笑いをこらえなければならない状況がある。たとえば、仕事中にさぼって雑文サイトなどを見ているときだ。
仕事中に雑文を読むことの危険性については、すでにいろいろな雑文書きが論じているので、ここでくり返すようなことはしないが、私が検討したいのは、その突発的な笑いをこらえる方法についてである。
まず思い浮かぶのは、歯を食いしばるという方法である。しかし、これは効果がないにひとしい。確かに「ぶっ」と吹き出してしまうところを、とっさにこらえることはできるかもしれないが、ちょっと待ってほしい、この方法では、そのにやけた顔をもとに戻すことはできないのだ。逆に、顔がにやけたままで固定されてしまうため、周囲に発見される確率が高まってしまう点で逆効果とすらいえる。
それでは上記に加えて、口元を手でおおって隠してみてはどうか。これはよいかもしれない。顔の半分が隠れて表情が読みとりづらくなるため、ふだんよりも知的に見えそうだ。いや、いやいや、これもだめだ。ほほが引きつってくると片手では隠しきれないのだ。むりに隠そうとすると、ちからいっぱい顔をわしづかみすることになり、そのほうがよほど変な人だ。
しかたがない。指を噛んでみよう。ほほをつねってみよう。右足で左足を踏んでみよう。だめだだめだ、いっこうに笑いの衝動がひっこむ気配はない。こうしている間にも、油断をすると、鼻の穴が「ぷわ」などとひろがってしまうのだ。もはや一刻のゆうよもならない。どうすればいいんだ。
じつのところ、歯を食いしばるという方法には根本的な欠陥があって、そうして笑いを我慢すればするほど、行き場をうしなった笑いのエネルギーは口の中の内圧を高めることになり、それが臨界点をこえたときの被害は、ふつうに最初に吹き出したときの数千倍に達する場合もありうるのである。嘘だ。しかし、無理にこらえなければ「ぶっ」ですんだかもしれないところを、「ぶぶっがはぁっ」などとふきだしでもしたらどうするのだ。顔をおおったり肩をふるわせたりと周囲の注目を集めた上でそんな醜態をさらせば、明日からあなたの机はないかもしれない。
では歯を食いしばるという方法は放棄しよう。ついでに補強策として上げられた、痛覚を刺激するという方法もあきらめざるを得ない。じっさい、笑いの衝動のまえに痛みは無力であったのだ。だいたいにして痛覚が笑いを抑制するのであれば、盲腸の手術直後のひとを笑わせるという遊びは存在しないことになる(遊ぶな)。
ならばどうするのかというと、ここは逆転の発想である。こらえなければよいのだ。
それでは意味がないではないかと青筋立てて反論するまえに、ひとつ冷静になって聞いてほしい。私がいいたいのは、爆発を回避することが不可能ならば、意図的に小爆発を誘発し、そのエネルギーを消費してしまえばよいということである。卑近な例でいうと、放屁を我慢できない場合に、高度な括約筋の制御によって出力を押さえつつスロットルを開き、音が発生しない程度の少量ずつ放出すればよいという事例ににている。いかん、卑近をとおりこして下品になってしまった。
ともかく、笑いがこみ上げてきたら、いったん、ぐっと腹筋に力をこめ、ついで慎重に、あくまで慎重に口を開くのだ。そうして静かに息を吐く。慣れないうちは、まずは鼻からでもよい。そうしてゆっくり、静かに息を吐くと、やがて腹筋が弛緩し、笑いがおさまることに驚くはずだ。
結局のところ、ポイントは腹筋の緊張をいかにして緩和すべきかという点につきるのではないかというのが、今回の私の主張である。ただし、いかなる方法をもってしても、やはり変な顔になることだけはさけられないので注意するように。ていうかそもそも仕事中に雑文など読むな。あと、盲腸患者で遊んではいけない。どちらも私のことか。