厳しい人間社会「頑張ろう・・・頑張ろう・・・」だけではどうにもならない時
わずかでも心に灯火がともり、少しでも気持ちが軽くなれれば幸いです。
四苦八苦(しくはっく)
四苦八苦とはもともと仏教用語だそうです。
時間の経過と共に出てくる4ッの苦しみ生・老・病・死と 「人と物」「人と人」との関わりあいに
よる4ッの苦しみ。
求不得苦・愛別離苦・怨憎会苦・五盛蘊苦の全部で8ッです。
@生まれいずる苦しみ
その瞬間は生きるか死ぬかの瀬戸際で生まれてきます。人は生まれたときの苦しみを
忘れてしまっただけです。
A老いる苦しみ
若いうちは、まだ思いませんが生きていれば必ずやってくる苦しみ。
光陰矢の如し・百歳の光陰一場の夢・白髪三千条・・・など大昔から繰り返し人々が嘆いてきた一つです。
歳をとってみて始めて時の流れの速さに呆然とします。
一人一人の時間は皆違います。
1歳の時の1年の時間を100とすると50歳のときの1年は1歳の時の50分の1だそうです。
そういえば子供の頃、楽しみにしているお正月がなかなか来なかった記憶があります。
ちなみに、歳をとればとるほど死の現実が身近になり恐ろしくなるのだそうです。
Bいつ病気になるか不安な毎日。
ガン・心筋梗塞・脳溢血・糖尿病と豊かになればなるでいつでも何処でも病魔は狙っています。
その恐怖から最近のサプリメントの売れ行きは大変な物です。
病気になって初めて健康のありがたさが解り、いつ病気になるか解らない恐怖が心の底にあります。
その裏返しとしてサプリメントが沢山売れるのでしょう。
ちなみに、「健康な精神は健康な肉体に宿る」という諺は明治時代、外国からの訳で誤訳だそうです。
本当は「健康な肉体に健康な精神を宿らしめよ」で健康な精神と健康な肉体が揃うのが理想という事でしょう。
理想の人はなかなか少なく、体の弱い虚弱体質のヤクザなんてあまり聞いたことがありません。
不治の病に冒され、そして精神的に乗り越えた人に優しい人が多いのかもしれません。
C死
子は生まれてくるとき、親を選べないと同時に親も子を選べませんし、自分の意思で生まれて来た訳でも
ありません。
自分の意思では無く、宇宙的な大きな原因によって生まれ、そして死があるのです。
計り知れない広大な原因によって生まれたこの身を、チッポケな自分の考えで自殺するのは不自然です。
ですから自殺は自然に対する最大の罪悪なのです。
D求不得苦(ぐふとっく) 実存的な虚無
欲望には終わりがないのです、欲望の満足感はそれが叶えられたその時だけです次の瞬間には、新しい
欲望が生まれ永遠連鎖の不満が続きます。
例えば「念願かなって課長に昇進し」天にも昇る気持ちだったのに
「同期の彼は1階級特進で部長になった・・・」もう心の何処にも喜びはありません。
新車を買ってワクワクして載っていたら、隣に若者が運転する高級外車が止まった。
自分は寝る間も惜しんで働いて、やっと小さな国産車を買ったのに・・・なんで・・・
もうワクワク感は消えています。
物欲・金銭欲・名誉欲などの我欲は、その時一瞬の事なのです、自と他を比べぬことです。
E愛別離苦(あいべつりく)
どんなに愛しい人でも、大切な両親も、又かわいい子供でもいつかは必ず別れなければなりません。
それが生き別れか死に別れかは解りませんが必ずやってきます。
愛に溺れ過ぎず冷静さを持つ事です。 「愛欲より うれいとおそれを生ぜん」
愛の言語はバーリー語でPiya(ピーヤ)寵愛(ちょうあい)と英訳され好楽(楽しみを好む)と漢訳されます。
今使われている内容の「愛」は明治時代の輸入語だったと思います。
(友情、演説なども輸入語、たしか福沢諭吉が創作した言葉)
幼い頃に溺愛をして、いずれは自分の子に殺された例も最近ではあまり珍しくはないようです。
子離れができない親も大人としての自覚をもちたいものです。
(俺の女だ!などは、もう論外です)
F怨憎会苦(おんぞうえく) 憎みあいながら生きる苦しみ。
嫌いな人や、敵対する人と一緒に生活しなければいけない苦しみ。
会社の上司や同僚、嫁と姑、あんなに愛し合って結婚したのに今は憎みあっている夫婦など、
何処にでも有る辛さですが、とても辛い苦しみです。
怨憎会苦は愛別離苦とセットの対人関係苦で「むさぼるなかれ」といわれます。
始めて逢ったその日から仇同志だった訳でもないようです。
昨日までの愛が憎しみに変わるように愛には憎しみと怨みへの変身が秘められているのです。
愛が憎しみと変わり別れる事も出来ぬ深刻な苦しみが怨憎会苦です。
チラリと見えている憎しみは氷山の一角でその奥の過去から現在、未来へ続く複雑な絡み合いによる
人間の生臭い生命欲をよくよく見つめ「愛をむさぼらない」自己を制御する大人の心が必要です。
「可愛さあまって憎さ百倍」は結果が不幸です。
G五盛蘊苦(ごじょううんく)
