ここでいう技術書とは主にコンピュータ関係の書籍である。私はこの技術書というのが大好きで、すくないおこづかいをヒイヒイいいながらやりくりして、毎月一、二冊を購入している。興味のないひとにはわかろうはずもないが、これらは一般に高価である。まともなものだと、安くても二千円超。高いものでは一万円にとどこうかというものまであるのだ。とうていまともとはいえないような初心者本でも、千円を切るものを見たことはない。かといって、高ければ良書かというと、そうは断言できないところが難しい。趣味の問題もある。こんな私が本屋に行くと、たっぷり一時間はコンピュータ関連書籍の棚のまえを動くことなはない。財布に千円札が何枚はいっているか把握しているのか自分よ。把握しているのだ。どの一冊をとっても所持金をはるかに超える価格であることは百も承知の助なのだ。だが、それでも、つい。
「ああ。ここにある本、全部うちにあったらなあ……」
無茶いうな。そもそもどこに置く気だキサマ。
貧乏なのだから、図書館を利用するなり会社に買わせるなりすればよいのであろうが、困ったことに、私というやつは、この手の書籍は「じぶんのもの」でないと落ち着かないたちなのである。つまり、風呂やトイレに持ち込んだり、寝床にねころがりながら読むことが多少なりとも制限されうるようでは、どうにもがまんできないのである。返却期日が設定されているなどもってのほかだ。読みたいときに読めなければいやなのだ。
とくにトイレに持ち込む場合には、本は、いつごろからいいだしたのか忘れたが、「心の友」と称するほどの重要性を持つ。心の友が決まらないと、落ち着いて用を足すこともできないからだになってしまっているのだ。どうにもこれといった本が見つからないと、本棚のまえで十分以上も、かがんだ状態で腰をくねらせるという珍妙な踊りをおどるはめになり、配偶者の人に冷たい視線を向けられたりしているのだ。幼児か。
技術書である以上、内容は難解なものが多い。偏見のそしりをおそれずにいえば、平易に書いてあるものにろくなものはない。だいたい、ページ数が同じであるなら、平易に書けばそれだけ情報密度が低下するのだから、当然といえば当然ではある。いっぺん読んだだけで理解できるなら立ち読みで十分ということもある。
ついでにいえば、むずかしくていっぺん読んだだけではほとんど、あるいはさっぱり理解できないような書物を、時間をかけて何度も読みかえして、少しずつ理解できるようになる快楽を追い求めるという、私の性癖も関係しているかもしれない。ゆがんでいる。ヘンタイじゃないのか。そうではない。いや、そうかもしれないが、とりあえず、コンピュータなんぞを喜々としていじくり回している人間は多かれ少なかれこのような傾向にあるものだ。であるから、とりあえず、私はヘンタイじゃないのだ。すくなくとも、私だけじゃないぞ。ちがうったらちがうんだい。まあ、幼児ではあるかもしれない。
私はみえっぱりである。
たとえば仕事関係のひとたちと話をしていたとする。そこで自分の知らない技術に関する話題が出て、しかも自分以外はみんなその内容を理解していて、あまつさえそのからみで出た冗談が理解できず、しかしながら軽口の意味をたずねて場をしらけさせるのもはばかられ、けっきょく意味も分からないままにまわりにあわせてむりやり笑顔をつくっている、などという状況にあると、即刻その場から本屋に直行して関連書籍を購入したいという衝動に駆られるのである。実際は、会話がおわり、だいたいにおいて就業時間中であったりするので退勤時間まで待ち、それから本屋に直行して関連書籍を購入するのであるが。やっぱり買うのか。
たとえば会社で、となりのチームが何やら難題にぶつかっていたとする。彼らの使用する開発環境は私にとっては未知のもので、基礎的な知識すら持ち合わせていなかったりするのだが、彼らのひとりがなにげなく私に意見を求めてきたりすると、ちょいと調べて見ようなどと安請け合いして、速やかに本屋へ向かい、関連書籍を数冊購入したうえに土日をつぶしてまで勉強しちゃったりして、まあ、ちょちょいと調べてみたのだが、ちっとも大したことではなかったが、これこれこんな方法ではどうかな、などとふんぞりかえって質問者に講釈たれたりしているのだ。やっぱり買ってしまうのだ。しかしその後はどうするつもりなのだ。使い道ないぞ。だいたい自分の担当業務にこそ、その熱意を向けてはどうか。まったくもってそのとおりである。すみません、あと三日待ってください。
そんなわけで、私の家にはけっこうな数の技術書が存在している。より的確に表現すれば、散乱している。雑誌などをふくめると、それこそとんでもない冊数である。もう、本棚はいっぱいだ。パソコンデスクの下もいっぱいだ。うっかり風呂に落としてしまって、ぶにゃぶにゃになってしまったやつなどどうしまえばよいのだ。それは捨てろ。
ついでに会社の机の上もエラいことになっている。こらこら、それは会社のものではなく私の私物だ、勝手にもっていくんじゃない。ちゃんとハンコ押してあるでしょ、ハンコ。ああ、よく見れば書架には私の本がこんなに。ないと思ったらこんなところにあったのか。などといってるそばから黙ってもっていくなよう。ていうか、定番といわれる本くらいは自分で買っておけよう。
技術書。なかなかにあなどれない。
ところで今日買ったこれはどこにしまうつもりだ。配偶者の人が怖い目でこっちを見ているぞ。