべし(^^;)。
ちなみに、この曲は1980年に吹奏楽コンクール全国大会で秋田南高校が現在作曲家の天野正道の編曲で見事な演奏を披露し金賞を射止めています。昔レコードは出ていたのですが、残念ながら著作権等の関係かCD化はされていないようです。
(注:現在ではBRAINから「吹奏楽の伝説〜秋田南高校編」BOCD-7111として発売されています。)
このアレンジどこかで出版してくれないかなぁ。
資料を見ると深井はその他にも山本五十六への葬送行進曲「英霊に捧ぐ」など、相当面白そうな曲があるので各界の奮起をお願いしたいところです。

橋本國彦「交響曲ニ調」

CD等発売一切無し
この曲は去年(1996年)7月に、新饗の「日本の交響作品展96」で演奏されました。
橋本國彦は戦前の日本の音楽界のまさしくスターであり、現芸大での、芥川也寸志や黛敏郎の師でもありました。(伊福部昭は橋本と入れ替わりで戦後芸大に招かれた。)
では、そんなスターがなぜ、現在は殆ど忘れ去られてしまっているのか?それは、いわゆる「時局音楽」を書いていたためです。
この、全曲演奏に50分近くかかる壮大なシンフォニーも有名な紀元2600年祝賀のために書かれたものです。
まぁ、パンフや、直前のSPAの片山素秀氏の記事で、この曲が戦意高揚のために書かれた曲だというのを知っていたせいもある思うんですが、この演奏会で初めて聞いたときも、曲に込められた戦意高揚のメッセージははっきりと読みとれ、なんとなくイヤーな感じがしました。曲自体には感動しているのにです。なんだか、「森の歌」を聞くのが死ぬほどイヤだというロシア人の気持ちが分かったような気がしました。
橋本は戦後こういった「時局音楽」を書いていたことで音楽会を追われ、一度も復権のチャンスもないままに肺病を病み亡くなってしまいました。そして、世界の音楽史に燦然と輝くはずだったこの曲のまた呪われた音楽として人々の記憶から消えていきました。
その日、東京芸術劇場を出ると、そこにはいつもの池袋の光景が広がっていました。
ナンパする男、されるコギャル、酔っぱらいの喧噪…
ぼくも、全くの戦争を知らない世代だし、まだかろうじて今時の若いもんと言われる口だし、この自由な社会がすばらしいと思っている口だけどそれでも
「ぼくのお爺さんや、お父さんやその仲間達は、こういう社会を作るために人を殺し、殺されていったんだろうか?」

という疑問が浮かんで消えませんでした。
曲は、三楽章からなる全く堂々とした交響曲で中でも注目は第2楽章。当時の南進論の影響を思わせる「沖縄風」のメロディが延々と繰り返され聞く者を大東亜共栄圏の夢へと誘ってくれます。黛が亡くなる数ヶ月前の「題名のない音楽会」(97年1月26日)で橋本國彦とこの曲を取り上げているのも何か期するところがあったのではないかと今となっては感じてしまいます。
残念ながら、この曲のCDは発売されていません。新饗の人の話では現在某社から発売する方向で検討中とのことです。
某F社にみんなでMailでも書きましょう(笑) その他にも橋本作品にはやはり深井と同様に「山本五十六への英霊讃歌」「満州国建国10周年祝典曲」など興味津々な曲がたくさんあります。是非とも聞いてみたいもんです。
で、橋本作品はCDでは殆ど聞くことが出来ないのですが
「軍艦行進曲/日本のマーチ・ベスト20(戦前編)」(キング KICG3028)に行進曲「興亜」が収められています。今年の吹奏楽コンクールの課題曲だ、と言っても信じてもらえそうなほど(^^;) モダンで美しい旋律の曲です。