五蘊(ごうん)とは色(しき)・受(じゅ)・想(そう)・行(ぎょう)・識(しき)の五つです。
@からFまでの七苦の根源での総括です。
蘊(うん)はそれぞれのはたらきをしつつ集まっているものの意味で実存と思う存在はすべて
色・受・想・行・識が集まった結果です。
これらにエゴ・執着などが働きかけると全て苦となって自分に跳ね返ってきます。
色 しきとは色恋のことではありません、物質的存在の事です。
受 感覚感情
想 苦・楽とはこういうものなもかと思い浮かべ納得する作用。
行 意思の作用、意思活動。
識 分析、分類をして認識する作用。
この五つがそれぞれ固有の働きをしながら寄り集まり形成され人間をはじめとする全ての存在となります。
ここにあげた四苦八苦とは人間がみな持っているものですから、これが無くなれば人間ではありません。
しかしこれらに振り回されたのでは人間の皮を被った悪魔になってしまいます。
なくならず、振り回されずこれらを しっかりコントロールする事、それが大人だと思います。
日本経済新聞のコラム欄に「日本は世界に例の無いガキ社会」とありましたが。若者、年配者に係わらず
ガキのような大人がずいぶん増えたような気がします。
(ガキも仏教用語、餓鬼と書き心の飢餓状態をいい餓鬼界といいます)
「餓鬼界」とは人間の心の状態の事で、自分の事だけしか頭に無く私利私欲にはしり、
わがまま勝手の状態です。(だから子供の事をガキといいます)
何時までたっても、悲しい事件や見るに耐えない社会が続けば、いずれは人類滅亡へのレール
に載る事となります。
「人類の滅亡」になるかならぬかは、どのタイプの人間が多くなり中心になるかが問題です。
十界(じゅつかい)
仏教では心の状態を十の世界であらわします。
@地獄界(じごくかい)
自分の力ではどうすることも出来ない心の状態、まさに地獄、地獄、地獄。
A餓鬼界(がきかい)
欲望の尽きない状態、有れば有るほど、もっとほしい心の飢餓状態。
B畜生界(ちくしょうかい)
人間には動物の側面と、人としての理性とがありますが、理性がなく動物の部分だけの心。
C修羅界(しゅらかい)
争いごとを好む心。チョツトしたことで人と争う狭い心。
D人界(にんかい)
欲望と理性をうまく、コントロール出来て心が平穏な状態。(欲望と理性の両方持っているのが人間)
E天界(てんかい)
永続きしない喜び
世の中で起きた楽しみは多くがこれで、その時だけの喜び 有頂天のとき。(魔は天界にあり)
時がたてば、さっきまでの喜びは心の何処にもない・・・・
@からEまでを「六道」(ろくどう)又は「六根」(ろっこん)といい、普通、人はこの@からEまでを
繰り返し、繰り返し、しているので六道輪廻(ろくどうりんね)といいます。
F声聞界(しょうもんかい)
六道輪廻をこえ人の教えや書物から自己を反省し一部の悟り(人間性)を開く。
この間、NHKのテレビ番組「盲目のテナー歌手、新垣 勉さん」をみて彼から生きる勇気をもらいました。
G縁覚界(えんがくかい)
大宇宙や自然界の物事により悟りを開く。
例えば自殺しようと海へ行き、真赤に落ちる夕日を見ていたら、その気がなくなった・・・・。
白隠禅師の「こうろぎの声で悟りをひらく」や
両腕がない女性が死のうと思ったとき、親鳥が雛に餌をあげるのを見て
口で筆をくわえ絵を描くことを思いつき画家になった人など・・・自然は文字ではない「経」である。
H菩薩界(ぼさつかい)
他の幸せを願うこころ。
例えば子供の病気を母親が変わってあげたいと思う心は「菩薩のこころ」です。
I仏界
これらをすべて悟り、まったく煩悩がなく、妙法(全宇宙の法則)の実在を事実として悟る。
@からIまでの十界ひとつひとつに又十界があり十界互具といいイコール100界
又、業(宿業)としての十界を兼ねると1000界
又、三世間(五陰・衆生・国土)があるので3000世界、 一念三千という。
「盲目のテナー歌手、新垣 勉さん」は戦後の沖縄でアメリカ兵の男性と日本女性の間に生まれ
助産婦のミスにより目薬と間違え動物用の薬品を目に刺され失明。
父親はアメリカへ帰ってしまい、母親にも捨てられ身体障害者として祖母に育てられる。
幼い頃いじめに合い自殺しようとするところを人に助けられ、心の荒れた毎日をすごす。
ある日ラジオから流れる賛美歌を聞き涙が溢れ教会に行ってみる。
そこでの神父さんが彼の話に涙し「自分のような人間に涙を流してくれる人がいる」事に心動かされ
大きく人生が変わってゆく。
この賛美歌が声聞界であり神父さんの涙が縁覚界、神父さんが菩薩です。
幼い頃の彼は「大人になったらアメリカへ行き父親を探し出し、必ず殺してやろう」と思っていたそうです。
いまの彼は自分をこの世に生んでくれた父母そしてすべてに感謝の気持ちだそうです