と、上の文章を書いたのは既に2年近く前なのですが、当時Homepageを取り敢えず作るために焦って書いた文章なので大分感情的になっており、この文章を読んだだけではワタシが単純な「戦争是認」論者に思われたかも知れません。
正直な話、戦争に関しては僕自身の内面でも矛盾した感情が入り交じっていてそれを正確に表現する文章力も無いので表現するのが難しいのですが、少なくとも小林よしのりの戦争論に感動するような人間では無いのは確かです。
第二次大戦自体についてはハッキリ否定派です。ただ、戦争時代に生まれた芸術や文化などには罪は無いし、戦争の愚かさを語り伝えるためにもどのような物があったのかを検証し保存すべきだと思っています。なんど口先だけで謝ってもアジア諸国が「日本は謝罪していない。」と言ってくるのは要するに日本が「第2次大戦で何をしたのか?」と言うことを自国民人にさえ明らかにしていないせいだと思うのですよ。日本がどんな悪いことをしたのか良いことをしたのか?戦争で何が生まれ何が死んでいったのか?
なぜこんなに素晴らしい音楽を作った橋本國彦が戦後芸術家としての生命を絶たれたのか?単純にボクはそれを知りたいと思うし、教えてほしい。出来れば義無教育内で教えてほしい。
それを知りさえすればどのようにすればそうならないで済むかも考えられるのだから。
と、こんなこと書いておきながら私は自衛隊は軍隊を名乗るべきだと思っています。だって現実にあるんだし、あんな大変な仕事してるのに「違憲だから無くせ。」なんて言われたら俺だったら切れちゃうね(^^;)肉体労働者仲間としては仕事に誇りを持ってもらうためにも「日本軍」を名乗るべきだと思う。
ああ、また感情的に書いてしまった。長々と書いてしまいましたが、私が考えているようなことをずっと先にしかも遙かに高いレベルで活動されているのが歌手の藍川由美さん。藍川さんは以前から日本の歌曲を明治時代から系統立てて歌うという活をされてきましたが待望の橋本國彦歌曲集を発売されました(^o^)

舞〜橋本國彦歌曲集/藍川由美

舞〜橋本國彦歌曲集(Camerata30CM-532)
藍川由美さんについては私が語るまでも無いとは思いますが、歌手にして博士号を持ち、「日本の歌曲」研究の第一人者でもあります。そんな彼女が橋本國彦の歌曲を歌ったこのCDでは、仮に他の歌手がこの手の企画をしたのならば(する人はいないだろうけど(^^;) )絶対収録はされないだろうと思われる軍歌「国民協和の歌」「勝ち抜く僕ら小国民」などまで収録されている事が特筆物です。
そう、橋本國彦は大変な愛国者であり、国を愛した故にこれらの作品を残し、そしてその恐らく誰よりも愛していたであろう国に裏切られたところまで語らないと彼の作品を正しく理解することは出来ないと思われます。ただ、今までは戦争に関連していると言うだけでこれらの作品をマトモに聞くことさえ出来なかった。作品には罪は無いのに。
残念ながら私には知識も筆力も無いので自分の中の戦中の作家に関する感情も上手く表現できないのですが「勝ち抜く僕ら小国民」の悲壮な歌詞と、美しいが故に悲壮さをさらに助長する旋律を聴いて色々な何かを感じてもらえれば良いなぁ、とか単純に考えてます。
一つ確実に感じたことは、芥川也寸志は伊福部昭の影響を多く受けているとてっきり思いこんでいたのですが橋本の美しい旋律を聴くにつけ、基本的に美しいメロディラインが特徴だった芥川氏は橋本の影響を強く受けていたのでは?と言うことです。
芥川氏が戦後芸大で伊福部昭の講義を受け、その日の内に日光の伊福部邸に押し掛け、3日3晩話し込んだあげく今まで書いた作品を泣きながら破り捨てて東京に帰った話は有名ですが、その中には橋本の影響を強く受けた美しいメロディも多かったのだろうと思うとちょっと勿体ない気分(^^;)
それにしても橋本國彦が作曲したという「山本五十六への英霊讃歌」聞きたいナァ。15分くらいかかる大行進曲らしいんだけど……譜面とか残ってるんだろうか?
なお、時既に遅しな感がありますが(^^;)99年1/14(木)横浜駅構内ルミネ8F朝日カルチャーセンターに於いて6:30から近現代の芸術を語らせては現在最強の評論家「片山杜秀」氏による橋本國彦に関するレクチャーが開かれます。私も出来れば参加したいのですが仕事が仕事ゆえどうなりますやら(^^;)

米良美一(カウンターテナー)

母の唄〜米良美一 日本歌曲集(キング KICC202)
うぐいす〜米良美一日本を歌う(日本盤   キングインターナショナル KKCC-2250)(外盤     BIS-CD-889)
米良美一さんは裏声で女性の声域を歌うカウンターテナーの日本の第一人者、と、言うよりは地球の第一人者で、いまなら、なんといっても「もののけ姫」のテーマソングを歌っている人、と言うことになるでしょう。
いやぁ、「もののけ姫」最高ですねぇ、って、今まで作曲家別に話を進めてきたのになぜここで突然演奏者から話を進めるかというとこの2枚のCDには、それぞれ前述の橋本國彦、深井史郎の作品が収められているからなのです。
表題にもなっている橋本國彦の「母の唄」が前者に、深井史郎の「日本の笛」が後者に収められています。
特に「日本の笛」は(もう、何回も言ってますが(^^;) )この時代にこれだけ高いレベルで、しかも自分の作風で日本の音楽と西洋の音楽を調和させているのには脱帽としか言いようがありません。
米良さんの演奏も録音も、また、カップリング曲も最高なので2枚とも買って損はありません。特に「うぐいす」のBIS独特の静かで大きな教会で目の前で歌っているのが見えるような録音は最高です(^^) また「母の唄」に収められているこのすぐ後に登場の團伊玖磨氏の筆による「花の街」は僕大好きな曲なんですけど、どうも、男声も女声も合唱も今一この曲には合わないような気がしてならなかったんですよ。それが米良さんの声だと、どんぴしゃりって感じで。(もちろん私の私見です(^^;)  )CD屋で見かけたら即GETしましょう(笑)

團伊玖磨「西海讃歌」

CD発売無し(レコードは東芝LRS-183廃盤)
芥川也寸志、黛敏郎と来たらやはりこのお方を取り上げないわけにはいくまい。もはや、押しも押されぬ大作曲家の名称と名随筆家の名を欲しいままにしている團氏だが、やはり「夕鶴」のイメージが大きすぎるのか管弦楽作品が取り上げられることが少ないのが残念なところです。(もちろん、夕鶴が名曲であることには少しの疑いもないのだが)
この曲は1969年に佐世保市民管弦楽団の委嘱により作曲されたフルオーケストラと混声合唱を使いながら演奏時間は10分程度ともっとも演奏されにくい形態(^^;)の曲なので今後とも演奏回数が増えるとはとても思えないんだけど、曲は團さんらしい、大変スケールの大きな素晴らしい曲なので是非とも各地の合唱団体などに取り上げて欲しい曲の一つです。
僕の住んでいる取手市で20年ほど前に取手市民吹奏楽団が合唱団と一緒に取り上げたけれどそういう目的にはまさしく最適の曲なのではと思います。佐世保の方ではかなりメジャーな曲らしいので聞きたい人は九州方面を攻めてみるのが早いかも知れないですネ(^^;)
團さんには他にも「シルクロード組曲」や交響組曲「万里の長城」などすばらしい管弦楽作品があるのに、オペラや交響曲ばかり取り上げられるのは僕としては少し残念。
特に「シルクロード組曲」はちょうどNHK特集の「シルクロード」が流行っていた頃に聞いたんで
「けっ、ブームに便乗しやがって。」
と思ったら1953年の作曲だというのでものすごくビックリした(^^;)
その頃って言ったら一部の学者とかしか「シルクロード」と言う言葉を知らなかった頃だと思う。
大芸術家はやはり先見性があるものなのネ。
ちなみに上記の2曲も東芝からレコードが出ていた。(TA-80011当然廃盤)東芝の奮起を期待したい。


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