苦学の末、音楽大学を卒業しプロのテナー歌手として活動されています。
今の新垣さんに、その当時の暗さは微塵も感じられません。
(新垣 勉さん承認をえず掲載して申し訳ございません)
代表歌に「サトウキビ畑」
因みに、死んだ人を「仏」と言うのは死ぬとまったく欲望や煩悩がなくなるので仏になったわけです。
欲望や煩悩があるから生きている人間なのですが欲望や煩悩だけに振り回されるとただの
獣と変わりません ここの所をうまく、コントロール出来る大人になりましょう。
私も、とてもとても自分の心がままなりませんが、
心のホームグランドがなるべくFから上になるようになりたいと思います。
鶏口となるとも牛尾となるなかれ
(けいこうとなるともぎゅうおとなるなかれ)
一流大学で馬鹿扱いされるより、三流大学で頭が良い天才だと云われていたほうが
人間として大きくなる。ほどの意味でしょう。
少にして学べば壮にして成す事あり、
壮にして学べば老いて衰えず、老いて学べば死して朽ちず
勉強はいつ始めても遅くはないということでしょうか。
知識が増える喜びは歓楽の比ではない。(喜びと楽しみの違い)
天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)
天の網は広々していてあらいようだが決して悪事は見逃さず必ず自分に帰ってくる。
誰にもわからず悪事をしても、天は知っている。
蒼蝿は驥尾に附して万里を渡る(そうようはきびにふしてばんりをわたる)
蒼蝿とは「あおばえ」 驥尾は駿馬の尾。
あおばえである自分も驥尾に付して、万里をわたる事ができる。
人生で幸せな事は良い師(人生の師)に出会えるかどうか、良い師は良い友が連れてくるものです。
沈んだ気分を直すには(これで上手くいくかどうか?)
朝起きたら大きく伸びをして「アーよく寝た!」と3回云う。(よく寝ていなくても)
物を食べるとき「おいしそう」と思い「美味しい」といって食べる。
寝る前に「今日はよく頑張った・・・」と自分を褒めてやる。
1ヶ月ほど続けると効果がある。(多分、プラシーボ効果だと思います)
後悔
人間は後悔をする動物なのだそうです。
後悔には「何であんな事をしてしまったんだろう・・・」と「あんな事しなければよかった・・・」との2ツ有ります。
だけどその時、自分が選ばなかった方の道を選んでいたとしたら、本当に後悔しなかっただろうか・・・・・
フランスの諺
君が何を煩悶しようと問題は二つより外にない、君は健康か病気か、健康ならば云う事はあるまい。
もし病気だとしても問題は二つだ、その病気は治るかそれとも死ぬかだ。
治る病気なら文句はないし、死ぬとしたところで問題は二つしかない、即ち極楽へ行くか地獄堕ちかだ
極楽へ行くとすればこれまた不服はないであろう。
地獄へ行くとしたら・・・・・・第一、君はそんなものがあるということを信ずるかね、信じないだろう
それなら結局君は何も煩悶はない筈ではないか。
人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)
ある日、サイ老人が飼っていた馬が逃げてしまう。
その逃げた馬が他の馬を連れて帰ってくる。
息子がその馬に乗り落ちて怪我をする。
息子はその怪我の為に戦争に行かずにすんだ。
杞人の憂い(きじんのうれい)
中国の杞の国の人が、天地が崩れて落ちるのを憂えたという故事。
将来の無用の心配をすること。
先のことをあれこれ心配するよりも、その時がくれば何とかなる。
知恵の悲しみ
昔貧しかった頃食べておいしいと思ったものが今食べてみるとうまいと感じないように
知らなくてもいい、よけいなものを覚えてしまった為に大切なものを忘れてしまう。
魔は天界に住む。
有頂天のときこそ気を付けた方がいい。
心の師となるとも心を師とせざれ
心のままに振り回されず自分の心をコントロールできる事。
釣魚大全(ちょうぎょだいぜん)
著者 アイザック・ウォルトン
360年以前に書かれた釣り人の聖書。
「穏やかになることを学べ」
シルビウス裂(れつ)
臨死体験に関係があるらしい。
脳の側頭部に溝があり、そこを電気刺激すると体外離脱する。
又、音楽が聞こえ花園を見る。
人は生まれながらにシルビウス裂にこのような事がプログラムされているらしく
死の直前にこの事がはたらく不思議。
(何の曲が聞こえるかはその時まで解らないが、あまり そうぞうしい曲でない事を願う・・・)
有漏地より無漏地に帰る一休み雨降らば降れ風邪吹かば吹け
有漏地(うろじ) 煩悩の世界。
無漏地(むろじ) 煩悩のない世界。
おいあくま
おこるな いばるな あせるな くさるな まけるな。
六月火雲飛白雪(六月の火雲白雪を飛ばす)
常識にとらわれず夏に雪を降らせるような自由自在な考えが必要。
人生は自分が思うほど永くはない。